88 長い一日の始まり
14日目。
≪運営からの告知があります≫
≪フレンド登録者からのメッセージが一件あります≫
朝です。
昨日はメイド喫茶でメイド服着てました魔王です。
今日も机の上の木彫り熊が神々しいです。
はぁ。
気を取り直して運営からの告知を見てみれば本日のお昼からの事が書いてあった。
事前に参加登録をしてから噴水広場に集まる事、が追加されている。
参加しますかのYES/NO問答が出たのでYESを押しておく。
さて、次はヨミか。
なんだろうか。
≪朝から喫茶店が盛況でついでにヨルミちゃんコール既に掛かってるけどどうする?≫
……。
≪今日はイベントがあるのでそちらに集中します、とでも言っておいてくれ≫と返信。
これからも騙し続けるのだろうか。
気が重い。でも最後までやったの俺だしなあ……!
あまり深く考えない事にする。
さて、昼まで何をしようか。
≪フレンド登録者から一件のメッセージがあります≫
≪今度は暴動に発展しかけてるんだけど全員斬っても良いかしら?≫
……。
送信。≪恰好はどうすれば良い?≫
返信。≪行けるならメイドで来て頂戴。そっちの方が早く収まるし≫
それならメイド服で蹴りに行くか。でも化粧とか出来ないし……。
名札も無いし…、あ、昨日の服にそのまま付いてる。
大丈夫っぽい。
メイド服を着てカツラを被り首から目元まで隠れる様にスカーフを巻きさらに解り難くする為に右目に眼帯を付ける。装備は脚甲と直剣と盾で良いか。
それじゃ、行くか。
窓を開け階下を見やれば地面に咲くテーブルと椅子の数々に加えてその隙間を縫うように踊り回るヨミの姿。
何をやっとるんだアイツは。見れば剣戟の音も聞こえて来るのでどうやら戦っているらしい。
上から見てると面白いのだが時折こちらを見上げて来ているので気づかれているようだ。
やれやれとぼやきつつ窓枠に足を掛けなるべくまっすぐに落ちれる様に飛び出す。
着地地点に誰も居ない事は確認していた。
だがまさかそこに踊ってた二人が飛び込んで来るとは思わなかったんだ。
気付けばぐしゃりと言う音と共に戦っていた男が地面にうつ伏せに貼り付けられておりその上には困惑している俺の姿があった。
前を見れば今まさに斬りかかろうとしている状態で止まっているヨミの姿と騒いでいた客の姿が左目に入って来る。
足元で時折びくんびくんしてる人を放置しつつヨミが話し掛けて来る。
こちらも多少声がくぐもりつつも返す。
「何その顔」
「化粧する暇が無かったんだ」
「ああ、そう言う事。誰か呼べば良かったのに」
「既に皆手伝ってるだろうなって思ったら言い出しにくくて」
「サボり口実で颯爽と行きそうだけどね」
「尚更言い出しにくいなあ…」
「それで、暴れてたりうるさかったりした連中は纏めといたけどどうする?」
「どうしよっか」
「ここで斬ってもまた同じ事やりそうなのよね」
「うーん、それじゃライアさん使っても良い?」
「ライアさんを?何するのよ一体」
「ただの笑顔でも怖い物は怖いんだよ?」
「……確かにそうね。それじゃ見てるわ」
「お願い」
そう言って今しがた潰れた男を引きずって行くヨミ。扱い雑ですね。
こちらも用事を片付ける為にカウンターの方に向かう。
途中メンバーに挨拶されるもなるべく会釈で乗り切ってライアさんの元へ。
こちらを認めると一瞬目が開かれるもまた直ぐに笑顔に戻る。
まあ今口元隠してるし片目眼帯の変な奴だしな……。
「ライアちゃん」
『ちゃん?ああ、バレたくないんだねお兄ちゃん』
「そうなの。それでね、ちょっとお願いがあるんだ」
『うん、なーにー?』
「あのね、今日お店の前でうるさかったり暴れたりした人達が居たよね?」
『あ、わかった!怒れば良いんだね!』
「待ってライアちゃん、それやられたら家が消し飛ぶ」
『簡単なのに……』
「えっとね、ライアちゃんにはあの人達の前で微笑んで欲しいの」
『笑うだけで良いの?』
「うん、怒られる事を期待してる人達だからライアちゃんのスマイルが効くと思ってね」
『変な人たちだね?』
「うん、……うん。とりあえず、頼めるかな?」
『わかった!それじゃ行ってくるね!』
傍目には俺とヨミしか聞こえない会話をした所でライアさんが床に降り立ち歩き出す。
店内の視線を掻っ攫いつつも向かった先はヨミの元。
その前には色々やった連中が男女一緒くたに纏められている。
そしてライアさんがその前に立つと静かに微笑みながら見回しだした。
時に一人一人の目をじっとのぞき込み、しかし何も言わない。
段々見られている人達が一人、また一人と震えだした。
そして最終的には『すみませんでしたあ!』と謝るまでに至った。
さすがですライアさん。
その偉業に対して起こる謎の拍手。
その前に座らされていた面々はかなり憔悴している。……浄化されてないか、アレ。
そしてヨミが手を打って自分に注意を向けさせるとこう言った。
「ここで言っとくけど店に迷惑掛けたり他の人にも迷惑掛けたらうちのギルマスも出て来るしヨルミも顔出さなくなるわよ?」
『本当にすみませんでした!』
そこで俺は初めて数十名が一人に対する土下座の群れを目撃した。
出来れば見たくなかった。
そして顔を上げると次は俺に向けて頭を下げて来る。
無意識に一歩引くくらいの圧力があった。
『ヨルミちゃんに蹴ってもらいたくてやりました!ごめんなさい!』
なんだろう…………今すぐ中身が盾の魔王本人だってバラしたい。
ただ怯えられないのが楽しくてやめたくないんだよな。
無言で頷いておく。都合よく解釈してくれるだろう。
そうすれば一人がハッと顔を上げ叫んだ。
「ヨルミちゃんも俺たちの事が好きだから許してくれるんだな!?そうでしょう!」
とりあえず、全速回避を発動した上で職務投棄を発動させて上に蹴り上げた。
彼はしばらく飛んで行っていたがやがて上の方で花火の様なエフェクトが上がった。
どうやら爆散したらしい。
高く揚げた脚をゆっくりと下ろせば目の前には呆気に取られた顔の数々。
そして呟かれた声が一つ。
「ああ言えば蹴ってもらえたんだな……」
もうこの格好、やらない方が良いかな。
とりあえず蹴ってしまおう。
泣き笑いの様な顔になっていたと自分では思うのだが実際は無言な上に左目だけが笑っていたので狂気を感じたらしい。
外見って大事。
その後も細かくあったがサクサク片付けて行ってようやく店じまいとなった。
私室で着替えて噴水広場に行く所でふと気づく。
バーテンダー服のストックがもう無い……!
戦闘の度に結構斬られておじゃんになってたからなあ……。
イベント中は下手すると布の服になりますよどうしよっか。
なんてどうでも良い事を考えていると応接室の扉をノックする音が響く。
今度は誰だろうと思い開ければカスミの姿。
「時間、ある?」
「おう、まだ大丈夫だけど」
「そう。ならこれを受け取って欲しい」
「うん?何がもらえるのかな」
「きっと気に入る」
そう言って渡された物は全身鎧だった。
板金鎧、プレートアーマー等とも言われる代物でそれが全身丸々。
色は黒で鋭角な部分も多くは無く大体が丸みを帯びて構成されている。
「どうしてこれを?」
「タテヤは目立つのが嫌いだと言っていたからね」
「おお、そうか……、ありがたく頂戴させてもらうよ」
「ただ防御力はそこまで無いから気を付けて」
「その辺は盾でどうにかするよ」
「後これ、良かったら使って」
「ん?おう、なんだ?」
「試作品」
そう言って渡された物は俺の身の丈以上もある両刃の大剣だった。
その刃は鋭いのだが刀身自体が分厚く、幅広く、そして重い。
鑑定してみれば竜殺しと出て来た。……首でも潰すんですかね。
聞けば剣を背負ってた方が俺とバレにくいと思ったの事。ありがたや。
さっそく装備させてもらう。
背中には竜殺し、盾は格好つけたかったので先生の大盾を左腕に着ける。
「うん、似合ってる」
「なんだかこれなら行けそうな気がする!ありがとうなカスミ!」
「ん。大丈夫そうで良かった」
「ああ、顔バレだけで色々起こったからなあ……。やっと平凡になれる」
「それは難しいと思うけど…」
「やれば出来る!」
「頑張ってね」
「おう」
そんなこんなで新しい装備を貰った所で意気揚々と出ようとした所で止められる。
イベント中は慣れない物は使わない方が良いとの事らしくいつも通りの格好で出る事に。
既に他のメンバーは先に言っている様で自分とカスミも少し急ぎ足で広場に向かう。
段々プレイヤーの人数が増え、辿り着けば残り数分。
広場に入った所で最終確認の問答が来ていたのでYESを選択。
そうして静かなざわめきに包まれる中時刻表示が12:00を示し。
≪規定時刻に達しました。参加者を確定≫
≪これよりイベントサーバーに転送されます≫
の文字が宙に浮かび上がった所で目の前の景色が暗転した。
暗転が戻り目を開けるとそこは噴水広場だった。
これは同じ街でNPC抜きのイベントかと思いきやそうではなかった。
後ろを向けば広場につながっている筈の石畳が見当たらず、土がむき出しのままだった。
そのまま道を見通せば外壁が見えず石垣が幾ばくか作られている最中だと伺える。
そして極め付け。
通り掛かった冒険者風の20代程の女性を識別した結果、驚くべき事がわかった。
ケティー/Lv32 剣士/Lv27
どうやらここは数十年前《・・・・》のアルタ街らしい。
そして俺とヨミはわかる文章が通達される。
≪イベントサーバーに転送されました。期間は内部時間で一週間となっております≫
≪イベント名『アルタ街防衛戦』が開催されます≫
≪活躍によって様々な褒賞が獲得できます。皆さまのご健闘をお祈りします≫
どうやら、アレ、らしい。
鎧と竜殺しのステータス考えてませんがどうしましょうかね。
それと今日の投稿は後一回出来るかわからないのであまり期待はしないで下さい。




