74 マリーとジョージと蹴り
「よろしくお願いします!」
そう笑顔で言ってくる女性を改めて観察してみる。顔はゲーム内基準でも美女であり、髪は腰近くまであり色は赤に近い橙。外装は一般的な魔法使いとしてローブと皮の胸当て、2メートル程の長さを持った金属で出来たスタッフを持っている。先端に嵌め込まれた水晶を固定する為に先端付近には追加の金属で覆いがなされており同時に魔術的装飾も施されている。ただ下を見れば石突きが付いているのが少し気になる。表情を見れば今か今かとそわそわしつつこちらを見つめる瞳と目が合う。
この人はきっとミノリと合わせてはいけない気がする。
横を見れば両手を合わせてこちらに謝る男性の姿。
彼等を識別した所女性は『マリー/Lv12 初級魔法使い/Lv11』、男性が『ジョージ/Lv13 初級剣士/Lv13』と言うのを知る事が出来た。
ついでに周りにも連続して識別を掛けて行くと上で13~、下が10~と言ったレベル帯だった。確か町の東側の平原はモンスターも弱く狩りやすいと何処かで聞いた覚えがある。ここが10以下の人達の狩場だろう。ただ奥に行くとモンスターが強くなるらしく手前で狩りをするのが定番になっているらしい。北の激昂の森はモンスターが強く西の鉱山にかけて森が続いている為攻略が滞っているらしい。ただ街の近くであればそれ程レベルが高いモンスターも居ないようなのでその付近で狩りをしている面々が10レベル台の者達なのだろう。南にはそれなりに人の手が入った道などがある為それ程狩りには行かないらしいのだが近々そちらの方面にある第二の街に到達する者も出てきそうらしい。今はイベントの話もある為にこの街に留まっている者が大半で俺はと言うと次の街に行く事を半ば忘れかけていた。
「えーっと、本当に蹴れば良いのか?」
「はい!遠慮なくお願いします!私も頑張りますから!」
改めてマリーさんに聞いても元気に返される。
「なあジョージさん、本当に良いのか?」
「こんな馬鹿げた事に付きあわせてすまん、だが放っておくとストーカーになりそうでな……」
「ああ、それは困るな…」
「まあ蹴りにくいなら普通に戦ってやってくれ、マリーも楽しみにしてたんだ」
「発端は何処だったんだ?」
「マリーは『捕らわれの女の子を助ける為に非情になれるなんて素敵じゃない!』って熱弁してたな」
「それで何故蹴られたいと言う発想になるんですか…」
「その辺は俺にもわからないけど女はそう言うものだから」
「懐深いっすねジョージさん」
「タテヤ君には敵わないさ」
ジョージさんに諸々を聞いた所でふくれっ面になりかけていたマリーさんに向き直る。
「それじゃ、お願いします」
「はい!全力で頑張りますね!」
≪プレイヤーマリーからPvPを申し込まれています。承認しますか?YES/NO≫
YESを選択。
始まるカウントダウンを見てテンションが上がっていくマリー。
周囲のテンションも静かに上がっていく。
俺とジョージさんはそれを見て苦笑していた。
おかしな事を要求されている筈なのだが……。
さて装備はどうするかな。
今はバーテンダー服だし籠手と脚甲と首飾りにしておくか。
防御力がアレだが職務投棄を使えば良いだろう。
ただ相手が蹴られる為に挑んで来ているのでイマイチ戦うと言った思考が出来ない。
まあなるようになれ、だ。
気持ちを落ち着かせた所でカウントダウンが終わり。
戦闘が始まった。
そして数十秒後。
『おおおおお!!!?』
ギャラリーが上げる声を聞きながらひたすら相手の棒術を凌いでいた。
魔法使いって、なんだっけ。
始まりは戦闘開始直後の事だった。
職務投棄を使ってからいつもの構えを取り魔法に備えた俺に対して上がったテンションが嘘のように真剣な表情になったマリーさんはスタッフの上下をひっくり返しそれをそのまま槍のように構えた。
「シッ!」
「うおおおお!?」
えっ?と思う暇なくそれが鋭く顔に向かって突き出されてくる。
虚を突かれ焦った所でどうにか顔を背け避ける。
「セイ!」
「ガハッ!」
顔横で止められたそれは今度は振り下ろされ肩に激痛が走る。
防御0の所に食らったのでとても痛い。
「ハッ!」
「ゴフッ!」
首から上を刈られ数歩たたらを踏み後ろに下がる。
頭が揺らされたので少し反応が遅れる。
「ヤァッ!」
「ガッ!」
刈った棒を手元に戻し体勢を整えた突きを胸元に食らい吹き飛ばされる。
後ろに数回転させられた所で慌てて立ち上がると構えたままこちらを待つマリーさんの姿。
「あの、蹴られたいって言ってたのは……」
「蹴られたいのは本心です。でも無条件で蹴ってもらうなんて私が許せないんです!」
「えっと、条件とは?」
「私のおじいちゃんからは『そう言う事は相手に誠意を見せてからにしなさい』って言われたのでタテヤさんが蹴るに値する敵になる事が私からの誠意です!」
「そ、そうですか…」
「はい、なので頑張ります!」
「えっと、魔法を使わないのは?」
「遠くからなんてタテヤさんの顔が見れないじゃないですか!」
「あ、はい…」
杖を地面に突き刺し頬に手を当てくねくねするマリーさん。
それをみてこちらがしばし固まっていると落ち着いたのか再び真面目な表情に戻り杖を引き抜き構えを取る。
「では続き、お願いしますね!」
「あ、はい」
その後乱舞が始まり冒頭に戻る。
「突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも 外れざりけり」
とは何処で聞いた言葉だっただろうか。
そしてそこに魔法が加わる事でどれ程強くなるのか。
それを身をもって味わっていた。
「風弾!火弾!ストーンウォール!」
「ぬおおおおお!」
石突きにて突かれるのを避けつつも足元にストーンウォールを斜めに作られそれに足を持ち上げられ体勢を崩される。
そこに風弾、火弾が飛んで来て火炎になりこちらの視界を焼こうとしてくる。
「おりゃっ!」
「むぅ、次です!」
「おわわっ!」
どうにか籠手で受け止めて消失させるも薙ぎ払いがやって来る。
そのままであれば額に直撃するコースだった為自ら地面に倒れこんで避ける。
「トドメです!」
「トドメ!?」
転がった所で上を見れば上段構えからの振り下ろし。
慌てて起き上がりつつクロスさせた両腕で受け止める。
ゴインッ!と言う衝撃に一瞬腕が下がるがステータス差で押し返す。
そのまましばしせめぎ合う。
「マリーさんの豹変っぷりに内心戦々恐々なんですが……っ!」
「戦う時は真面目にやらないとダメですからね……っ!」
「でもどうやって蹴れば良いんですか、ね……っ!」
「私を打ちのめしてから思いきりお願いします……っ!」
「わかり、ましたっ!」
そう言って腕を跳ね上げる。
それに引っ張られ数歩下がるマリーさんを警戒しながら立ち上がる。
「じゃあ、行きますね!」
「お手柔らかに!」
笑顔で金属の棒を振り回してくるマリーさんに若干怯えつつも挑んでいく。
あれ?どっちが挑まれた側だったっけ。
その後は更に動きの連携速度が上がったマリーさん相手に受け流す事を自分に要求してギリギリの所で防ぎ続けていた。
何で小盾でも良いから着けなかったのかと自分に言いたい所だが今は泣き言も言ってられないのでひたすら受け続ける。
体感時間ではもうどのくらい経っただろうか。
ある時急にマリーさんの身体が崩れる。
それに気付き表示を見ればMP部分の表示が赤く光っておりどうやらMP切れのようだ。
相手もどうやら困惑している様だがここを逃してはいけないと思い前に走る。
それでも戦闘には支障が無い様だがさっきよりかはマシになっていたのでどうにか受け止めた所で腕を捕まえる。
ぜーはーと息を荒げる俺に対して微笑むマリーさん。
「捕まっちゃいましたね」
「ええ。では遠慮なく……っ!」
笑顔で受け入れられた所で左足を軸に思い切り右足で蹴り飛ばす。
「きゃああああ~~~!!!」と叫びながらマリーさんが吹き飛んで行き……。
周囲のギャラリーに直撃して人垣が爆散した。
あっ。
上に飛ばすの忘れてた……。
書き始めるまではこうなるなんて思っていませんでした。
そんなマリーさんです。




