2-14 ゲーム内にて。続三十八日目
一旦休憩した後に練兵場に戻ると師匠と先生に加えて騎士団長さんの姿が。
先生は良い笑顔、師匠は渋い顔、騎士団長さんは考え途中と言った表情。
はて?
三人がこちらに気付いた辺りで先生が声を張る。
「今日の修行場所は山奥にします!」
「はあ」
「ルーネ師匠、行くのは構いませんが先に説明を」
「それについては私から話そう。こちらの都合でもあるしな」
「お願いします」
魔族がこの国で起こした事件は数多く、未だ見つけられていない物も多い。
その中でも比較的わかり易く、尚且つ危険なモノが見つかった。
それは国の運営に伝わるレベルの厄災に達しており討伐依頼が王より発された。
対象の名はマーダータイガー。
新人冒険者であれば事故と言われ中堅でも撤退し上級者でも積極的に挑まない。
しかし狩れない訳では無い。
では何故騎士団長さんが来たのだろうか。
「今回の件で暴走魔結晶が関わっているかも知れんのだ」
「暴走魔結晶?」
「人間で言うドーピング薬を魔物が死に兼ねない濃度に高めた物と言えば良いか」
「先程説明されたマーダータイガーですが、まさか?」
「腹部に暴走魔結晶からの侵食と見られる一体が確認された」
「うわあ」
上級冒険者でも積極的に挑まない相手がドーピング薬で強化済みって……。
そんな奴の討伐は割りと無茶振りなのでは?
ああ、だからこその師匠達ですか。
なるほどなるほど。
じゃあなんで先生は笑顔なんでしょう?
正面から先生に両肩を掴まれる。
一瞬地面が軋みをあげたんですけど。
「タテヤ君」
「はい」
「君が狩りなさい」
「え?」
首を回し師匠を見る。
「タテヤよ、オヌシは魔法を使う敵と戦った経験が少ない」
「ええ、まあ」
「マーダータイガーは雷を使う」
「はい」
「……ワシも居る、死にはせんじゃろう」
「はいぃ!?」
腕しか動かせないままわたわたしつつ騎士団長さんに助けを求める。
顎に手を当て考えていた騎士団長さんが真っ直ぐこちらを見る。
「ふむ。これも試金石か。よし、君に頼むとしよう」
「いやいや」
「なに、君なら大丈夫だろう」
「いやいやいや」
「強者と戦うのは嫌いかね?」
「そう言う基準なんですかこれ!?」
訳がわかりませんよ?
しかし無情にも発生する通知音。
≪国災討伐クエストを受注しました≫
≪指名依頼につき破棄した場合にはペナルティが発生します≫
≪特殊討伐個体名:誇り高き暴虎≫
≪クエストを開始します≫
……。
………。
大人しく頑張ります。
はい。
体の力を抜き先生に引き摺られつつの移動中にヨミにフレンドメールを送る。
『なあヨミ』
『何かしら』
『国災討伐クエストと言うものを受注してしまった』
数瞬。
『……遺言は?』
『死にたくない』
『まあ死なない様に頑張りなさい』
『うえーい』
『じゃあまたね』
『はい』
少し冷静になった。
そう言えばさっきの龍化スキル取得時から何処かしら浮かれてた気がする。
うん、大丈夫。ちょっと覚悟決めるのに準備が掛かってました。
「なのでルーネ先生の背中に括り付けられたまま城壁を越える選択肢は無しで」
「こっちの方が早いわよ?」
「ルーネ師匠、ワシが背負って行きますので離してやってはもらえませんか」
「でも結構距離あるのよねー」
「そもそも越えないで欲しいが、ルーネ殿であればそれも容易いか」
「先生、頑張って走るので勘弁しては頂けませんでしょうか!」
「ちぇー」
なんとか城壁を乗り越えずに済んだ。
でも通るのは確定なのでその先はどうなるんでしょう。
騎士団長さんに聞けば数日掛かる距離との事。
道中も修行か……と思っていれば追加情報。
冒険者ギルドで直近の村まで転移出来るそうです。
一日要りません。数十分程で遭遇する事になりそうです。
あのちょっと心の準備がまだああああ!
移動中に落ち着きました。
と言う事で山の中、『人が歩ける』道を進んで虎の元へ。
しかし最初は意気込んでいた先生達も難しい顔をして相談中。
「ルーネ師匠が解放する手順が一番安全ですかの」
「でも荒野じゃない場所で顕現しようとすると崩壊しかねないわよ?」
「……部位では済みませんか」
「多分報告からしてそろそろ限界値だと思う」
「ぬう……」
数十分前。
「おお、着いた……?」
「ようじゃの」
「じゃあ行きましょうか」
初めて転移した感想は部屋の内装が少し変わったぐらいの印象。
ただ一旦外に出てみれば山手前の村の風景が目に入って来る。
ギルド内で渡された周辺情報を元に山奥に向かう方角へと三人で歩き出す。
代表として先生が受け取った報告書をめくる音が響き、師匠が道を探す。
少し歩いた所に山道を見つけた所で先生が立ち止まる。
立ち止まる?
「ダン」
「なんでしょう」
「貴方も読みなさい」
「わかりました」
真面目な表情のまま先生が師匠に報告書を渡す。
ついで困った様にこちらへと笑いかける。
「タテヤ君にも後で読んでもらうけど……」
「はい」
「もしかしたら討伐よりも面倒になるかも?」
「えっ」
えっ?
師匠の顔は読み進めて行く内にどんどん険しくなって行く。
読み終えてこちらに手渡して来ると先生と相談を始めつつ山道に入って行く。
先生の手招きに誘われつつ山の中へ。
さて一体この報告書には何が書かれているんでしょう。
ギルド調査員走り書き
村民からの聞き取り調査により判明した事が幾つか。
暴走魔結晶が対象に付与されるまでの間、人間に対し危害を加えた事案が対象に犯罪及び討伐を目論んだ者に加え偶発的な事故以外で発生していない事が判明。
加えて村民達が貢ぎ物として収穫物を届けていた事も判明。襲われた事例は無し。
体毛が一般的なマーダータイガーとは違うとの事から対象を特殊個体との認識でもって本件に当たる事とする。
基礎情報。
対象の特異性はまず人を襲わない、この一点が酷く強調されている。
果実等は好んで食べると言うこの事から知性を持った存在と仮定する。
加えて暴走魔結晶付与がされたと思われる時間前後以降にも死人が出ていない事から強靭な理性を持った一人格として扱う事を村人より嘆願された。
何名か山中で傷を負った時に助けられた者もおり、助けられた後に迂闊に近付いた者が吠えられ足を止めた所で対象の瞳に意思が宿っているのを見たとの事。
不確定情報。
暴走魔結晶について魔物が持つ魔力吸収、魔力増幅、魔力放出等の機構を暴走させ、過大な出力を与える物と認識。
その他副作用として興奮状態の継続及び体内ダメージの散見、本能行動の増加。
いずれは暴走魔結晶ごと自己崩壊をするとの分析が本部より到着。
重要事項。
樵の一名から「アイツは誇り高く生きてる奴だ」との雑談を拝聴。
対象の個体名を暫定的に「誇り高き暴虎」と仮称。
村人からの相談に乗った結果討伐個体登録の是非を本部に問う事にする。
暴走魔結晶からの解放への解決策を考え出したとの報告。
対象の行動範囲からまだ猶予はある模様。
緊急事態。
来訪者達が唐突に現れ誇り高き暴虎へと挑む事案が発生。
村人及びギルド職員が引き止めるも叶わず討伐を強行。
暴虎は健在なれど人型を討伐した事による本能の刺激により行動範囲が増大。
村より然程離れていない場所への出没回数が増加。
本部へ具申。
対象個体名:誇り高き暴虎への国災認定が下った。
来訪者達の全滅判定により災害クラスを、暴走魔結晶により討伐難易度が増加しているとしての判定らしい。
身勝手な理屈で事態を進めた来訪者達には何と言えば良いのだろうか。
本部よりこの地に討伐人員が派遣されるとの事。
自分には結果報告の為事態収拾後まで待機命令が下った。
この報告書を読んだ者へ
願わくは誇り高き虎に安息を
読み終えた所で顔を上げれば先生と師匠がこちらを見ている。
……うん。
「どうにかしたいです」
「どうにかしましょう」
「どうにかしようかの」
クエストには失敗するかなー。
まあ良いでしょう。




