101 アルタ街防衛戦 五日目深夜~六日目早朝
パチパチ、と何かが爆ぜる音と共に目に光を感じうっすらと意識を覚醒させる。
背中には硬い感触。砦盾の壁にもたれ掛かっていたようだ。
体勢は左手で大盾を触り続けられていた様だ。
一応外れないように腕ごと持ち手に絡ませておいたのだが外れていなくて良かった。
そして右足と右手なのだが何やら重みと温かさを感じる。
なんだろうかと目を開けてみれば見知らぬ美少女の寝顔があった。
「……!?」
思わず叫びかけたが寝ている者を起こすのもどうかと思い堪える。
それによくよく見れば何処かしら思い当たる人物の姿が頭に浮かぶ。
どうやらヨミがこちらの足を枕に寝ているらしい。
髪が解かれていたので一瞬誰か解らなかった。
そして自分の右手はヨミの右手に掴まれており動かせそうにない。
さてどーしたもんかと考えながら顔を上げれば外壁周囲を巡っていた人達と目が合う。
静かに話していた彼らは自分を見止めると会話を止めてこちらに向き直る。
『……』
「……」
『……』
「……あの」
『大丈夫、心配しなくて良い』
「ええー……」
何が大丈夫なんだろうか……。
ただ騒がしくする気は無いようなのでヨミが起きる心配はしなくて済みそうだ。
でも表示枠に高速タイピングしてる人が多いんですけど。不安だ。
そして明らかに録画体勢に入ってる人も居るんですけど。何でや。
そんな事をしているのに時たまこちらに駆け寄ろうとする者達を捕縛する手際は良いのだ。
不思議な事も連続するんだなと思い目を動かせば門付近の人と目が合った。
彼はこちらと目が合うとジェスチャーをし始めた。
ヨミを指差してからこちらを指差し睡眠のジェスチャーと続け、次に彼とその周囲のプレイヤーを手で差し示した後に口を真一文字に噤んだ。
自分達が寝ていたので静かにする様協力してくれていたらしい。
感謝の意を込めて頭を下げておく。
周囲に居た人たちがざわつくと共に生暖かい視線が飛んでくるようになった。何故だ。
とは言え朝になるまでは動け無いので再び目を閉じる事にする。
閉じる直前、寝ていたヨミと目が合った気もするが気のせいだろう。
しばしの思考の後、再び意識を落とした。
頬に当たる風と耳に聞こえる声の数々によって意識が起き始める。
額に何かが乗せられており、後頭部には何やら柔らかい感触。
自分はどうやら何かの上に寝ているらしい。
目を開ければこちらの顔に髪を垂らしたヨミがじっとこちらを見つめていた。
「うおわああああ!」
「いきなり失礼ね」
飛び跳ねる様に起きようとするも額に当てられた手によって不発させられる。
ぐえっと言いつつ手と足をバタバタさせた後身体の力を抜く。
「すまん。いきなりだったもんで驚いた」
「ん。おはよう」
「おはよう。砦盾が解除されてるんだが何でだ?」
再びヨミの膝枕の上に着地し、その感触に鼓動が高くなりつつも平静を装う。
心臓に悪いな、と思いながらも見える筈の物が見えないので不安になり問う。
「明け方に寝にくかったのか自分で操作してたわよ」
「被害は?」
「特に無し」
「良かった……」
「アンタ次第でいつでも止められるのが解ってたからこっちとしても準備はしてたのよ」
「それにしても無意識か……」
「寝苦しそうにしてたから横にしたんだけどそれでも安定しなかったのよね」
「どうやって操作を?」
「寝返り打つついでに動かしてたわね」
「えー……」
寝返りで街一つを危機に晒せる奴が何人居るだろうか。
居ないと思ってました。ごめんなさいね。
「それで、今日の予定は?」
「北側ではしゃいでくれれば良いらしいわよ?」
「それで良いのか……」
「と言うよりも北を高火力のプレイヤーで殲滅し続けないと他がヤバいらしいのよね」
「どれくらい?」
「北で撃ち漏らしたのが多いと他の方面が壊滅するレベル」
「うおお……。で、俺は寝てて良かったのか?」
「さすがにまだ功労者起こす程追い詰められてないから良いのよ」
「えっと、と言う事は」
「他の面々が現在地獄を見てるみたいね」
「ああ……」
顔を横に向け現在戦闘中の皆さんを眺める。
時折こちらに嫉妬の視線を向けつつも同時に早く来ないかな、と呟いていたりするので結構居たたまれない。
「それにしても、なんで膝枕?」
「えっと……」
その後珍しく歯切れの悪いヨミから聞きだした所アリスから話を聞いており自分も女子の嗜みとしてやってみたかったらしい。
後半は思い切り目が泳いでいたのが気に掛かる。嗜みってなんだ……。
その後謎理論で説き伏せられ、起きてからもそのまま会話を楽しむ。
更に怨嗟の声が酷くなった気もするし、掲示板も荒れ始めてる様に見えるのだが。
「それにもうしばらくは出番は無いのよ」
「え?いやいや、そろそろ向かっても良いんじゃないのか?」
こちらの頭を膝の上に乗せたまま表示枠にて色々やり取りをしていたヨミが言う。
周りを見ても既に激戦区だ。なのにまだ行かなくて良いと言う。
「それがね、敵の本隊、まだ来てなかったらしくて……」
「静かなる怒れる熊の群れ付きとか?」
「残念ながら」
ヨミは目を伏せ重々しくその一言を口に出す。
……冗談のつもりで言ったのになあ。
「……師匠達、早く来ないかなあ」
「……早く来て欲しいわね」
二人してため息を吐く。
「と言う訳で私達二人は特別戦力扱いになりました」
「わーい、シンドソウダナー」
「……でも徹夜で経験値稼ぎするよりはマシよね?」
「……どっちが辛いんだろうな」
うーむ、と二人して腕組みをし、首を傾げれば周りからは色々な声が飛んで来る。
『目に付かない所でやってくれませんかねえ!』と言うのが大半だったが。
俺だって移動できるならしてますけどね。
実は昨日の無茶のせいか身体が動きにくいんです。許して下さい。
空を眺め、その青さに驚きながらも再び目を閉じる。
次に起きた時は戦場に行く時だと頭に染み込ませながら。
「おーい!そっちに小物数匹行ったぞ!熊相手してるから頼めるか!」
「解った!ウチのパーティーが向かう!空いた部分はタンカー誰か入ってくれ!」
「ちょっと時間が掛かる!何とか凌いでくれ!」
「ああクソっ!昨日に引き続きなんで魔法職なのに殴ってんだ俺!」
「おー、だいぶ様になって来たな。与ダメは出せんだろうがタゲ取り頼む」
「畜生!やってやる!やってやるぞおおお! ああああ複数はまだ無理ー!」
「ま、魔法使いー!それにしても魔王様とその嫁さんはまだ寝てるのか?」
「さっきヨミちゃんは起きてタテヤ君の寝顔眺めてたね」
『よっしあの魔王いつかぶっ倒す!』
「美少女に寝顔を眺められるだと!?」
「それに加えて昨夜は膝枕をしていただと!」
「そして今は膝枕をされた状態で寝てるだって!?」
『後で覚えてろよな!』
「あ、魔王様起きた」
「や、やっと休めるのか……?」
「あ、魔王様寝ちゃった」
「えええええええええ」
「や、休みたいんですけど!」
「なんか昨日はあの夫婦サラッと丸一日戦闘してたらしいけど真似できる気がしねえよ!」
「それにあのギルドの火力おかしくね!?どう考えてもおかしくね!?」
「プレイヤースキルだけで片付けて良いのかアレ!」
「精神力も半端無いよなあ!」
『早く起きてくれー!たのむー!』
「……なあ、そろそろ死に戻っても良いよな?不慮の事故でステータスダウンしても良いよな?」
「耐えろ!あと少しで交代要員が来るから!逃げようとしないでくれ!前線が終わる!」
「一匹一匹が強い上に幾ら狩っても終わりが見えんしなあ……。キツイな防衛戦って」
「守り切らないと勝ちにならないからな……。それにしても昨日の白壁なんだったんだ?」
「魔王様の武装らしい。明け方まで街ごと囲んでたらしいぞ」
「反動で気絶してたって噂もあるがどうなんだろうな?まあ助かったんで気にしないが」
『でもバカップル見せ付けられたらテンションも下がるよな……』
「あ、魔王様起きた」
「今度は本当だよな!?」
「それと敵の本隊もそろそろ来ちゃうみたい」
「は?」
「つまり、ここからが本番……?」
「……」
「……」
「……」
『イヤダーシニタクナーイ!!!』
次回!寝起きスッキリ千本ノック!




