100 盾の魔王と剣の嫁
「魔王が来たぞー!休憩急げー!」
「あざっす!あざっす!これで寝れます!」
「夜だー!かがり火絶やすな!来るぞ!」
「さすがに魔王さん達も疲れてるだろうからアイテム類の補充は最優先で!」
「と言うかアンタ達何やって来たんだ!?血まみれなんだけど!」
『あ、返り血落とすの忘れてた』
「ええ……」
猪狩りも一段落着いた所で北側に移動。
戦闘系の面々は継続して戦えるのだが魔法職や他にも精神的な疲れもある為東に残った者も居る。
斥候役の人も参戦してたのか……。お疲れ様です。
そして最前線で戦っていた者達はモンスターの解体をする暇も無かったので見た目が酷い事になっていた。
凹んだ防具、血にまみれた武器、体にへばりつく肉片、等々。
例外は俺とヨミぐらいなものだがそれでも靴底は真っ赤に染まっている。
猪は強敵でしたね……。
まあ踵落としで頭蓋砕いてたせいなんですけど。
装備の修復を行う戦闘狂二人と引きずられ系の後輩を置いてヨミと二人北側へと向かう。
他の女性陣も東側でしばらく活動して行くらしい。
「三連戦はキツイな……」
「休憩も歩きながらだし疲れやすいわね」
再び双直剣を握り直すヨミを横目に鉄塊を即死刀に切り替えておく。
時間を掛けると不利になる数なので数減らしを優先する。
盾バットも外し蹴り、殴り、大盾によるぶっ飛ばしも使う事に。
「だがまあそれでも期待されたからにはやってみせないとなあ」
「本音は?」
北側の戦場に出る為の門を開けて貰いながら装備の最終確認。
うん、大丈夫そうだ。
「砦盾ここで使ったら経験値量どうなるかちょっと知りたい」
「確実に一つ目の街で稼げる量じゃ無いわね」
門が開いて行く隙間からは多くの声。
モンスターの咆哮、地面を揺るがす振動、プレイヤーによる怒号、ホームラン音。
どうやら小型のモンスターを大剣の腹などで打ち返しているらしい。
「で、判断は」
「プレイヤーが詰みかけたらで良いでしょ」
「お通り下さい!」と言ってくるNPCの人に頭を下げつつ戦場に出て行く。
他の交代要員と共に扉を出れば休憩に向かう人たちとすれ違う。
「そうするか。……また兎と狼と熊と蟻と木材を相手にするのか」
「もうじき夜だし蝙蝠も混じるわよ?」
「お疲れ様です!」と言ってくれる人達に一言二言返しながら見送る。
さて、何処が一番ヤバいかな?
「暗視ってスキルあったっけ?」
「あるけど…… アンタまさか」
自分と同じように動きやすそうな場所を探していたヨミが何かに気付く。
どうやら熊の塊に気付いたらしい。
「一晩中戦うってどんな気持ちなんだろうな」
「……流石にソロとは言わないわよね」
反対方向に行こうとするヨミの肩を掴み熊の方向に引きずって行こうとする。
ヨミは双直剣を地面に突き刺し抵抗し、しばしの競り合い。
「先生の大盾任せでどうにかなんないかな?」
「鎧状態のまま寝るつもり?」
諦めたのか大人しく一緒に歩き出すヨミ。
うん、俺一人だとそれなりに面倒なんだ。すまない。
「その前に大方片付けるか、後はあれだなあ」
「何か策でも?」
熊に気付かれたようでこちらに近づこうとする動きが見て取れる。
立ち止まったヨミは足元に切っ先で円を一周描いた。
こちらへの目配せはその円内が暴風圏内だと言っている様だ。
「街全部砦盾で覆う」
「……凄い装備もあったものね」
手指に引っ掛けた柄をクルクルと回しだしまるでバトンの様に扱うヨミを見て綺麗だなあと思いながらこちらも砦盾を展開し鎧状態にする。
うん、便利。
「選択肢は熊狙いか雑魚狙い。どっちで行く?」
「倒しにくいのは?」
突進して来た熊を受け止めた所で二人掛かりで斬りかかる。
途中で即死判定が入り熊が倒れた。
「熊。ただ雑魚は職務投棄使った状態の蹴り一発で終わったりする」
「んー……。走り回りながら熊狙いで行きましょ。蹴れるでしょ?」
次の奴はヨミが足元を払った所に額に即死刀を突き刺す。
即死こそしなかったものの籠手で殴り、ヨミが斬った所で刀を抜いて一閃。
削り飛ばす。
「踏めば良いのか」
「踏み潰せば良いのよ」
言われた通りに飛び掛かって来た兎を蹴り飛ばし蟻を甲殻ごと踏み抜く。
狼が片足に噛み付いて来たのでもう片方の足で踏み潰す。
「こう言う事か」
「そう言う事よ」
ヨミはと見れば近付かれる前に暴風圏内に入った物を細切れにしていた。
なんか先端音速超えてませんかね?
「なあヨミ、それってどうやってるんだ?」
「単に回してるだけよ。特におかしな事はしてないけど?」
剣身に血が付いて無いんですけど。
プレイヤースキルって凄いんだな……。
その後ヨミと二人で熊を狩ったり熊を狩ったり熊を狩ったりしながら戦場を走り回りついでにその他諸々のモンスターを踏み潰して行く。
最初はネタ枠が来た、と言った感じで盛り上がっていた北側は不思議な熱気に包まれていた。
勝てるビジョンが浮かんだ、と言うのだろうか。
あの敵味方容赦無く殲滅して行く二人が居れば、と思ったのもつかの間。
夜が訪れる。
夜。モンスターは活発に活動するようになり、人は身を潜め、息を隠す。
イベントサーバー内でもそれは例外ではなくモンスターの火力が全体的に向上して行く。
操られているとは言えそれは向かう方角の指示でありモンスター特有の生態を拘束する様な物では無かった事がプレイヤー達にとっての不運だろう。
そしてそれが何を結果として出して来るのか。
それは全域におけるプレイヤー達の大量の死に戻りによって証明された。
「タテヤ、マズい!夜になってから数十分で全体の3割が死に戻りさせられてる!」
「嘘だろ!?ここもマズいな!アレ使うぞ!」
何とか最前線で善戦していた自分とヨミ。
だがそれもヨミが驚愕の数値を言った事で終わる。
「一応声掛けもしてみるけど遠慮なくやった方が被害は小さいからね!」
「わかってるよ!」
走りながら表示枠に何事かを打ち込みだすヨミ。
自分もその横について走りながら周りに声を掛けて行く。
街に退くと聞いて難色を示した者も多いが今は説明している暇が無いので街側に蹴り飛ばす。
時たま加減を失敗して何人か消し飛ばしてるが緊急時なので許して欲しい。
「大半は逃げおおせたみたい!」
「よっし!砦盾!外壁バージョーン!!」
外壁の外側にてモンスターが門から中に入ろうとするのを食い止める人達の前に立ち叫ぶ。
は?と言った感じの視線を周囲から受けつつも大盾を手で持つようにして地面に立てる。
イメージと共にレバーを引けば展開が始まった。
いつしかPvPでやった時以上の勢いで音を奏でながら展開されて行く板の群れ。
それは上から見れば街の北側から街を囲うように線が突っ走って行くのが見えただろう。
地に居た者からすれば突然白の壁が目の前に現れた様に感じた。
そして情報を集める為に掲示板を開き、驚愕と共に納得する。
ああ、なるほど……、と。
そしてやった張本人はと言えばMPを使い果たした上に大盾が判断し不足分を強制的にHPを用いて消費MPを賄った為全身を激痛に苛まれていた。
さすがに街一つを囲うにはその消費量もかなりの量になったらしい。
何度か古代龍の血を飲みつつもやり遂げた後、展開した壁にもたれ掛かる様に意識を失った。
そしてそれを見ていた者達は静かに次の行動に動き出す。
魔王が作ってくれた時間を無駄にしない様に。
それを見ていたヨミも眠そうな目をしながら門番代わりのプレイヤーと話す。
「私も寝かせてもらいますね」
「ああ、ヨミちゃんも今はゆっくり寝てくれ。タテヤ君が作ってくれた時間が有るからな」
気が緩んだのか丁寧な口調になるヨミに若干驚きつつも笑みで返す門番。
言った通りにタテヤが大盾に触れているのでカウンターも発動しているらしく中は平和だ。
「それじゃ、ここにします」
「え?そこは……」
ヨミが向かったのは大盾を握ったまま絶賛気絶中のタテヤの所。
「一番安全だと思いましたから」
「……そうか。ただこの機会にPKを挑む奴が居るとも限らないからな。一応監視は付けるぞ」
「はい。では、おやすみなさい」
「お、おう」
そのままヨミは首の後ろの髪を纏めていた結び紐を解くと共にタテヤの足を片膝立てたあぐらの状態にし、あぐらの部分に頭を乗せると寝息を立て始めた。
普通に考えれば羨ましい状況なのだが妬まれる方が気絶していては特に思える事も無い。
ただ、盾の魔王も大変だな、と門番のプレイヤーは思った。
アルタ街防衛戦五日目。
防壁は未だ破られず、プレイヤーの士気は高い。
レッツゴー理不尽装備。




