女の人って知らない間に機嫌悪くするけど、大抵は鈍感な男のせい。とでも言っておこう。
髪を洗ったらワカメが出てきました。
午後4時15分、江川咲の心はズタボロになっていた。
無理もない。ライバル視(勝手に)していた相手が、自分の気づかない間にさらなる高みに行ってしまったのだ。それに対し、彼女自身は1センチも生長していない。
神様は不公平だった。
今日は、後5分もすれば彼が帰ってくる。このズタボロの心を癒して貰わなくては収まりがつかなかった。
(今日はまず、あのキャスターについての話題を振る。そうすれば、成瀬は食いついてくるはずだから、そこから愚痴ってやろう。それで、それで、きっといつもより長く話せるだろうし?ちょうど良い時間になって、成瀬から「一緒にご飯食べに行きませんか?」とか誘われっちゃったりするかもしれないし!?ま、まあ?誘われるのもやぶさかではないと言うか、部下の頼みを無下に断る上司なんていないっていうか…。とっ、とにかく、そんなシュチュエーションになったらその後の展開もあるわけで?2人とも社会人なわけで?いわゆる、大人の階段登っちゃうことも十分考えられるわけで?…赤飯炊かなきゃ。)
江川の妄想が暴走を始める。顔がみるみる朱に染まっていった。
(多分成瀬は肉食系男子だ。きっと、ホテルとかに連れ込まれてそのままベッドに押し倒される。そして、申し訳なさそうな顔をした後に「江川所長、所長が悪いんですよ?俺がせっかく我慢してたのに。そんな誘ってくるような態度とるから、もう抑えらなくなっちゃったじゃないですか。声あげてもイイですよ?止めませんけど…」っとかね!とかね!)
ノリノリである。江川咲は妄想癖があるらしかった。というか、成瀬とさかに出会ってから妄想癖が作られたのであった。
ガチャっとドアが開く音がした。
「ただいま帰りましたー。うぉ、所長の顔真っ赤!」
「お、おかえりなさい!顔が赤いのは気にしないでくれ、風邪とかじゃないから。」
「風邪じゃないなら良かったです。でもホントに顔真っ赤っかですよ?夏風邪とかかからないように用心してくださいよ。あ、そうだ所長。実は今日用事できちゃって、早めに帰ってもいいですか?」
ガラガラと妄想が崩れる音がした。叶わないから妄想なんだけどね。
「いいけど、用事ってナニ?」
「所長、なんか怖いです。あ、いや、すいません嘘です。」
江川の眼光に成瀬が怯んだ!
「ただの昔馴染みと夕飯食べに行こうと思って。」
「あ、そう。もしかしてだけど、もしかしてだよ?その昔馴染みって、女の子?」
江川の眼光がさらに鋭さを増した。
「あははは、所長凄いっすね。あたりで、すけど、そんな睨まれるとチョット話ずらいデスよー?」
「その昔馴染みって人は何歳なの?あ、もう成瀬の年はしってるから、つまらないギャグはいらないから。」
心なしか成瀬の肩が落ちたように見えた。
「17歳、ですけど…」
「まだ高校生じゃないか!なんだい?やっぱり若くてハリのある女子高生がいいのかい?フンッ!でも忘れないことだね。そのハリには毒があるってことを!!」
(ハリの示すものが違う…なんか所長、機嫌悪いみたいだし、シャワー浴びて早く帰ろうかな。)
建物内に1箇所しかないシャワー室に、成瀬は逃げるように駆け込んだ。
(そっかぁ、成瀬は今日、デートなのかー )
成瀬がシャワーを浴びている間、江川咲は机に突っ伏していた。というか出てからも突っ伏していた。
いい加減、機嫌直してくれないかな。そう、成瀬は切実に思う。
(でも拗ねてる所長も可愛い。さすが所長。)
そんなことを考えていたら、自然と微笑んでしまっていた。そうこうしている内に、深川愛理との待ち合わせの時間が近ずいてきた。
「所長、お先します。夜道とか気おつけてくださいね。なんだったら帰る頃にケータイで呼んでもらっても良いですから。」
「昔馴染みの女子高生をほうってくるのかい?それは如何と思うよ。ちゃんとエスコートしてあげないと。」
「っっ!う、わかりました。」
そう言われると辛い。
「それに、さっきからずっとニヤニヤしているよ。そんなに楽しみなら早く行けばいいじゃないか。ボクはこれから、一人寂しくカップ麺でもすするからさ!」
江川は完全にヘソを曲げてしまった。
(こうなると長いんだよなー ま、でも今日はお言葉に甘えるとするかね。)
「では所長、さようなら。また明日です!」
「うん、また明日。」
ムクッと机から頭を持ち上げ、江川は成瀬を見送った。
ドアが閉められ、成瀬の姿が見えなくなる。
これから成瀬が昔馴染みとどんな話をするのか、江川は気になってしょうがない。2人の会話を聞こうとすれば聞くことができるぶん、むず痒さが増したような気もした。
(でも、プライベートくらい自由にさせてあげないとね…)
可愛い部下の事を思い、ギリギリの所で踏みとどまる。だが、成瀬に対する不満が収まった訳ではない。それとコレでは話が別だ。
「成瀬のばか、ばかばかばかっっ!なんで昔馴染みは食事に誘って、上司は誘わないんだよぉ… もしかしてボクのこと、女の子としてみてなかったりするのかな?そんなのヤダよぉー!明日からスカートとか履いて来てみようかな…でもそれで何の反応もなかったらイヤだし。あぁ、もう、なんでなんだよぉ〜!」
成瀬に対する不満が爆発する。たとえそれがお角違いの不満だったとしても、面に出さないとやっていけなかった。その後も散々叫んだ。職場が防音室で良かった。
「ハァ、帰って寝よう。」
職場に鍵をかけ、誰も待っていないマンションへと家路を急ぐ。熱帯夜特有の、肌に纏わりつくような風が江川を包む。
「やっぱり、成瀬に送って貰えばよかったかな……」
後悔が夏の夜に溶けた。
明日、は投稿出来るかな?