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君が殺れ、僕が葬る(下)





「あんたが犯行を伯爵に見せたのは間違いだった。……視界に入る人間を狐と見なして狩ろうとする女だぜ。イカレてんだ。どこのアサイラムだって諦めてる。……だが、銃弾をやらなきゃ、伯爵もただのイカれた貴族気取りで済む。だが、どこかの誰かが、銃弾を与えたとしたらどうなると思う?」

 鉄腕は既に手を下ろしていた。ドラム缶へと寄りかかりながら、ミリィに向かって右手で銃の形を作り、ふざけて撃つ真似をした。

「だが、それじゃアタシが気分が悪いのさ。同じ女にゃ優しくするのが、アタシのモットーでね。……だから、あんたの部下には悪いことをした」

「貴様……!」

「おっと、卑怯だとかなんだとか、そういうのは無しだぜ。あんたも言ったろ。卑怯でも合理的なら何でもやるってな。アタシも一応ドイツ人の血が混じってるし」

 ミリィは激高し、ルガーの引き金を絞って銃弾を放った。マタドールのごとく、鉄腕は自身のロングコートを翻す。通常の拳銃弾程度であれば、特殊繊維を編み込んだ彼女のコートは、まるで虫をからめとるが如く銃弾の運動性を吸収してしまうのだ。

 流れるように、鉄腕はドラム缶をひっつかみ回転しながら投擲。ミリィは即座に腕から放電させ、ドラム缶を停止させる。憤怒の表情! 地面にドラム缶を叩きつけ、辺りに廃油がべったりと漏れ出す!

「きたねえ」

 鉄腕はサングラスをコートの袖で拭う。その間に、ミリィが地面に降り立っていた。ルガーを投げ捨てた彼女は、おもむろに放電をとあるコンテナに向けた。炸裂ボルトでコンテナの扉が吹き飛び、中から放電に導かれるように巨大なシルエットが引きずり出される。

 FlaK37。かつてのドイツ軍が数多の戦車軍団を破壊しつくした、五メートル近い砲身を誇る高性能高射砲。むき出しの発射機構から伸びる持ち手と形容するほかない棒を、ミリィは左手で掴み、発射機構ごとプラズマを帯びさせた! 明らかに釣り合わぬバランスのそれが、まるで元からそうだったかのように地面から宙に浮く!

「おっと、やめとけよ。なんとかって坊やに反撃できる力はあんのかい」

『やあ、鉄腕。僕だ』

 突如鉄腕の耳の中に声が響く。イヤフォンタイプの無線機から、伯爵の声と、とぎれとぎれの唄が聞こえる。

「今いいとこなんだが」

『悪い、一発外した』

 伯爵に『ハンティングを依頼』する方法は複雑怪奇を極める。依頼内容を狐狩りに例えながらブリーフィングし、7.62ミリNATO弾を渡す。ただし、その弾丸はイギリスにあるダラム大聖堂で非常に高位の司祭から祝福を受けたものでなければならず、伯爵御用達のルートでも一発あたりの費用は五百ドルは下らない。

 確かに腕は良い。それだけ取るだけの事はある。ただ、オールドハイトでは、百ドルも出せばそれなりのヒットマンを雇える。それも条件なしでだ。ただでさえ非合法ハーブをやっているようなヤク中を使うような人間はいない。

 鉄腕は別だ。こうしたサイドキックが必要な時は、面倒でも多少割高でも彼女を使うことにしている。ぶっちゃけいつかヤれると思っているからだ。

「はあ? あんた、ふざけてんじゃ……」

『契約は二発だったな。いや本当にすまない。何しろ暴れて弾を避けられるとは思わなかった。じゃ、契約通り先に失礼するよ。GOD BLESS YOU』

 無慈悲に通信が切れる。月を隠すほどの巨大な砲身の影が、鉄腕を覆った。持ち上げた砲身を、まるでこん棒のように振り下ろしたのだ! 鉄腕は口にくわえた葉巻を取りこぼさないように苦労しつつ、地面を蹴り、横っ飛びに回避しくるりと一回転! 砲身が砕け、半分以上短くなったそれを再び持ち上げつつ、ミリィは地面を踏みしめた。直後形成されたクレーターが、その大質量を物語る! ふたたび原住民が振るう無慈悲なこんぼうのごとく、ミリィは横薙ぎに砲身を鉄腕に叩きつける! 右腕が間に合わず、ふっ飛ばされコンテナに叩きつけられる。胃の中身が逆流しそうになるのを耐え、コンテナの表面をくるりと寝返りを打つ。直後、砲身がコンテナを衝き、鉄腕が居た場所を完全にえぐった!

「待てよ」

 鉄腕は冷や汗を拭い、息を吐く。へらへら笑いも途切れてしまいそうになる。だがそれは彼女の流儀だ。絶やすわけにもいかない。

「勘違いするな、鉄腕。わたしは軍人で、部下に対して責任がある。だが部下の耳たぶふっ飛ばされたくらいで、前後を無くすような人間じゃない。報復にあの女の子の頭を吹っ飛ばそうなんて考えない」

 右手で破片と埃を黄金色の髪から払いながら、ミリィは笑う。彼女は一歩下がり、アハト・アハトを構えた。黒い砲口が、真闇が鉄腕を呑み込まんとしている。

「だが借りは返してもらう。銃弾で失ったものは、銃弾で取り返す。もっとも、銃弾を喰らった後貴様の体は残っているかな?」

 ミリィは笑う。鉄腕はその笑みに笑みで返す。ゆっくりとコンテナから背中を剥がし、アハトアハトの射線軸正面に立って見せた。獰猛な笑み。葉巻から漂うポート・ワインの香り。クリスが少々心配そうな顔で、こちらを見下ろしている。

 心配するな、ハニイ。

 鉄腕は、ウィンクでその視線に答えた。銃口を向けられることには慣れ過ぎている。黒いのから白いのまで、さまざまいた。共通していたのは、ファックされたらファックし返してやったことだ。鉄腕は逃げない。たとえそれが、己を穿つ死の砲口の前だとしても。

「撃ってきな。レディ・ファーストだ。もっともアタシも女だがね……」

「それじゃあ、遠慮なく!」

 発射機構が帯電し、8.8センチの徹甲弾が轟音を挙げて飛び出した。世界に流れる時間が軟化し、鉄腕のニューロンが加速する。コンテナに塞がれて逃げ場はもはやない。それに、相手は想像以上に素早く動ける。砲身を砕く前に、鉄腕の右腕以外の骨が砕かれてしまうかもしれない。

 鉄腕は覚悟を決め、大きく体をひねり、右こぶしを叩きつけた! 

 その対象は、飛来する徹甲弾だ! 弾頭が潰れ、ひしゃげ、すべてを穿ち直進するはずの徹甲弾はベクトルを真逆に変えて、発射をしたアハトアハトの砲口に向かって戻っていく。

 炸裂。

 発射機構が、砲身が、ミリィの左腕が、爆炎に飲まれ、彼女の軍服を、黄金色の髪を、白い肌を覆いつくす。

「テつわンンーッ!」

 炎に飲まれ、軍人は絶叫する。一歩、二歩、三歩──。ミリィは倒れ伏し、動かなくなった。炎に飲まれた彼女の周りから、廃油に火が点き、炎上しだした。ここもいずれ、すべて炎に飲まれてしまうのかもしれない。

 鉄腕はボルダリングの要領でコンテナの山を素早く登る。直後、風切り音が鉄腕の耳に入った。鉄腕はとっさに右手を虚空に向ける! 着弾! 顔に向かった二弾目を、再度手で防ぐ!

「スナイパー君か! それどころじゃねえってのに」

 鉄腕は苛立つが、どうにもならない。三発目。高らかに鳴り響いたであろう銃声が、ぱちぱちと燃え上がる炎の音を裂く。鉄腕の元には、銃弾は届かなかった。

「ねえ、まだなの? 熱いんだけど」

 クリスはつまらなそうに、状況が見えてないかのように客観的にそう言った。彼女の指摘は当然だ。既に倉庫街のコンクリートは火の海、熱いとかそういうのの前に、酸素不足になりかねない。

「ちょっと待っててくれ、ハニイ。……なんだよ、焦らしがうまいな」

『鉄腕か』

 ぶつぶつと途切れるカリスマの唄声。伯爵の声。鉄腕はさらに苛立ちながら、その声に返した。

「契約は終了じゃなかったのか?」

『アフター・サービスだ。君は炎で狐を焼き尽くした。僕は外した二弾目の代わり、おまけの一発でスナイパーを片づけておいた』

「あんたにゃ珍しいサービスだ」

『スコープを撃ちぬくくらいはわけないさ』

「殺さなかったのか」

『ああ。殺すのはいつだって君だけだぜ、鉄腕。ハンティングはそういうものだ。では、また会おう』

 身勝手な通信が切れ、炎の音だけが倉庫街に響いていた。頑丈な砲身が、まるで朽ち果てた十字架のようにそそり立ち、それも炎の中に消えた。

「おなか減ったんだけど」

 クリスは黒い前髪をくるりとねじりながら、こともなげにそう言った。彼女の目の前では、何も起こらなかったかのように、淡々と。

 鉄腕はそれに笑ってしまい、彼女を縛り付けていた縄を断ち切り、抱きかかえた。

「帰るか。……ただし肉は勘弁だ。喰う気無くしたからな」


君が殺れ、僕が葬る 終

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