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アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
冷たい悪魔と燃えるようにギグして
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"I know you're here"

 薄暗い廊下がわたしの記憶を刺激する。

 鉄狼の巣。第四帝国の地下基地。わたしもかつてここで過ごし、帝国のために戦っていた。いまのわたしは、そんな帝国に文字通り牙を剥き、爆弾を腹に呑んで奥へと進んでいる。なんとも滑稽な話だ。

 ただ、それはわたしがミリィ・ハーネだったころの話だ。

 わたしはミリィであることを辞めた。ただ、その根幹にあるものは変わらないし変えられない。わたしを阻む壁があるのなら、わたしはそれを乗り越えるために動くだろう。

 廊下を抜けると、全天周囲ドーム状にさまざまな計器やモニターが設置された部屋にたどり着く。わたしに向けられていた銃口が下げられると、奥のデスクにいた人影が動いた。

「少佐。どうしてです」

 かっちりと着込んだ黒い軍服に軍帽。金髪から覗く千切れた耳たぶが痛々しい男が、椅子から立ち上がりながら言った。

「第四帝国はあなたにとって故郷のはず。自爆覚悟でくる必要なんてないはずだ」

「ミッターマイヤー。……やはり、そうか。お前の残したテープ──記憶そのものを歌として音声化し、聞いた者にインストールするためのものだったな。元上司として言う。わたしにきっかけを与えたのはお前たちだ。そのための武器──記憶と知識を与えたのもな」

 わたしはピンに繋がった釣り糸をみせた。対等な話し合いならば、必要はない仕掛けだが、いまのわたしにとっては生命保険そのものだ。

「軍人は死なん。ミッターマイヤー、わたしがただの人のままであれば、こんなことにはならなかった。泣き寝入りしていたかもしれん。だが軍人ならば、折れない心さえあれば、わたしは死なない。戦い続けられる。貴様は敵に武器を与えたんだ。指揮官としてあるまじきミスだ」

 記憶がフラッシュバックする。今でも彼の手を握ったことを覚えている。目の前の彼と同じ顔をした彼の事を。だがわたしは決めた。ミリィでなくレフティとして生きることを。だからこそ、さらに決断しなくてはならなかった。

「ミッターマイヤー。貴様も軍人なら、組織人ならば、わたしという敵をここまで招き入れた責任を取るべきだ」

「──それを、あなたから、俺に言うんですか」

 そうだ。返事は言葉にならなかった。彼はわたしの知っているミッターマイヤーではない。それでも、血の通った、わたしを慕ってくれる、部下だ。記憶の中では。

 記憶が混濁する。右手を握り込み、血が流れ込んでいく。

 それでも、わたしはオリィを助け出すと決めた。それが今のわたしの偽らざる決意だからだ。モニターが赤く明滅し、『Notfall(緊急事態)』をアピールする。軍靴の音が響き渡り、ガスマスク姿の軍人たちが殺到する。その数、十五名。恐らくはこの部屋の外にそれより多くの軍人たちがいる。銃口がわたしに向く音がする。

「抜きたいなら銃を抜くといい、ミッターマイヤー。もっとも貴様がそのルガーのトリガーを引くのと、わたしがこの糸を引いて自爆するのと、どちらが速いかは自明の理だ。先に言っておくが、わたしを撃って殺そうと言うのも無駄な話だぞ。死ねばわたしの義腕はただのおもりだ。垂れ下がった鉄塊は当然、糸を引く。少なくともこの基地は終わりだ」

「あなたの目的はなんです、少佐」

「オリィは何も知らない。わたしも貴様や帝国にこれ以上関わろうとは思わん。彼女を解放し、わたしのことは忘れろ」

 無言のまま、ミッターマイヤーは手を上げ、周りの部下に銃を下ろさせた。そして彼は、そばにいたガスマスク軍人になにやら耳打ちする。

「あなたはいつも正しいんですね、少佐」

「褒め言葉か」

「人さらいまでしてでも組織の拡大をしようってんですから、こっちは。あなたからみれば俺は、悪党でしょう。……でも、俺はそれが正しい事だと信じています。だからこうすることも、そうだと」

 彼は腰に吊ったホルスターからルガーP8を抜き、ぴたりと照準を合わせた。わたしは咄嗟に手を下ろして、爆弾ごと体を覆い隠そうとした。直後、銃声。彼はトリガーを絞った。鋭く二発の銃声が轟く。

 ひやりとわたしの産毛が逆立つ。痛みはない。ただ、マントに銃弾の焦げ跡。ゆっくりとめくると、わたしの脇を貫通しているのがわかった。恐ろしい銃の冴えだ。

「あなたはかつてついてこい、と俺に言いました。できることなら、ずっとそうしたかった。どんな危険な任務でも、あなたとならやれる気がした。俺はあなたの部下でしかない。それが、たった一人残されて、どうすれば良かったんです?」

 マントに引っ掛けていた手榴弾が落ちる。釣り糸が、行き場を失って転がる手榴弾に巻き取られていく。わたしにかすらせもせずに、彼は二発の銃弾でわたしの生命保険を剥ぎ取ってみせたのだ。

「あなたが教えてくれたんですよ。地獄の淵を歩くだけだと。俺は歩いてきたんだ。あなたがいなくなった後も。戻ってきてくれた後も。そうするしかなかったんだ。『俺たちは!』」

 数人のガスマスク軍人たちが、自らの装備を剥ぎ取る。仮面のように──いや、皮膚のようにと言い換えてもよかった。

 同じ顔だった。まるで、目の前のミッターマイヤーをコピー機にかけたように、全員が瓜二つなのだ!

 こんなことがあるのか。こんなことが!

「俺は大本営から、たった一人でオールドハイト支部の死守を命じられました。支援も予算もなく、使えるのはガラクタの試作兵器だけ。俺みたいなのが一人残って、なんになるんだって。最初はそう考えましたけど、あったんですよ。ペーパープランの中に、唯一苦境を脱せそうなものが。それがこの戦術人形(タクティク・プッペ)計画でした」

「クローン人間か。貴様、自分をオリジナルにしてこんなことを」

「あんたに言われる筋合いはありませんよ。あんたがいてくれれば、こんなことする必要なかったんだ! あんたが、俺たちの少佐にさえなってくれれば!」

 奥から、ガスマスク軍人の一人が後ろ手に拘束された女を連れてくる。間違いない。オリィだ。ご丁寧に、アイバニーズのギターまで持ってきている。薬でも打たれているのか、目の焦点は怪しく、足元もおぼつかない。

「あんたはミリィ・ハーネ少佐どのですよ。俺たちの指揮官だ。そうでしょう? だから、実証実験で『ギターを聞いた者を燃やす』ことができなかったこの女、処分するくらいは当然おやりになりますよね」

 わたしは拳を握る他なかった。わたしが知るミッターマイヤーとは、もはやかけはなれてしまっていた。その原因はわたしにあるかもしれない。責められるのは当然だし、その覚悟もしてきたつもりだ。

 だがオリィをそれに巻き込んでいいはずがない。

「あまりわたしを怒らせるな」

「だからなんだってんです。所詮あんたは身代わりなんだ。その分際で帝国を、俺を裏切るなんて、そもそも許されると思ってるのか!? ──俺はあんたを殺したくないだけなんだ!」

 彼は決断した。それの是非はともかくとして。だが、わたしは。わたしは──。

『彼女はギターを弾かなかったのさ』

 それは超自然的な声だった。わたしの目の前に奇怪な人物が現れ、声をかけたのだ。全身が銀色の肌で、目元だけを黒いサングラスで覆った、銀髪のロングヘアの男──。

『君が脱走してきた組織の人間に捕まったこと──それを察してからの判断は早かった。彼女は弦にすら触れなかった』

 誰なんだ、おまえは。

 まるで世界が一時停止したかのように軟化した時間の中で、男は不敵な笑みを浮かべていた。

『ギターの悪魔さ。今は彼女に取り憑いている。彼女が本気で弾けば、この基地の連中を全員痺れさせて、カリカリローストにだってできた。だが、そうすれば君に迷惑がかかると思ったんだろうな。薬を何発かぶち込まれても何も話さなかったし、何もしなかった。おかげで、僕は魂のビュッフェを食べ損ねたというわけさ』

 ああ。それは実に彼女らしい。

『今はサービスタイムさ。文字通りね。今、君と話すために時間の流れを極端に遅くしている。なんてったって、そのギターケースはわたしの家だからね。それを守ってくれている君は、恩人というわけだ』

 わたしに優しいと言ってくれた彼女。そんなもの考えもしない評価だった。二人でいるだけで楽しく、心が穏やかになった。そうして過ごすだけで幸せだった。

 今ここでまた時間が動き出したら、わたしはどうなる? オリィは?

「……悪魔に人助けは頼めるのか?」

 悪魔は聖人のように穏やかな笑みを見せてから、言った。

『愚問だね。僕は願いを受け止める存在だ』

「なら、対価はなんだって構わない。彼女を救うための力をくれ。戦うための力だ」

 彼はにやりと笑う。まるで地面を踏み抜くように足を叩きつけると、電流に炎を帯びたアンプが出現した。そして、軍人の持ってきていたギターのネックに触れると、絵を複写したようにそのギターを『取り出す』と、そのまま弾き始めた。重低音のメタル・サウンド。地面に電流が疾る。ゆっくりと悪魔がステップを踏む。右から左へ。かかとから爪先へ体重を移動させるたびに、サウンドは盛り上がりを見せる。音階は上がり、ホールいっぱいにスラッシュな音が突き刺さる。

『僕はギターの悪魔でね。そういうのは難しいが……手助けはできる。リクエストには全力で応えよう』

 ひときわ大きく腕を回し、弦を弾く。ドーム状に音波が響くと、一気に時間が動き出した。一瞬だった。その場にいるわたし以外の全員がこわばったように感じた。悪魔の力だったのかもしれない。

 わたしは右手で腰に帯びていた短剣を抜くと、目の前でオリィを拘束していたガスマスク軍人へ投げた。防護ガラスを貫通し、男は倒れる。同時に、左腕を射出し、ミッターマイヤーの首を掴むとウィンチで一気に引き寄せ、盾にした。

「よせ!」

 G8の銃口が一斉に自分へ向けられていることに、ミッターマイヤーは緊張しているようだった。

「撃つな! お、俺はオリジナルだぞ……!」

 直後、周りの兵士達は容赦なくトリガーを引いた! 銃弾で穴だらけのチーズに変えられた彼は、血反吐を吐きながらわたしに寄りかかった。

 何が起こった? 指揮官を容赦なく撃ち殺したのか?

 ぬるりとべたつく血が、妙に生暖かかい。体温が、命が失われていくのがわかる。期せずして、もっとも長く時を過ごした記憶のある男が腕の中で死んでいく。

「ミッターマイヤー!」

 血まみれのまま、虚空を掴もうと手を伸ばす。今の彼にできるのはそれだけで、今のわたしにはそれを見守るだけだった。

「少佐──やっと、会えたのに──俺は、あなたと──」

 息も絶え絶えにそう述べるのが、彼にはやっとだった。伸ばした手が垂れ下がった後も、わたしには何もできなかった。わたしにとって彼は、顔の同じ別人だった。彼にとってのわたしは? ──もっと大きな存在だったかもしれない。

 遺体を地面に下ろした後も、戦術人形達は不気味に静寂を保っていた。その中の一人がG8を投げ捨てると、腰のホルスターからルガーP8を抜き、躊躇なく自分の金髪をかきあげ、左耳に向かって銃口を向けると、トリガーを引いた。硝煙の臭いと共に、肉の焦げた臭い、血の臭いが混じり合った。彼は痛みからかくぐもった唸り声をあげたが、わずかに笑みを浮かべていった。

「今後、俺がオリジナルのマルク・ミッターマイヤー大尉だ。前任者死亡により臨時的ではあるが昇進し、今後全体の指揮を執る。ゼーレヴェ小隊を前に出せ。バルバロッサ小隊にも召集をかけろ。ミリィ・ハーネ少佐は敗北主義者だ。もはや帝国には不要である。処刑しろ!」

 ミッターマイヤーの声が響く。脳裏に焼きつく。わたしも彼も死ななければ、二人とも死なない、と言ったこともあった。それもすべて終わったことだ。終わったのだ。

 今、全てが過去へと押しやられた。わたしはマントの襟に縫い付けていたイヤホンを両耳に入れて、カセットプレーヤーの再生ボタンを押した。ゆっくりとした、たどたどしくも暖かいギターと共に、穏やかな男性の歌が始まった。

 ──故郷へ帰りたい。しかし、もはや帰れない。帰るべきところへの郷愁が一気に匂い立ち、そして消えた。

 わたしは左腕の肘を逆方向に折る。穴の空いたバレルがマントの中で伸び、何人かをまとめてスラグ弾の餌食にし、穴ぼこだらけに変えた! マウントしていたギターケースの固定ベルトを取り、それを持ち手にしてぐるぐる回転させ、何名かのミッターマイヤーを巻き込み殴殺! その時の衝撃でケースの留め具が外れ、中に入っていた手榴弾が数個頭上へ飛び出す。それを狙って、ルガーP8を右手に、空中で浮いていた手榴弾に向かって三発銃弾を打ち込んだ!

 ピンが砕けて外れ、出入り口に殺到する小隊に向かって落下、未だ覚醒仕切っていないオリィを抱きかかえると、机の裏側に身を隠す。直後、大爆発!

 ドーム天井に設置されていたモニターがばちばちとスパークし、轟音を上げて落下し、ギターケースを巻き込んで散華する。いい机だったようで、身を隠すには十分だった。

「何……? なんなの、これ!?」

 オリィが困惑の声を上げる。わたしだって同じ状況なら同じことを言うだろう。

「すまない、オリィ。君のギターは多分粉々になってしまった」

「レフティ!? そりゃ、構わないけど……なんで?」

「あー……申し訳ない。それしか言えない」

 天井を構成する薄い鉄板が、机のそばに落ちている。わたしはそれを机からわずかに出して、鏡のように出入り口を見た。少なくとも、敵の姿は見えない。わたしは左腕を捻り、ミドル・バレルにモードを変更する。武器弾薬を詰めたギターケースが早々に瓦礫の下に埋まったのは、正直失敗だった。あの『ミッターマイヤーの顔をした男ども』が何人いるかわからないのに、銃弾はあまり多くはない。現地調達はあまり期待しないほうがいいだろう。

「出よう、オリィ。こんなところに長居する必要はない。君も、わたしも」

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