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アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
冷たい悪魔と燃えるようにギグして
55/57

"スティーリィ"レフティ

 まるで、赤と青でできた川のようだった。

 いかにオールドハイト市警といえども、パトカーが片っ端から出動する騒動はそうない。

 オールドハイト市警99分署もその例に漏れず、ランス警部を乗せたパトカーも港湾部の倉庫街へと向かっていた。

 港湾部は貧困層の多いサウスパークのさらに南側にあり、ハドリア湾に面した形で広がっている。当然輸出関係の企業が軒を連ねているが、ペーパーカンパニーを隠れ蓑にした犯罪組織の前哨基地や格納庫を兼ねている場合がほとんどだ。開けてはいけないパンドラの箱、というのがここらにくだされる評価である。

 そうした事情から、警察がおおっぴらに捜査に入ることができるのは、近辺で大騒動が起こる時に限られる。今回はまさしくそのパターンだった。

「ビッグス、他の分署の連中に先越されんじゃねぇぞ」

 ランスはタバコに火をつけながら、部下に激を飛ばした。

「得点稼ぎにゃちょうどいいぜ。怪しいやつにゃ手錠ワッパをかけろ。怪しくなくてもだ」

 パトランプがフラッシュのようにあたりを照らす。事情聴取、怒声、悲鳴、両手を挙げて膝をつけられている者、テーザー銃で痙攣する者、金を握らせている者──

 ランスは迷わず人と犯罪者共を縫って歩き、憔悴しきり、座り込んだ一人の男の前に立つ。

「ミスタ・ペッピーノ。……ずいぶんお疲れだな? え?」

 今時、古風な片眼鏡の男だった。神経質そうな細面。赤と黒のタイガー・ストライプ高級スーツはすすだらけ。焼け出されてきた、といった感じだった。

「ランス君。いったいどういうことだ。あの鉄腕ハネッかえりは街にいないんじゃないのか」

「いないさ。賢いあんたのことだ。普段ならしない無茶無理をやってビジネスしたんじゃないのか。それにしても、派手にやられたな。カタギの倉庫も半壊だぞ。三合会チャイニーズあたりを怒らせたか? おい、教えてくれよ」

 ランスはタバコをくわえながら、にやにやそう尋ねた。クズ同士の火種ほど煽ってやると楽しいものはない。なによりビジネスになる。弱みにつけ込んだぶんだけ旨味が増す。彼は頃合いを見て、仲裁までする。恩を売ることでまたビジネスになる。

 ランス警部はそうして今の──オールドハイト指折りである裏社会の巨人として、君臨してきた。加えて、いざという時は制御不能の暴力装置である鉄腕が殴り込んでくると言われれば、少なくとも表立って逆らおうという輩はいなくなる。

 彼の行動原理はシンプルに金だ。警察官にとって、あぶく銭を稼ぐことができるのは、弱者か悪党を叩く時だけだ。

 彼は後者を選んだ。そのほうが稼げるからだ。

 だからこそ、ペッピーノからいくら絞れるかを期待しながら、まるで彼の友人のように話しかけたのだった。

「おーいおい。いいよ。何も話さなくていい。おたくの倉庫に何があって、いくらになる予定だったのか、なんてな。あんたの得意ジャンルは銃火器。それも裏ルートでわざわざアフリカやらメキシコやら中東へ送るんだから、慈善事業みたいなもんだろ」

「バカな、なぜそんなことを──」

「おい、そのへんで手を打っとけよ。俺は欲張りは嫌いだ。それともなにか? そっちはオトリで、荷物カーゴに貧乏人詰め込んで、密入国ビジネスをやってることをバラして欲しいのか? なら覚悟しろや。弁護士つけても必ず五年はムショにブチ込んでやるからな。大統領も喜ぶぜ」

「まくしたてるのはよしてくれ、ランス君! わたしは被害者なんだ! 今回に限っては、間違いなく!」

 ペッピーノが語った顛末は、信じがたいものだった。

 三時間前。

 コンテナに詰め込んだ武器弾薬を、アフリカ向けに出荷しようと船に載せる直前。ファミリーが所有する倉庫の二階事務室で、ペッピーノとそのファミリー達は、ロシア系の船長と次回の契約書の確認を行っていた。今回の取引は終わった。なら次回。

 生き馬の目を抜くが如き闇取引の世界では、安定した取引は非常に貴重だ。

「ミスタ・ゴルビッチ。弾薬の単価については、据え置きとしてくれて感謝しているよ」

 ゴルビッチは、白髪混じりのあごひげを撫でながら、ロシア人らしく愛想のない様子で答えた。

「わたし、嘘はつきません、かならず。しかし、ペッピーノさん。組織はよく思ってない、必ずしも。単価据え置き、組織にとって損となります。取引量の見直し、あるかもしれません、今後は」

「今後は──密輸より今は密入国が流行りだからねえ。モノより人の時代、困ったものですよ。あなた方にとっては運ぶものが変わるだけのこと。今後とも仲良く──」

 耳をつんざく爆発音。衝撃で割れるガラス。ペッピーノが感じ取れたのはまずそれだった。

「ボス、襲撃です!」

 スーツをすすだらけにした部下が、事務室に転がり込んでくるのに、そう時間はかからなかった。

「警察か? 手入れにしては乱暴すぎるぞ。それとも、どこかのギャング連中か? とにかく、叩き殺せ」

 銃声。マズルフラッシュ。怒声に衝撃が響き、ロシア式の紅茶の水面が揺れた。

 しばらくして、声や音が消えた。

 あまりに静かだったので、部下に言って事務室の扉をわずかに開けさせた。夜の冷たさが漂う倉庫──扉から見えたものを、部下は努めて冷静に話し、懐から銃を抜いた。

「ボス、コンテナが割れてます」

 コンテナが、割れる?

「何を言ってるんだ? まさか積荷を盗られたとでも? バカな。厳重なロックをかけてるし、重機でもあのコンテナを破れるものかよ」

「割ってんです、ボス! 『素手で』! 割れ目から武器を引きずり出してる!」

 そこまで言われても反応しないほど、ペッピーノはバカではなかった。スマートフォンを取り出すと、港湾地区の悪党達が運営しているウェブサイトにアクセスし、秘密のパスコードを入力する。

 彼らは、この港湾地区倉庫街において、ゆるい共同体であるとも言える。彼らにはそれぞれ既得権益があり、それは倉庫街をねぐらにしていることで機能する。

 ましてや、オールドハイトは通常ならば起こらないことが平気で起こる。カイジュウが闊歩し倉庫を踏み潰し、スーパーマンやスーパーガールが彼らに敵意をもって気軽に襲いかかってくるのだ。

 だから、そうした『異常事態』に直面した際、まるで自警団の自衛行為のように、悪党共は団結できるのだ。パスコードは、そのための狼煙のようなものだった。

 そして事実彼は正しかった。襲撃者はその類の危険人物だった。

 その人影は、ギターケースと一緒に、アサルトライフルとパンツァーファウスト3を背負い、右手にナイフを持っていた。緑色のマントを羽織っていて、顔は見えない。

 ペッピーノの視線に気づいたように、姿勢を低くすると、倉庫の扉を見た。次の瞬間、銃声と共にシャッターに穴が開き、そこから光が漏れ出した。

「ここだ! 殺せ!」

 ペッピーノは叫ぶ。

「サツが来る前に始末するんだ!」

 人影は冷静だった。木になった実をもぐように、『鈍く光る左手で』緑色のマントから手榴弾を取ると、開きかけたシャッターへとなげる。

「手榴弾だ! 逃げろ!」

 シャッターの外で何人か巻き込まれ、ペッピーノは吹き飛ばされた。彼はそのまましたたかに体を打ち付けてしまい、気絶してしまったのだ。



「それで、あんたが気づいたらこの騒ぎだったと。そりゃ災難だ。同情の余地ありだな」

 ストレッチャーがゴロゴロと近づいてくる。悪党どもにも入院する権利がある。ましてや、ペッピーノの倉庫は爆発によって倒壊、炎上しており、彼の商品は灰に返った。逮捕する旨味もほとんどない。

「しばらく休暇でも楽しむんだな。おたくが目星をつけた鉄腕もそうしてるぜ」

「馬鹿なことを言わんでくれ、警部」

 ストレッチャーへ乗せられたペッピーノは、怒りからか上半身を起こしていった。

「私は鉄腕を──いや、鉄腕のような女を見たんだ。『左腕が鋼鉄製の女』を! 見間違いなんかじゃない!」

 遠ざかっていくストレッチャーに、救急車。ランス警部のコートが翻り、土煙を残して去って行く。彼はもう哀れな倉庫業者のことを忘れてしまっていた。

 倉庫三棟倒壊。そのうち一棟は焼失。怪我人十五名。死者四名。関わった組織は三つだが、『左腕が鋼鉄製の女』と聞いて一気に怖気ついたとかで、今の段階では報復活動は見られない。

 だが、いずれこの騒ぎの犯人が鉄腕ではないことが知れるだろう。やつはワイキキビーチで暖かい日差しを浴びて、愉快な色のドリンクやらなにやらを飲んでいるに違いないからだ。そうなれば『左腕が鋼鉄製の女』とやらは、随分厳しい立場に置かれるはずだ。ペッピーノのファミリーだけでも、捌き切れないだろう。

 一方で、通りに残る激しい戦闘の残滓──弾痕や爆発によるクレーターを見て、ランスは考える。

 こうまでして、奴は何を手に入れたかったのだ?

 金も、ヤクも、ほかの密輸品にも目もくれず、持てるだけの武器弾薬をわざわざマフィアから掻っ払う意味がわからない。

「いや、逆か?」

 夜風に紫煙がかき回される。

「そうでもしないと手に入れられなかった?」

 アメリカは銃社会だ。だが無法地帯ではない。銃を買うには身分証明がいる。手に届くまでの時間だって数日かかる。個人間の売買といった手や、モグリの銃ディーラーもあるが、大抵そういった場合足元を見られる。女がかっぱらった銃の量ならひと財産持っていかれるだろう。

 そんな金も、時間も、なにもかも余裕が無いのだとしたら。

 そんな飢えた狼みたいな野郎が、とにかく大量に銃火器を集めたいと考えたのだとしたら。

「警部?」

 足元に吸い殻が散らばっているのに気付くまでに、長い時間がかかった。他の分署の連中は、相変わらず忙しない現場検証中だ。ビッグスに向き直ると、ランスは足元の吸い殻を踏みにじった。

「帰るぞ、ビッグス」

「はあ。しかし警部、いいんですか? 他の分署はまだ忙しそうですけど」

「どうせ中央本部やらFBIが出てきて、所轄の邪魔をするさ。それより、すぐ署に戻るぞ」

 ビッグスはまだ納得いかない様子だったが、表だって反抗するようなタイプではなかった。パトカーに乗り込むと、ランスは署長に連絡を入れた。今夜は危険だ。テロリストまがいの女が、何か仕掛ける可能性がある。99分署の管内だけでも、警戒態勢をとるべきだ、と。

 受け入れられるとは思えないし、それが当たり前だ。だが警告はした。彼の勘はこういう時よく当たる。本当なら別に気にする必要など何もない。ランスとしては、オールドハイトが荒れているほうがビジネスになるからだ。

 だが、娘はそう言わなかった。

 彼女はオールドハイトを愛していた。娘でなければ、なんと狭い視野だと笑ってしまうほどに。

 オールドハイトに対して、警察官として最低限のことをする。それが、ランス警部の数少ないルールで、残り少なくなった約束だった。

「ビッグス」

「はい」

「今夜は荒れるぞ。分署に帰ったら腹ごしらえしとけ」



 地下鉄(サブウェイ)セントラル・パーク駅。

 そのそば、市役所の入り口から三百メートルは離れたところに、オールドハイト・ケーブルTVの本社ビルがある。その裏側にあるマンホールを降りて、地下鉄路線を南に下っていく。本来なら、サウスパーク側から下水道に入っても良かったのだが、崩落事故があったとかで今も工事中だ。『新・鉄狼の巣』へは別ルートを使用する他なかった。

 地下鉄のライトとすれ違いながら、武器弾薬を満載したギターケースを背に、わたしは地下へと潜っていく。不思議と感情はフラットだった。記憶が戻り、トリガーを引き、硝煙の香りを嗅ぐたびに、わたしは落ち着きを取り戻していった。霧が晴れるように目的がはっきりしていく。

 基地のロビーは、いかにもコンクリ打ちの地下空間をそのまま使用しているような、そっけない空間だった。お出迎えは数人。H &K G8を手にした、ガスマスクに緑色のトレンチ・コートの軍人たち。わたしにどのような感情を持っているかはわからない。

「お疲れ様です、ミリィ少佐」

 マスクでくぐもった声で、男たちがそれぞれ言う。

「ご帰還おめでとうございます」

「荷物をお預かりします」

「結構だ」

 冷静だったはずのわたしの心臓が、早鐘を打ち始めた。全身にはじめて血が通ったような感覚だった。この先にオリィがいる。わたしは組織に始めて直接牙を剥く。

 なにもかもがはじめてのことだった。

 もしかしたら、最後になってしまうかもしれなかった。

 だが、それでも意思は変わらなかった。所属はどうあれ、わたしの本質は軍人だ。軍人の本分とは折れない心だ。鋼鉄の精神があれば、軍人は死なない。死ななければ、いつか目的は達成できる。

 わたしは夜を飛ぶコウモリのように、孔雀のように──マントを両手で持ち上げて、中身を見せた。

 即ち、釣り糸で左手から安全ピンに繋がれた手榴弾──そして、腹に巻かれた大量のC4爆薬を。

 軍人たちの表情こそわからなかったが、恐れや動揺が僅かに広がったことだけは確かだった。

「道を開けろ。ミリィ・ハーネなど、もうこの世界のどこにもいはしない。わたしはレフティだ。ただの一人の女だ。だがお前たちを全員敵に回してでも、ここを押し通る。それとも、わたしと道連れに基地ごと人生を終えたいか。道を、開けろ!」

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