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アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
起動せよ(セットアップ)!鋼鉄巨人
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Short farewell my hometown

「面白いジョークだな。アメリカ式か?」

 初老の男はヒゲをしごきながら言った。

「ただ、分別なしに言うことではないぞ。銃口の並ぶ中では特に。破滅的と評価せざるをえん」

 鉄腕は葉巻を燻らせ、ヴェロニカを抱きかかえながら笑った。

「そうだろうな。ただ、悪い話じゃないんじゃないか? SOHKSのことをどこまで知ってて戦争だなんだと息巻いているのか知らんが、やつらには少なくとも地の利がある。補給に物資に金、情報、人材──アンタらがどこから出張ってきてんのか想像もつかないが、まさかロシアからわざわざ足伸ばしてるんなら、運命は決まってる」

「運命ときたか。どうなるというのだね」

「伸びた補給線は切られる。戦略の基本だろ? とまあこれはアタシの相棒の受け売りだが……」

 カイジュウが倒れ、鋼鉄巨人にマウントパンチを浴びせられる。何度も何度も。白い血液が飛び散り、巨人は白く染まる。

「この街はヤバイ街だ。よく調べてきたんだろ? 何でもあるし何でも起こる。あのロボットだって、SOHKSとは何も関係ないんだ。アタシの友達が息巻いて出撃させたやつさ」

「友達自慢なら間に合ってるぞ」

「ま、聞けよ。要はアタシがいいたいのはな、現地の手足が必要なんじゃないのかってことさ。その分、アタシは適任だぜ。金で転んで、SOHKSに恨みがある女だ。あのカイジュウで何をやりたいのか知らんが、少なくともあの爬虫類よりはこの街の事は知ってるぜ」

 初老の紳士は少しばかり考える素振りを見せた。鉄腕にとってはそれでよかった。ヴェロニカを立たせる。

 ここで取るべき方策は何か。いろいろあるだろう。まず銃は怖くない。だが、このボロボロのヴェロニカを盾にするのはノーだ。仕事でも無いのに人間を──ましてやレディを──盾にはできない。

 では、本気でGRUと手を組むか。SOHKSは気に食わない連中だ。我が物顔でオールドハイトを荒らしているし、何より鉄腕の右腕を切り落とした仇がいるかもしれない。

 GRUにはそうした縁は無いが、イコールすぐに手を組んで良い相手かどうかはわからない。

 だがビジネスならば別だ。

「さあ、どうする? 今なら早いもの勝ちだ。SOHKSがカネを積むなら、アンタたちをまた殴りに来なきゃならない。今はその心配をしなくていい。なら、永遠に心配しなくて済むほうがいいだろ?」

 老紳士の口角があがり、それに伴って口髭が持ち上がる。

「結構だ、薄汚い資本主義者め。後顧の憂いというならば、貴様を殺して断ってくれる」

 鉄腕はとっさにロングコートを翻し、ヴェロニカごと体を覆い隠した。特殊繊維性防弾防刃コートにかかれば、豆鉄砲程度は防いでくれる。

 マズルフラッシュに銃弾の嵐の中を、彼女をひきずるようにして、後退。柱の影に隠れる。

「おたくのとこの上司、なんとかならんのかい? アンタごと蜂の巣にするつもりだ」

 ヴェロニカはコートの中で呻く。鉄腕はため息をついて、スマートフォンを操作した。

「クリス、どうだそっちは? ビーム砲とか、レーザーライフルとか持ってんのか? 持ってない? ミサイルならあるだろ。時間がない。今すぐオールドハイトステイトタワーの最上階に向かって打ち込め。一分以内だ、少なくともな」

 一方的にそう言うと、鉄腕はまたため息をついた。足音が近づいてくる。彼女は膝を叩き、勢いよく立ち上がると、軍人共の前へと立ちはだかった。後ろにはエレベーターの入り口。点灯しながら、カウントを重ねていく階数。

「なんの真似だね? この後に及んで命乞いか?」

 初老の紳士がせせら笑う。鉄腕もそれにつられたように笑う。自信に満ちた笑みで、ジーンズのポケットに右手を突っ込んだまま。

「人生最高の三十秒にしよう、シロクマくんたち」

「この女を撃ち殺せ」

 そう言ったのと、鉄腕がポケットから右手を抜いたのはほぼ同時だった。右親指の爪には、一セント硬貨が添えられていて、それを人差し指で引っ掛けている。各指にはおなじ硬貨が挟まれているという、なんとも奇妙な状況だった。

 鉄腕は、そのコインを弾いた。不運な男の手の甲をめり込み、銃を弾き飛ばすには十分すぎる威力。なにせ直径の大きさなら9mm弾よりある。彼女の腕が万全なら、手ごと銃を吹き飛ばすことも可能だったろう!

 西部劇のガンマンのごとく、鉄腕は正確に急所へコインをぶつけてゆく。ただ一つ違ったのは、彼女は防弾コートに身を包み、軍人共の銃弾を寄せ付けなかったことだ。

 決闘は死ぬまで終わらない。だが一方が死ななければどうなるか。

 それは消耗戦であり、虐殺に近かった。繰り返すようだが、鉄腕の右手が万全ならそうなっていた。

「チップはいかがかな、ロシアの紳士くん」

 六人ほどの軍人達を昏倒させてもなお、老紳士は動じていなかった。それどころか、拍手をしてくるではないか。

「なるほど。往生際、諦めが悪い──」

 Peep。パーティーの終わりが近づいてきていた。鉄腕はヴェロニカをエレベーターに放り込み、最後のコインを装填せっちすると、紳士に向けながら言った。

「悪いね。アタシはそれだからこの街で生き残ってきたのさ。……ビジネスは終わりだ。見なよ」

 カイジュウが倒れ、白い血を吹き出し、とうとうノックアウトされていた。鋼鉄巨人が膝を折ったのも見えた。

 そして、推進剤を吹き上げながら、こちらに向かってくるミサイルの姿も──。

「さよなら(ダスビダーニャ)だ、GRUの人。カバーストーリーはあんたが主役だぜ。尤も、それをアンタがお目にかかることは無いだろうが……」

 エレベーターの扉が閉まり、老紳士が取り残される。彼が何を思ったのかは分からなかったが、迫り来るミサイルに対して彼は──。




 オールドハイト・ステイト・ビルは最上階を吹き飛ばされるという憂き目にあったものの、奇跡的に死傷者は出なかった。

 謎のカイジュウはあっという間に片付けられ、その正体がなんだったのかは誰にも分からなくなった。

 街の人々や、ネット上の映像ではカイジュウと戦うロボットの動画が流れたが、よくできたCG作品として処理され、海外で話題になった。

 そうしていつものように、オールドハイトの夏は終わっていくのだ、と思われていた。


「……なんだい、本当にハワイに行くのかい? 腕はもう直してもらったんだろ」

 オールドハイト国際空港、発着口前ロビー。旅人達が別れを惜しみと出会いを喜ぶ場所に、鉄腕とクリスはいた。

「さすがにやり過ぎたからな。ランス警部め、カバーストーリーだけじゃ物足りねえ、今度ばかりはアタシに実刑をつけるなんていいやがるし」

「だって、タワーの近くでやってたプロレス興行が中止になっちゃったんでしょ。警部、スーパーボウルくらい楽しみにしてたんだし、怒って当然なんじゃない」

 ゴールドストン婆様は、そうかい、とそっけなく言うと、クリスを思い切り抱きしめた。

「苦しい」

「ババアに孫を抱きしめるくらいのワガママを許しておくれよぉ。寂しくなっちまうねえ!」

「クリスはアンタの孫じゃねえし。だいたい一月もすりゃ戻るよ。そのくらいすりゃ、あの警部も頭が冷えるだろうさ。ちょっとしたバカンスってやつだ」

「本当かい。……だがねえ、アタシはどうも最近のオールドハイトがきな臭く思えてねえ。困ったことがあったらどうすりゃいいのさ」

 鉄腕は葉巻をくわえながら、にい、と笑みを浮かべた。

「アタシの他にも選択肢はいろいろあるだろう、が……ま、その時はその時だ。いつでも呼んでくれればいい。婆さん、アンタがカネを積んでくれるなら、地球の外からでも駆けつけるぜ」



 赤土色のスーツのまま、路地裏をうろつくのにも疲れてしまった。

 ヴェロニカは見も知らぬオールドハイトの裏路地でうなだれ、うずくまっていた。

「ロシアに帰りたい……」

 パスポートはオールドハイト・ステイト・タワーの最上階ごと吹き飛ばされた。そもそもGRUの特務研究部局に連絡する方法も分からない。ヴェロニカは配属されて間もなく、経験も浅かったのだった。

 マズルフラッシュと絶叫が響き渡り、静かに薬莢が落ちる音がした。反射的に、小さなナイフの柄を握った。この摩天楼の中で唯一彼女が頼れるのが、このナイフだけだった。

「……見ましたか、あなた?」

 その女はいつの間にかそこに立っていた。硝煙の香りを漂わせて、右手にはナガンリボルバーを持ち──左手にはウォッカを。

「死にますかあなた? 許しません目撃者」

 ヴェロニカはもう笑うしかなかった。なんとでもしてくれ。所詮この街は、自分のような余所者を受け入れるわけがなかったのだ──。

「Убей меня(殺して)……」

『あなた、ロシア人?』

 女は流暢なロシア語で言った。

『どこから来たの?』

 ヴェロニカは光を見たような気がした。ああ、地獄にも居場所があったのだと。それを逃さぬように、彼女は必死に縋り付いた。

『私、私──軍人で、任務で!』

 女はウォッカをあおり、スローにも見える動きで弾を込めた。ヴェロニカにはそれが何を意味するのかわからなかった。彼女はリボルバーをキリキリと回転させると、こめかみに銃口を押し付け、迷わず引き金を引いた。

 弾は出なかった。

 次の瞬間、ヴェロニカの眉間にその銃口は向けられていた。

『追っ手かもしれない。──そうじゃないかもしれない。正しい事を知っているのはこのトリガーだけ。……カーニバルか、太齋か──』

「やめ、て」

 言葉はそれ以上続かなかった。

 殺される。死ぬ。こんなところで。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ──。

 マズルフラッシュがちかり、と路地裏を照らし、硝煙の臭いがわずかに漂った。

 そのそばで、人々は行き交い、奇妙な日常にも、非日常にも気づかずに今日を過ごしていく。

 そう、鉄腕という女が一人いなくなっても、なお。

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