R.I.P My Bro's
それはまさしく鋼の城とでも言うべき威容であった。広々とした地下空間には、間違いなくそれが眠っていた。
黒鉄の肌、丸太のような手足──戦車や装甲車に手足がついていて、犬が伏せるようにしているようにも見える。
「頭がないぜ」
「あんなものは飾りだよ。もともと、DARPAから提供を受けた、BIGDOGの研究データを利用して作ったからね。ロボットというよりはようやく二足歩行に持ち込んだ戦車と言うべきかも」
「あの怪獣、倒せるの?」
クリスがもっともにして痛そうなところを突いた。とてもヒロイックなメカには見えない。やられメカ、とでも言うべきだろう。
「爬虫類怪獣は四足怪獣より強いって相場が決まってるじゃない」
カンザキは芝居がかった様子で、ちっちっ、と指を振った。
「言いたいことは分かるけど、ナメてもらっちゃ困るな。あの怪獣はせいぜい10メートル。こっちも立ち上がればどっこいどっこい。相撲、見たことある? 同じ大きさならパワーがものを言う」
コンソール操作し、赤い警告ランプがけたたましく鳴り、鋼の城を照らし出す。
床の一部が突如せり上がると、ジュラルミン・ケースが姿を表した。カンザキはそれを取ると、机の上に置き、開いた。
円形上のつまみが3つ。スイッチが4つ。ラジコンヘリのリモコンのような、レバーのように大きな操作スティックが伸びている。さながら四半世紀以上昔のSFガジェットのようだ。
「さてと……君たちゲームは得意?」
妙にキラキラした目で手を挙げたのは、クリスであった。なるほど、なんとかという戦車のゲームの達人だったはずだ。
「ハニイに譲ろう。あいにくバイクとレディ以外の『操作』はしない主義でね」
鉄腕がそう言うが早いが、クリスはコントローラーをひったくると、電源ボタンらしきそれを躊躇なく押した。直後轟音。ホログラフがロボットを背に音もなく立ち上がり、威圧的なフォントの漢字が表示され、進捗バーがせせこましく伸びた。
「鋼鉄巨人! それがこいつの名前だ」
「パクリじゃん」
「ロボットはだいたい特殊合金性のデカい人型だからいいの!」
レールが電磁気を帯び、ばちばちと空気を鳴らす。レールガンやリニアと同じく、強大な指向性電磁気が巨大な機体をふわりと浮かせた。
「よし、リニアシステム、オールグリーン! いいかいクリスくん。あとは巨大なラジコンと同じだ。リニアシステムの座標はサウスパークの下水道にセットしてある。あとは立ち上がってブチのめしてやれ!」
格納庫の扉が開く。ぽっかりと開いた暗い穴から、下水の匂いが鼻を付くが、そんなことはカンザキにもクリスにも関係ない。今彼らはロボットを動かすことにだけ注力しているのだ!
「任せといて。……発進!」
電流がレールを奔り、鋼鉄巨人の体が一気に打ち出される! ホログラフ式のモニターには、光ないトンネルを爆走する巨人が見る世界が映し出されていた。わずかにもれる光の点が、どんどん大きくなっていく。
排水口を砕き、巨人は枯れた用水路へ飛び出す。まさにサウスパーク、それも怪獣の目の前!
「ビンゴ! よぉし、クリスくん。いちばん右端のスイッチを押すんだ。戦闘モードだ!」
「了解!」
鉄腕は呆れ返って、端っこにあった冷蔵庫を開くと中身を見た。エナジードリンクにルートビアやドクターペッパーに紛れ、ビア・ザ・スターが入っていた。ないよりマシだ。ビールでも飲まないとやっていられない。
どっか、とソファに見を投げ出し、プルタブを開けたところで、どうやらロボットが立ち上がったのが分かった。
「すごい、変形した!」
テレビをつけ、ニュース番組に変えてみると、なるほどさきほどの座り込んだ犬が大した進化を遂げていた。キャタピラ部分を足に立ち上がり、三本指のお粗末なマニュピレータ。先程はなかった頭から、赤い一つ目が怪獣を射抜く。
「ずいぶん強そうなロボットだことで」
ビア・ザ・スターは相変わらずクソまずかった。安くて酔える以外に、鉄腕はこれを買う理由が見当たらない。
少し酔いが回り始めた頭で、鉄腕は考える。一体、この怪獣は何なのだろう?
どこから来たのか? 古い映画じゃあるまいし、放射能で巨大化するわけもないだろう──。
「……SOHKS? まさかな……」
科学的秘密結社SOHKSなら、巨大生物の一匹や二匹は飼っているかもしれない。ただ、それを無軌道に暴れさせてもなんの意味もないはずだ。
もし、この怪獣を暴れさせている誰かが存在するなら、その行動には何か意味がある。
「すごい! 武器腕じゃん! シブいね!」
「だろォ〜ッ!? これだけは絶対やりたかったんだ! 変形するし!」
まるで子供のように──もっともクリスは実際子供だが──はしゃぐ二人を尻目に、鉄腕は外へと向かった。この街で何かが起ころうとしているなら、鉄腕の出番だ。
ハーレーに跨り、アクセルを握る。多少違和感はあるが、問題はない。オールドハイトには珍しい青空を、戦闘機が二、三機割いて飛ぶ。
SOHKSの中には、おそらくこの右手を落とした男がいる。鉄腕は、その落とし前だけはつけねばならない。因縁はいつか断ち切らねばならない。その手がかりに繋がるならば、鉄腕は動く。
「いやがったなこのアマ……」
ハーレーを取り囲む男たちに気づいたのは、キーを差し込んだ直後であった。
数人のガラの悪い黒人共が、鉄腕を取り囲んでいたのだ。
「すまねえが急いでるんでね。サインならまた今度にしてくれないか、ブラザー」
「誰がブラザーだ! みんな、囲んで殺っちまえ」
脳天に銃口が向かい、鉄腕の頭を捉える。なるほどいきなり大ピンチだ。
「怪獣がサウスパークで大暴れだってのに、女一人によってたかるのはどうなんだ、ブラザー」
「むしろサツが化物にかかりきりで都合が良いんだよ。覚悟しろよ、アスファルトに肉撒き散らしてやる」
鉄腕は左手で新しい葉巻を取り出してくわえると、右手でこめかみを叩いていった。
「あー……いやすまんね。名前が思い出せない。あんたらみたいなギャングはみんな同じカッコに見えるもんでね」
「ノースサイド・デビルスだ! テメー、キング“ビッグボディ”ニコルズを病院送りにしといて、忘れたとは言わせねえぞ」
名前だけは思い出せる、そんな程度の男だった。コール・ガールにしつこく言い寄っていたのを、ひねりあげて全身の骨をバラバラにしてやったっけ。
鉄腕は、時折そうしたトラブルに顔を突っ込んでは、恨みを買っているのだった。
「ビッグボディは一生自分でシコれなくなったんだぞ! ふざけんな!」
「じゃあお前の上か下の口で相手してやれ、ブラザー。生憎アタシは人を殴って金をもらってるんでね。恨むのは筋違いさ」
鉄腕は右手を握り込んだ。いつもの腕と比べれば、なんと頼りない拳だろう。しかしアンナ・マイヤーは『鉄腕』だ。右腕一本でどんなトラブルも解決してきた。
右腕が頼りないなら、他の手足で補うだけだ。
特殊繊維性防弾コートを翻し、ブラザーたちの銃弾を弾き飛ばす。ただの機械の右手では、どうにもならないかもしれない。だが鉄腕には、常人に敵わぬほどの握力を実現した左手がある。怪獣を殴り飛ばすことはできないかもしれないが、ブラザーたちの脳を揺らし、骨を砕くだけのパンチを放つことは十分に可能!
ブラザーの歯が、ブラザーの顎の骨が、あばらが砕ける!
「ふざけんな! テメェーッ!」
トリガーを絞る。マズルフラッシュ。爆音。右手の小指に当たり、銃弾がはずみ、頬をかすめる。小指がひん曲がり、鉄腕はニヤリと笑いながらそれを左手でもとに戻した。
「嘘だろ……ゆ、有名な話だぜ。鉄腕の右手が使い物にならなくなったってのは!」
「悪いな、ブラザー。アタシはそもそもステゴロならいくらハンデつけても強いのさ」
「そ、そんなの聞いてねえ!」
「だろうな。特にCMを打った覚えが無いしな」
鉄腕は左手を大きく振りかぶると、同時に息を大きく吸い込む。数ミリ葉巻が燃え尽きて、オールドハイトの霧より濃い紫煙が吐き出される──同時に、煙を割いて左手が伸び、男の喉をがっちりと掴んだ!
「さあ、おねんねの時間だ……ぜ!」
なんと自分より一回りは大きいだろう男の身体をゆっくり持ち上げ、思い切り背中からアスファルトに叩きつけた!
あまりの衝撃に、蜘蛛の巣状に砕ける道路! 目を丸くしながら血を吐くブラザー!
「R.I.P(安らかに眠れ)だ、ブラザー」
地面にタイヤの痕を残して、ハーレーがブラザーたちを置き去りにしてゆく。
鉄腕にはカンがある。そのカンで、なんとなく心当たりが出来ていた。即ち、この怪獣騒動の黒幕の居場所だ。
SOHKSであるにしろ、そうでないにしろ──こんな面白くて手間のかかる騒動を、生で見ない手はない。試合観戦ならライブで見るに限る。誰だってそうするはずだ。
観戦しているとすれば、あの大きさを完全に見下ろせて、なおかつオールドハイトの摩天楼をも上回るほど大きな建物となると、そう多くはない。
「となりゃあ──オールドハイトイチの高さの建物、その最上階──つまり、オールドハイト・ステイト・タワーだ。怪獣見物をしてる連中のとこへ、登っていけばいいわけだ。キングコングみたいにな──」
鉄の心臓が唸り、アスファルトを削り取る。あのロマンで動いているポンコツが怪獣を抑えている間に黒幕を倒さねば、鉄腕のアパートだけでなく、オールドハイトそのものが壊滅状態に陥るだろう。
「ハワイへ先に行っとくべきだったかな……ま、二度も連中に出し抜かれるのはムカつくからな。お望みどおり、遊んでやるとしますかね──」




