インデペンデンス・デイ
「皇帝ばんざい!」
万雷たる臣民の声。市庁舎二階、市長室に併設されたバルコニーより、ケイは新たに帝国へ帰順せし臣民へ祝福を下賤した。
彼には何も無かった。なかったからこそ、この衝動を操る能力を探ることに数日を費やした後、今回の行動に出た。
結局、能力はやりながら覚えた。何人かケンカをはじめて、ミンチ肉の塊になるまで殺し合ったりしたが、その加減もだいたい覚えた。
そうだ、覚えれば何も問題はないのだ。何度失敗しても立ち上がって、覚えていればそれでいい。
結果はこのバルコニーの下のとおりだ。ばんざい。ばんざい。皇帝ばんざい。
「陛下、この後はいかがいたしましょうか」
副市長をセロハンテープの台でしこたま殴って、今の地位を手に入れた『大臣』が、努めて冷静に言った。彼女のメガネには副市長の肉片と血が飛び散っていた。
「少なくともこの市庁舎において、皇帝陛下に反旗を翻そうという輩はおりませぬ」
「だといいがな」
ケイは市長室を見回して、あまりの趣味にため息をついた。調度品はご立派だ。大きなデスク。その後ろには、市旗が飾られており、本棚にバーカウンター──その隣に、黄金色のなにやら和風の絵が書かれている衝立。その前に、なんと刀置き。当然、刀も。
「市長の趣味か?」
「その通りです。剣道もおやりになるとかで」
ケイはまず市旗を旗差棒からひっぺがすと、その身に纏った。彼がそうするだけで、王者が身にまとう豪奢なマントのように見えた。
そして、刀置きから刀を引ったくると、杖のようにそれを絨毯へ突き立てた。
「どう? 皇帝に見えるか」
「まるで神がこの世に遣わしたる者かと」
「神聖皇帝ならそうでなくちゃな」
「お恐れながら、陛下」
大臣ははっきりとそう述べた。仕事ができる女なのだろう。言い方もムカつきはしなかった。
「なんだ」
「下々の者には下々の、皇帝陛下には皇帝陛下の言葉がありましょう」
「そう言われてもな」
「いえ。陛下はいずれオールドハイト、いやアメリカ全土を手に入れましょう。その時には、それだけの領土の主として相応しい人間にならねば。いまから言葉だけでも気をつけるべきかと」
皇帝はFワードは使うのだろうか。はやり言葉は? ネットスラングは分からない。しばらくインターネットを見る機会が無かったからな。
「エリス大臣、お前の忠告は聞き入れとくよ。だがまずは領土だな。手っ取り早く、俺の目を多くの人に見せつければ多分勝手に支持は集まるだろう。市役所なら、テレビ局みたいな設備もあるんだろ」
エリス大臣はメガネの血を拭き取りながら首を振った。予想外だ。映画とかじゃ、こういうとこから緊急ニュースを流すんじゃないのか。
「お恐れながら、ホワイトハウスのような設備は用意しておりません。災害用の放送システムも州政府のものを使用していますから、ここには……」
「じゃ、どうしたら良い」
エリスはしばらく口元に手をやりながら考え込んでいたようだったが、控えめな胸元のポケットから万年筆を取り出すと、それで窓の外を指した。
「二ブロック先に、オールドハイトケーブルTVが。そこを攻め落とし、帝国の領土とした上で、国営放送局にいたしましょう。そうすれば、郊外に住む人間まで、OHCTVの視聴者は我らが臣民となるはずかと」
「分かった。じゃ、まずはそこからだな」
ハーレーが唸りをあげて、アスファルトを削る。サイドカーごと炎の跡を残し、サイレンをつけたままのパトカーだけが残された道路を征く。
夜のゴーストタウン。誰もいない。オールドハイトタイムズの朝刊が舞い、乗り捨てられた高級車やら、露店がそのまま放置されている。漂う霧には人の気配がない。それがまた不気味だ。
鉄腕はハーレーの上でヘルメットを外す。クリスもそれに習うように外し、あたりを見回す。
「地球最後の女になった気分」
「アタシは大型犬」
ふざけて犬の鳴き真似をしてみても、誰も答えるものはいない。誰も。
すでにオールドハイト市警によって、市庁舎とその周辺ブロックは完全封鎖されている。地下鉄はこのあたりには止まらないようにルート変更された。ここにいる誰かは、帝国の人間ということになる。
「で、賢いクリス。今回もヤバいビズだぜ。アタシとお前で、千人近いこの区画の人間をぶっ飛ばさなくちゃならねえ」
クリスははあ、とため息ついてから、ヘルメットをサイドカーに放り投げた。
「じゃ、賢いなりに言うけど。千人の中には、戦闘能力バリバリの警官から、そうでないお年寄りまで千差万別。千人そのまま相手にするってのは認識としても戦略としてもマズイやり口だと思うね」
「あーそう。じゃ、どうする?」
「君の得意分野だろ? 皇帝を探す。それまでに相手しなくちゃならないヤツだけ相手する」
「単純なのは好きだ」
「でしょ」
その時であった。摩天楼からきらりと、星が光る。星ではない。ライトだ。工事用のライトが、ランウェイを歩くスーパーモデルを照らし出すように、鉄腕達に光を浴びせたのだ!
「皇帝陛下ばんざい!」
「帝国ばんざい!」
どこからかき集めたのやら、窓から顔を出したのは警官に混じりサラリーマン達。そしてその誰もが、銃を手にしてこちらを狙っているのだ!
「乗れ、クリス!」
クリスの首根っこを掴み、サイドカーへ突っ込むと、アクセル全開急発進!
一斉に始まるガン・ファイア! 中に人がいなかったはずのパトカーが動き出し、中から警官とサラリーマンの混成部隊が顔を出す!
そして、車上銃撃戦だと言わんばかりにショットガンやら拳銃をぶっ放す! 追われる側には迷惑な話だ。何せこちらには飛び道具がないのだから!
「前見て!」
クリスの言われるまま前を見ると、なんと自動車で市役所への道が塞がれている! バリケードにしては念入りすぎる! この状態では侵入もままならないと、鉄腕は右に折れ、そのまま市役所外苑──つまりオールドハイト・セントラルパークへ突入。夜の公園ならば誰もいない。とにかく、ハーレーとパトカーが追いかけっこしても文句は出ない。
「電話鳴ってるけど、出る?」
クリスがスマートフォンを見せながら言う。だが後ろから銃弾が飛んできてるようなこの状況で出られるはずもない!
「悪いがマナー違反になっちまう!」
「じゃ、僕が。もしもし。伯爵さんだ。手伝いはいるか、だって」
伯爵は、このセントラルパークを見渡す位置に、スナイパーライフルを構えている。狂人には違いないが、今は天の助けに思えた。
「じゃ、後ろのパトカーは何台で、いくらで追っ払ってくれる!」
「今追っかけてるのは三台だけど、なんか増えそうだとか言ってる! 一台5000ドルだって!」
「じゃ追っ払うのは無しだ! ふっかけてくんなクソッタレめ! 電話切っとけ!」
アクセルを握りしめ、唸りをあげる鉄の心臓。ドライブバイなんか当たらない。鉄腕のコートは特殊繊維を編み込んだ特別性、よもや当たっても死にはしない。だが、このままパトカーにピンボールみたいにぶつけられるのはいただけない。どうする。
鉄腕はハンドルを切り、雑木林の中へ突入。パトカー軍団も銃弾を放ちながら追跡を続行。ガタつく地面だが、ハーレーのパワーで強引に突破していく。その時であった。彼女は何を思ったのかハンドルを足で抑えながら、座席から立ち上がり、林の木を数本右手でパンチした!
メキメキ、と音がしたかとおもうと、鉄腕達を隠すように、パトカー達目掛け木が倒れていく。エンジンごと潰され、パトカーは爆発炎上! 一台、二台とその数を増やしていく!
ハーレーをその場で強引にドリフトさせ、鉄腕は停車した。セントラルパークで火事、それもパトカーによる事故。オールドハイト市警、いやランス警部がまた頭を抱えることだろう。
「クリス、大丈夫か?」
「この美しい自然に対しての仕打ちに比べたらね」
「聞いたアタシがバカだったよ」
パトカーが爆ぜ、炎があがる。ぱちぱちと火花が鳴り、林を燃やし尽くしてゆく。遠くから消防車のサイレンの音。
「おそらく皇帝陛下もお気づきあそばされたこったろうよ。逃げ出されると厄介だな。行くか」
「待って。……見て、あれ」
炎を引きずって、影が現れた。そう言うしかほかになかった。何人も。中には、腹が破れ腸がはみ出ているというのに、銃を持ちこちらに向かってきているのだ。
「ばんざい……」「皇帝陛下ばんざい」「帝国ばんざい」「神聖皇帝ばんざい」
そうはっきりと言い放ち、もはや力なく虚空に向かって、地面に向かって銃を放つばかりだ。哀れな壊れたからくり人形。
その中の一人の頭が爆ぜた。衝撃で、もはや身体は限界だったのか、他の皇帝ゾンビ達もごろりと横たわり、そのまま燃え尽きていった。
『やあ。面白そうな狩りをしているんだね、鉄腕』
いつの間にか、クリスが鉄腕に向かってスマートフォンをかざしていた。ディスプレイの文字を見るまでもなく、得意げな声が伯爵だとわかった。
「撃ったのはあんたか」
『ああ。狐を仕留めた犬がトドメを刺し損なったら、そこはそれ僕の出番だ。とはいえ、僕はこないだの狩りで随分楽しんだのでね。実のところ、参加する気がない。今のは特別サービスさ』
「お優しい伯爵さまだこと。あんた、そこから市庁舎見えるんだろ。何か情報は無いか?」
わざとらしく大あくびするのが、電話口からでも聞こえた。彼女は相当の気分屋の変人だ。こと扱いにくさという点では、オールドハイトイチだろう。情報も当てにできそうにない。
『さあ? 随分大騒ぎをしていたようだけどね。ま、皇帝なぞやる人間は、誰よりも人間なのは間違いないだろうね』
「どういう意味だ?」
『欲深で目立ちたがり屋ってことさ。それこそ国一番のね。だから、なりふり構わず王を名乗れる。それじゃ、おやすみ。明日には民主主義に戻っていることを期待するよ』




