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アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
殺し屋ドモンの憂鬱
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殺し屋ドモンの憂鬱(最終パート)

 排莢したショットシェルがコンクリートを叩いた。不安がそのまま心をノックしてきたような感覚。ドモンは即席ナイフの存在を確かめるように柄を握りながら、そんな感覚を振り払うようにため息をついた。

「これで六体目」

 伯爵は満足げにそう言うと、再び三連装ショットガンにショットシェルを押し込んだ。彼女は出口など目指していない。己が赴くままに、ハンティングを楽しむことしか考えていない。

「伯爵! ……頼むよ、こんな生臭い皮持たすのはもう勘弁してくれ」

 サイはうんざりした様子で、ビニール袋を掲げながら言った。剥ぎ取った皮からしたたり落ちる血が、汚水とネズミの糞でまみれているコンクリートに吸い込まれる。馬鹿らしい。ドモンはため息をついた。

 だが、彼女は銃を持っている。

 それだけでも、この地下空間の中ではとんでもないアドバンテージだ。ドモンもサイも、それをよく理解している。彼女を味方につけなければ、この汚水を流れる死体は自分たちになる。

「わかったよ。実を言うと、僕も臭いにうんざり来ていたところだ」

 水路のそばに階段。伯爵は三つ編みについた汚れを優雅に払ってから、階段にブーツを載せた。ドモンとサイは顔を見合わせ、その後ろへ続く。

 おかしな空間が広がっていた。広い天井。巨大な柱が数本立っていて、格子状になっている天井近くの壁からは、地下鉄が吹き抜ける音と光が漏れている。オールドハイト・サブウェイだろうか。わからない。

 伯爵は天井を見上げながら、またもや不格好な紙巻きタバコを取り出して咥えた。こんなところでハイになるつもりか、とドモンはげんなりしたが、彼女は火をつけなかった。

「見なよ、諸君」

 伯爵は天井を指差した。サイは、無駄だとは分かっていたが、スマートフォンのライトを天井へ向ける。

 赤く染め抜かれた鉤十字が描かれたメダルを、羽を広げた鷲が爪で掴んでいる。巨大なエンブレム。

「趣味悪いイタズラですねえ」

「いや」

 妙に澄んだ瞳で、伯爵はドモンを見た。

「これは、本気だよ。……多分ほんものさ」

 少なくとも、ヤク中がバカを言っている顔ではなかった。ナチの亡霊。それこそ、サイのタブロイド紙でなら一山いくらでわらわら活躍する悪の組織だ。

 ドモンがエンブレムを見上げるのをやめると、再びオールドハイト・サブウェイが吹き抜ける音が響いた。

 そこで、誰かと目があった。誰かというのは、もちろん適切ではないだろう。黒いフードを被り、まるでこちらを観察するように佇む者が、たしかにそこにいたのだ。

「誰です? あんた」

 ドモンは即席ナイフを逆手に構えて言った。その人物は何も言わなかった。しかし、返事の代わりに別の柱の陰からまた黒フードが現れた。増えた。増える。陰から、奥の階段から。黒フードが、まるでわらわらと砂糖菓子に集まるアリのように。

 囲まれていると気づくまでに、そう多くの時間はかからなかった。サイは無言のまま、ドモンの背中に移動し、つぶやいた。

「冗談だろ、なあ。……トムキャット・フィルムとか、アサイラムとか、そういうやつの撮影だろ……」

「ネイリストよりよっぽどネタになりそうですけどね」

「もうネタには一生事欠かない! もう家に帰してくれ!」

 伯爵は三連装の銃口を黒フード達に向ける。すでに『彼ら』は十数人に増えてしまっている。

 陰を縫うように、一人の人物が進んで出てくる。軍帽を載せたプラチナブロンドの短髪男。カーキ色の軍服には、これみよがしに勲章がついている。両耳に誇るように、ピアスが突き刺さったりぶら下がっている。

 一見してみれば、少年のようにも見えるくらい幼げな風貌だ。二十歳くらいだろうか。

「第四帝国地下基地『鉄狼パンツァーヴォルフシャンツェ』へようこそ。正確にはその入り口ですがね」

 ドモンに負けぬくらい、その目の下の隈は濃かった。男は馬用のムチを腰から抜くと、空気を裂いて三人へ突き出す。「君たちには取るべき道が二つある。一つは何も見ていないと、ここを引き返す。もう一つは、それを無視して銃弾に引き裂かれるか」

 フードの下から、ボックスマガジンのついたH&K G8のバレルが顔を覗かせる。伯爵はそれを見て、真っ先に銃口を下ろし、銃身を折ってショットシェルを吐き出し、地面に銃ごと落とした。抵抗は無駄だと判断したのだろう。懸命な判断だった。

「どうします、伯爵。降伏したほうが身のためですかね」

 ドモンの言葉に、どこから取り出したのかライターでタバコに火を点けながら、伯爵は笑った。

「懸命なら、ね」

 彼女は火が点いたままのライターを投げ捨てた。暗闇の中を、ナチのエンブレムを横切りながら、まるで流れ星のように落ちていく。

 その瞬間。黒フードや、ナチ軍人の注意が、かりそめの流れ星に集まったその瞬間、伯爵のフィールド・コートが爆発した。

 同時に、ナチ軍人の頭が、トマトのように爆ぜた。耳につけていたピアスがコンクリートの床に突き刺さる。

 ドモンはそれに反応し、サイを突き飛ばし、黒フードの一人へ即席ナイフを投げる。頭に命中し黒フード即死!

 伯爵のフィールド・コートが裂けた下から、ソードオフ・トリプルバレルショットガンが顔を覗かせる。トリガーを引くと同時に、二・三人の黒フードを巻き込んで穴開きチーズに変える!

 ドモンは地面を転がると、ベルトを外しジーンズから引き抜く。炭素鋼で出来た薄い素材は、ベルトから剣へ姿を変える。暗器のひとつ、ベルトソードである。慌ててG8のトリガーを引こうとする黒フードめがけ、迷わず投擲刺殺! 一気に詰め寄ると、引き抜きざまに回転し一人惨殺! 銃口を向けた一人のバレルを蹴り上げ、手元で剣を回転させ腹部刺殺、即死!

 一方サイはイモムシのように銃弾や血液が飛び交う中を這って進む。彼はただの記者、目の前に死体が転がるような乱戦には当然のごとく不慣れ。ひいひいと涙を浮かべながら巻き込まれぬように逃げるばかりだ。直後、目の前に無惨に死した黒フードの死体がごろりと転がり、サイと彼の光を失った目が合う!

 声にならぬ叫びと共に立ち上がり、足をもつれさせその場に転倒! 直後、散弾が炸裂し、壁に無数の穴を作る!

 あまりのことに混乱しながらも、サイは、壁に散弾で縫い付けられ、死んでいる黒フードの男と目を合わせた。先ほど立ち上がったところにも、当然黒フードの男はいる。死体も一度見ればただの死体だ。突然その辺に倒れてれば驚くかもしれないが、見慣れればそうでもない。

 問題は『どうして見慣れたか』だ。男の顔には見覚えがある。当たり前だ、忘れるはずもない。たった今見たばかり。あちらで死んでいる黒フードの男。こちらで壁によりかかって死んでいる男。そう、そもそも初めに、伯爵が頭を吹き飛ばしたナチ軍人。『彼らは全て同じ顔をしていた』。

 事実に気づいたことで、サイの脳は混乱から回転を始めた。どうなっている? まさか三つ子、四つ子だとでも? ありえない。

 第四帝国の存在自体は、記者として知っている。かつて存在したナチス・ドイツ第三帝国の後継者たち。眉唾もののオカルトだが、その眉唾もののオカルトでサイはメシを喰っている。

 おかしな技術で一人の男を増やした。しかしなんのために? わからない。少なくとも、この散弾と血液の嵐の中では。

「そのあたりにするんだな」

 突如、黒フードの男の体が裂けた。猛獣の爪に引き裂かれるように。身体の影から現れたのは、黒スーツ姿の男。アジア系、細い目。鉤爪のように手を尖らせ、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「ネイリスト」

 ドモンはベルト・ソードの柄を握りながら、男のあだ名を呟く。

「パク・ユイルだ。これでも祖国愛は強い方でな。名前も気に入ってる。ちゃんと自己紹介したろ? 覚えろ、マヌケ」

 黒フードの男は、だいぶ数を減らしていた。三人。彼らから感情の発露はない。銃口を下げ、身じろぎもしない。誰よりも、サイはそれを不気味に感じた。同じ顔の男たち。それが死んでも何も感じないのか。自分が死んだようには感じないのか。不気味だ。

「おかしいな。あんたらなぜ数を増やしてる。ここに来たのは二人だったはずだぞ」

 彼は伯爵を見ながら言った。伯爵と言えば、ハーブの紙巻きタバコから愉快な香りを漂わせながら、ヘラヘラ笑うばかりだ。

「誰だ、あんたは」

「僕かい? 僕はハンターさ。黒狐はほとんど狩ってしまった」

 パクは眉根を寄せて、左手でスーツの下からナイフを取り出し伯爵に向けて投擲。伯爵は手にしたショットガンを向けもしない。ドモンが割り込み、ベルトソードで叩き落としたからだ。

「サムライ、教えてやろうか。……あんたが見たのは、マジにヤバいものなんだ。少なくとも、この街を巡って争いが起きるレベルのな」

 ヒョウやライオンが獲物を狩るように、パクは爪を立て低く構えた。

「はっきり言うが、俺にはそのほうが都合が良いんだ。俺の雇い主は、もっと小さく収めたかったんだろうが、そうはいかない」

「ベラベラと喋るのは結構ですがね。もっとわかるように話してもらえますか」

 ドモンはため息をついて言った。

「わからなくて結構。今俺がここに辿り着いて、ここを見たことが重要なんだ。つまり、お前らはもう用済みだ」

 黒フード達が踵を返し、闇に消えていくのを合図に、ドモンとパクが、剣と爪が切り結ばれる! ベルトソードは一瞬でばらばらに解け崩壊!

 斬撃がドモンの白いジャケットの端を、毛先をこそぎとり、消滅させた。

 その時であった。

 突如、地面が轟、と音を響かせた。凄まじい揺れが地下空間を襲い、立っていられなくなったのだ。ドモンも、パクも、サイも、そして伯爵も。

 その揺れに気を取られたパクの目の前に、刃が襲い掛かってきたのはほぼ同時であった。隠し持っていた簡易ナイフを、本人に返すがごとくドモンが投げ放ったのだ。

 しかし、乾坤一擲のその刃も、パクを仕留めるには至らない。彼は右手でそれを掴み、止めていた。

「残念だったな、サムライ」

「それはどうかな」

 トリプルバレルの最後の一穴が火を吹いた。狙いは外したが、パクの左足先を吹き飛ばした。伯爵は悠々と排莢しながら、大袈裟に言う。

「すまない、外した。だがそういう時もある。お互い、拾った命なら大切にすべきだろうな」

「こっちだ!」

 サイが涙を浮かべながら、奥の通路から声をかける。

「こんなところもうゴメンだ! はしごがある、逃げるぞ!」

 伯爵は地下の出来事に興味を失ったようで、その場を去ろうとしている。ドモンは苦悶するパクをなお見つめている。

「『仕留めるなら君だ』。ハンティングとは、追い詰めることにその意義や楽しさがある──」

 伯爵はガンベルトに挟んでいたサバイバルナイフをドモンに手渡し、サイの声に従うように去っていく。ドモンは刃に自分の姿を映し──その先に、よろよろと立ち上がるパクの姿を見る。

 ドモンは暗殺者だ。殺し屋だ。そこに美学は無い。ただ、敵対したものを生かして帰すのは『嫌い』だ。可能なら『生かして帰さない』。

「俺を殺しても無駄なことだ」

 パクは手を握りしめ、爪を立てるように威嚇しながら言った。

「ここには、第三帝国の残した超科学が確実に眠っている。それが分かったからもういい。すべてが動き出す。このオールドハイトでな」

「んなことはどうだっていいんですよ」

 がらがらと地下空間が崩れていく。いったいここで何が行われ、何が起こったのか。ドモンにとってもはやどうでも良いことだ。

 このパク・ユイルを生かして帰さぬこと。それが今の彼の脳裏にあることだ。

 パクの爪が、放物線を描いてドモンに襲いかかる。ドモンは、握りしめていたナイフを放し、右手でパクの手を裏拳で防いだ。ナイフの柄が左手に吸い込まれていく。そのまま、パクの心臓を目掛けて刃を突き立てた!

 まるで瓦礫が拍手するように音を立てる。パクは吐血し、何か言おうとぱくぱくと口を開いたが、そのまま倒れ伏した。

「ペラペラ回る口が、ようやく止まったじゃありませんか」

 ドモンは踵を返し、サイや伯爵の元へ向かう。瓦礫が、黒フード達が消えていった通路や、パクの姿を消していく。すべてを闇に葬るかのごとく。



「二重スパイ(ダブルクロス)、ね」

 ドクトル・ヴァイオレットは、ため息混じりに呟いた。一面白い壁、白い天井。白いテーブルの上に、場違いなほど古いラジオが載っている。

『君がこの作戦に懐疑的だったのはわかる。強行的な妨害も、組織を思ってのことならば受け入れよう。だが、その手段としてあのパクをエージェントとして雇い入れたのは失敗だったというわけだ』

 ラジオから、普段より怒気を強めたノイズ混じりの声が響く。ここはSOHKSの所有する前線基地のひとつだ。ヴァイス博士の死後設置されたこの基地は、SOHKSの研究機関を兼ねている。

『あのお方のとりなしがなければ、君をBIG5から除名することも検討したが……鶴の一声というやつだ。『そういうこと』ならば、仕方がない』

 ヴァイオレットの作戦のため雇われた、エージェント・パクの正体。それは、GRU内特務研究部局の諜報員。SOHKSと同じ、知識の探求を目論む者たち。

 彼らは、第三帝国の遺産の存在を知った。必ず、このオールドハイトへ侵攻してくることだろう。

「彼らもまた、我々と同じく恐るべき技術の持ち主。我ら科学の子のために、その技術を逆に頂く──まさしくコペルニクス的転回、ね」

『そういうことだ』

 ドクトル・ヴァイオレットは白いツバ広帽を頭に載せると、ラジオのスイッチを切って立ち上がった。

「面白くなってきたわ」

 白い部屋は暗闇に還る。彼女は新たな火種の燻りを感じる。自らの知識欲が燃え上がるのを感じる。

 オールドハイトは、また面白くなる。



殺し屋ドモンの憂鬱 終

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