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アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
殺し屋ドモンの憂鬱
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殺し屋ドモンの憂鬱(Bパート)

「それで、どこから調べるつもりなんですか?」

「サウスパークは知っての通りオールドハイトの危険地帯だ。長居は避けたい。とりあえず、死体の出た六番街に行ってみるか」

 サウスパークは治安が悪い。周知の事実である。この地区が単なる無法地帯となっていないのは、この地区にそれより恐ろしい存在がゴロゴロしているからだ。

 オールドハイトのスーパースター。殴打探偵夫妻。悪党共がこの地区で無鉄砲に大きな悪事に手を染めるのは、回りまわってそうしたオールドハイトのバケモノと一戦交えることになるかもしれぬ、という恐怖と戦うことを意味するのだ。

 当然、一般常識のある悪党ならば、彼ら彼女らとの接触など御免こうむるとばかりに、この地区を避ける。もちろん、窃盗やら恐喝やらといった、オールドハイトにおいてみればごくごく小さい犯罪だけはどうしようもないし、頭がどうかしている連中の襲撃は防ぎようもない。

 いずれにしろ、一般人にとっては危険地帯だ。サイの懸念は正しい。

「六番街……サウスパークの端っこですね」

「ああ。六番街は枯れた用水路で東と西に分断されてるんだが、西側で三人も殺されてる……らしい」

「らしいってなんです」

「そこからが妙な話でな。サウスパークの話だ、人殺しなんか掃いて捨てるほどある。警察のデータベースも曖昧になっちまってて……早い話がネイリストの殺ったものかそうでないのか、データからじゃ分からないんだ」

「大したデータベースですねえ。役に立って仕方ないですよ。そのうちケネディの襲撃犯も分かりそう」

 ボロのパーカーや、コートを羽織った人々が、ビルの壁に寄りかかって座り込んだり、新聞紙を体に巻いて寝転がっている。据えた臭い。地面に嵌まった鉄枠から吹き出す生暖かい蒸気。

 この中の人々が、生きるためにわずかな金で人を殺すかもしれない。それがこの街だ。それに加えて、この中の誰かがネイリストという恐るべき殺人鬼かもしれないのだ。

 サイがそう考えているから、といってドモンも同じように考えているわけではないが、命を奪われるかもしれないという危機感は持たねばならない。

 ゴミだらけの裏路地。鉄製のゴミ缶からネズミが飛び出し、ガムと新聞紙と生ゴミが散らばった地面を這い回る。

「ところで、サイ。……君友達は多い方ですか?」

 ドモンは白いジャケットの広い左袖口の中から、木鞘の刀を押し出し、右手でそれを握った。

「いきなりなんだよ」

「ああ、少し言い方が悪かったですね。……君、こういう土地の取材にわざわざ黙ってついてくるような友達がいるのかって話をしたかったんです」

 返事を待つ前に、ドモンは左手でゴミ缶の蓋を拾うと、古代の騎士よろしく盾のごとく掲げた。直後、火花が爆ぜた! 路地裏を塞ぐように立っていた二人の男が拳銃を抜き、躊躇なく銃弾を放ったのだ! すかさず蓋を投げ、ドモンは地面を蹴り跳躍。壁を蹴り、柄を握り鯉口を切って抜刃。容赦なく怪しい男を一人切り伏せ、着地した。さらにそこから一歩踏み込み、蓋にぶつかり怯んでいる男を、蓋ごと刃を突き入れ刺殺──いや、死んでいない。殺しては情報は得られないからだ。

「すいませんねぇ、これでも僕、人殺してメシ食ってるもんでしてねえ。……楽に死にたきゃ、誰に頼まれたのか吐いた方がいいですよ」

 男はごぼごぼと血の泡を吹きながら、強引に奥歯を噛み締めた。小さく何かが砕ける音が、静かな通りに響く。直後男は昏倒。そのまま動かなくなった。

「……おい、おい、死んだ、よな?」

「死にましたよ」

「おい! なんで殺すんだよ!?」

「あのねえ、僕にボディガードを頼むってことはそういうことですよ。問題あるなら自首しますから、キャンキャン言うのだけはやめてくださいよ」

 ドモンはそういうと深く深くため息をつきながら刀を振るい、血を飛ばしてから鞘に納めた。いかなオールドハイトといえど、日本刀をふた振りも腰に挿してうろうろしていれば、当たり前だが逮捕される。ドモンは市井の人間に紛れる手段として、暗殺に特化した拵の脇差しを左袖に仕込んでいるのだ。

 彼は殺人者である。

 彼は暗殺者である。

 サイはそれを忘れていた。彼の本質を忘れてしまっていた。アンニュイなだけの、鬱気味の青年などでは決してない。その本質は、彼が最初に出会った時からひとつも変わっていないのだ。

「とにかく、行きましょう。何かがまずい気がします。……あまり、時間をかけないほうがいいみたいですから」

 ドモンがそう言うので、サイはおとなしく従い、奥へと進んだ。古いビルの合間、資材置き場ともごみ捨て場ともつかぬ空間へと行き着く。

 地面の鉄格子からは、相変わらず白いガスがのぼり、不気味な雰囲気をかもしている。

 噂が本当であれば、ネイリストはここで三人を殺した。そしてそれは、公式に残らない殺人となった。あまりに殺伐としたこの地区では、それすらも事実以下の都市伝説として扱われ消えていく。そうした土地の、そうした殺人。

 男が廃車に一人腰掛けていた。ノーネクタイ、ダークスーツ。アジア系。黒髪、切れ長の細い目。左手の甲を見て、太陽に透かしている。

「……通り過ぎたほうが良さそうです」

「そうだな」

 男は唐突に指を鳴らす。小さく炸裂音が鳴り、積み上げてあった鋼材やらなにやらが来た道を、そしてビルの間のゆく道を塞いだ。

「おたくら、大学は?」

 男はつまらなそうに言うと、今度はなにやら手のひらサイズの小瓶を取り出し、蓋を──先にはハケがついている──とった。

「なんだって?」

 サイが思わず聞き返した。ドモンはピリピリした空気を感じ取り、仕舞い込んだはずの刀へ気をやる。こいつは『ヤバイ』。

「大学はどこだ、と聞いたんだよ。高卒ならそういえばいいだけの話だ」

 彼はそういうと、きれいに一本ずつシルバーカラーのネイルを塗り始めた。どうやら慣れたもので、あっという間に一本塗り終わっている。

「俺は高卒だ。……ドモン、お前は? 言ってやれよ」

「僕ですか? さて、どうでしょうね。学園ドラマなら山ほど見ましたから、大卒って言っても許されるんじゃないですか?」

「そうか。……俺の国はな、大卒じゃないと就職先なんかないんだ。それこそ遊んでばかりのクソ野郎として見られるのさ。……だが、軍隊には入れてもらえる。人の殺し方は教えてもらえるのさ」

薬指、中指、人差し指。

「就職活動の苦労話なら、また今度聞きますよ」

 親指の爪を塗り終わった男は、ふっと爪に息を吹きかけ、ぶんぶん手を振った。

「まだ分からんのかよ、マヌケ共がよ……俺はお前らを新聞の死亡記事欄に載せるために来たんだよ」

 ドモンは刀を抜き打つと、足を踏み込み男に切りかかった。男は丸腰。敵意を示した時点で終わりだ。今切ればここで終わる。

 しかし男は刃を受け止めようと、左手を広げて待ち構えている。無駄なことだ。

 次の瞬間、甲高い金属音とともに、空中に刃が回転しながら飛んでいっていた。何が起こった。何かが起こったのは分かるが、その何かがわからない。代わりに、ドモンの頬が裂け、血が吹き出す!

「頼みのボディ・ガードはその程度か、新聞記者。……自己紹介が遅れたな。俺の名前はパク・ユイル。本当なら、同じ高卒のよしみだ。もっと話していたいところだが、残念だがもうお前らは死ななきゃならない」

 ドモンは刀を捨てると、僅かな時間の中で考えを巡らせた。一体何がドモンの刀を叩き折ったのか。いや、考えるべきはそこではない。得物が無い。対抗する手段がない。このパク・ユイルという男に勝つことはできない。

「逃げましょう」

「賛成だ! だけど、どこに!?」

 ビルに囲まれた空間、前にはパク・ユイル。後ろは既に塞がれている。だが、まだ逃げ道はある!

 二人は走り、サイが地面の鉄格子を持ち上げ、いちかばちかそこへ潜り込むことにした。ドモンがそれを助けようとした時、サイが苦しそうにうめいた!

 右腕に、ナイフの刃だけが突き刺さっている。見ると、パクが柄だけになっているナイフをこちらへ向けているところであった。

「スペツナズ・ナイフですか!」

 ドモンはサイの背中を押すと、地下道への逃亡を優先した。パクは、それを冷ややかに見つめていた。『それでよい』。スペツナズ・ナイフの柄を放り投げ、彼は電話をかけた。

「『鳥』は『ネズミ』を追った。繰り返す、『鳥』は『ネズミ』を追った」

 パクはコキコキと首を鳴らす。ハンティングはここからだ。SOHKSも、この地下に用がある。ただ、ヘルブラウ教授と雇い主たるドクトル・ヴァイオレットの目的は若干異なる。

 つまり、彼らは少なくとも『地上で死んではいけない』のだ。

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