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アイアンナックル/リマスター  作者: 高柳 総一郎
殺し屋ドモンの憂鬱
34/57

殺し屋ドモンの憂鬱(Aパート)

Guest starring パク・ユイル(作・機乃遥)

 怒りは刀を抜き、構えることに似ている。

 様々な感情に例えられる怒りであるが、ドモンという男にとってはそういうものだった。

 鞘から抜き、柄を握り、刃先を向ける。怒りの表出とはそれほど時間のかかる行為であり──ありていにいえばめんどくさい。

 めんどくさいのだ。

 めんどくさいことはしたくない。巻き込まれるのも、自分で首を突っ込むのもゴメンだ。

 そんな彼がなんの因果か住んでいるのが、霧の街オールドハイト。地上のゴモラ、悪徳都市。銃弾が鮮血と共に飛び交い、タフでなければ生きられない街。

 そんな中でも、彼は自らの生き方を曲げようとはしない。

 めんどくさい。何もしたくない。トラブルとは関わり合いになりたくない──。



 ドモンは後悔していた。テリヤキ・バーガーセットにつけたポテトのサイズをLにしたことで、とうとう財布の中身が10ドルを切ってしまったのだ。

 とにかく深いため息をつく。マリアナ海溝よりも。良く煎ったコーヒーよりも。

「……金、金、金ですか、世の中は……」

 当たり前だ。当たり前なのだ。世の中は金で回っている。このオールドハイトという都市は特に。何もかもが金で回っている。人の命でさえ。

 死んでしまいたい。消えてしまいたい。テリヤキ・バーガーから味が消える。もそもそと口の中につめこむだけの作業へと変わる。

 僕の人生はこんなはずじゃなかった。

 時折彼の中で、激しい後悔が渦を巻く。泣きたくなり、消えたくなる。金があれば、多少はマシのはずだ。多少は。

「金、金ですか……」

 殺しの仕事をひとつこなせば、分厚いステーキにありつける。それがオールドハイトという街だ。ご多分にもれず、ドモンはそうした荒事をこなす殺し屋でもあった。

 ただもう、疲れてしまったのだ。金で命をやりとりするドライな自分にも、そうしたことを許容するオールドハイトという街にも、すべて疲れてしまった。

 彼は刑務所で死を待つばかりのところまで行ったが、ふとしたことから自由を掴み取った。

 ただ自由というのは、今のドモンにとっては持て余すことしかできぬものだった。彼ができるのは、少ない貯金を崩しながら、こうして日々のやりくりに憂鬱を感じることだけだ。

 突然、携帯電話が鳴り出す。随分と鳴っていない電話であったが、ディスプレイに出た名前には見覚えがあった。




「久しぶりだな、ドモン。お前、ムショに行ってたんだって?」

 赤毛の短髪。ストライプのスーツにゆるくネクタイを締めた男。唯一の友人に、ドモンはにへら、と力なく笑いかけた、

「危うく処女卒業のところでした」

「そりゃ災難なことで。……来てくれてありがとな」

「暇ですから」

 オールドハイト・セントラルパークのベンチに腰掛け、カップ・コーヒーをやりながら、再会を喜び合う。男の名前はサイ。オールドハイト・ハッシュという、タブロイド紙の記者だ。

「そんなら話が早いな。……実は、ボディ・ガードを頼みたいんだ」

「ブン屋の君が命狙われることなんてあるんですか?」

「そりゃ、スクープのひとつやふたつ掴めばな」

「宇宙人やUMAだの扱うスクープで? 今度トミー・リー・ジョーンズにサインもらっといてくださいよ」

 いつものサイなら、笑って済ますところであった。彼はドモンと違い社交的で明るい。そんな彼が押し黙ったまま笑いもしない。何かがおかしかった。

「……お前、『ネイリスト』って知ってるか?」

「ネイリスト。……生憎爪のファッションには興味がありませんから」

「そうか。……最近、流行りの都市伝説でな。いいネタになるかと思って、少し追ってたんだ」

 オールドハイト南部エリアは貧民街だ。黒人系スラム街、違法移民、プアホワイト達の巣窟。

 そこで、奇妙な殺人事件が多発しているという。五本の裂傷でズタズタに引き裂かれた無残な死体がここ何週間で数人見つかっているというのだ。

「ついたあだ名がネイリスト。住人たちは、ライオンでも住んでなきゃ、鋭い爪の化物に違いないと言ってた」

「君眉唾って言葉知ってます?」

「もちろん、辞書はよく引くんでな。……それに、今回はどうにもヤバそうなんだ。これ見ろ」

 サイはスマートフォンを操作すると、画像ファイルを展開し、ドモンの目の前に差し出した。五本の切りつけあとを残した扉の画像。次の画像は、十字に切りつけられた車のボンネットの画像。

「ヒュンダイ製でも俺には自慢の愛車だった」

「ファスト・アンド・ラウドにでも頼んでみたらどうです」

「悪いがトップギア派なんだ。……ぶっちゃけた話、まだ大した情報は集まっちゃいない。ただ、きな臭いだろ? そんな状況でも脅しをかけてくるなんて、よほどの暇人か……」

「よほどのヤバイヤマに首を突っ込んだか。……最悪ですね、僕も巻き添えですか」

 サイは苦笑しつつ頷いた。ドモンはため息をついてから、同じように笑った。彼には返しきれない恩がある。頼まれては嫌とは言えないし──なにより仕事が必要だ。

「ただ、僕も24時間君についてるってのはゴメンです。めんどくさいですからね」

「頼りになるボディーガードで助かるよ」

「……ですから、こうしましょう。君と一緒に調査を進める。ここまでせっかちな野郎です。いずれ痺れを切らすでしょう」

「そのときは、お前の出番か」

 サイはマルボロをくわえると、クロームシルバーのライターで火を点けた。そしておもむろに、ドモンにも一本勧めた。友達とは、分け与えることに躊躇しない者のことを言う。ドモンの哲学だ。

 一本つまみとり、サイがくわえたタバコの先へ近づけると、そのまま火を受け取った。

「できることなら、そのまま金だけ受け取りたいもんです」

「違いない」



「巨大構造兵器学のヴァイス博士は死んだ。変異生物科学のヘルブラウ教授、正直わたしは、あなたに死んでもらいたくないのですよ」

 ヘルブラウ教授とその者が呼んだトランジスタ・ラジオは不服げにノイズを走らせた。川のそば、オープンカフェの端。目の前は川の水面。客からは背を向けた状態。その女は大きく「SCRIPT(脚本)」と書かれたノートを淡々と読み上げるように続けた。

『特殊人体構造行動学のドクトル・ヴァイオレット。私の心配ならするだけ無駄というものだ』

 白いツバ広帽。胸元の空いた白いドレスは、とても呼ばれたような『博士』には見えなかった。顔は帽子の下に隠れ、うかがい知れない。

『我々のエージェントによる作戦は順調だ。この街の地下はあまりに複雑だが、ターゲットに辿り着くには時間の問題だろう。その時こそあの方の悲願が達成される時だ』

「そうね。……でも私はそのルートに懐疑的なの」

『懐疑?』

「ここは遊び場としてあまりにも優秀だわ。何でも起きて、何でも許容される。各国情報機関。ペンタゴン。核で滅ぶ以外なら、どんな非常識なカバーストーリーでも許容される。我々にとってもそれは同じはずよ」

『知識の探求は、我々SOHKS(Sun's Of High Knowledge Society)にとって絶対だ。あの方にとってもそれは変わらんだろう』

 SOHKS(高知識社会の子供たち)。科学的秘密結社。オールドハイトの闇で暗躍する者たち。ドクトル・ヴァイオレットもその一人であった。

「私が言いたいのは、探求するにも場が必要ということ。研究室だけですべてが完了するわけじゃない。実際に理論を試す試験場がなければ、SOHKSの技術はただの持ち腐れだわ」

『だからヴァイス博士のように、技術で帝国を作って制圧するほうが良いと? 失敗したのは君も見たはずだ』

 あまりにも巨大な構造物、あまりにも巨大な人型非人道生物兵器。技術的にも、倫理的にもあまりにも先を行き過ぎていたそれを、ヴァイス博士は発表することができないストレスを抱えていた。だがオールドハイトという試験場がそれを可能にしたのだ。結果失敗し命を落としたが、彼女にとってそのお披露目がどれほど幸福なものだったかわからない。

 人は誰しも認めてもらいたがっている。科学者はそれを、理論の証明によって果たそうとする。だが、場がなければ単なる机上の空論に過ぎないのだ。

「オールドハイトに眠るものの価値も、それをあの方が求めていることもわかってるわ」

『なら、今回の君の作戦がどれほどの価値を持つかもわかっているだろう。君も言うとおり、ここではなんでも起こりうるのだからね』

 トランジスタラジオから、電力が失せる。ドクトル・ヴァイオレットはツバ広帽を親指で押し上げる。その名の通り、ヴァイオレットのショートボブ、同じ色の瞳が覗いていた。

「マダム・ヴァイオレット。お話は終わったのかな」

 座ってきたのは、黒髪細面の男であった。アジア系の顔立ち。黒系のスーツに身を包み、鋭く細い目をこちらへ向けている。

「聞いてもらっても良かったのよ、パクさん」

「知らぬがモルヌンゲヤギタさ。傭兵に過ぎた知恵はいらん」

 パク・ユイルはヴァイオレットのボディーガードだ。すでに作戦は始まっている。SOHKSの悲願達成の第一歩が、ヘルブラウとヴァイオレットにかかっていると言って良い。

 ヴァイオレットは知識人だ。戦いに向かないことくらいはわかっている。だからこういう、剣が必要なのだ。物言わぬ剣が。暴力装置が。

「で、結局のところどうなった。概要は変わらんのだろう。つまり、人殺しは」

 まるでフットボールの試合結果について語るように、パクはこともなげに言った。

「ええ。貴方が人を殺すのに変わりは無い。今度は新聞記者。派手な死亡記事にして頂戴──」


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