イッツ・ショウタイム!
「俺たちの神は人殺しは容認しねェ。ただ、試練を乗り越える事はお許しになる」
武装霊柩車の中は案外広かった。シスター・アリエッタが丁寧な運転を心がけながら、まるでリムジンのように広い後部座席に腰掛けつつ、神父は続けた。
「まどろっこしいのはやめようぜ、鉄腕さん。……俺ァ、できることなら試練は避けたいタイプでね。ろくな事にならねェからな。それに、お友達もどうやら、こいつがないとどうにもならんらしいじゃねェか」
青白い顔で俯いているレオの目の前に、神父は砂時計をちらつかせてみせた。鋭い目で砂時計を見上げるレオ。案外タフな男だ。だがそれで時間が稼げても、いずれは命は尽きていく。抱えた腹には血が滲んでいる。
鉄腕は焦っていた。この状況はうまくない。相棒は死にかけ、自分も一重二重の包囲網の中で軟禁されているわけだ。外には、殲滅武装教会の修道女たちがまとわりつくように車を包囲している。
うまくない。
「つまり、俺たちにゃァ戦う意味も意義もねえわけだ」
「どうだか。神父様よう、残念だがアタシにゃ別の神様がついてるかもしれねえ。お恐れながらと言い出しゃ、アンタもただじゃ済まないかもな」
神父は端正な顔を、まるでそう笑顔を作られたように美しく型どりながら言った。
「結構ですよ、神の子よ。……実を言えば、俺ァこれで店じまいをする気でね。あとは優雅に旅でもしようと思ってるんだ。ハーブも今日で見納めだ。……おい、まだ分かんねェか?俺は『気持ちよく去りてェ』んだ。少なくとも、アンタら殺して飛行機の中でシャンパンを楽しむ気はさらさらねェのよ」
鉄腕はたっぷりと焦らすように、ゆっくりと葉巻を取り出す。時間を稼いでいる。交渉には、時間が必要だ。
鉄腕とて、このままの状況は望んでいない。このまま空港につけば、レオも鉄腕も間違いなく殺される。少なくともレオは、病院に行かねば一晩持つまい。鉄腕はトラブルバスターである。金が絡めばなんでもやる。客もそれをわかって頼みにくる。ただそれは、彼女の信用がそれなりにあるからで、相棒を見殺しにするなどもってのほかだ。自分が死ぬのも論外である。
「なら、それなりにアンタも良いメを見ないとな」
「何だって?」
「簡単だよ。アタシがこうして来たのはなんでだと思う? わざわざ危険を打って、相棒まで連れたその意味だ。言っとくがナチュラル嗜好なもんでね、ヤク自体にゃ興味ない」
神父は小馬鹿にするように薄い笑みを浮かべると、役者がかったように眉間を指で叩いた。
「あぁ。よぉく知ってる。カネだろ」
「50点だな。……なあ、神父様。アンタ、今後の人生のプランがあるって言ったな。良かったら聞かせてくれ。こっちからより良い提案をさせてもらえるかもしれん」
イオは眉根を寄せながら、ゆっくりと両手を組んでいった。
「まどろっこしいのは嫌いなんだよ、俺ァ」
「なら少し踏み込んだ話をしようか。……今回のアタシたちの襲撃、偶然だと思うか? ハンバーガーでも食いに行くか、みたいなノリで、後先考えずにアンタらを追いかけに来た、なんて信じるか?」
「鉄腕にゃ、窓口になってるサツの旦那がいるのは知ってる。ナメられたもんだな。俺たちにもその手の後ろ盾ってのがついてんだ」
後ろ盾。鉄腕は葉巻を弄びながら笑う。突破口は見えた。
「別に隠しちゃいないからな。……単刀直入に行こうか。オールドハイトにFBIのガサ入れが入るぞ」
「俺には関係ねェ。二度と戻らねェまでだ。いやあ、タイミングが良かったなァ」
神父はヘラヘラ笑った。それはそうだろう。彼は店じまい中、当然逃げられればそれで良いのだ。
「だが、そうじゃねえんだな。……アタシたちが帰らねえなら、当然アンタらの仕業ってことになる。FBIの連中は徹底的にガサ入れするだろうな。……つまり、アンタたちが必死こいて作ったんだろう、ハーブの販路は完全に崩壊する」
「大した妄想だな」
「そうかね? アタシはそうは思わんぜ。困るんだよな。そういうところから、色々ボロが出るんだ。アンタんとこの教会はオールドハイトの火薬庫さ。導火線はあんたら、そして火種はアタシだ……」
マッチを取り出し、火を点ける。葉巻の先に炎が灯る。煌々とした炎が。神父の顔は既にヘラヘラとした笑顔ではなくなっていた。彼の中で最悪の妄想が侵食する。
後ろ盾。確かに頼もしいだろう。組織で動く利点は、ケツを持ってくれるという点に尽きる。
ただそれは成功に裏打ちされた危ういものだ。誰も敗者には見向きもしない。そして得てして、犯罪組織の中では失敗は死を意味する。
失敗は死で贖う。
「アンタは構わない。だってアメリカから出るんだろ? 関係ないわけだ。どこでバカンスだ? バリか? ハワイか? ドバイはやめとけよ。金がかかって仕方ないからな」
「待てよ、相棒。冗談にしちゃキツイ話だ」
神父イオの顔色が変わる。立場も変わろうとしている。ここらが正念場だ。
「じゃあなにか? 俺ァあんたを殺しても逃しても損するって事か?」
「神父様、そのあたりで」
アリエッタがハンドルを握りながら、やんわりと口を差し挟む。聞こえぬといったふうに、鉄腕は無視して話を進めた。
「そういうことだ、神父様。つまりチェックメイトキングトゥ。……ただ裏技もあるにはある。『神を裏切れ』だ」
親指を後ろに向け、鉄腕は笑う。葉巻をくゆらせ、余裕の態度と紫煙を漂わせる。
「……条件は?」
「ハーブの取り分半分。当然だがアタシたちの命は保証すること。アンタは損するが、販路は生き残る。組織から切られることはない」
急に車が止まった。あまりの急ブレーキに、手に持っていた砂時計が床に転がる。イオが振り向くと、ブレーキを踏んだアリエッタの姿があった。目元は隠れているが、彼にはアリエッタが何を考えているのかわかったような気がした。
怒り。欺瞞への怒り。
「アリエッタ、落ち着け」
「神を裏切る? 馬鹿な。悪魔の甘言に耳を貸してはなりません」
「落ち着け。……取引だ。対等なビジネスをやってるだけだ」
アリエッタは止まらない。前髪の奥へ隠れた赤い瞳が、怪しく光る。
「悪魔は滅ぼさねばなりません。地獄へ手招きする悪鬼共に慈悲は必要なし。神父様を惑わす悪魔は、我々(シスターズ)が討ちます!」
イオの襟首を掴んで、アリエッタが身体を引き倒すと同時に、武装霊柩車に修道女達の銃剣が幾本も突き刺さる!
レオは霞む視界の中に、砂時計を見る。落ちていく砂を、時を刻む音を見る。戦いのスイッチが入り、脳内麻薬が重症で死にかけていた身体を無理やり動かす。さながら、襲撃してくるシスターズと同じように!
「鉄腕さん! 扉を!」
「了解!」
鉄腕は右手に嵌めた白手袋を外すと、鋼鉄製の義腕を空気に晒した。サイドドアを殴りつけ、突き立てたバヨネットを引き抜こうとしたシスターズの一人ごと吹き飛ばし、誰もいない高速道路のど真ん中に再び飛び出す。
隠し持っていたマイクロウージーをジャケットの下から取り出すと、無駄とはわかっていながらも銃弾をばらまく!
数名のシスターの動きを止めるが、キリがないことはわかっている。
「交渉は決裂だな。敬虔な信者諸君。ただそのほうがわかりやすいしアタシにとっても得だ」
「下らぬ戯言を」
シスター・アリエッタが拳同士を打ち付けた。
「シスターズは何度でも蘇る。神のご加護ある限り、神の敵を討ち果たすために永遠の命を賜ったのです」
「さて、そいつはどうかな。……どうだい、ものは試しに、シスターズにアタシを殺させてみちゃあ」
「それは殊勝な心がけです。……神罰をその身をもって体験せよ、悪魔!」
鉄腕が火がついたままの葉巻を投げる。それを合図にしたかのように、五体のシスターズが地面を蹴り跳躍、バヨネットを片手に、鉄腕に向かって一気に突き立てようとしたその時であった。
まるで下手くそな体操選手のように、シスターズたちが次々と着地に失敗し、くずおれていく。
シスター・アリエッタは右目を抑え、唸っている。その足元には火がついたままの葉巻。マイクロウージーの銃口から硝煙を漏らしているのはレオ。
「流石、パートタイム傭兵は伊達じゃねえな」
「葉巻を撃って右目に当てろ、なんて無茶な指示は初めてだったけど。ま、10分以内だからなんでもやってやるさ」
鉄腕はゆうゆうと転がった葉巻を拾い、口に銜え──アリエッタの胸ぐらを掴み上げた。
赤渦を巻いた右目の奥が、機械的におかしなフォーカスを続けている。義眼。鉄腕は容赦なく、人差し指を使ってそれを貫いた。
地面に転がっていたシスターズたちは、まるで雷に打たれたように身体を痙攣させ──そのうち動かなくなった。
「人間体をコントローラーで動かす。どだい無理だとは思ってた。……だが、アンタがキレた瞬間シスターズが飛びかかってきたのを見てピンと来たのさ。人間を動かしてるのは脳だ。なら、他人を動かすのも脳でできるんじゃないかってな。……コントローラはアンタの脳だ。指示もあんたがやってたからな。ターゲットも目視すりゃ、狙いもつけやすくなる。この義眼で見て、声で指示をする──あんたはさしずめ、シスターズの管制塔とレーダーを兼ねてたってわけだ」
義腕を掴もうとするアリエッタの手を払いのけると同時に、レオがウージーの銃口を眉間に突きつける。彼が引き金を引けば、アリエッタは死ぬだろう。
「そこまでだ。……その辺にしといてくれ」
「神父様、懺悔を聞く義務はアタシには無いぜ」
「あんたの条件を呑む。……俺はこれでもフェミニストだ。アリエッタが必要以上に傷つくのは見ちゃいられねェ」
「随分都合の良いフェミニストもあったもんだな」
「なんとでも言え」
アリエッタはただただ、言葉にならぬ聖句らしきつぶやきを繰り返すのみだった。イオは霊柩車に彼女を押し込むと、後部ハッチを開いた。棺桶が二つ積まれている。中身は当然ハーブ。交渉は今ここに成立したのだ。
「ただひとつだけ言っておく」
神父は怒りで震える声で言った。
「俺もアリエッタも必ず戻る。その時アンタは必ず後悔する。……俺達は、悪魔にされたことをいつまでも覚えてる」
鉄腕もレオも、何も答えなかった。霊柩車が薄闇へと消えていく。二人は、棺桶に詰まったハーブと共に、高速道路のど真ん中に取り残される。
レオはよりにもよって棺桶の中に倒れ込みながら、なんとか言った。
「時間切れだ。……救急車呼んでもらえる?」
某アドレス、サイバースペース内「SOHKS_BIG5」にて。
「ハーブ供給に失敗したようです。かろうじてルートは守られたようですが」
「ヘルブラウ教授、オールドハイトは現在君の管轄下にあるはず」
「面目次第もありませんね」
「あの方にどう報告する。わたしの立場も考えてもらいたいものだな」
「それはあなたにお願いするしかないでしょう。ねえ?『マイヤー先生』」
ログ終了
殲滅武装教会編 終




