明日に向って撃て!
「はっきり言って、あの連中と事を構えるのはお勧めできないな、マイフレンド」
中央区の脇道に立つ、そっけないオフィスビル、その3階に、探偵事務所はある。顔のない探偵、フェイスレスはここで依頼人を待っている。殴打探偵。誰よりも理知的で、誰よりも暴虐な男。挨拶を重んじ、挨拶ができない者は殴る。それが彼だ。
「あの教会の連中は神を信じている。薬物という名の神をね。誰にでも優しく平等な神だ。金を払えば」
「博愛主義者のアンタは大好きだろ、平等ってやつ」
依頼人用のそっけない木のイスに腰掛けるのは、鉄腕だ。フェイスレスは情報を持っていて、腕が立ち、信用がある。一日という短い時間で、どこにいるのか分からない連中や、面倒な手続きが必要な奴らを当てにしていられない。
「ぼくはあまり金を持ってない。それにヤクは嫌いだ。絡むのはゴメンだよ」
フェイスレスはざらついた声で言う。彼には彼のルールがある。彼がそう決めた以上、鉄腕にどうこうすることはできない。
「わかった。アンタのルールだ。アタシにどうこうする言われはねえわけだ」
「友人の頼みだ。力にはなりたいが、限界もある」
「なんとかなんねえか? いやいつもならなんとでもするんだが、一人二人ボコボコにして終わりじゃねえんだ。ヤクをパクってキャンプファイヤーまでしなくちゃならない。……すまん言い過ぎた。燃やしはしねえよ。もったいねえし」
フェイスレスは名前通りの無い顔に手を当て、赤い全頭マスクをつるりと撫でた。ノイズを走らせるように唸っていたが、やがて思い出したのか声を出した。
「なら、ぼくの友人を一人紹介しよう。とても信用できるし、腕も立つ」
「言っとくが、相当タフなビズだぜ。アンタだって、あの教会と事を構えるのがただ事じゃないくらいわかってるだろ」
フェイスレスは喉を震わせ、ざらざらと笑った。彼唯一の表情の表し方だった。
「だから君に紹介するのさ、マイフレンド。今回のビズ、彼にはうってつけだからね──」
翌日、夜の十時。
中央区のカテドラル側にあるダイナー「レッドドラッカー」。鉄腕はコーヒー一杯で粘りながら、フェイスレスが紹介してくれた男を待っていた。
「血液がカフェインでできてんじゃないの、アンタ」
疲れた顔のウェイトレスが、鉄腕のカップへコーヒーを注ぐ。
「ついでにニコチンも加えてくれ。……実を言うと、君が上がるのを待ってるんだ。今日は何時まで?」
「冗談。だいたいアンタが帰らないと上がれないし」
「悪かったよ。チップをどうぞ、ハニー」
くしゃくしゃに丸めた一ドル札を差し出すと、ウェイトレスは苛ついた様子でそれをひったくると奥へ引っ込んだ。
奥の席では黒人の男が静かに小説を読んでいる。始め、彼がそうではないかと話しかけたのだが、全くの人違いだった。普段はホームセンターの店員で、ここへは毎晩暇つぶしに来ているだけだという。
鉄腕もまた、先程のウェイトレスのように苛ついていた。ビズを前にして待たされているというのは、鉄腕としては面白くない。主導権が無いように感じるからだ。とにかく、ここまで遅れてきていると言うのなら一発ぶん殴らないと気が済まないというものだ。
ドアベルが鳴る。鉄腕はようやくか、と振り向く。そこに立っていたのは、ひょろりと細く背の高い男であった。うしろになでつけた髪は黒く、ところどころたてがみのように跳ねている。眼光は鋭く、口周りには無精髭。派手な赤いシャツに、シンプルな黒スラックス。フード付きの革のライダースジャケットを羽織り、古ぼけたスニーカーを履いている。
「アンタがレオン?」
「……レオ・ザ・テンミニッツ」
「は?」
「僕の名前は、レオ・ザ・テンミニッツだ。二度と間違うな」
鉄腕はため息混じりに目元を抑えると、とりあえず外へ出ようと促す。レオもまた、それには応じた。
暗いストリート。車が行き交い、ランプがおぼろげに通り抜けていく。二人であるきながら、突然鉄腕は振り向き言う。
「ヘイ、レオ・ザ・テンミニッツ」
「なんだい」
「フェイスレスから紹介は受けてる。今回はマジにヤバいビズだ。一回こっきり、最悪あの教会と事を構えないといけねえ。こういう時でもアタシは取り分半分で仕事をやる。どういう意味かわかるか?」
レオはしばらく考え込む様子を見せたあと、それに答えた。
「さあ。よくわからないな」
鉄腕はぐいと胸ぐらをつかむと、レオの顔を一気に引き寄せ、静かに突きつけた。
「マジでやるんだよ。死ぬ気でな。アタシはそれをアンタにも求める。アンタもマジで死ぬ気にやる。それで二人共ハッピーさ。わかるか?」
「ああ、そういうこと。任せて、僕はかなりうまくやるから」
腕利きの傭兵。それがこのレオにまつわる評価だ。オールドハイトにはこうした悪党どもに手を貸すパートタイム傭兵が一定数いる。フリーランスから民間警備会社(PMC)所属まで種類は様々。レオは前者で、フェイスレスに何度か力を貸したこともあったという。
「頼むぜ、相棒。普段ならいざ知らず、今日はアンタが頼りなんだ」
レオはなかなかいい車に乗っていた。BMWX5。パワーとスピードを兼ね備えた、信頼のある高級車だ。
「ああ」
運転席に座ってから、レオは突然頭を抱えた。様子がおかしい。まるで悪い夢でも見た子供のように怯えている。助手席に乗り込みながら、鉄腕は彼に声をかける。
「おい、頭でもぶつけたか?」
「いや──違うんだよ。時間切れ」
レオはダッシュボードを指差す。砂の落ちきった砂時計。木のフレーム部分には、丸で囲んだ数字の「10」。
「ひっ、ひっくり返してもらえないかな……」
先程までの強気で余裕ある態度はどこへやら。鉄腕は左手でそれをひっくり返すと、スイッチでも切り替わったようにレオは顔を上げ、何食わぬ顔でハンドルを握り、エンジンをかける。
「悪いね。……『パートタイマー』なもんで」
「まさかとは思うが、あんたこの砂時計を流してる最中じゃないと仕事ができねえってんじゃないだろうな」
レオははにかみながら言った。
「鋭いね。でも安心して、運転は得意なんだ。エンジンかけるのが怖いだけでさ。でも砂時計をひっくり返してから10分だけなら、どんな仕事でもうまくやる」
鉄腕は頬杖をつき、死ぬほど深いため息をついた。どうやら面倒なことに首を突っ込んだようだった。
「神の子らよ、今日は特に大きな試練が訪れるでしょう」
神父イオは、聖書台の前に立ち、居並ぶシスター達に向かって言葉を告げていた。
「殲滅武装教会全員が一丸となり、神の試練に立ち向かわねばなりません」
かしずくシスターズ。厚いフードで顔を隠し、足元は修道女とはとても思えぬほど短いスカート姿。ずらりと居並ぶ彼女らの先頭に、シスター・アリエッタの姿があった。恐ろしく巨体で腕も立つ彼女は、シスターズのリーダー的存在であり、この教会を率いる神父イオのボディガードも務めている。
「神父様。……今夜と言わず、日をずらすべきではありませんか?」
巨体に似合わぬほど穏やかで理知的な声。普段の彼女はまさしく神に仕える者の理想であった。だがイオは頭を振り、教え諭すように言う。
「気持ちはわかります。しかし、どうやら我々の神への献身を嗅ぎ回っている輩もいると聞き及んでいます。──今後はともかくとして、今あるモノについては、今夜中に処分してしまわねばなりません」
そう言われてしまえば、アリエッタが口を差し挟む余地も無くなる。神へ仕えるためには金がかかる。『神への献身』はその資金を稼ぐ手立てだ。なれば、征く道を邪魔する者は神の敵。シンプルな価値観であった。
彼女はシスターズに向き直ると、大声で問いかけた。
「汝らの名はなんぞや!」
「「「我らは神の剣、天罰の地上代行者なり!」」」
「汝らの剣で断つ物はなんぞや!」
「「「我らが神の邪魔立てする物全て!」」」
「されば汝ら神の名の下において、等しく天に召されるものなり! なればこそ──死ね! 笑って死ね! 幸福を抱いて死ね!」
高らかに響く狂信者たちの勝鬨! 掲げられる銃剣! 列を成して整列する殲滅武装修道女たち。その間をさっそうと歩く神父イオ、そしてアリエッタ。迷わず二人は霊柩車に乗り込む。
「今日もうまく行くと良いのですが」
イオは助手席で腕を組みながら、不敵に笑う。その笑顔にはもはや、聖職者のような清廉さは微塵も含まれていない。
「……行くに決まってんだろォ。神はいつでも見守ってくださる。ご照覧あれ、さ」
霊柩車の中、棺桶に詰めた合法ハーブの量二百キロ! 末端価格四百万ドル!走る金塊にエンジンの炎が入り、排気ガスと共に発進する。
しかしそのすぐ後ろに、まさにその合法ハーブを狙わんとするワイルドバンチ達が迫っていることに、聖職者達は気づいていなかったのだった。




