天罰の地上代行者
「金がねえんだよ」
ようやく修理が終わった鉄腕のアパートを訪ねたランス警部は、どっかとソファに腰掛けてタバコを取り出すなりがなった。
「アンタの財布事情にゃ興味ねえ」
「お前になくても俺にはある」
鉄腕は合わせるように葉巻──ヘンリエッタ・Y・チャーチルズを取り出すと、長いマッチで火をつけた。その火を、ランス警部のタバコにも移す。
紫煙が混じり合う。サーキュレーターにずたずたに引き裂かれる。
「で? アタシにどうしろってんだい警部。さしずめ仕事ってんだろうが」
「ま、そんなとこだ。……お前、神は信じるのか?」
「神? ああ。最初に罪を考えだした男か。つまらん男さ。常々ジョークのセンスが合わないとは思ってる」
鉄腕は神を信じない。信心ということ自体は立派だろうが、腹は膨れないし金は貰えない。信じるだけ無駄だ。
「なら、都合がいいかもな。お前、オールドハイト・セントマリア・カテドラルを知ってるか?」
「行ったことはないな。ありがたいことに炊き出しにまでご厄介にはなってないんでね」
「そうかよ。腹が膨れてて何よりだ」
ランス警部はコートの懐からなにやら書類を取り出すと、それを机にひろげた。
「こいつはな、あの教会のウラ情報ってやつだ。あそこは孤児院に老人ホーム、幼稚園まで併設して、なかなか手広くやってるとこでな。ミッション系の私学校まで経営してる。……だが、こいつは誰にも分からんだろ。神もご照覧あれ」
鉄腕は書類を舐めるように見る。資金の流れ。教会には似合わぬ巨額資金が動き、振り込まれている。それも寄付という名目で。
「これが寄付だってんなら、アタシもそのへんで空き缶置いて寄付募るよ」
「ま、そういうなや。……とにかくだな、今回のことはFBIまで目を付けだしてる。……正直いやあよう、オールドハイトでそういう連中が動き出すのはよかねえんだ。サツだって、見られたくねえもんのひとつやふたつある。神様にはお隠れいただかねえと、哀れな子羊は牧場から追い出されちまうのさ」
オールドハイトは霧の街。少しの悪なら、覆い尽くしてくれる。ただ、霧は霧だ。出過ぎた悪は引きずり出される。この街の悪党は、それを恐れている。ランス警部も含めて。
「で、この寄付ってのは一体何なんだ。いくら多角経営っても、異常な額だ。月までロケットが飛ぶぜ」
「簡単な話だ。……ヤクだよ」
「ヤクね。サツの旦那も甘いことで」
「ハーブだからな。オールドハイトじゃ合法のシロモノだが、そうじゃない州のほうが圧倒的に多い。当然別の州、国じゃ違法だ。やつらはそれをやってる。……教会の荷物なら素通しってこったろう。だがやりすぎた。色々とな。そこでお前の出番ってわけだ」
鉄腕はぞんざいに葉巻を吸い、紫煙を吐き出す。まったく人使いが荒い。ランス警部の傲慢さにもほとほと困ったものだが、鉄腕の金になることには違いはない。
「二日後、教会から荷物が出る。オールドハイト空港までは、教会の連中が直接運ぶ。そこをお前が邪魔して痛めつける。神は悪魔の存在におののく。お前は手数料差し引き五十万ドルゲットだ」
「シンプルな筋書きだな。ラジー賞ものだ。気に入った」
翌日、霧の漂う夜。鉄腕は葉巻をやりながら、その時を待っていた。ここのところ、教会は毎日ヤクの発送を行っているらしい。
霊柩車が教会の門を開ける。夜の街へと旅立つ同胞を送り出し、シスター達がしずかに門を閉じようとする。その時であった。
「囲め! 殺っちまえ!」
突如あたりから覆面をつけ、拳銃やらショットガンを手にした三人の男達が乱入し、霊柩車を取り囲んだ!
シスター達は省みもせず門を閉じ、カテドラルへと消えていく。エンジンはアイドリングさせたまま、霊柩車はピクリとも動かない。右側のドアが開くと、神父が一人手を上げながら出てきた。
「お待ちなさい神の子らよ。この車に乗っているのは私とシスターだけです。無駄な殺生はおやめなさい」
大げさな舞台役者のように神父は言った。ウェーブがかった栗色の髪。イケメンという言葉をそのまま顔に仕立てたような、なかなかの色男である。
「るせーっ! ヤクを出しな!」
男か痺れを切らしたように言い、銃口を神父に向けた! 彼は途端に手を上げながら、なおも言う。
「あなた方がしているのは神への冒涜です。それ以上続ければ天罰がくだるものと思いなさい!」
「カミカミうるせーんだよ! ヤクを出すんだよ!」
「心配しなくてもシスターのほうは楽しんでやっからよ! どっちも出せ! ぶっ殺されてーのか!」
神父は大きくため息をつくと、胸の上で十字を切った。
「天国はここにあり、地獄もまたここにある。──天罰の地上代行者よ、神の敵を打ち払え。AMEN!」
舞台の一幕のように神父が高らかに宣言すると、左側のドアが開き、シスターの頭が見えた。くすんだブルーの前髪を指で分けると、赤渦を巻いた不気味な瞳が神の敵を射抜く!
「ヘヘへ……なかなか上玉じゃ……」
男の一人が下卑た感想を述べたが、その笑みはすぐに吹き飛んだ。シスターは、男が見上げるほどの背の高さがあったからだ! 明らかに二メートル近くある!
「神の慈悲の届かぬところへ行きたいのは、あなた方ですか?」
ビビった男の一人が思わず銃口を向けるが、シスターはそれより早く覆面男の一人を持ち上げる。直後恐慌状態になった男が発砲! 哀れ人間盾にされた男はマガジン一本分の銃弾を叩き込まれ即死。肉塊と化した男を、もはや弾は出ない銃のトリガーを引きまくっている男に叩きつけ撲殺。
「ひっ、ひぇっ!」
ショットガンを持った男にシスターは一瞬で近づき、取り上げてからアメでも捻じ曲げるようにバレルを折り曲げ捨てた。驚異的なスピードとパワーである。そして彼女は問答無用で肩に男の体を担ぎ上げると、無慈悲に宣告した!
「ゆ、許して……」
「天罰は撤回できません。慈悲も期待はできません。お覚悟を」
そのまま男の体を腰を支点にしてボキボキ折り曲げた。アルゼンチン・バックブリーカーである! 男は口から血の泡を吹き、ぼろ雑巾と化した男を地面に投げ捨てる。神父とシスターは一人ひとりの死体に十字を切ってから、何事もなかったかのように車に乗り込むと、夜の街へと走り去っていった。
「……なるほどね。こりゃ骨が折れそうだ」
鉄腕はカテドラルに背を向け、葉巻をくゆらせながら来た道を戻る。ヤクが欲しいと伝えれば、あのシスターと遊ばなければならない。
時間が足りない。誰でも良い、味方をつける必要がありそうだった。それこそ神にすがるように。




