博士はいかにして巨人巨砲主義を愛するようになったか?
地面が唸りをあげる。
鉄腕の脳裏にフラッシュバックが挿入される。女の死。鋼鉄製の義手を見つめる。血まみれの手──。
意味もなくサングラスを左手で押し上げる。行為に意味などない。自らの罪と対峙しなければならないのが今であれば、彼女は戦わねばならない。
鉄腕は長いマッチで火をつける。炎が揺らぐ。新しい葉巻が、彼女にケミカルな冷静さをもたらす。
『黙ってどうしたの』
クリスの声が現実へ鉄腕を引き戻す。崩れかけの鉄の方舟。忌まわしい鋼鉄の腕。アンナは右手を壁に叩きつける。彼女の腕は、ラーテの装甲にクレーターを作っただけだった。
「ボーッとしてた」
『君の腕をつけた男だって?』
「ああ。……アタシの腕を、切り、落として……」
『行くの? 君の言うとおり、ビジネスはもう終わりだ。わざわざ挑発に乗ることもないんじゃないの』
クリスは冷静にそういう。少なくとも今の鉄腕の何倍も、彼女は冷静だろう。 だが行かねばならない。鉄腕にとってこの右腕にまとわりつく因縁は、いつか断ち切らねばならないのだ。今までは、その因縁の一端すら掴めなかった。あのイカれたヴァイス博士とやらに洗いざらいゲロって貰えば、細く伸びた糸のような因縁を、この鋼鉄の右手でつかむことができるだろう。
魔銃トカレフがホールド・オープンする。弾切れ。魔銃ベレッタも。延長ドラムマガジンをイジェクトし、係長は冷静に丁寧にスーツの裏、肩掛けホルスターに仕舞う。再びマジカル・ステッキを構え、回転させながらラーテの上で蠢く合成人間にむかって投擲! あまりの速度で合成人間を貫き、ラーテの装甲に縫い付けた。
柄から強化ワイヤーが伸び、しっかり食い込んでいることを確認すると、秀子はそれを登りだす。
「鉄腕さんがあとはケリをつけてくれるんじゃないですか」
ドモンは自らが釈放されるための『スコア』を稼ぎきったことで早くも後悔していた。余計なことをすれば死を招く。殺し屋という職業は身の程を知らねば生きていけない。
「我々はチームです。そして契約は生きて脱出するまで有効。それにわたしの勤務時間は17時までです。終業まで時間はあります」
「勘弁してくださいよ、もう」
細いワイヤーを登り終えると、ちょうどヴィガがラーテにもたれかかり、項垂れ座り込んでいた。よく見ると、寝息まで立てている。その息は酒で出来ているのではないかというほど臭い。
「ローグ・フォアねえ……」
ドモンは改めて己が滑稽な状況に置かれているものだ、とため息をつき、彼女を抱き起こす。鉄腕の姿はない。
「どうします?」
「鉄腕さんと合流しましょう」
ラーテが再び揺れる。爆音。内部から音が響いている。秀子はどこから取り出したのか手帳をパラパラめくりながら、何やらボールペンで書きつけた。そして、手首に視線をやりながら言った。
「急ぎましょう。勤務時間ギリギリですから」
「……まさか、この局面で帰るつもりじゃないでしょうね」
ドモンはヴィガを背負いながら、恐る恐る聞いた。まさか。そんなことはあるまい。
「私の勤務時間を申し上げたまでです。行きましょう」
ワイヤーを収納し、マジカルステッキを装甲から引っこ抜くと、くるくる回転させながら、空を見上げた。
直後、ラーテの頂上が爆発。緑色の体液が雨のように降り注ぐ。鉄腕が再び合成人間を倒したのだ。
ぐが、とヴィガが声にならぬ声をドモンの背中で挙げた。
「ち、近づくなあっ! まさか、我が眷属クランゴまで倒すとは……」
ヴァイス博士はオープントップに改造された戦車操縦コンソールにもたれながら、高圧電磁指し棒を振り回す。ムリもない。一番優秀な合成人間にして、助手であるクランゴを一瞬でミンチに変えられ、あまつさえ投げ捨てられたのだから。
鉄腕が鋼鉄の右手で、その指し棒をつかむ! 鉄腕の手を、体を、高圧電流が一瞬流れるが、一つも動じることなく指し棒をへし折った!
そして、ヴァイス博士の胸ぐらを左手で持ち上げ、右手を見せながら凄む!
「じゃ、聞こうか博士。この腕をアタシにつけやがったのは、一体誰だ?」
博士は苦しげに呻きながらも、堂々と不敵に笑う。嘲るように。無知蒙昧の者に知恵を与える賢者のごとく。
「小さきものめ。一方的に行使する暴力はさぞかし甘美だろう? だが科学は、知識は貴様のような乱暴者から社会を守るためにあるのだ」
鉄腕はサングラスの下に隠れた瞳で、小さき博士を睨みつける。おちょくるだけの余裕も、時間も無い。
「演説は結構だ、独裁者くん。国民ならもう全員死んだろ。アタシはイライラしてるんでね。質問にだけ答えることだ」
「Sons Of High Knowledge Society(高知識社会のこどもたち)。SOHKSは常にこの世界の向上を目指し続けている。アメリカは、世界は貴様らのような無知なる者どもに支配されてどれだけ経つと思う? 我々はそんな世界を解放するために戦っているのだ。知識と、科学の力でな!」
苦しげに笑うヴァイス博士に、鉄腕は憎悪を燃えたぎらせる。殺せば手がかりはなくなる。それはわかっている。だが左手は強く胸ぐらを掴み、右手は拳を握りすぎてきしむ!
「ソークスの、誰だ。名前を言え。アタシの右手が、アンタをぶん殴らないうちにな」
「それはな……」
ラーテの無限軌道が崩れ、大きく車体が傾く。同時に弾薬庫から炎が上がる。直後、コンソールの後ろからマニュピレーターが伸び、握っていた電磁バトンを鉄腕の体に叩きつけた!
絶叫し、傾いたラーテの車体を転がる鉄腕! 合成人間がまだ残っていたのだ。ヴァイス博士を抱きかかえ、伸びた両手で電磁バトンを構える!
鉄腕はなんとか装甲の端に手を引っ掛け事なきを得たが、落ちれば生命はない高さだ!
「クズ! グズグズクズクズッ! 大きいことは良いことなのだ! しょせん貴様のような小さきものに、真実が追えるものかよッ! よくもこの私の実験を無駄にしてくれたな! ああ、死ねッ! 死んで詫びろ! 今すぐ!」
安心、怒り、憎悪。様々な色が混じった涙を浮かべ、合成人間に抱きかかえられながら、乳白色の髪を振り乱し博士は狂笑する! 振り上げた電磁バトンが鉄腕にむかって振り下ろされたその瞬間! 致死の攻撃を受け止める者あり! 刀を抜き、電磁バトンを受け止め火花と電撃をなんとかちらしているのは、ドモンだ!
そしてその隙に鉄腕をなんとか引き上げたのは、秀子である。間に合ったのだ!
「係長、ベストタイミングだ」
「では、定時になりましたし、特に何も無ければあがらせてもらいます」
秀子は淡々とそう述べると、深々と鉄腕にお辞儀すると、その身を空中に投げ出した。地面を覗き込むが姿はない。本当に帰ってしまったのだ。
「クズ共! 小さきもの共! 揃いも揃って!」
「小さいですよね、あなたも」
ドモンの背中で目を覚ましたヴィガが、何やら小瓶を煽りながら言った。ヴァイス博士には言ってはならぬ言葉であった。
「ならばっ! 私がおおきく見えるように切断してくれるッ!!」
彼女が叫んだと同時に、合成人間の顎がギチギチ鳴り、電磁バトンから刃が飛び出した!
ドモンはその刃を察し、左手で剣を抜き払い電磁刃を弾き飛ばす! 抱きかかえられた博士がから顕になる。博士は目撃した。22口径、ナガンリボルバーを向ける女の姿を。狙い定めるヴィガの灰色の瞳を!
「カーニバルか、太齋か──」
こめかみにバレルを押し付け、トリガーを引く。弾は出ない。残念そうな笑みを浮かべたヴィガは、時を止めたかのごとく、22口径を博士に向け、トリガーを引く。今度は間違いなく火を吹く! 合成人間の頭、一番弱い場所に着弾し、スイカのごとく爆散! くずおれる体からこぼれ落ちる博士の体。右手を伸ばす鉄腕。細腕を掴むが、ヴァイス博士の体は彼女が鉄腕にしたように空中で揺れている。なおもラーテの弾薬室では爆発が続く。最早持たないだろう。
「博士! アンタには聞かなきゃならねえことが山ほどあるんだ!」
普段の鉄腕なら、焼きたてのパンを持ち上げるような気軽さで彼女の体を持ち上げることができただろう。しかし、電磁バトンを受けたせいで調子が狂ったのか、全く力が入らない!
「アタシの腕を斬ったのは! マリアをこの腕で殺させたのは! 誰なんだ!」
博士は黙して語らず、ブラブラと空中で揺れているばかりだ。三度爆発!
「鉄腕さん! もう持ちませんよ!」
ドモンが刀を装甲に突き立てながら叫ぶ。
『爆発が大きい。機関部に引火してる! 早く逃げて!』
クリスも必死に叫ぶ。鋼鉄の右手に力が入らない! 小さな手が滑り落ちてゆく。博士は笑う。不敵に。堂々と。
「我ら科学の子だ、アイアンナックルくん。探求し続けるのだ。ピッチドロップ実験は、一世紀近くやっても結果は出ていないが、無駄だという研究者はいないんだからな──」
手が離れる。落ちる。高笑いが響き渡り、爆炎の中に小さな影が消える。爆発。爆発。爆発。
「鉄腕さん! 僕は死ぬのだけはカンベンですからね! 先に行きます!」
ドモンは返事を待たず、ヴィガを背負ったまま、ラーテを降りてゆく。鉄腕もしばらく爆炎を見つめていたが、ドモンに続いた。
方舟は沈む。主と子どもたちを載せることなく、自慢の主砲すら撃つことなく。
やがて、市庁舎からも見えるほどの巨大なきのこ雲が浮かび、スティーブ市長の執務室の強化ガラスをも揺らした時──、寄せ集めの『ならず者分隊』の作戦が成功した事を彼は知ったのだった。
彼は静かに自らのデスクの引き出しを開けると、万年筆で大統領恩赦申請書へサインをした。
博士が愛したもの、その理由を知るものは、もはや一人もいない。ただ廃墟だったモールから、巨大なきのこ雲が上がったことだけは、人々の記憶に残った。世界の終わりはやって来ず──オールドハイトの人々は今日も平和な日を迎えたのであった。
博士はいかにして巨人巨砲主義を愛するようになったか? 終




