ローグ・フォア・アッセンブル!
よくできた精巧な人形があったとして、それを人間と思うのは難しい。
それはおそらくそれが生命体として活動していないからだ。鉄腕がモールに第一歩を踏み出した直後考えたのは、そうした哲学者めいたワンフレーズであった。
彼女の目の前には、無惨にも頭を刈り取られ、壊れたスプリンクラーを思わせるジョナサンの遺体があった。なにかが通り抜けた矢先の出来事であった。
歯車が何かを噛んだような不協和音。
よく研がれた刃が、溶接されたパイプ状の外骨格から伸びる。土気色の魂なき顔から、波打つ牙がこすれる音がその正体だったのだ!
巨大なばけもの。モールに巣食う者たち。その一端を、彼女らは確かに目撃した!
「逃げろ!」
モールの1階、元は吹き抜けのイベントホールとカフェテラスだったのだろう場所を、ローグ・フォアの面々は散り散りにかける!
エドは相棒の死に咆哮し、軍用ナイフを振り上げ飛びかからんとするも、あまりにも無力!
彼は胸のあたりにばけものの両手刃を突き入れられ、雑誌付録特製ピンナップのごとく縦に真っ二つにされ、叫ぶ間もなく血だるまに変えられ即死!
「出ましたか、ばけもの」
ヴィガは呟く。彼女は盲目、醜悪かつ巨大なばけものがいることには気づけても、とっさに適切に動くことができない。
「まずい!」
鉄腕は舌打つ。そもそもが即席チームであるローグ・フォアの弱点は、当然チームワークの欠如と、おのが可愛さが過ぎるところにある。
例え一人ひとりが一騎当千の強者だろうと、他人への無関心が過ぎるようではチームとして成り立たないのだ。
「サムライ、頼む!」
なりふり構わず鉄腕は叫ぶ。ドモンが踵を返し、空中に体を投げ出すと、ホールの柱を蹴り、ばけものめがけ跳躍。ベルトを回転させ、二本の剣をそれぞれ両腰に移動させると、両長剣の鯉口を同時に切り、刃を滑らせた!
これぞ二剣同時居合の極意である!
滑らせた神速の刃が交差し、ヴィガを狙って振り下ろされたばけものの刃を受け止めた!
「スパシーバ」
激しく火花が散る中で、ヴィガは笑う。彼女はゆっくりとフライトジャケットの中に潜んだロシアの誇り──ナガン・リボルバーと、ウォッカの入った瓶を取り出す。煽る。体に火が回る。瞳に光が戻る。恐ろしくゆったりした動きでローディング・ゲートを開き、7.62mmナガン弾を込める。マズル・フラッシュ。二十二口径から発射された弾丸は、ドモンの刃に跳弾し、見事ばけものの眉間を捉え貫いた!
本来7.62mmナガン弾のストッピングパワーは人間に対してさえ十分なものとは言いづらい。だがヴィガの持つ超常の幸運は、ナガン・リボルバーから発射される弾を、必殺の一撃とする位置に叩き込むことなど朝飯前なのだ。
ばけものがバランスを崩し、顔から倒れ伏す。人間を核にした、鉄のばけもの。合成人間とでも言うべきか。
「仕留めました、わたしが」
ヴィガは再び見えなくなった瞳をサングラスの奥で細めながら笑う。一方ドモンは憂鬱そうだ。あっという間に命を落としたエドとジョナサンだった遺体を、深い隈のついた目で見つめ、ため息をつく。
「不満そうだな」
「別になんとも思っちゃいませんよ。ただ、もう少し痛くなさそうに殺して欲しいと思っただけです」
「そりゃ謙虚なこって」
鉄腕は深い闇をたたえたモールを再び見る。その闇にうごめくばけものたちの──合成人間たちの姿を!
竹馬を両手両足につけたような、巨大なシルエットの奴らの姿を見て、鉄腕は葉巻を吸う。深く。
「クリース。参った、お客さんは想像以上に多いらしい。こっちは二人退職した」
紫煙を吐き出しながら、無線機で外へ報告。クリスは冷静にそれに返す。
『盛況してるんだね。ローグ・フォアはもう解散? 三人になってんじゃん』
「いいや。ただ、二人についた刑期短縮には困らないだろうな。大盛りだ。ただ喰いきれねえ」
『どうすんの? 伯爵に詫びでも入れる?』
「通じるならそうしたかもな。……だけどよ実際、必要ねえんだ、今は」
鉄腕はすう、と息を整え、叫んだ。臆面もなく。恥も外聞も掻き捨てて。
「誰かーッ!助けてくれーっ!」
ガラスが砕ける音。モールから差し込む、一条の光。影が横切り、天空からなにかが飛来、一直線に、先頭に立ち唸っていた合成人間の脳天に突き刺さった!
黄色く細長い短冊上のそれは──鉄腕達が知る由もないことであったが、日本における勤怠整理に使われるタイム・カードだ!
人影が飛び込む。頭上で1メートル程度の悪趣味なステッキを回転させ、その影は叫んだ!
「マジカル・ステッキ!」
タイムカードごとマジカル・ステッキを合成人間の脳天に叩きつけたのは、グレイスーツの地味な女。楽しくもなさそうな表情で、再び小さなカードを数枚投擲! 鋼鉄製の殺人名刺には『魔法係長 桜井秀子』のプリント。やはり合成人間の脳天に突き刺さり、ばけものたちは苦悶の声をあげ、刃状の腕を振り回し同士討ちを始めた。
「大変お世話になっております。本日よりローグ・フォア戦闘係長としてお手伝いさせていただきます、桜井秀子です」
両足で着地し、秀子は九十度腰を折り曲げ深々とお辞儀。ジャパニーズビジネスパーソンでありながら殺し屋である彼女にとって、これらのシークエンスは大変重要なのだ。
そんな事情は知らぬと、なおも殺到するばけものたち。鉄腕はチェーンソー腕になっているばけものの攻撃を避け、顎を狙って殴り飛ばす。枯れ枝のように首が折れ、がくりと身体が動かなくなる。
ただ、クリスが懸念したとおり、殺到する多数の合成人間を相手に、片っ端からボクシングを挑むのは愚かというものだ。
「来たな、ビジネスガール! だが正面切るのはうまくねえ。従業員用の通用口を使うぞ! 騎兵隊諸君ついてきな!」
鉄腕はヴィガの襟首を引っ掴み、抱きかかえると、バックヤードへ続く扉へと走っていく。それにドモンがかったるそうに続き、秀子が両手に銃を抜いて威嚇射撃しつつ後退。最後に扉を閉める。
殺到する合成人間たちは、手足を延長したことでその全長は4メートルを超えるものも多数いる。当然バックヤードの扉を強引にガツガツと砕いても、入り込む余地がない!
「トムとジェリーになった気分だ」
「タートルズの間違いじゃないですか」
ドモンが陰気そうに、暗くかび臭い通路を見てため息をつく。どうやら電気は通じているようだが、蛍光灯はちかちかと点滅を続けており心もとない。
鉄腕はヴィガを下ろす。彼女の目は見えないのだから、暗闇でも活動には問題ないのだ。ヴィガは手慣れた様子で折りたたみ式の白杖を展開すると、カツカツと床を叩く。
「無いみたいですね、反応、敵の」
「分かるのか?」
「見えないですから、目が。読むのも得意です、気配」
闇と相反するようなグレイカラーの髪をなびかせ、臆せずヴィガは奥へと進んでゆく。タブレットを起動させ、ライト機能で道を照らそうとしているのは、秀子だ。
「予備バッテリーも持ってきてはいますが、あまり時間は持たないでしょう」
「言っとくがマナーモードにしとけよ、ビジネスガール。あのバケモノに八つ裂きにされる理由にするにはショボすぎる」
「その点は抜かりありません」
女二人がずんずんと闇を恐れず進んでいく様を見て、ドモンは再びため息をついた。任務達成なしにここからは出られない。モールはバケモノで満載だ。どうせなら死んでしまいたいのだろうが、まさかバケモノの仲間入りまでしたいとは思ってはいないだろう。
「この調子なら釈放は近いぜ、サムライ」
「ええ、縦か横に裂かれなきゃ、そうでしょうねえ……」
ドモンは陰気に笑うと、実に気だるそうに後を追う。鉄腕もその猫背気味の背中を叩く。戦いはまだ、始まったばかりだ──。
モール内総合警備室。
創造主たる『博士』の姿はそこにあった。巨大な安楽椅子には、モニタから出力端子を直接繋げられ、各通信機器を同時に操作できるよう、マニュピレーターを枝分かれさせられた『なにか』が座っていた。彼は博士の作品の中では数少ない、意思疎通がかろうじて可能な個体だ。
「クラァァンゴ! 状況はどうだ?」
苦しげに唸るような声を混じらせながら、クランゴと呼ばれたそれは言葉を発した。
「侵入、者、は、バックヤード、に、はいり、ました」
「ねずみ共め、コソコソと!」
博士は大げさに身振り手振り交えながら、舞台役者のように感情を顕にした。
「当然駆逐されるべきだ、奴らは! クラァァンゴ、我が子らはクズ共を殲滅したのだろうな!」
クランゴは苦しそうに唸り、主人の叱責を恐れるように、開きづらそうな土気色の口を開き報告した。
「二匹、仕留め、ましたが、残りは……」
彼はバックヤードへと飛び込んでいく侵入者たちの姿を主人に見せた。ローグ・フォアの面々。博士はその姿を見て目を細め、憤りと共に笑う。
面白いことになってきた。そして、計画は前倒しに修正せねばなるまい。博士は狂人ではない。ただ研究と得られる成果のために手段を選ばぬだけなのだ。冷静な判断力は残っている。
「モンスターを動かすぞ。奴らの目の前でな。成果をオーディエンスに見てもらってこそ、我々の目的の大きさが誇示できるというものだ」




