トム少佐より地上管制官たちへ
三日後、鉄腕達の姿はオールドハイト郊外「ビッグスター・モール」にあった。刑務所からヘリで直送された囚人共は、オレンジ色の囚人服を着たままゆっくりと地面に降り立つ。
ヴィガ。ドモン。そして見慣れぬ男が二人。
「……ローグ・フォアじゃなかったっけ? 五人になってるけど」
クリスが呆れたように鉄腕を見上げた。鉄腕はといえば、愉快そうに咥えた葉巻を上下させるばかりだ。
「パーティは人が多いほうが楽しいさ。それに、下手するともう一人増えるかもな」
何も答えらしいことも言わず、そうウィンクする始末だ。どうせろくな考えではあるまい──。クリスは追求をやめた。するだけ無駄だ。
「アンタが鉄腕か」
小柄な金髪の、落ち窪んだ目の陰気な男が言った。オレンジ色の囚人服もぶかぶかだ。
「街の有名人だ」
「刑務所には慰問した覚えはないぜ」
「いやでも耳に入ってくるさ。おれはジョナサンだ。こっちはエド」
浅黒い肌の大男が、返事代わりに鼻を鳴らす。ごわごわのロングヘア。胸のあたりから筋肉が隆々と見て取れる。
「あのドモンって野郎にビズの話を聞いた。バケモノ退治をするなら、あのクソッタレ刑務所を出してくれるってな」
「生憎ピクニックじゃないんだ。一生独房の中が良かったと言われても、アタシは責任持てないぜ」
ジョナサンは卑屈そうに笑い、エドの腰を叩いた──その時であった。鉄腕の視界を何かが通り抜けた! 彼女が咥えていたはずの葉巻、ヘンリエッタ
・Y・チャーチルズの先端がきれいに無くなっていた。エドの手には、軍用ナイフが握られていた。ジョナサンがナイフを素早く渡し、エドがそれを使って、燻っていた葉巻の先端だけを斬り落としたのだ。
随行していた刑務所職員達が、ゴム弾入りショットガンをエドとジョナサンの二人に向けた! まさに一触即発!
「やあ、待ちなよ。こりゃ依頼主へのデモンストレーションだぜ。……どうだい鉄腕さんよ。おれはこの通り手先が器用でな。メカには強いし、車輪がついてりゃだいたいなんでも運転できる。エドは見ての通り、ナイフ使いだ。役に立つぜ」
「素敵なプレゼンだ。見積もりと資料をあとで出してくれ」
「なんでもいいから、早く済ませませんか」
ドモンがため息混じりに言う。白いジャケット、黒いジーンズに腰に巻いた革ベルトに、刀を二本差している。
「同感ですね、それは」
右手で杖を付き、もう片方の手にはナガン・リボルバー。フライトジャケットを羽織り、サングラスをかけたヴィガが微笑みながら言う。
「できましたから、準備は」
攻め込む準備は出来た。バケモノは一体何匹いるのか。一匹か二匹か、はたまた十匹か百匹か──。鉄腕はクリスのもとに膝をつき、おでこにキスをした。
「通信管制は任せたぜ、ハニイ。手綱はしっかり握ってくれ」
「心配はしてないけど、気をつけてよね。……あと、勝手だけど市長がもう一人ゲストを呼んでるんだよ」
ヘリコプターがローターを回し始める。数機のヘリが飛び立つ先に、観光用のタワーがそびえ立っていた。どうやら、モールに隣接した小さな遊園地のシンボルらしい。鉄腕はその頂上付近に、日差しをうけ光るものを見た。
誰かがいる。
「イヤホン式無線機はもう耳に入れたよね。通信テストついでに紹介するから聞いて」
クリスの言葉に応じ、ならず者分隊の面々は右耳に入れたイヤホンに人差し指を当てると、クリアな音声で女の声が響く。ヘリコプターの遠ざかっていく羽音。その中で、宇宙へ上がってゆく男への交信を綴った歌がまじる。
『やあ地上管制官諸君。こちらは伯爵。残念ながら佐官ではないよ』
今回呼ばなかった女の声に、鉄腕は眉根を寄せる。聞き間違いでなければ、クリスは市長が呼んだ、と言ったか?
「伯爵、招待状を出さなかったのには色々と訳がある」
ハッパをキメてフォックス・ハンティングに興じる。英国紳士の真似事をするヤク中スナイパー。それが伯爵という女だ。よく見れば、タワーの窓にトリコロールカラーのパラソルが小さく開いているのが見える。
『誤解しないでほしいな。別に僕はそのことで怒っちゃいない。君たちに関連することで、別の仕事を受けたのさ』
伯爵はそう笑うと、サクサクとなにやら咀嚼する音を鳴らした。謎のハーブ入りクッキーを食べてご満悦したのか、緩みきった息を吐く。
『逃げ出した狐を狩れ。市長殿は動物園で飼ってた狐の脱走を懸念されてるのさ。それで僕にハンティングのお誘いが来たってわけ……』
へへへ、と何がおかしいのか満足げな笑いを漏らした。食えない男だ。鉄腕が考えたのは、市長に対する感想であった。役者出身とは言っても、政治家だ。この程度の搦手は使ってくる。鉄腕主導と言っても、手綱を握っているのは自分のつもりなのだ。
そしてこの伯爵という女が本気を出せば、敷地から逃げ出す犯罪者共は確実に頭をブチ抜かれる。ローグ・フォアの面々は、ここから死体になるかバケモノ共を掃除し終わるまで脱出することは叶わないのだ。
「さて、素敵なBGMをバックにしたところで、分隊諸君行くとしようか」
「……バケモノ共を殺す」
着替えを終えた──といっても、上半身裸にナイフをセット可能なハーネスをつけただけの、ワーカーパンツにブーツ姿のエドが、獣が喉を鳴らすように言った。
「あー……できれば紳士淑女で頼むぜ、諸君」
血塗れの床であった。
スペースシャトルから伸びるマニュピレーターのように長い腕で、掃除をしているものがいた。モップでぎこちなく血糊を拭いているのだった。
「掃除ご苦労」
声とも唸りともつかぬ声を、『それ』は出した。長く伸びた手足では、そうしたかんたんな掃除ですら手間取ってしまうのだ。それらはそういう生きものだった。そういうものに、作り変えられたのだ。
その元凶たる人物が、動いていないエスカレーターをゆっくり上り、吹き抜けのホールにひしめき合う『作品』を見ながら、満足げに言った。
「さて、今日も一日頑張ろう。大きいことは?」
「「「「いいことだ!」」」」
機械合成音声で、声帯部分からむりやりノイズめいて発せられるこのセリフは、このモールに巣食う一党の掲げるスローガンだ。
It's good to be big──。小さき影は哀れな化物を駆り立てた張本人だ。『おおきなものたち』は、彼女による作品であり、創造主である彼女にかしずく存在なのだ。
「そうだ、諸君。君たちにとってみれば、このモールでさえ小さすぎる!」
細く長過ぎる機械腕で、おおきなものたちの一人が、不器用に工事用のハロゲンライトを、小さな創造主へと向けた!
引きずるような長さの白衣は、完全にぶかぶか。アルビノを思わせるような白い髪を伸び放題にして、精密作業用の光学ルーペを左目につけた彼女は小さな手から指し棒を伸ばす。天高く!
「いずれ外へ出ねばならない、我が子ら!」
唸りとも、嘆きともつかぬ、まるで道具箱を引っ掻き回すような音が場内に響く。さながらそれは、ライブ会場で盛り上がるファンのそれだ! その時であった。
場内に設置された監視カメラが、侵入者を検知したのだ!
「どうしたの?」
小さき創造主は、トランシーバーに話しかける。
『マム、侵入、者、で、す』
「ビッグ!マム!よ。侵入者ですって?」
たどたどしい返事代わりに、唸り声が帰ってくる。彼女の作品の知性は低い。それでも、彼女の指示を理解する程度の力はある。なれば、やることは一つだ。
「諸君! わが子らよ! この楽園に、土足で踏み込む者が現れた!狩れ! 狩るのだ! 一人残らず!」
ビッグ・マムは笑う。狩り。おおきなものたちの得意分野。そして狩りの果てには、獲物を使った『料理』が待っている。
楽園は楽しいところだ。だが彼らにとってここはまだ狭い。彼らと創造主は、楽園を出るための手段を作ろうとしているのだった。
ハロゲンライトが創造主と、その奥、フロアをぶち抜くほどの大きさの建造物を照らす。
それは、天に伸びるバベルの塔。それは、ノアの箱舟。彼らにとっての希望。
鋼鉄製の黒き城は、何者をも穿つであろう80cm砲をはるか先へと伸ばす。建造中の狂気の『城』だ。
「いずれ我々はオールドハイトを焼き、我々の国を創る! 仲間を増やすのだ……人々の死体で!」




