ローグ・フォア(ならず者分隊)
オールドハイト郊外、グリーンウェル刑務所。悪名高い混沌都市であるオールドハイトにおいて、悪党は区別される。ふつうの悪党と、そうでない悪党だ。刑務所という小空間においても、人の格付けは行われる。それも、力の有無という単純なものさしによる格付けが。
通常の囚人とは明らかに異なる異常犯罪者達を収監するための、全米でも有数の巨大刑務所。オールドハイトの財源の一つでもある。
なにせこの中に住まう囚人共といえば、一人一人が核弾頭に等しい連中なのだ。殺さず生かすだけでも、国から補助金が山ほど降りる──。
「選りすぐりの友達を探す。アタシも含めて四人。一分隊ありゃ、あのモールで何人出てこようが怖くないクソッタレ共を集めるのさ。ならず者分隊ってとこだな」
「お友達って?」
ライオットスーツに身を包み、ゴム弾入りのショットガンを手にした重装備の看守達を数人ボディ・ガードに、鉄腕とクリスは特殊鋼材を使った暗い廊下を歩く。カツカツと、まるでリズムを取るように足音が響く。
「ああ。残念ながらこうして塀の中だが、金が絡めば別さ。外の連中よりよっぽど頼りになる」
「探偵さんとか、伯爵は?」
「探偵はハネムーンだからパス。一ヶ月も不在にしてるらしい。よっぽどロマンチストの嫁さんを貰ったらしいな。伯爵はスナイパーだから、今回みたいな屋内だと役に立たねえ。何人いるかわからない連中に、あの面倒な弾の準備をするのはごめんだね」
重苦しいブザー音。二重の鉄格子を、強化ガラスで覆った大げさな特別牢が姿をあらわす。中には、簡易なベッドにモザイクガラスで便器部分だけ隠したトイレ、そして椅子。腰掛けているのは銀髪の女。魚卵のように白く濁った瞳でどこかを見つめている。
「市長から特別にと言われているが、君も知ってのとおり彼女は危険だ。近づけば、それだけ脱走のリスクが上がる」
口ひげを生やした看守長が、眉根を寄せながら言った。オールドハイトの所属するニューイースト州では、死刑が存在しない。そんな中にあるグリーンウェル刑務所では、殺さずに凶悪犯を閉じ込めておかねばならない。
脱走させればどうなるか。それは、ブラックマーケットに核弾頭を流す行為に等しい。
「アタシはしつけが上手いんでね。散歩は許可制にしてある」
ゆっくりとガラスの中へと歩みを進める鉄腕。鉄格子の中へ。さらに中へ。
「やあ、久しぶりだ。塀の中のアメリカはどうだい?」
女は──ヴィガは声に振り返り、ふっと笑みをこぼした。
「最悪ですね、ここは。飲めません、酒も。見られていますし」
通常の──彼女のような盲目でない囚人がここに収監されれば、あまりのプライバシーの無さにおかしくなってしまうことだろう。もっともこの刑務所はそうした自死に対してお咎めが無い。凶悪犯が自ら死を選ぶのは、彼らに残された最後の自由意志だからだ──。
「いい話を持ってきたんだ、ロシアの美しい人。ショッピングモールでバケモノ退治をしないか? 一体殺れば一万ドル稼げて、残りの刑期一年につき五百ドルで減刑だ。あんたの場合刑期は二百年だから十体倒せば釈放になる」
「目が見えません、私は。役に立たないでしょう、多分」
「どうかな。酒飲んだら見えるようになるんだろう? 百発百中のラッキーガールであるアンタの腕が必要なんだ。……それに、あんた死ぬまでこんなところで過ごす気か?」
ヴィガは自嘲気味に笑った。彼女は祖国を捨てた女だ。祖国からのチャンスも、鉄腕が叩き折ってしまった。彼女は諦めている。生きることさえも。
「アンタをここにブチ込んだのはアタシさ。だから、ここから出すのもアタシなんだ。アタシは保安官じゃない。刑務所に入れるのは、いつだって正義の味方さ。アタシは違う。女だからな。入れるのも出すのも得意なんだ」
ヴィガは笑った。鉄腕もそんな彼女を見て笑った。ビズなら敵対し、ビズなら協力する。それがアウトローの流儀だ。
彼女がそれをできるかどうか。銃を渡した途端、鉄腕の眉間をぶち抜かない理由もまたない。
「トリガー軽いです、あなたには。撃ちます、いつでも」
予想通りとでもいうところであった。ヴィガは獰猛な笑みを見せた。獣の笑み。彼女はまだ折れていない。仲間すら喰い殺すくらいのガッツがなければ、あのバケモノには勝てないだろう。
「ああ。バケモノをブチ抜いた余りは、アタシが全部引き受けてやるさ」
ヴィガの釈放手続きはスムーズに進んだ。刑務所としても、抱え込むには大きすぎる爆弾だ。さっさと放り出してしまいたいというのが本音なのだろう。
鉄腕の顔はそこそこ広い。その中には、金を投じればなんでもする連中も含まれている。傭兵といえば聞こえがいいが、その実ただのシリアルキラー紛いというのも珍しくない。鉄腕は敵対しなければ喧嘩は売らないのだ。
女子牢を抜け、施設中央にある大運動場へとたどり着く。熱気。怒声に近い叫び。オレンジ色の囚人服に身を包んだ悪党どもが熱狂しているのは、中央で人垣に囲まれた男の決闘だ!
「殺せ!」「殺せ!」「やっちまえ!」
筋骨隆々。上半身をはだけた背の高い黒人が、男をぶん殴る。吹き飛ばされるも、男は人垣に押し戻される。おさまりの悪い黒髪。黒人に比べれば遥かに貧弱な体。アジア系の黄色人種だ。
男はぷっと奥歯のかけらと血を吹き出す。
「どうした、お嬢さんよう。吹いてた口はどこ行った?」
白い歯を見せながら黒人は笑い、再び右フック!
「調子こいてる奴は死ぬ! それがここの掟だ。アジアのお嬢さんはボスにカマ掘られる! それがここの常識だ。わかったか、この単純な教えが? エエッ?」
黒人は下卑た笑みをうかべる。男と黒人の間に、どこからかナイフが投げ込まれた。
「おいおい、穏やかじゃないな」
鉄腕は窓の外の光景をなんとか背伸びして様子を見ようとするクリスを押し戻しながら、看守長に言った。
「いつからここは武器ありのファイトクラブになったんだ?」
「囚人が我々に刃を向けず、出ようとしない限りは、我々はここでの行為に感知しない」
看守長は淡々と述べた。
「効率よく死んでくれれば回転率も上がる」
「自分に正直なところは好感が持てるな」
突然、しん、と場が静まり返った。黒人の首裏に、ナイフが突き刺さっていた。何が起こったのか、その場の誰にもわからなかった。ただ、黒髪のアジア人が黒人をナイフで刺し殺した。結果だけが残った。
ぶつり、と黒髪の男がナイフを抜く。霧吹きのような血が男の顔を襲う。囚人達はボスを殺した男を殺そうとした。事実できただろう。数は何倍もあったのだ。だがしなかった。誰も動かなかった。男は悠々と去っていく。
「彼と話をさせてくれないか」
鉄腕は一部始終を見終わってから述べた。看守長は驚いたようだった。
「たった今仲間を殺した男だぞ」
「ホモのネクロフィリアを正当防衛で、だろ。いやたんなるDVだったかもしれんがね。とにかく話をさせてくれ」
「お断りしますよ」
ドモンと名乗った男は、おざなりな治療を受け、未だ包帯を巻いた状態でため息混じりに言った。諦観混じりと言っても良かった。
「金も出る、殺した数だけ刑期が減る。何が不満なんだ?」
アクリル樹脂を間に挟み、鉄腕は理解できない、と言った様子で言った。
「この間あった時は、サムライソードをを使ってたな。アンタの剣の腕はゾッとするレベルだ。並の人間じゃ斬られたことも分かんねえんじゃねえのか?」
「……それ以外に、僕は能が無いんですよ。馬鹿馬鹿しいと思いません? 金を稼ぐ手段がそれしかなくて、何も楽しくないんですよ。刑務所ならなんの苦労もなく食ってけると思ったらアレです。ま、しばらくはちょっかいは出してこないでしょうけど」
ドモンは頬杖をつこうとして、頬が死ぬほど痛むことに気づき、やめた。彼にとってこの世は生きづらい世の中なのだ。殺す才はあっても、それ以外に選択肢がない。怠け者なのに、殺し屋以外の才能がないということは、必然的に殺し続ける以外に生きる道が無いのだ。
「いっそのこと、ナイフなんか投げ込まずにいてくれたら良かったんです。そしたらあの黒人野郎、僕の事を殴り殺してくれたのに。そんなとこに言うに事欠いて人殺しの仕事ですって? 僕はこの刑務所で何もせずに暮らすんです。邪魔しないでもらえます?」
「バケモノ退治だ。スターシップトルーパーズみたいなやつ。人間じゃない」
ドモンはさらにため息をついた。鉄腕は諦めなかった。この男は使える。本来の得物をもたせれば、あのバケモノに匹敵する力を持つだろう。実際に対峙した鉄腕だからこそ理解できる直感であった。
「それにな。アンタこの刑務所で平穏無事に暮らせると思うか? ボスを殺ったんだ。新しいボスが泊付けにアンタを殺そうとする。それを殺せばまた新しいボスだ。アンタの言うとおり殴り殺されるか、カマ掘り殺されるまでずっと状況は変わらんぜ」
最悪の想像にドモンは顔を歪ませた。もうひと押し。鉄腕はにやりと笑い、話を続けた。
「バケモノ退治で釈放されるしか、アンタに道はない。その後のことは、アタシが面倒見てやるさ。一応勘違いするなよ、男は恋愛対象として見れないからな」




