The Big Order
「気に入らねえ」
鉄腕、アンナ・マイヤーは金が絡めばどんなトラブルにも顔を突っ込む。だが、彼女にだって嫌なものはある。
それは、公権力に絡むことだ。警察、州軍、政府機関──。腐れ縁のランス警部からして信用ならぬ人物なのだから、彼女が不信感を持つのも致し方ない。
「パトカーで送迎するのがか? 悪かったな。リムジンは用意してねえ」
後部座席、相棒の男装少女クリスを挟んで、ふるぼけたコートに、よれたスーツ姿の中年・ランス警部は不遜にタバコに火を点けた。サイレンは鳴ってない。当たり前だ、別に捕まったわけではないのだから。
「どこに連れてく気だ」
「市庁舎。なんの因果か知らねえが、俺はお前の窓口かなんかだと思われてるらしい」
「勘弁してくれ、税金ならきちっと払ってる」
ブレーキ。窓の外には立派な市庁舎。まるで中指でも立てるように、葉巻を縦にし透かし見たが、なんともならない。
下っ端警官が敬礼するのを背に、鉄腕はクリスとランス警部を連れ、どんどん奥へと入っていく。
「おっと、俺はここまでだ」
「何? アンタが窓口じゃないのか」
「俺は忙しいんだよ。安心しろ、お前がヘマやらかしても、手数料で報酬額の五パーセントはもらえることになってる。せいぜい稼いでくれや」
ランス警部は足早に去っていく。あまりのことに、鉄腕は足元にあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。ペットボトルにグランデサイズのコーヒーカップが宙を舞う。市職員がぎょっと二人を見たが、鉄腕のサングラス越しの鋭い視線を感じ取り目をそらした。ポニーテールの長い髪。茶色いロングコート。なにより、白い絹製の手袋を右手だけに嵌めている。雰囲気が堅気ではないことを、いかな一般人でも感じ取ったのだろう。
「知ってる? 市庁舎の地下にビュッフェスタイルの食堂があるんだよ」
クリスがスマートフォンを操作しながら言った。
「担当者に言ってタダにしてもらおうよ」
「……お前も悪知恵が働くようになってきたな」
クリスと暮らして既に半年近くなる。もともと頭が良い子だ。何より肝が座っている。鉄腕のような無頼の稼業にも、こうして連れて歩いてもなんとかなってしまうのだった。
「じゃ、担当者をせいぜい脅しつけるとしますかね……」
鉄腕は目の前の扉をノックもなしに押し開けた。星条旗と市のシンボルを組み合わせた実に愛国心溢れるカーペット。高級デスクと、それに合わせたデザインのこれまた高級そうな本棚、応接セット──。
「驚いた。他人の金で飯を食う立場だといいオフィスが持てるんだな」
デスクの後ろはガラス張りで、市庁舎前の道路、モノレール、そして自然公園の光景が一望できる景色になっていた。
一役人が持つには豪勢すぎるオフィスだ。
脇には、なぜか日本風の屏風が飾られており、その前には刀掛と日本刀が置かれている。実にアンバランスだ。
「そう言われると、この建物にいる者全てが萎縮してしまう」
肩幅の広い男だった。黒い長髪を後ろでひっつめて縛っている。黒スーツをスマートに着こなし、筋肉質そうな身体が伺える。椅子を回して現れたその顔は、鉄腕がよく知っている人物だった。
「マジかよ! あんた、スティーブン……!」
「おっと、その辺で。スティーブで結構。君は選挙には行かないのかね? もう市長二期目なんだが」
鉄腕は思わず頬に手を当てたり、長いポニーテールに荒く手櫛を通したりと動揺が隠せない。何しろ彼女は市長の『映画』の大ファンなのだ! スティーブ市長は、ハリウッドでも大活躍したアクションスターで、その圧倒的なネームバリューでオールドハイトの市長に就任していたのだった。
「……そんな凄い人なの?」
「マジかよクリス! マジありえねえ! お前『クワイエット・バトルシップ』とか『ランナウェイ・エクスプレス』とか、観たことねえのか? 人生の半分損してるぜ!」
いつもにも増して興奮気味に鉄腕が話すのへ、クリスはいつもより冷めて呆れ返っていた。彼女はドンパチバイオレント映画にあまり興味がないのだ。
「その辺にしておいてくれ。……『鉄腕』と言われているそうだね、ミス・アンナ。実は大変困っているんだ。しかもあまり時間がない」
「あんたの頼みなら地球の裏側でも行ってやるさ」
「頼もしいね。……君は、オールドハイトの外れに、廃墟になったショッピングモールがあるのを知っているかね?」
市長が話し始めたのは、そのショッピングモールの末路であった。前市長肝煎りで誘致したこのモールは、オープンそうそうに経営が頓挫し、広すぎる敷地の管理費が市の不良債権となっていたのだった。
このまま放置すれば、その巨大さから住み着くものも現れるかもしれない。そうなれば治安は悪くなるし、なによりそんなもののために税金を使い続けるのもバカらしい。
「つまり、そのモールの掃除をしろってことかい?」
「平たく言えばね」
「あんたが出ればいいじゃないか。アタシに税金で金を回すことはないぜ」
市長は苦笑しながら首を振った。
「できることならそうしたい。現に君たちを呼んで事を収めるなんて愚かだと、市会議員達にどやされたよ」
市長は背中を向け、自然公園を──その先を見つめた。はるか先にある、ショッピングモールの廃墟を見たのかもしれなかった。
「だが、ことは単純じゃない。……最近、案の定立入禁止にしているモールに入り込んだ連中が五人も行方不明になっていることがわかった。そのうちの一人が、モールの外で死んでいたんだ」
「警察はどうした」
「我々はその連中の捜索も兼ねて、OPSF(オールドハイト・ポリス・スペシャル・フォース)を一小隊派遣したが、これも生きて帰れなかった。この映像を見てほしい」
市長はリモコンを操作すると、部屋が一気に暗くなり、スクリーンに荒い映像が映し出された。どうやらこめかみあたりにつけたウェアラブルカメラの映像らしい。激しく揺れる。動揺が見て取れる
『ファック!』
『落ち着けよ!』
『隊長が殺られたんだぞ!落ち着いていられるか!』
『フーチ、もう俺とお前だけなんだぞ!』
血の跡。まるで死体が引きずられたような跡。パニックになった隊員──フーチという名前らしい──を、カメラの人物が落ち着かせている。
『いいか、お前のカメラは壊れちまってる。俺の映像を本部に送信するからな──』
市長がリモコンを操作し、映像を巻き戻す。暗い中で激しいフラッシュ。列になって後ろ歩きする分隊。
「ここから見てほしい」
それは凄惨な光景であった。ライオットスーツに包まれたはずの隊員が、頭を砕かれ横たわっていた。
混乱する隊員達。フラッシュで現れる、巨人の──そう、巨人としか言いようのない姿。二メートル、三メートル近くはあるかもしれない。人間には見える。しかしその姿は異様そのものだった。腕が、足が、途中から避け、無骨な外骨格が伸びているのだ。普通の人間を核に、明らかにいびつな機械のバケモノにされた『何か』。これまた適当にくっつけたのではないかと疑いたくなるような両手のチェーンソーが、別の隊員を、絶叫とともに肉塊へと変えてしまった!
バケモノ。それも機械と人間の融合されたバケモノだ!
血が飛び散る。肉が飛ぶ!
「はっきり言って、これは州軍、いや海兵隊に出動を依頼すべき事案だ。……だが映像もこうして撮れているというのに、議会の反戦派閥が首を頑として振らん。映像の内容が内容だから、そうでない派閥の人間たちもそれに賛同して、このことを隠蔽するつもりらしい。私が撮った映画だと思われてるのかもしれんな」
映像が終わる。光が戻る。市長はデスクの下から小切手帳を取り出すと、その上にペンを添えた。
「……ミス・アンナ。はっきり言ってこのモールが、どこまであのバケモノに侵食されているのか、皆目検討がつかない。金なら、市の予算から後でいくらでも引っ張るつもりだ。だから、なんとしてもあのモールに巣食うバケモノを退治してほしい」
鉄腕は小切手の前に立ち、ペンを握りコツコツと机を叩いていた。クリスがそんな彼女のコートの袖を引っ張る。
「一人で行くの?」
「ハニイ、さすがにお前は連れてけないな」
「あんな化物がうようよしてるかもしれないのに?」
「金がかかれば、アタシは地獄の蓋でも開けるさ」
クリスはペンを握る鉄腕の手を握った。添えるように。阻むように。
「……信頼してないわけじゃない。君はいつだって生きて帰るしね。でも無茶だ」
「無茶? 何が」
「あの手の長さ見た? 君、あんなのが一ダースもボクシングを挑んできたら、たちまち粗挽きミンチ肉だよ」
「ハニイ、ハニイ。やめろよ。ビビってんのか? アタシはいつだってタフだぜ。ミンチ肉にされるならしてやるまでさ」
「ミス・アンナ。……私は映画ではなんでも一人でやってきたが」
市長が見かねたのか口を挟んだ。
「現実ではそうはいかん。現に、特殊部隊の一小隊が全滅しているんだ。ことがことだ。もし、君に当てがあるのなら、お友達を連れてきても構わないんだよ」
お友達。なるほど。どいつもこいつも、金が絡めばなんだってする連中が、鉄腕の周りには大勢いる。
「市長。言ったからには金払いを渋るのは止めてくれよ。……アタシのお友達は、ちょっと金遣いが荒いぜ」
鉄腕は不遜に笑った。