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街の外のヒーロー 2

 少なからず僕の心と自己認識に傷をつけたマリーちゃんとの会話を終えた僕と麻向は、古種ちゃん探しの為にホテルに陣を張ることになった。


 部屋はじいさんがあらかじめ用意してくれている物をそのまま使う。探偵の秘密拠点だ。

 そこらのホテルの普通の部屋に探偵が泊まる事にわくわくするのは僕だけなんだろうか? すごくダンディな雰囲気が出ると思うんだけどなぁ。

 さて、思いっきり気取ろう。


「此処が古種ちゃん捜索本部兼、僕達の拠点になる部屋だ!」

「捜索本部とか言いますけど、高校生男女がお泊りで旅行に来てるだけに見えますよ」

「分かってるから言わないでくれ、折角カッコつけてるのに」

「お泊りデートですね」

「デートとか言うな! 探偵っぽく無いだろ! 一応だけど僕達は探偵なんだ! もうちょっと発言にこだわろうぜ」


 麻向は分かってないだろうが、今の僕は最高に冴えてる探偵の気持ちなんだよ、もうちょっとカッコつけてもいいだろ。


「藤村くん。探偵っぽく会話しましょうか? ですが、私は探偵らしさが分からないので教えてください」

「探偵らしさ? 私立探偵らしさと名探偵らしさどっちが良い?」

「うぇぇ! 一括りに出来ない物なんですか!?」

「僕のお気に入りだけならさっきの二つにコメディ探偵足して三通り。私立探偵は二通りに分けて扱うし、現実の探偵もまた別ジャンルだ。マニア探偵って言うのもあるな! 何処から聞きたい?」

「辞めておきます。その界隈の存在だけでお腹いっぱいですから」


 麻向も何気に冷たい。一応二人分のトレンチコートと帽子も用意していたんだけどな。


「じゃあ足元のスーツケースはこっちに渡してくれ」

「何が入ってるんですか?」


 小さな車輪付きのスーツケースが僕の方に転がってくる。


「科学探偵なりきりセット」

「……。何に使う予定で持って来たんですか?」

「麻向なら解ってくれると思うけどさ、僕は形から入るタイプなんだ」

「えーと、それはつまり、科学探偵になって事件を解決する予定って事ですね?」

「いや、何が必要か分からないから三種持って来た内の一つだ」

「はぁ。持ってたケースとここに届いてたケースで丁度三つでしたっけ? 旅行の準備はしました?」


 僕が旅行に備えない訳無いだろ。僕の足元のスーツケース、民俗学者なりきりセットの中に全部入ってる。田舎に泊まる前提のチョイスだが、必要な物は全て揃う。あまり甘く見るなよ?


「民俗学者はこの事件、役に立たないでしょうに。じゃあ持って来たのは場所を取る仮装道具だけって事ですか?」

「まあ後はコミック二冊だけか、意外と僕って身軽だな」


 コミックは常に持ち歩く様にしている。最近は電子書籍でも読めるが、僕としては面白くない。

 電車でコミックを読む人間を見たら何を読んでるのか気になる。少なくとも僕は。

 そこに目をつけた僕の狙いはナチュラルな布教みたいな物だ、目立つ本を広げてチラッと見せる。好きな作品の存在自体を広めたいのだ。

 電子書籍に背表紙がつけば良いのに。正直B5サイズは重いしデカイ。

 とりあえず日本語版のモーションコミックを出してくれるまでは布教活動を続けよう。


「それいつも読んでますね」

「気になるなら貸そうか?」

「いえ、去年読みました。なので結構です」


 読者が増えるかと思ったが、去年の内に目標は達成されていたらしい。


「でも意外でした。アメコミとか好きなタイプなんですね」

「ヒーローが好きなんだよ、小さい頃に男の子は大抵そういうのに憧れるんだ」

「わかりますけど、アメコミヒーローより特撮のヒーローの方が身近じゃ有りません?」

「知ってるか? 麻向。子供の頃に人生の方向性を決めるのはどうでもいい偶然だったりするんだ」

「つまり?」

「日曜日の朝は父さんが録画した土曜日のニュース番組をまとめて見てたんだ。中学生になってから特撮ヒーローの存在を知った。」


 中学より前の事は思い出したくない。と言うか、思い出すべきことが無い。無だ。無にしておこう。


「分かります藤村くん! 小学生で友達を作れなかったら、学校で習わないことは知らないままに成長するんです! 私も同級生の会話は何言ってるのかさっぱりですよ」


 麻向は今までずっと、そして今でも友達を作れないままの様だ。何か有ったのだろうか? 何も無いのに孤立するとは僕には考え辛い。見た目は暗いが、何もかもに誠実に取り組む良い子だし。

——よく考えれば、麻向と僕が出会ったのが去年だった、なら僕の虚無に包まれた小学校生活を知っているのはおかしくないか?


「まるで小学生時代の僕を知ってるみたいな言い回しじゃないか。言ったこと有ったっけ?」

「口が滑りました。この話、気にしない事に出来ますか?」

「気になるから出来ない。話してくれ」

「仕方ないですね。……藤村くんの過去の同級生全員に話をしてもらっただけです。何でも知ってますよ? 藤村くんが泳げない事とか。それを隠す為にわざと足に怪我した事とか……」


 麻向は腰掛けていたベッドを離れ、指をくるくるしながら僕の方に向かってくる。そして僕の腰掛けてているベッドに肩を並べて腰掛けた。

 人の過去を小学生時代まで遡って調べた執念と才能には驚くが、僕の幼少期に面白いことなんて無いぞ?

 あとシンプルに麻向に友達がいない理由の一つが見えた気がする。


「初恋の話とか」

「嘘だろ!? 保育園まで遡ったのかよ!」

「折角だから聞きたいんですけど、人妻が好きとか難儀な性癖してませんよね?」

「はぁ? あのな、麻向。保育園児にはそういう感性が無いんだよ。名前は覚えて無いけどあの先生……」

「安原先生でした」

「ッ!?……その安原先生の事だって、人妻とか考えてなかった。確か一番若くて綺麗な先生だったから好きだった筈だ」

「はい。当時の写真も手に入れました。若さでは二位、私見ですが美人度なら一位。胸の大きな先生だった様ですね」

「な? 保育園児は単純なんだよ。僕の過去なんてそんな物なんだ」


 何も無い。中学生の時は探偵だったが、それでも僕は過去に何も残していない。

 麻向は色々言いたそうにして、そしてため息をついて、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

 大きな胸が強調されて、正直下心が湧いてくるがそんな空気じゃ無い。左かかとで右足を踏んで正気を保つ。


「麻向、下でジュース買ってくる。何がいい?」

「出来る限り甘いものお願いします。ミルクセーキがあれば最優先で」

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