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苦ヶ坂峰悪人譚 4

別の話書いてました。すいません。

「そのリーダーらしき少女に会ったのは一週間と三日前なんだな、ええと……青年」

「あ、はい。僕が信用出来ないならシアカちゃんに聞いてやって下さい。覚えてないでしょうけど」


 アヤメさんはうんうんと頷きながらスマートフォンを器用に扱っている。今に鼻歌でも聞こえてきそうな顔だ。いつもの快活な声の鼻歌は聞いてみたいな、本人は音痴だと言っていたけれど。


「で、昨日が大将アートさんの到着」

「何か分かったんですか?」

「あぁ? お前は全く持って分かってないなぁ、メモだよ、メモ機能。大将がお前に会えって言うくらいだから複雑な話なんだろうなーってさ。お前と組んだ事一度も無いけどもそういう役割だろう?」


 僕の問に怪訝そうに答えた後、窓を開いた。


 アートさんがこちらに来るまでに一週間程遅れが出たせいで、僕はテロリストどもに電話で急かされ続けていた。当の本人はその頃、此方からの連絡もすっぽかして友人と会っていたらしい。全く理不尽極まる。

 そろそろ奴らも限界かな、と思い逃げる算段だけは立てていたのが今朝の話。

 こちらに気付いてないんじゃないかと思っていた僕にアートさんが連絡代わりに寄越したのが我らが悪人坂の紅一点、アヤメさんだった。

 曰く、「昨日からこっちに居る、俺の方も色々言わなきゃならん事が幾つかあるが、今の仕事が最優先だ。この話の因果カタチを読んでこい。戦力アヤメさんをつけるから上手く立ち回れ、後で聞きに行く。」だそうだ。

 全く以て理不尽極まる状況だが、僕としては寧ろ少し楽になった。


 相性が良いと思っている。アヤメさんは僕とは違うタイプで頭が良い。無理やり言ってしまえば、彼女はあくまでも行動の一環で頭を回す人間。僕やアートさんはあらかじめ頭を使って行動する人間。

 僕はアートさん程万能じゃないから行動の質が低くなりがちで、アヤメさんのような機知型の相方は重宝するのだ。

 この間まで組んでいたシアカちゃんは頭を使わずに感覚でどうにかしたがるタイプだろうな、僕を見捨てて観光に行ってしまった。一応彼女も電話番号は残していったが、一緒に携帯を残していったから今回は彼女に期待は出来ない。いったい狙撃銃を持ってどこに行ってしまったんだろう。



「で、青年。派遣されたはいいけど私は何をしたらいい? そもそも今回の方針は?」

「まだ動かなくていいでしょう。せっかくこんな高価い隠れ家に来たんだ、バカンス気分って事で」


 実際、このタイミングで動ける事柄なんて無いし。と僕はカルピスをグラスに注ぐ。アヤメさんは苦虫を潰したような顔をしながら僕を睨み、露骨にため息を付いて部屋中をうろちょろし始めた。


「なぁ青年」

 退屈に耐えられないほどこらえ性がないのか、アヤメさんは窓際から僕に声をかけた。グラスを傾けたまま声にならない疑問符を返すと、アヤメさんが続ける。


「この部屋の両隣はどんな奴か分かるか?」

「……。僕から見て右側が空き部屋です。一応その部屋も押さえて貰っているんで自由に使えますよ。あっちは角部屋だから寧ろあっちが本丸なんですけどね。」


 壁に耳ありと言うやつだ。こんな所で悪巧みしている奴を見つけようって輩は居ないだろうけど、盗み聞きしようって奴はどこにでも居る。隣に人がいる状態で聞かれたくない話はしないようにしている。

「分かってるんならもう片方は?」


「いますよ、多分こっちに聞き耳を立てている。」

「わかった上で此処に居るのか。わざと聞かせてるってことでいいよな? 味方でもないんだろうし、聞かせる利点なんて無いだろう。私にもその思惑を教えてくれよ。」

 

 抱き込みたい奴が居るなら先に言ってくれよ、とアヤメさんはニヤニヤしながら近づいてきた。こんな時の笑顔ははっきり言って威圧以外の何物でもない。

 そもそも悪人坂に住んでいるある種のご近所さんとは言え、僕のことを信用していないんだろう。目は冷静に僕を品定めしていた。

 アートさんからの命令上、この事件中は処分されることは無いだろうが、アヤメさんに疑われて動けなくなるのは相当に辛い。


「勿論僕が聞かせてます。だけど抱き込みたいかって言われたらそうじゃないし、無論味方でもない。向こうにいる女の子は運悪くあの部屋を取って、運悪く隣が悪人で、運悪く盗聴していて、運悪く僕に気づかれたと思ってるだろうし、僕は別にあの子に聞かれた所でどうこう言うこともない」

「警察に駆け込まれるなり、漁夫の利狙いのチンピラに邪魔されるなりするかもしれない。この会話も聞かせて居るんだろう? 逃げられたらその子は少なくとも危機一髪の笑い話にはするだろうよ。」


 アタッシュケースからよくわからない機械を取り出してアヤメさんは向こうに歩いて行く。恐らく何らかの方法であの子を殺すつもりだろう。

 その機械はキャンプ用のハンディバーナーによく似ていて、しかし家庭用のポップなデザインではなく、素材の金属光沢の上からゴムのグリップを付けただけの手作り感あふれるデザインで、それは幾分か前にアートさんから聞いていたアヤメさんの手口そのものだった。


「ここまで聞いて逃げないっていうのも相当変な子じゃないか、もう既に連絡を取られてるなんてことは無いよな? 此処でミスして作戦失敗なんてのは無いからな、この場はお前が責任を負うってことも分かってて此処で話してるんだぞ。」


 裏切ってくれるなよ、と言いたげな機械の銃口がチロチロとこっちを向いている。

 あの武器は映画で見た空気銃みたいなものだろうか、見た目どおりのバーナーっていうのは考えづらい。まあ僕はアヤメさんがあれからビームを出してきても驚かないだろう。

 普通に生活して居ると化学の進歩にはついて行けないものだ、フッ素コーティングされたフライパンとそうでない物の見分けがつかない人間が未知の機械の構造やら機能やらを分かるはずがない。と思っている間に僕の額に銃口が密着していた。


「返事は?」

「僕の胸ポケットに入ってる携帯を取って下さい。」

「良いセンスしてるじゃないか、私と同じ機種だ。……普通だな。恋人の写真でも壁紙にしてるのかと思ったよ」

「いませんよ。で、壁紙。どんなイラストですか」

「……? 何かの設計図とロゴだな、戦闘機みたいだ。ふふっ、意外と男の子してるじゃないか。」

「それ、持ち主向こうの女の子ですよ。多分シューティングゲームの戦闘機ですね。向こうの部屋にシューティングゲーム環境整ってましたから。好きなんでしょうねぇ。」


 僕の額から銃口が下ろされる。

 そして胸ぐらを捕まれた。今度の銃口は僕の鳩尾にピッタリとくっついている。


「説明不足だ、部屋備え付きの電話はどうなってる」

「故障させてます」


 『故障しました』が正しい。実際は細工をしようと思っていたが、それほど機械に強くなかった。さすがに近代の家電とは言っても、仕組みもわからない奴が(マニュアル片手とは言え)いじくり回すと壊れてしまう。

 実際はどこにかけても此処につながるようにして怯えさせるつもりだった。僕の趣味だが。


「じゃあ、あいつは何故逃げない?」

「ドアも故障してまして。蹴破れないことは無いでしょうけど、こっちも気付きますから。窓からってのも此処4階ですし。諦めちゃったんじゃあ無いですかね。」

「最後に一つ。彼女は誰だ」

「古種心って子で、ちっこいけど高校一年生。勿論今回の件にも関係してますよ」


 名前を聞いてアヤメさんは頷いた。このホテルを貸してくれた男との関係を察したんだろう。そして此処で僕がそれを言わない理由も察してくれたようだ。話が早くて助かる。


「偶然だったんですけどね。下の広間でこれを盗みまして。で、身元やら経歴やら全部調べたら隣の部屋だったんで、ちょっと脅かしてやろうと」


 ズボンのポケットから、ひらひらと心ちゃんの学生証を見せる。


「じゃあ爆弾を大将に頼んだのは……」

「はい。あの扉、超能力者達から一人借りて開かなくしたのは良かったんですけど、外側から蹴破るのは無理ですね」


 僕が言い終わるのを待たずにチェーンソーとのこぎりの中間地点の様な機械が組み上がっていた。全く以て頭が上がらない。どうやらアヤメさんは僕の個人的な楽しみで派遣されてしまったらしい。酷くやる気のない態度でゴーグルを装着した。


「仕事は仕事だな。青年。恋人居ないって言ってたな」

「はい。立候補は受け付けますよ」

「女の子を見て身元洗おうってのはドン引きだ。その思考回路持っている限りは恋愛成就はないと思っておけよ。少なくとも名前も知らない人間の過去を探りまわる奴はダメだろう」

「誰にでもってわけじゃあ無いです」

「なんだ。幼い感じが好みだったか?」

「いいえ。雰囲気が妹に似てたんで」

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