苦ヶ坂峰悪人譚 1
ヒーロー物ですが悪人サイドから始めましょう。
「晴れの日は嫌いなんです」
僕がアートさんに呼ばれたカフェテラスで黄昏れていたら、相席していたシアカさんが暇を持て余して口を開いた。
例え治安の悪いこの街でも、窓から見える駅前の大きな通りは静かだ。気の早い菓子屋のサンタクロースがケーキの予約を取ろうとアルバイトしている。
昼間からご苦労な事だ。あるいは彼は本物のサンタで、毎日世界の何処かでああやってサンタが必要な人達を助けて居るのだろうか。
生憎僕にサンタクロースが来たのは小学四年生のクリスマスが最後だったが、あの頃はサンタが居ないとクリスマスに興味が持てなかった気がする。
小学四年生の男の子にはサンタクロースが必要だったのだろう。なんだかんだで確認もせずに自分の親がサンタクロースだと信じて無駄に感謝なんかした記憶も有る。
そうやって割り切れる時にはもうサンタは必要無くなって、職を失ったサンタはあそこでケーキを売っている訳だ。
そして場数を踏んだベテランサンタが南半球でサーフィンをするんだろうか? 全く以てサンタ業界にも夢がない。
「晴れの日は嫌いなんです!苦ヶ坂峰さん!」
無駄に考える悪癖を発揮しているとシアカさんが大きく身を振ってアピールしてきた。背が低いからスーツ姿に眼鏡が少しちんちくりんだが、そのちんちくりんが非常に似合っている。これで僕より年下ならなんの気兼ねも無く『シアカちゃん』なんだけどな。
「その苗字嫌いなんです。地名じゃないのに坂だの峰だのって、不誠実だと――」
「聞こえましたか!私無視されたのかと思いましたよ」
僕の冗舌を大声で制し、シアカさんが眼鏡を外しながら言った。眼鏡がないシアカさんはなかなか可愛らしい顔をしている。
だが驚いた。きっと僕のように故意でやってるタイプじゃなくて本物の『人の話を聞かないタイプ』だ、人生で初めて出会った。
今まで話を聞かなきゃいけない状況は来なかったのだろうか? 例え狼に育てられてもある程度の社交性は身につきそうな物だと思うのだけれど。
僕の飼っているハムスターですら自己主張のタイミングをある程度は弁えているというのに、全く以て聞こうとしていない。怒りより先に興味が湧いて来るほどだ。僕も幼稚園児以前はこんなのだったかも知れない。そう思うと腹も立たない、寧ろ僕の中にある欠片程の父性が彼女を許してやろうと活動を始めるほどだ。
ぬるいココアを啜る僕にシアカちゃんは得意気に語った。
「スコープで太陽を見ると体に悪いから嫌いです」
確かに僕は友達の居ない可哀想な学生だが、彼女のようにどうしようも無い訳じゃない。寧ろ僕の孤独は無理をすれば孤高と言い換える事もできるだろう。つまり僕には社交性が有るということだ。
彼女の案内を任せたアートさんは僕に恨みでも有るのだろうか、普段から結構荒い方だが最近の僕に対してはその傾向が強い気がする。心当たりが有るから強く言えない状況もそれを加速させているのだろうが。
なんにしろ案内を任された以上、僕の好奇心と無駄な責任感が彼女をどうにかしてやろうと要らぬ計画を立て始める。
まず、彼女を傷つけない。これは第一条件。別に悪口を言うために口を開く訳じゃない、まあ悪舌皮肉を極めた僕の舌も年上とはいえ明らかに要保護対象の彼女を刺そうとはしない筈だ。
そして、今回で気づかせる。出来る限り痛みを伴わずにこのままじゃダメだと思わせねばならない。そのためには少しストレートな方がいいだろう。「友達とか居ます?」ダメだ。一方的でも言葉の上なら友情が成立してしまう。だが友達という着眼点は悪くない。ここから広げればかなり理想的な文句になりそうだ。
「聞いてます!?苦ヶ坂峰さん!」
「ちょっと静かに。考え事してるんですってば」
全く以って自己主張の強いタイプはこれだから困る。
深くため息をつき、辺りを見回す。こんなことしてる場合じゃ無い。そもそも僕はシアカさんの仕事を見届けに来たのだ。別に楽しくおしゃべりしに来た訳じゃない。
いつの間にかテーブルの上の携帯電話が震えていた。