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竜になったら、正社員  作者: 明陽子
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運命の出会い?

 「見つけた」

 「は?」

 編集部の入り口脇に立っていた、背の高い男が腕をつかんできた。

 「君の名は、りゅうじゅ、だろ」

 「鈴子(すずこ)、です」

 「いや、りゅうじゅだ。待っていたぞ」

 「だから……」

 「そうか、お嬢さんは、お目覚め前か」

 男は、眼鏡の奥の切れ長の目を細めると、顔を近づけてきた。

 「近藤デスクー」

 声のした方を見る。


 50メートルほど先の廊下の角から、クリーム色のスーツを着た女性が顔を出している。


 男が手をあげると、「宣伝会議はじまりますー。編集長入りましたー」と言う。

 「ありがとう、すぐ行きます」

 涼やかな、よく通る声で返すと、こちらに向き直った。

 「必ず迎えに来るから」

 「はい?」

 「君には、こちら側についてもらわないと困る……が、まだ、この話は早いようだな、りゅうじゅ」

 男はなれなれしく、肩を叩くと、去って行った。

 「鈴子だしっ」

 なんだあいつ。どこの編集部だろう。デスクって、言われてたな。肩書きからすると、結構お偉いさんらしいけど。


 あ、まずい、編集長の「あつあつカリカリポテト」が冷めちゃう。


 慌てて、今入ろうとしていた「ZooMo(ズーモ)」編集部の開け放したドアのなかに駆け込む。作業に励む部員の向こうで、背筋をのばして待つ狛田(こまだ)編集長が見えた。

 「すーくん遅い!ぼくのタイトル決め作業に支障がでましたっ」

 離れているが、ブルドックのような頬を震わせているのがわかる。


 給茶スペースに常備してある紙皿をつかみ、御前に走りこむ。


 編集長は、大きな窓を背にして、椅子の上で正座をして待っていた。革張り特製チェアは、大きな体を難なく支えている。


 テーブルの上に広げたノートの横に、紙皿を置き、ポテトの紙袋を捧げてわたす。

 「まったくぅ」と、受け取った紙袋を几帳面に開くと、一本ずつ取り出して、紙皿に並べていく。


 儀式が始まった。


 アルバイト席に戻ろうと、背を向けて歩き出す。とたんに、ふわりとムスクにシトラスの香りを感じた。

 「お疲れ、すずちゃーん」

 肩を寄せてきたのは……カメラマンの中村創(なかむらはじめ)だった。

 「狛田さんも、あれで正気保ってるからな」

 小声で言うと、肩を抱いて、アルバイト席に先導しようとする。

 「だから、なれなれしいっす」

 「今月号が、山場だろ。また売り上げ落ちたら、次期は部署変えになるって聞いたぞ」

 巨大なカメラバックをアルバイト席のテーブルの上に置くと、脇の椅子をひっぱってきて、座った。光沢のある、黒いシャツの胸元があいている。

 「はいどうぞ、座って」

 ふわっとした栗毛をかきあげると、自分も座った。

 「ポテトならべて、1本食べるごとに、タイトル案ひとつを考える。7本たべて、7案出したなかから、ひとつに絞る。あれはじめて、何ヶ月目だっけ」

 「去年の秋ごろですよね。大幅売り上げ増になった号の時にたまたまやってから、でしたよね」

 「そ、彼が来て2年目で、後にも先にもあの号だけ。ずっと、部内の評価も得ていない。しかも、あの時の売り上げ増の原因は、熱愛発覚の人気モデル、カーラちゃんが出たからだ。しかも、おれさま、中村カメラマンが撮りおろしたときている。そりゃ、のびるわ。狛田さん、もともと経済誌出だろ。ファッション誌は、やっぱ難しいわな」

 「で、ほかに話は?」

 「冷たいなー」

 「ネットで見たい記事あるので」

 巨大バックを後ろの作業机によけようとすると「ほれ」と紙袋をわたしてくる。

 「取材で行ったの。ここのマカロン食べたがってたでしょ。お土産」

 紙袋に、「DALLOMAU」と印字されている。

 「ダロマイヨだ!やったー」って、まてよ。

 この男がこういうことするときは、何か、ある。

 「で、話なんだけど、さ」

 やっぱり。

 「なにするんすか」

 「お、わかってるお返事」

 「やるか、やらないかは、話次第っす」

 「そこを、なんとか。あのさ、マコールの天使の谷間ブラ買ってきてよ。最近売り出した、レースがすごく多い見せブラシリーズね」

 「え?」

 「それを、明日2時にモンテホテルのスイートに持ってきて欲しいの」

 「はっ?」

 「カメラマンのサポートも仕事の一環だよ。ブラ、装着してきてね」

 「……」

 「どわっはっはー。赤くなってやんのー。装着は、冗談」

 また、肩を抱いてくると、さらに髪の毛をくしゃくしゃとしてくる。体温で暖められたムスクの香りが顔を覆う。

 「だいじょーぶ。変なことしないから。再来月号、ブラ特集予定してるでしょ。別件のVIP取材で取った部屋が、ちょうどブラ特集の撮影で使う部屋だったの。取材が終わったあと、そのまま部屋使って練習。谷間に特化した撮影は久しぶりだからね、知り合いのモデル呼んで撮影プランを練るのですわ」

 「そんなん、自分の事務所の子にでも買ってきてもらってください」

 「いや、俺は、感性で撮る天才肌ってことになってるから」

 「だから、なんすか」

 「練習してるなんて、思われたくないのよ」

 「あたしが思ってもいいんですか」

 「いい」

 「……」

 「見てごらん。この編集部のひとたちを。他誌のコーディネートを、色、素材など統計とってエクセルでまとめてるヤス姉、企画案は必ず20本出すのが目標で、トイレに入ってても案が浮かんだらメモをとる小池さん。原稿を書く前に納豆2パック食べないと無理な沼ぽん、セッティングが難しい人気芸能人のアポとるために験かつぎでネット神社に参拝する河野くん、好きすぎるタレントの取材をするとき、興奮しすぎないように取材前に椅子をくるくる激しく回転させて緊張をとる前ちゃん……」

 「なんか、途中から、論点ずれてるような」

 「とにかく、なりふり構ってられないひとをたっぷり見てる、すーちゃんならいいってこと。しかも、暇なアルバイトの身」

 「ひまじゃないですっ」

 「コピーとって、給茶機スペースに部員用の菓子並べて、弁当注文して、電話とったら、おしまいだろ」

 「ほっ、ほかに、頼まれた資料買いにいったり、備品の補充に、郵便物の整理もあります」

 「ねー。大学卒業したのに、かわいそーにー。就職活動ミスってねぇ。新卒で入った同期は、社員としてバリバリ仕事してるのになー」

 うんうんと頷いて、肩をたたく。

 「同情は、けっこうっす」

 「まあまあ。俺としては、すーちゃんに出会えて、うれしかった。たまには、変化もいいでしょ。そんなわけで、よろしく。編集長には、言っておくから。明日は、土曜だし、電話とりも大してないでしょ」

 言うと、手に紙袋を押し付けてきた。

 「おいしーよ。新作も入ってるからね」

 ぱっと立ち上がると、「これ、購入品リストね。お金はこっち。領収書もよろしくねー」と押し付けて、そそくさとバックを担いで出ていってしまった。


 

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