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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十二話・天探女
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「そう、毘羯羅がわたくしを警戒して、あなたに自分の真言を使うように伝えたわけね」

 天探女は失笑したようにため息をついた。

「あの子、昔の私に似てるところあるから、早とちりしてるんじゃないかってすぐ分かったんですよ」

 皐月もその時の毘羯羅の必死さを思い出し、失笑してしまう。

 阿弥陀が本部に連絡を入れ、鬼頭が署に連行されてからのことである。大宮の車で稲妻神社へと送られていた皐月に、横に座っている天探女が、色々とたずねていた。

「たしかにわたくしは邪神ですが、それなりに良心は持っていますよ。そもそもわたくしは巫女を神格化したもので、本来は神仏のくらいではないんですよ。近しい存在といった方がよろしいでしょうかね」

「子安神社に祀られている玉依姫命も、元は巫女ですからね。まぁあちらは出産を手伝う神で、天探女は吉凶を占う巫女神ですからね。そうだ、今度行われる地方競馬の差し馬とか占ってもらえませんかね?」

 天探女は首をかしげる。

「阿弥陀警部、それはその……、ご自分で考えてくれません? というより、仏の最高位って自覚してます?」

 皐月があきれた表情で言う。それに釣られる形で、天探女も苦笑いを浮かべた。


「では、我々は署に戻りますので、またなにか分かりましたら、ご訪問させていただきますね」

 皐月は稲妻神社の鳥居手前で車から下ろしてもらい、阿弥陀たちを見送った。

「しかし不思議に思うのが、本来なら人に手をかしてはいけない神仏が、ああやって普通に露世にいるのですから、滑稽なことですね」

「それに関しては私も同感ですね。まぁ阿弥陀警部は暇つぶしって言ってますけど」

 皐月は身体を震わせた。夏とはいえ夜は冷える。

「皐月さん……すこし話が」

 天探女が申し訳ない表情でたずねる。

「皐月でいいわよ。それでなに?」

 皐月はちいさく笑みを浮かべ、天探女を見た。

「赤マントについて、すこしお話があります」

 その名を聞くや、皐月の身体が膠着する。


「赤マントを助けてあげてくれませんか?」

「えっと、順をおって説明してくれない?」

 皐月がそうお願いすると、天探女はちいさくうなずいた。

 そして、赤マントについて説明していく。

「――ちょっと待って。それじゃなに? あなたは赤マントを監視していたの? 崇徳上皇がなにかをする前から?」

「はい。赤マントは人間でもなければ、妖怪でもない。もちろん神仏なんかではありません。まったく得体のしれない存在になっているんです。そもそも本来なら地獄の****にいたはずなのです」

「もしあなたの言っていることが本当なら、そこにいなければいけないはずだものね」

「崇徳上皇は神ではなく、妖怪でしかありません。そうなると考えられるのは」

「何者かが裏で手を引いているということ?」

 皐月の問いかけに、天探女は「恐らく」とうなずいてみせる。

「それにやつが天叢雲剣を探していることと、希望さんを探しだそうとしていることです。おそらく彼女の持っているもう一つの力を利用しようとしているのではないかというのが、難陀竜王の考えです」

「ちょっと待って、あなた難陀竜王の居場所を知っているの?」

「それはまだ伝えることが出来ませんが、彼も危険なことはしていないはずです」

 皐月はすこし考え……。

「ねぇ、ノンノの力ってどういうこと? やっぱり天皇の血が関係しているの?」

「それはこちらとしてはお答えしにくいですし、彼女自身の問題ですから、余程のことがない以上それは大丈夫だと思います」

 天探女のうわべを取り繕った言葉に、皐月はそれ以上のことは言わないと分かり、

「とにかく、色々と面倒なことが周りで起きているのは事実だね」

 としか言いようがなかった。



 吉塚殺害の事件が終わってから、数日経ったある日。悟帖ヶ山の頂上にある子安神社に、緒方悠二の姿があった。

 彼は熱心にお参りをしている。

「今日も来ておられたのですな」

 神主である咲川源蔵が、緒方に会釈する。

「ええ。いつも座って仕事をしておりましたからね、それにここは空気がうまい」

「そう言ってもらえますと、歓喜の極みですな。最近の若いものはダルいだの、キツイだのと言って、平地にある安産の神社に行きますからな。それではいざ出産の時に辛いだけですわ」

 源蔵は笑いながら言った。緒方もそれに倣う。

「――申し訳ございませんでした」

 緒方はちいさく頭を下げる。

「……過ぎたことを気にしてはなりません。そもそもあなたは自分のしたことに責任を感じておられるのでしょ?」

 源蔵は、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。

「ちょうど彼女が高校生の時でした。当時私は音楽担当と、声楽部の顧問を任されていたんです。友里恵さんとお会いしたのもその時でした。彼女の才能は素晴らしく、プロになれるのではないかと思ったくらいですから」

「買いかぶり過ぎではないですかなぁ」

 源蔵はそう言ったが、内心まんざらでもなかった。

「いえ、本当に彼女は才能に恵まれていました。プロのスカウトから連絡を受けたのですが――、彼女は騙されたんです。それから転落の毎日でした。私も顧問として彼女を心配していましたし、いくらか相談を受けていました。それがいつしか私自身も狂ってしまったのでしょうな……。彼女を――」

 緒方は苦痛の表情を浮かべる。

「それ以上は言わないほうが、あなた自身のためになるのではないですかなぁ」

「……そうですな。いやいや、あの子の無事を願って参りに来たというのに、毒にしかならない昔話をしてしまって申し訳ない」

 緒方は頭をあげると、源蔵に向かって頭を垂れた。

「いえいえ。あの馬鹿娘は高校に入ってから遊んでばかりでしたし、わしとも、妻と離婚してしまい、ギクシャクしておりましたから。貴重な話が聞けて満足ですよ」

 源蔵は緒方を安心させるように、目を細めた。

「……彼女は幸せでしょうか?」

「――自殺してしまったことを考えると、幸せだったのかは分かりませんが、今は幸せだと思います。失って初めて知ったこともありますからな」

 緒方は自分の手を見やった。目の前に手の平があり、うっすらと賽銭箱が顔をのぞかせている。

「それでは、彼女によろしくと言っておいてください」

 緒方が子安神社の鳥居を潜った時、ちょうど虚空が裂け、中から海雪が姿を表した。そのことに緒方は気づいたが、振り向かず、そのまま何処かへと消えていった。


「あれ? おじいちゃん、誰か来てたの?」

 海雪は賽銭箱から鳥居までに伸びている足あとを目で追った。

「うむ。娘のことを思ってお参りにきたそうじゃ」

「へぇ、モノ好きもいるものだね?」

 海雪が感心した表情を浮かべる。

「これっ! それはいったいどういう意味じゃ?」

 源蔵は怪訝な表情で問い詰めた。

「だって、この神社までのぼるのツライんだよ。私も福嗣小にいた時、遠足で何回か登ったことあるけど、できればあまり行きたくないかなぁって思ってたんだから」

「今明かされる。孫の愚痴。やはり山頂に神社を建てたのが悪かったんかねぇ」

「いや、孫の愚痴って……、その時はまだ神社の神主さんが自分のおじいちゃんだなんて、夢にも思っていなかったんだから。知ってたらツライこと忘れるために毎日でも通いに来てたよ」

 海雪は頬をふくらませる。見た目は幼く可愛らしかったため、源蔵は失笑してしまう。

「冗談じゃよ。それで今日はどうしたんじゃ?」

「そうだった。ちょっと神楽殿においてあるピアノ貸してくれる?」

「別にそれは構わんが、なにか弾こうと思っておるのか?」

「ベートーヴェンの『悲愴・第二楽章』でもやってみようかな」

 源蔵は、いつもなら明るい曲を弾きに来る海雪にしては珍しい選曲だと思った。


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