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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第一話・塗仏
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捌・季節外れ


 大川の遺体が見つかるのに、そう遅くはなかった。

 警察が彼の自宅を調べた時に、遺体が見つかったのである。

 死因はヒ素による中毒死であった。

 部屋からは、どこかから取り寄せたのだろう、実験に使うヒ素を保存している瓶が散乱していた。それを誤って吸い込んだのだろう。

 ヒ素を角砂糖の中に混入し、清水を陥れようとしたと同時に、清水を自殺に見せかけて殺害しようとしたが、失敗に終わったのだ。

 どちらにしろ、両方のどちらかが死んでいたことは言うまでもなかろう。


 大川は、落合が紅茶に砂糖を入れないとは思っていなかった。

 むしろ入れるはずだと確信していた。

 ようするに、清水が落合の目を盗んで砂糖を入れようが入れまいが、落合自身が角砂糖を入れることがわかっていたため、やはり落合は死ぬ運命にあったのだ。

 清水が死ななかったのは、トイレから戻ったあとも、証拠となるカップなどに触れないよう注意しながら、警察が来るのを待っていたためである。

 だから、彼は自分のカップに毒が入れられていたことも知らず、死なずにいられた。


 HRが始まる前、大宮から事件解決の連絡を受けた皐月は、気が重くなっていた。

「おい聞いたか? さっき職員室に知らない子が来てたんだよ。もしかしたら転校生かもしれないぜ」

「お前が知らないだけじゃないのか?」

「ちげぇって、なんかさぁすごい肌が白いんだよ。もう雪みたいにまっしろ。都会じゃお目にかかれないくらいの美人だったぜ」

 朝っぱらから男子は興奮してるなぁ……と、皐月はそう思いながら、横目で騒いている男子生徒を一瞥した。

「転校生だって、どんな子かしらね?」

 信乃も興味を持ったらしく、皐月に話を振った。

「ごめん。今ちょっと転校生どころじゃない」

 皐月はふくれっつらで言った。先日の件を未だに気にしているのである。

 大川は、女性の体をただの性処理としか思っていなかった。

 落合美千流と関係を持った男性社員に事情聴取をした結果、そのほとんどが妊娠していることを知らなかったという。

 つまり、落合美千流が妊娠していることを知ったのは、偶然にも彼女を見かけた大川しかいなかったのである。


「はぁ……っ」

 皐月は深いためいきをついたときである。

 教室のドアが開き、担任の笹賀が入ってきた。「みんな、席に着きなさい」

「せんせー、今日は大事なお知らせがあるんじゃないんですかぁ」

 男子生徒の一人が、うながすすように言った。

「もう噂がまわってるのかしら?」

 笹賀は首をかしげた。

「そうね。それじゃぁHRを始める前に紹介しておこうかしら。風花さん入ってきて」

 そう呼びかけると、教室のドアが開いた。

「――っ?」

 皐月と信乃は、妙な雰囲気に違和感を覚えた。

 四月もそろそろ終わるというのに、まるで二月の、それこそ極寒の場所であるかのような冷たい空気が、二人の全身を摩るような感触があった。

 それが、ほんの一瞬であったから、余計に違和感がある。

 それから少しして、男子生徒の、歓喜にも似た声が教室内に響きわたった。


 教室に入ってきた少女は、皐月と信乃と同じくらいの背丈で、顔立ちはスッキリとして美人なのだが、幼さも若干残っている。

 胸までの長い銀髪は、まるで氷のように透明感があった。

 少女は笹賀からチョークを受け取ると、自分の名前を黒板に書いていく。


 【風花希望】


 それが彼女の名前だった。


「北海道から来ました風花(かざはな)希望(のの)です。先日この町に引っ越したばかりで、まだ何も知らないことばかりですが、みなさんよろしくお願いします」

 そう言うと、少女――風花希望は、深々と頭を下げた。

 そして、ゆっくりと顔を上げると、皐月を見つけるや、顔を綻ばせる。

「ほえっ?」

 その視線に気づいた皐月は、自分を指差す。

「あら、黒川さんお知り合いだったの?」

 笹賀がそうたずねると「いえ、だいたい北海道に知り合いなんていませんし」

 皐月が否定するように言うと、希望は少し表情を暗くする。

 だがすぐに明るい表情を浮かべた。

「風花さんの席は、茲場くんのうしろね」

 笹賀はそう言いながら、手で茲場を示した。

「わかりました。よろしくね、茲場くん」

 希望にそう挨拶され、茲場は「おう、よろしく」

 と、手を挙げて挨拶をした。


 ちょうど、希望が皐月の席をすれ違おうとした時だった。

「妖怪なんて、みんないなくなればいいのに」

 皐月は、まるで耳元で囁かれたような感じがし、希望を見やった。

 希望の声が、まるでそうであるのが当たり前だと言わんばかりの声色だった。

「黒川さん、どうかしたんですか?」

「えっ? あ、いや、すみません」

 皐月は、教室の中の静けさが、かえって不気味に思えた。

 耳が悪い皐月が聞こえるくらいなら、教室の誰かが希望を訝しげな目で見るはずだ。

 それなのに、誰ひとり不思議そうな表情を浮かべておらず、転校生という目で希望を見ていた。


 皐月はこの時、これから始まる大きなうねりの中に、自分が巻き込まれようとしていることを知る由もなかった。


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