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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十一話・付紐小僧
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「それじゃぁ、私たちはこれで失礼します」

 翌日の昼。事情聴取を終えた皐月たちは身支度を整え、玄関ロビーにいた。

「ごめんなさいね。せっかく来たのにこんな形になってしまって」

 深夏はそう言うと、頭を下げた。

「いえ、食事も美味しかったですし、リフレッシュはできましたよ。色々ありましたけど、まぁ旅の思い出ってことで」

 皐月は笑みを浮かべる。信乃と希望もなんだかんだと旅行を楽しんでいた。

 事件自体はほとんど日常茶飯事なことなので、慣れてしまっている。

 皐月のブラが紛失していた件についてだが、夕食を食べた後再び入り、再度探したところ、昼間に使っていたロッカーの下の段に入っていた。

 どうしてそんなところに入っていたのかはさておき、あの時は鍵が閉められており、誰かが悪戯に入れたのではないかという話になった。

 そもそも自分たちが入っていた時以外、誰も温泉には入っていないのである。


 もうひとつ、瑠璃に連絡を入れた時、拓蔵と李が強盗犯を捕まえたというものだ。犯人は結局捕まっておらず、今回の事件で犯人が明らかになった。瑠璃は拓蔵から聞いただけであるため、真実を知らない。否、拓蔵がうそぶいていることを知っている上で話したのではないだろうかと皐月は思った。身内から強盗犯を出したくはないという熊代貞則の気持ちを考慮していたのかもしれない。

 拓蔵なら考えられる。そう考えると、これ以上は深く考えたくなかった。


「御厨さんはまだ見つかっていないんですね」

「ええ。噂では遭難しているのではないかと云われていますが――」

 玄関の前に見覚えのあるバスが現れる。

「あのバスって……」

 運転席から警官が降りてくる。

「黒川さんはいらっしゃいますか?」

 そう言われ、皐月は手を上げた。

「私がそうですけど」

「蓮川警部から車を調べろと云われましてね、そしたら車の中に人一人隠れられるデッドスペースがあったんです」

「あの時云ってたやつだ」

「御厨はそこに監禁されていたんです。蓋は強力な粘着剤で閉じられていて、助けるのに苦労しました」

 警官は視線を車に向けた。バスの窓がかすかに開いている。

 そこから男性の顔が見え、深夏は唖然とした表情で、

「御厨さん」

 そうつぶやき、警官を見やる。

「衰退した状態でしたが、命に別状はありませんでした。病院に連れて回復し次第、事情聴取をしようと考えております」

「そうですか……」

 深夏はすこし考え、

「あの御厨さんに伝えてくれませんか? 私たちはあなたの帰りを待っていますって」

 と懇願した。

「分かりました。彼にそう伝えておきましょう」

 警官は敬礼すると、そのままバスへと戻っていった。

「それじゃぁ私たちはそろそろ」

 そう言うと、皐月たちは荷物を手に取る。

 その時、おもちゃの部屋の前にあの少女が立っているのが見えた。

 少女は安心した表情で皐月たちを見ている。

「よかったね。お父さん見つかって」

 皐月は笑みを浮かべるように云った。

「どうかしましたか?」

 深夏が首をかしげ、皐月にたずねる。

「いえ、なんでもありません」

 皐月は小さく頭を下げた。

「またのご利用をお待ちしております」

 深夏は深々と頭を下げ、皐月たちを見送った。



 皐月たちが佐久平駅のホームで東京行きの新幹線を待っていた時だった。

「黒川皐月さんですね」

 駅員に呼び止められ、皐月はうなずく。

「これ、長野県警の方がわたしてほしいと」

 そう云って、駅員が渡したのは一通の封筒だった。

「あ、ありがとうございます」

 皐月が礼を言うと、駅員は一礼し、持ち場へと戻っていく。

「なんだろ?」

 皐月はその封筒を開け、中身を確認する。


『娘を殺してしまった罪悪感を熊代は漬け込んだ。

 盗みよりも殺人のほうが重い。

 そして私は視界が悪かったとはいえ娘を殺してしまった。

 娘を殺したことよりも捕まってしまうという恐怖のほうが強く、娘を見殺しにしてしまった。

 熊代はそれがバレてしまえばお前が両親から引き継いた酪農は直ぐに破綻してしまう。

 私は脅迫に屈してしまい、肉を市場よりも安く旅館に収めていた。

 そのことを稲倉に目をつけられ、次第にあの事件についても公開されてしまうのではと思い、私と熊代は彼女を殺そうとした。

 しかし私は殺すことができなかった。

 彼女を殺そうとした時、娘が大事にしていた鈴が風もなく鳴った。

 信じられないかもしれないが、彼女に殺意を向けた時に決まって鳴るのだ。

 私は怖くなり熊代に私の代わりをしてもらった。

 私の姿を真似れば顔は分からない。

 そして私のアリバイも完璧だった。

 稲倉を殺害した熊代は、直ぐに自分の車で妙義山の麓に行き、そこで私と落ち合った。

 彼は休憩という形で旅館を出ているし、すぐに戻れば怪しまれることはなかっただろう。

 そして私もすれ違った形で旅館に戻れば、距離と時間的に怪しまれない。

 しかし、熊代は私を気絶させ、あのスペースに監禁した。

 私にすべての罪をなすりつけるために。

 だが、私は最後に幸運を手に入れていたのかもしれない。

 なぜなら、黒川さんのお孫さんであるあなたなら、私と熊代の悪事をさばいてくれると信じていたのだから』


 手紙を読み終えた皐月の手は震えていた。

「すぐに、あの時すぐに自首すればこんな思いしなかったのに」

「でもさ、自分のことを先に考えてしまうってのも人なんじゃない?」

「それに、あの女の子もお父さんのことが心配だったから、旅館にいたんだと思うよ。形見の鈴がお父さんを止めようとしていたのが何よりの証拠じゃない」

 信乃と希望が慰めるように皐月を見る。

『あさま50X号、東京行き。電車が通りますので、黄色い線の内側までお下がりください』

 アナウンスが聞こえ、皐月たちは線路の方を見やった。

「ほら、後のことはこっちの警察に任せて」

「そうだね。ってあれ?」

 封筒に手紙を戻そうとした時、なにかに引っかかった。

「なんか中に入ってる」

 それは十枚束になったギフト券だった。

「えっと、お肉のギフト券だね」

「棚ぼたってことでもらったら?」

 皐月はギフト券を見ると、それを封筒に戻し、駅員のところまでかけていく。

「ちょ、ちょっと皐月?」

 皐月は封筒を駅員に返し、駅員と一言二言話すと二人のところに戻ってきた。

「封筒返しちゃったの?」

 希望にそう聞かれ、皐月はうなずく。

「もったいない。もらっとけばよかったのに」

「もらったら変な疑いがかかるでしょ? 私たちが協力して、御厨さんのアリバイを作ったとかなんとか云われて。御厨さんは感謝のつもりでくれたんだろうけど、でもやっぱりダメなものはダメ」

 皐月は口調を強める。

「はいはい。まぁ皐月らしいといえばらしいけどね」

 肩をすかしながら、信乃は笑みを浮かべる。

「それにお肉だったら、ノンノの家でも買えるしさ」

「うち、そんなに安くないけど……ね」

 希望は苦笑いを浮かべた。


 新幹線が走りだし、しばらく経った時だった。

「でもさ、一番の謎はあの女の子だよね。自分を殺したのがお父さんだったとしても、呪殺しようとはしなかったんだから」

 信乃が疑問を持った表情で言う。

「――お父さんだったからじゃないかな?」

「……どういう意味?」

 皐月の言葉に、信乃と希望は首をかしげる。

「あの事故は視界が悪くて、しかも曲がり角の先で起きた。偶然の出来事で思考も思い通りに動かない。だから御厨さんの行動も人の心理としては間違っていなかったんだよ。それに形見である鈴を持っていたということは、その事故を忘れないためだったのかもしれない」

 皐月はそう言うと、窓際を見やった。

「……皐月ちゃん」

 希望が声をかけるが、皐月は反応しない。

「お父さんを殺すとは思いたくなかった。お父さんを殺すためにあの旅館にいたのなら、殺せるタイミングなんていくらでもあったのに殺さなかった……。そう思ってるんでしょ」

 信乃の言葉に対しても、皐月はうなずかなかった。

 しかしその反応が、つきあいが長い信乃には、皐月の考えていることがなんとなく分かった。

「殺してほしくなかった。もし自分も同じ状況だったとしても、殺してほしくなかった。同じファザコンだったから、そう思ったんでしょ?」

「……今はそうでもないけどね」

 皐月は、自分を嘲笑するようにつぶやいた。



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