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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十一話・付紐小僧
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「御厨さんはまだ戻ってきていないんですか?」

 食堂で軽食を頼んでいた皐月たちは、周りの警官たちを見ながらカウンターの神代に聞いた。

「ええ。こちらとしては早く戻ってきてほしいんですがね」

「他に送迎の依頼があるんですか?」

「ええ。まぁ今現場保存とかなんかで、旅館には警察以外誰一人出入りが禁止されているんですがね。さきほども送迎バスはまだかという連絡が来てまして」

 愚痴を漏らしながらも、神代はレジにメニューを打ち込んでいく。

「つまりその間旅館を出た人は居ないってことですか」

 皐月たちもそれを見てはいるが、敢えてたずねた。

 皐月たちが見たのはロビー周辺だけで、従業員たちの入り口までは見ることができず、こうしてさり気なく聞いていたのだった。

「それに御厨さんはちょっとミスをしてしまいましてね」

「――ミス?」

「ええ。それが従業員用のトイレで携帯が鳴ったみたいで、ちょうどしていた頃だったらしく慌てていたら便器に落としたそうなんですよ」

 その慌てっぷりが安易に想像できた皐月たちは、若干引いたような表情を浮かべる。

「うわぁ……、それはご愁傷様で」

「まぁ小さい方だったので紛失はなかったんですが、汚れてしまったのを今度は水で洗ってしまって」

「つまり故障したってことですか?」

 信乃の言葉に従業員はうなずいた。


「これで持っていかなかった理由が分かったね。鈴もその時に外れたんじゃないかな?」

 希望はケーキをフォークで切り、それをコロロに食べさせる。

「でもさ、まだ戻ってきていないってのも不思議ね。警察が見つけたっていうわけじゃないだろうし」

 事件が発生してからニ時間近く経っていたのだが、御厨が見つかったという騒ぎは起きていない。

「他のところに行っているのかな? 別の場所から送迎するように言われていたとか」

「うーんそういう考えもあるだろうけど、多分それはないんじゃない? 深夏さんなり誰かがそのことを警察に言ってるだろうし」

「それじゃぁなんで見つからないのかな? あのバスだったらすぐに見つかりそうだしね」

「もうひとつ。どうして稲倉はおもちゃの部屋で殺されたか」

「それにあの名刺も気になるね」

「名刺って、遊火が見つけたってやつ?」

「ただ落としただけだったら名刺の文字は滲まないでしょ? ということはなにかで濡れてしまった」

「でもなんでそんなところに落ちているのかってことにもなるけどね」

「そうなのよね。文字が滲んでいたってことはどこかで汚してしまったんだろうし。……あれ? 滲む――」

 信乃は自分の言葉に引っかかりを感じ、訝しげな表情を浮かべる。

「どうかした?」

「いや、あれぇ? なんか妙に引っかかるのよね」

「引っかかるって?」

「なんかこう見たことがあるというか」

 悶々とした表情の信乃は、そのなにかが思い出せず――。

「あぁああああああああああああっ!」

 と終いには悲鳴にも似た大声を発した。

「信乃、水でも飲む?」

 皐月は席を立ち、空になった信乃のコップを取るや、給水器のところまで行った。そして水を汲んで戻ってくる。

「ありがとう。ここまで出かかってるんだけどなぁ」

 そう言いながら信乃は自分の喉元を指差した。

「まぁ落ち着いて思い出せばいいよ」

 そう言いながら皐月は目の前のサンドイッチを(ついば)んだ。


『今年の夏の夢をつかめっ! サマー・レインボー・ドリーム。当選金額は驚愕の三億円っ!』

 食堂にはテレビが備えられており、ちょうど宝くじのCM(コマーシャル)が流れている。

「そういえば、葉月ちゃんってくじ運スゴイよね」

「本人は欲しいものが当たらない場合は全然嬉しくないらしいけどね。まぁ鮎川燈愛と初めて会ったのも、葉月が懸賞でライブチケットを手に入れたわけだけど」

 皐月は信乃を見やる。その信乃は呆然とした表情でテレビを見ていた。

「どうかした?」

「滲む――にじむ――にじ、む――虹、む――虹、夢……」

 信乃はなにかを確認するように言葉を発していく。

「おーい信乃ぉっ! もしかして壊れた?」

「壊れてないわよっ! てかちょっとふたりとも黙ってて」

 そう云われ、皐月と希望は黙りこむ。

「――やっと思い出した。滲む、虹夢……『レインボー・ドリーム』」

 ようやく引っかかっていたものが取れ、信乃は安堵の表情を浮かべる。

「二人ともおもちゃの部屋に行ってみよう……って、どうかした?」

 信乃は首を傾げるような仕草で皐月たちを見る。ふたりともジッと信乃を見つめているだけで、うなずくことも言葉を発することもしない。

「あれ? ふたりとも聞こえてる? おーいっ! ノックしてもしもお~~~しっ!」

 信乃はテーブルを小突きながら二人に声をかけるが、まったく反応しない。

「コロロロ」

 コロロは苦笑いを浮かべる。

「多分信乃さんが黙っててって言ったからじゃないですかね?」

 遊火も苦笑いを浮かべていた。

「あぁもうごめん。もう喋っていいからぁっ!」

 落胆とした信乃の言葉に、皐月と希望は失笑した。


「それにしても、すごく無理矢理感があるんだけど」

 おもちゃの部屋の前を見ていた皐月は、ため息混じりに言う。

「っても、あの名刺の暗示がそうだったとしたら、ちゃんとした理由があるわよ」

「理由って、なに?」

 信乃の言葉に、希望は聞き返すように首をかしげた。

「その『レインボー・ドリーム』シリーズが発売されたのは今から十一年前。『レインボー・ドリーム』自体は毎年新作を作ってるんだけど、初代だけは二種類。つまりプロトタイプを株主優待品と一般発売されたものがあるの」

「毎年出てるのに、二作目以降は優待品じゃないのね?」

「一作目が面白くないと判断された場合は一般発売もしないみたい。企画が通っても売れるかどうかは分からないからね。まぁ見分けるところはボードの内容とパッケージのデザイン」

「パッケージのデザイン?」

「優待だけは『試作品』というスタンプが付けられているわけ。まぁわたしもネットのオークションで見かけたくらいだから、もしかすると偽造販売してるものもあるわけよ」

「偽造品ってどうして分かるの?」

「押されているスタンプがどこにでも売っているやつなの。それで見分けがつけやすいようにボードの内容も異なってるわけ。まぁ実際それを見たっていう人は基本的に株主以外はいないし、わざわざ持ってるやつを落とすって人もいないでしょ?」

「そうか、試作品と完成品の内容が違ってるのを知ってるのは、そのふたつを持っている人だけってことか」

「一度株主に商品内容を知ってもらい、改良を加えたものが一般発売されているものと云われてるの」

 信乃はおもちゃの部屋を見やる。入り口には警官が二人警戒した形で待機していた。

「入れそうにないね」

「まぁこればかりはしかたないわね。現場にあるものを見ようとしてるんだから」

「うん、それもあるけど――。信乃、そのゲームの内容は解ってるの?」

「あ、云われるとわたしもそんなに自信ないわ」

 愕然とした表情で信乃は言った。

「だと思った」

 皐月が頭を抱えていると、コロロが皐月の肩に飛び乗ってきた。

「どうかしたの? コロロ」

「コロロロロ」

「えっと、なんて言ってるの?」

「自分に任せろって言ってる」

 希望の言葉を表すかのように、コロロは自分の胸を叩く。

「まぁ普通の人には見えないし、コロボックルは認めた人以外は自分の姿を見せないからね。それじゃぁお願い」

 コロロは皐月の肩から降りると、悠然とした態度で警備員たちの足元を通り、おもちゃの部屋へと入っていく。


「そんなところでなにをやっているの?」

 うしろから深夏の声が聞こえ、皐月たちは驚いて振り返った。

「深夏さん、御厨さんはまだ見つかっていないんですか?」

「ええ。でもバスは見つかったみたいよ」

「バスはって、どこにあったんですか?」

「下仁田駅からすこし離れた場所。えっとたしか妙義山の麓で発見されたって言っていたわ。それでそこの所轄の応援をお願いして、捜索にあたっているみたい」

 深夏はそこまで言うと、疑問に満ちた表情を三人に向ける。

「ところで、三人はどうしてそんなところに立ってるの?」

「いや、ちょっとおもちゃの部屋に何かないかなぁと思って……。ねぇ?」

 信乃は皐月と希望を見やる。

「でも今は現場を保存しているから中に入れないわよ」

「みたいですね。……あっ!」

 信乃はなにかを思い出すと、

「そういえば、神代(かみしろ)さんと稲倉さんがそこの前で会話してるのを、温泉に入る前に見てるんですけど、多分最後に被害者を見たのは彼だったんじゃないですかね?」

 そう言ったのだが、深夏は首をかしげるように、

「うちの従業員に『かみしろ』なんていないわよ。まぁ神代と書いて、『くましろ』って読むなら彼しかいないけど」

 と言った。

「くっ……、神代(くましろ)っ?」

 皐月たちは狼狽したように聞き返した。

「でも稲倉さんもかみしろって言っていたし、てっきりそう読むんだとばかり」

「彼間違えられやすい名前だから、ほとんど諦めてるのよ。それに漢字は違うけど、長野の地名に神の稲と書いて『神稲(くましろ)』っていうのがあるしね」

 深夏はそう言うと、従業員が彼女を呼ぶ声が聞こえ、皐月たちに小さく頭を下げると、そちらへと駆けていった。


「あれ? くましろ……?」

 皐月が物思いに耽けた表情を浮かべる。

「どうかしたの?」

「いや、なんか聞き覚えが……。そうだ、十年前に起きた強盗事件の被害者と同じ名字だっ!」

「まぁ今の状況でそう考えるのもわかるけどさ、でもなんて偽名なんて使ってるの?」

「それはまだ分からないけど」

 皐月は携帯を取り出し、瑠璃ではなく阿弥陀に連絡を入れる。

「協力してくれるかな?」

「それはまだ分からないけど……。あっ! 阿弥陀警部? 皐月ですけど、今大丈夫ですか?」

『おや? どうかしましたか?』

「ちょっと個人的に調べてほしいことがあって、十年前に起きた強盗事件。熊代貞則っていう人が被害にあった事件のことでちょっと気になることがあったので」

『あぁ、ちょっと待って下さい。(めぐみ)ちゃん、ちょっと資料室に行って、今から言う事件の帳簿を持ってきてくれませんかね』

 電話先で微かに愛の声が聞こえた。

『そちらでなにか事件があったんですかな?』

「妙なんですよ。苗字を間違えられているのをスルーしてるのって。普通訂正を促しますよね?」

『まぁ、そうですな』

「信乃だって、鳴狗っていう珍しい名字だから聞き返されることが多いんですけど――」

『ちょっと待って下さい。今愛ちゃんが帳簿持ってきてくれましたから』

 阿弥陀はそう言うと、肩と耳で携帯を挟んだ形で机に座った。

 そして持ってきてもらった帳簿を捲っていく。

『それでなにを知りたいんですかね?』

「熊代貞則に今三十代くらいの息子がいませんでしたか」

『また限定したような言い方ですな。ええ、たしかにいましたけど蒸発してるみたいで、行方が分からないみたいですね』

「行方が分からない?」

『ええ。警視庁が調べたところまでしか言えませんが、彼は事件が起きる前、熊代貞則から勘当されたみたいなんですよ。なんでも借金を作っていたみたいで、かなりの額だったみたいですね』

 皐月はそこまで聞くと、

「ありがとうございます。後は自分たちでなんとか解決しますから」

 皐月はそう言うと携帯を切る直前だった。

『あ、ちなみにですね。熊代貞則が盗まれたものの中におもちゃがあったんですよ。なんでもそのおもちゃの中に金庫の鍵のメモが入っていたみたいで、他に盗まれた宝石類には目もくれず、それだけは見つけてくれと言っていたようです――』

 皐月は阿弥陀の言葉を待たず、携帯を切ってしまった。


 皐月が携帯を切ったのと同時に、コロロが戻ってきた。

「コロロロ」

 そのコロロは申し訳ない表情を浮かべている。

「そう。ご苦労様」

 希望の肩に乗ると、コロロは疲れたのか、首元に腰を下ろすような形で座り込む。ちょうど鎖骨のくぼみにおしりがハマる形であった。

「コロロはなんて?」

「信乃さんが言っていた『レインボー・ドリーム』だけど、いくら探しても見つからなかったって」

「見つからなかった?」

「犯人が持っていったのかな?」

「でもそうだとしたら、それこそ犯人に結びついているってことよ」

 信乃はそう言うと、すこし考え、

「灯台下暗しなんてことにはならないでしょうね? 遊火」

 そう呼びかけると、虚空に火の玉が集まる。

「神代がどこに行ったか調べてくれない」

「分かりました」

 そう言うと、遊火は無数の火の玉となり散っていった。


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