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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十一話・付紐小僧
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「つまり被害者は事件について調べていたわけですね」

 通報を受けた蓮川敬之という初老警官が、深夏や従業員たちに聞き込みをしていた。

「はい。なんでも十年前に起きた事件について調べていたそうなんです」

「十年前? なにか心当たりでも?」

「刑事さんも聞いたことがあるでしょ? 東京で起きた強盗事件ですよ」

 神代が聞き返すように言った。

「それがこの旅館とどのような関係が?」

 蓮川は不審な物を見るような目で従業員たちを見る。

「それは分かりませんが、なんでも盗まれたものがこの旅館にあるかもしれないと。それを確認しに来たらしいのですが、私たちは常日頃旅館内の清掃をしておりますし、不審なものがあれば警察に届け出をしております」

 神代が応えるように伝える。

「たしかにそうですね。では殺された場所に置かれているおもちゃについでは?」

「あれはこの旅館に泊まりに来た客が持ってきたもので、最初は断っていたんですが、妙な噂からおもちゃを受け取ることにしたんですよ」

「噂とは?」

 蓮川が首をかしげるように聞く。

「あのおもちゃの部屋で子どもの遊び声が聞こえるらしいんですよ」

「まぁ、子どもが遊ぶものしかありませんでしたからね」

 蓮川はその言葉をあまり信用していなかった。当然おもちゃの部屋で遊んでいるのは子どもしかいない。そうとしか思っていなかった。

「刑事さん、殺された稲倉さんですが、どうして殺されたのだと思いますか?」

 深夏がたずねると、蓮川は頭を振り、

「なぜ殺されたのかはまだ分かりませんが、恐らく十年前の事件について知られたくないことがあった。もしくはそれを知った上で関係者にそれを話してしまい殺されてしまった……」

 そう口にした時、妙な視線を感じた蓮川はそちらへと振り返った。


「――君たちは?」

 従業員控室の入り口に皐月、信乃、希望の姿があり、蓮川はたずねた。

「一人いないようですが?」

 蓮川の問いかけを無視するように、皐月は深夏にたずねる。

「一人? そうだわっ! 御厨さんがいない」

「なぜそのことを言わなかったんですか?」

「それが御厨さん携帯を忘れてしまったようで、連絡が取れないんです」

 深夏は懐から携帯を取り出す。

「これがその御厨さんの携帯です。今時珍しいPHSなんですよ」

 深夏は携帯を蓮川に手渡す。それを見ていた希望は妙な違和感を覚える。

 ――あれ?

 御厨のPHSを手渡した時、本来なら聞こえなければいけない音が聞こえなかったのだ。

「でも、クアニたちが温泉に入る前、御厨さんはお客さんを駅まで送るようにって携帯で言われてましたよ。深夏さんもそれは知ってるんじゃないんですか?」

「それは本当ですか?」

 蓮川に聞かれた深夏は応えるようにうなずく。

「つまり今アリバイがないのはその御厨ということになりますね。よし御厨の行方を探せ。恐らく車を使用しているはずだ」

 蓮川は近くに立っている警官たちにそう命じる。

 先ほどの違和感とは違うなにかを感じた希望は耽るように考え込んだ。それと同時に近辺を調べていた遊火が皐月のところに戻ってきていた。

「ノンノどうかした?」

「うーん、こっちは気のせいかもしれないから後でいいけど、まずは遊火の話を聞こう」

 そう言われ、皐月と信乃は遊火を見やる。

「さすがに人が見えるところだと不審がられるから、部屋に戻って状況の整理ね」

 信乃の提案を聞き入れ、皐月たちは部屋へと戻った。


「それでなにか分かった?」

「皐月さまから言われた通りの順番で調べましたけど、客間は私たちを除くと、殺された稲倉以外は利用していなかったようです」

「宿泊客が居なかったってこと?」

 信乃が聞き返すと、遊火は訂正するように、

「いえ、居ないのではなく使用していたという形跡がなかったという感じでしたね。殺された稲倉が利用していた部屋のテーブルにタブレットPCが置かれていて、その横に手帳が置かれていました」

「つまり調べていたものをまとめていたってことかしら?」

「多分そうだと思います。それから他の客間や宴会場は清掃されていました」

「クアニが見た老夫婦は事件が起きる前に帰っているから関係はないだろうし、温泉旅館だから利用するのは当然温泉」

「とは限らないんじゃない? もしかしたら料理目的で来ていたかも知れないし。ほら今日の昼食なにを食べたか覚えてる?」

「阿智黒毛和牛――。妙な感じがするわね、あれ調べたら五〇〇グラムの肩ロースで七千前後。ロースだと九千くらいするから」

「深夏さんの話だと、知り合いの酪農家から安値で取引させてもらっているって言ってたね」

 二人の会話を聞きながら、皐月は人混みを見ていた少女のことを考えていた。

「ねぇ、信乃……。おもちゃの部屋は警官が入り口を塞いでるのよね?」

「まぁ、事件があった以上は仕方ないでしょ? 今回に限っては完全に蚊帳の外なんだし」

 信乃は肩をすかしながら言う。

「うーん、一応相談はしておこうかなと思って」

 皐月はそう言うと、大宮ではなく瑠璃に相談することにした。


「反対です」

 瑠璃の冷たい言葉が皐月の耳を劈く。

「え、えっと……」

「いいですか? 今回の事件は長野県で起きた事件ですから捜査権利は長野県警にあります。皐月は権力的に上である警視庁の力を借りようとして現場を調べようとした……違いますか?」

「返す言葉もないです」

 皐月は謝るように言った。

「皐月たちは警官ではないですし、本来なら妖怪が起こした事件ではない以上、事件に首を突っ込むべきではないんですよ」

「でも、妙な感じがするんですよ。遊火に部屋を調べてもらったのはすこし気になることもあったので」

「気になること?」

 信乃たちも皐月の電話に耳を傾けていた。

「殺された稲倉以外の、私たち以外に客はいなかったか。いえ、子ども連れの宿泊客はいなかったのか」

 皐月はあの赤いシャツの少女が気になって仕方がなかった。

 利用客ならば旅館の中、もしくは旅館の敷地内にいる可能性がある。皐月がその少女を見たのは事件が発生した時で、その二十分後に通報を受けた蓮川が部下の警官を連れて旅館に来ている。

 その間皐月たちはロビーのソファに座って出入りをしていた人はいなかったかを見ていたのだが、皐月だけはそれを含めて、少女の姿を探していた。

「つまり、皐月はその少女が何者なのか、今回の事件になにかしら関係がある。そう思っているわけですね」

「はい。それにその少女の服が妙な感じで、背中にタイヤの跡があったんですよ」

「タイヤの跡?」

 瑠璃が絶句したような声で聞き返す。

「なにか心当たりがあるんですか?」

「十年前の事件。轢殺された少女の遺体ですが、強盗犯の車が角を曲がった先で轢かれたそうなんです。背後(うしろ)から轢かれたのではないかという長野県警の見解で、遺体の背中にはタイヤの跡があったそうです」

「ちょ、ちょっと待って下さい! それじゃぁ……」

「恐らく皐月が見たのはその轢殺された少女の霊ではないかと」

「でも、私幽霊や力の弱い妖怪は見えないはずですよ? まさか……」

「その少女が怨恨を以っているのならば妖怪と化している場合があります。もしくは知らぬうちに妖怪と化しているか」

「犯人はその少女……」

「ではないと思いますよ」

 瑠璃は人を落ち着かせるような口調で言う。

「どうしてですか?」

「もしその少女が犯人だったとしても、殺される理由が思い浮かばないんですよ。そもそも強盗犯は拓蔵と李の二人が検挙しているんですからね」

 意外な人物の名を聞き、皐月は素っ頓狂な声を発する。

「李って、警察庁の東条李刑事ですか?」

「ええ。まぁあの小娘はまだ警官になって日の浅い時でしたけど。強盗事件はもともと拓蔵が個人的に依頼されたことなので、事件そのものに対してはほとんど蚊帳の外でしたけどね」

「つまり犯人は人間?」

「まだ物証がない以上は分かりませんが、皐月たちは殺害された時温泉に入っていた。その時に人は来なかったんですね」

 そう聞かれ、皐月は応えるように、

「それが妙な感じもして、客は家族連れで来ている人もいたんですけど、私たちが入っていた時は誰も入ってきていないんですよ」

「まぁ、入ってこなかった理由もあるんじゃない?」

 信乃の言葉に皐月は首をかしげる。

「どういう意味?」

「ここ、露天風呂以外に部屋風呂があるのよ。まぁ私たちの部屋にはないから、露天に入ろうかって話をしたわけ」

「それじゃぁ、そっちに入っていたってこと?」

「可能性がないというわけじゃないけどね。遊火それを使用していた形跡は?」

「稲倉の部屋にありましたね。それから妙なものが脱衣所のタンスの影にありましたけど」

 遊火の言葉に皐月たちは首をかしげた。

「――妙なもの?」

「名刺のようなものが置かれていたんですけど、文字が滲んで読めなかったんですよ」

「名刺ねぇ……」

 信乃はなにかを思い出し、自分のミニバッグの中を漁る。

「もしかしてコレのことかな?」

 信乃が取り出したのは、稲倉から渡された名刺だった。

「でもなんでそれが脱衣所にあったのかしら? それに名刺入れから取り出していたし」

 その問いに遊火は分からないといった感じに首を横に降った。

「それに対して警察が調べた形跡は?」

「いや、私だから見つけられたといった場所にあったんですよ」

「遊火だから見つけられた場所?」

 皐月たちは遊火を怪訝な目で見やる。

「箪笥と壁の隙間に落ちていたんですよ。隙間は一センチもありませんでしたし、ちょうど真ん中当たりに落ちていて、隈なく見ないと分からない場所にあったんです」

 遊火は隙間を自分の火の玉の光で照らしながら覗いだと伝える。

「箪笥の大きさは?」

「ちょうど希望さんくらいの大きさでしたね」

「あれ? たしか露天風呂の脱衣所の箪笥もそれくらいの大きさだったね」

「まぁ、見渡しやすくっていう理由で箪笥を低いものにしているのかもしれないわね。風呂のドアと入り口は曇硝子(くもりガラス)だったけど」

「でも犯人はどうしておもちゃの部屋で殺したのかな? 稲倉がなにかを見つけて殺したのならそれがなんなのかって話になるけど」

「警察はまだ御厨さんを探しているんだよね?」

 皐月は窓から見下ろすように外を注視する。警官たちが頻りに旅館を出入りしているのが見えた。

「皐月は御厨が犯人だって思ってる?」

 信乃の言葉に皐月は否定するように、

「とは思っていないけどね。なんとなく娘さんのことが関係してるんじゃないかなと思って」

 皐月はうつむくように頭を垂らす。

「犯人が捕まっても、殺された人が戻ってくるわけがない」

 携帯から瑠璃の声が聞こえた。皐月たちの会話が漏れていたのをただ黙って聞いていたのである。

「皐月と信乃は海雪の事がありますから、その意味が分かるでしょう。それは被害者家族……いいえ、加害者家族にとっても同じことなんですよ」

「もしその犯人が死刑執行されたとしても、被害者家族にとっては永遠に気持ちが晴れるわけがない――」

 皐月の憔悴したような口調に、

「元ですが、地蔵菩薩として言わせてもらいます。五里霧中をがむしゃらに歩くよりも、一度立ち止まって時期を待て。いないなにかに(すが)るよりも、自分の目で見える光に縋れ」

 と瑠璃は背中を押すように言った。

「瑠璃さん……」

「私もその少女が犯人とは思っていませんし、もしかすると御厨さんのアリバイも証明できるかもしれません」

「証明……」

 皐月はハッとした表情で希望を見る。

「ノンノ、御厨さんは私たちが温泉に入る前に送迎を頼まれていたのよね?」

 その問いかけに希望はうなずく。

「その送迎バスに乗ったのは?」

「多分玄関で待っていた老夫婦だと思うけど……たしか下仁田駅まで送らないといけないって」

「下仁田って下仁田ネギの?」

「名産品言ってどうするの。信乃、携帯で距離調べられる?」

 そう言われ、信乃はスマホを起動させ、地図アプリで耶麻神幻奏館から下仁田駅までの距離を調べる。

「ここからだと車で大体三五分。交通の流れを考えると四〇分と見たほうがいいわね。往復で八〇分ってところかしら」

「つまり私たちが温泉から出るまでの間、御厨さんは旅館から戻ってきていない。どうして携帯を持って行かなかったのかが気になるけど」

「気になるのはもうひとつあるよ。クアニとお話をしていた時に御厨さんの携帯が鳴って送迎するように言われていたんだけど、その時御厨さんの携帯に鈴のストラップが付いていたんだよ」

「あれ? でも深夏さんが警察の人に渡していた時は鈴の音がしなかったわね」

 耳が若干聞こえない皐月はそのことには気付けなかった。

「それに携帯って連絡するためには必要でしょ? もし別の客が送迎しなければいけない場合なにかと不便じゃない」

「言われるとそうね。それじゃぁ携帯になにかあったってことかしら」

「皐月、そろそろ携帯を切ったほうがいいんじゃないですか?」

 瑠璃にそう言われ、皐月はどうしてかと聞き返す。

「こちらもなにかと忙しいですからね。これから知り合いの結婚式に行かなければいけないんですよ」

「そうだった。すみません、長々と話をして」

「いいえ。それじゃ、良い報せを期待していますよ」

 瑠璃はそう言うと、携帯を切った。


「蓮川警部」

 おもちゃの部屋の捜索をしていた警官の一人が、食堂でコーヒーを飲んでいた蓮川に声をかける。

「どうした?」

「現場にこのようなものが」

 警官はビニールに入った鈴を蓮川に渡す。

「これは……」

 蓮川がそれを見ていると、

「それは御厨さんの鈴じゃないですか?」

 従業員の一人がそう言った。

「御厨? 今行方不明になっている御厨修造の所有物だったんですかな?」

 そう聞かれ、従業員はうなずく。

「しかし、どうして」

「恐らく被害者と取っ組み合いをしてしまい、取れてしまった」

「ではやはり御厨が犯人だと?」

「それは分からないが、重要参考人であることには間違いないだろうな」


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