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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十話・遺念火
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 その日の夕方六時を過ぎた頃である。警察病院のロビーに、大宮の姿があり、

「そうですか。ありがとうございます」

 と、看護師たちに、車田貴理子について聞き込みをしていた。

「でも大宮さん。今日は仕事で来ていらしていたんですね? てっきり彼女の見舞いかと」

 看護師にからかわれ、大宮は苦笑いを浮かべる。

 大宮がその場から離れようとした時、看護師長の屋久場(やくじょう)が、

「大宮さん。今日はどうしたんですか?」

 と声をかけた。

「看護長、実は車田貴理子さんが先日死体で発見されたそうなんです」

 看護師にそう言われ、屋久場は青褪めた表情を浮かべるや、顔を手で覆った。

「それでこちらに勤めていたというのを知りまして、すこし話を聞いていたんです」

「そうだったんですか。しかし彼女が殺されるとは」

「あっ! もしかして」

「なにか知っているんですか?」

「実は彼女、以前勤めていた病院の不正を発表すると言ってから転勤を余儀なくされたんです」

「そちらでも?」

「いえ、こちらからの転勤は彼女からなんです。なんでも鴨瀬病棟から来てほしいと言われたそうで、給料もそちらのほうがいいからと」

 大宮は屋久場を見やる。

「給料がいい方に行くのはしかたないですけどね。でも彼女が殺されるなんて」

「こちらでもやはり竹を割ったような……?」

 大宮の言葉に、屋久場と看護師はうなずいてみせた。

「あ、大宮刑事。こちらに来ていらしたんですね」

 うしろから自分を声が聞こえ、大宮はそちらに振り向いた。

 そこには東条の姿があり、大宮たちに歩み寄ってくると、東条は懐から警察手帳を取り出し、屋久場と看護師に身分証を見せる。

「亡くなった車田貴理子について、すこしお聞きしたいことがありまして、彼女本来なら隠すべきことも患者に伝えていたんじゃないでしょうか?」

 東条がそうたずねると、屋久場と看護師は視線をそらす。

「彼女の性格をとやかくいう気はありませんが、すこし空気を読んでほしいと言いますか」

「それで問題になったと?」

「問題になったといえばそうなんですが、患者によっては喧嘩を売られたような受け取り方をされる方もいらっしゃいまして、逆に治してやるといきこんだ方も」

「つまり人によっては嫌われていたりしていたというわけですね」

「ええ。彼女が悪い人じゃないというのは看護師も患者も分かっていましたから」

 東条は屋久場と看護師の心の声を聞こうとした。

 しかしまるで靄がかかったような雑音に、東条は納得のいかない表情を浮かべる。

「どうかしたんですか?」

 大宮が東条にたずねると、東条は頭を振るった。

「いいえ、とにかく彼女が殺されるほど嫌われていたというわけではなさそうね。少なくとも殺される理由を考えるとしたら……」

 言葉を途中で止めた東条は、廊下奥の、入院患者がいる病棟の入口を見やった。


「大宮刑事。そもそも今は勤務中ではないはずですよ」

 東条は大宮にそう言うと、視線を入院病棟の入口に向ける。

 そこには皐月が立っており、東条たちに頭を下げていた。

「私は署に戻って他になにかなかったか調べます」

 東条は小さく頭を下げると、そのまま病院の外へと出て行った。

「あれって、この前の刑事さんですよね?」

 大宮に歩み寄ってきた皐月がそうたずねる。

「ああ。東条李巡査長って言うんだ。警察庁の刑事さんだよ」

 大宮の説明に、皐月は至極つまらなそうな表情を浮かべる。

「ずいぶん楽しそうでしたね?」

「今警察庁と合同で事件を追っているんだ。楽しいなんて思えないよ」

 大宮は平然とした表情で言った。皐月はそれを見て、ちいさくためいきを吐く。

「それでなにか分かったんですか?」

 大宮はここで聞いたことや、調べたことを皐月に説明した。

 すると皐月はあからさまに青褪めた表情を見せる。

「どうかしたのかい?」

 大宮は首をかしげる。皐月は例の幽霊の話を、大宮たちにもした。

「車田さんの幽霊を見た?」

 看護師がそう言うと、

「見間違いですし、あまり気にしなくてもいいですよ」

 皐月は、信じてもらえないだろうと思い、そう言った。

「でも彼女は心残りがあって現れたのかもしれないわ」

 屋久場がそう言うと、

「なにかあったんですか?」

「実は彼女が辞める数日前に亡くなった患者がいたんです。たしか鴨瀬優作だったかしら」

「か、鴨瀬って、鴨瀬病棟となにか関係が?」

「鴨瀬病棟の医院長である鴨瀬忠市はその方のご子息に当たるんです」

「入院していたということは、なにか重い病気を?」

 皐月がそうたずねると、屋久場はちいさく首を振った。

「重度のアルツハイマー病でした。息子の顔もほとんど覚えていませんでしたよ」

 屋久場は看護師に視線を向け、

「車田さんはその看護担当をしていまして、よく会話をしていたんです。彼女もさすがに相手がアルツハイマーだったこともあって本当のことは言えませんでしたが」

 と看護師はそう言った。

「本当のこと?」

 皐月の問いかけに、看護師と屋久場はばつが悪い表情を浮かべた。

 二人は皐月と大宮に頭を下げると、そそくさとその場から去っていった。


「なにかあったんでしょうか?」

「うーん、表向きはアルツハイマー病を患ったということでリハビリを兼ねた入院。でも本当はもっと重い病気があったんじゃないかな?」

 アルツハイマー病の患者が亡くなる原因は、脳の萎縮で自律神経の制御ができなくなり、死に至ることがある。

「だけど鴨瀬優作は車田貴理子と話ができていたというから、重度のというわけではないかもしれない。それに関して詳しい人がいれば……」

 大宮がそう言った時である。

「あ、いた。というかそれに詳しい人がすごい身近にいた」

 皐月はポンッと手を叩いた。

「湖西主任かっ!」

 皐月の言葉にハッとした大宮は、すぐさま携帯を取り出したが、

「忠治さん、ここ病院。ルールは守らないと」

 と皐月に注意された。



「アルツハイマーについて? どうかしたのか、大宮」

 夕食の準備をしていた湖西が、怪訝な表情で携帯の先の大宮に聞き返した。

「アルツハイマーが原因で死ぬということはあるんでしょうか?」

「進行にもよるな。最近だと若年アルツハイマー病なんてのもあって、じいさんばあさんだけの病気じゃなくなってきている。それが原因で死ぬという人間もおるし、アルツハイマー病を治すということは、正直言ってできん。あくまで進行を遅らせることしかできんのじゃよ」

「それじゃあ、仮にアルツハイマーに加えて違う病気も患っていたら?」

「アルツハイマーに加えてか……、その鴨瀬優作は看護師と会話ができておったんじゃよな? ということは軽度じゃと思うが、相手は看護師と分かっていたのなら、確実に軽度じゃろうな」

「それはどういう意味でしょうか?」

「アルツハイマー病は云ってしまえば痴呆……、いや今の言い方じゃと認知症なんじゃが、例えば今大宮たちがいるのはどこじゃ?」

 そう聞かれ、

「警察病院の病室ですが」

 と大宮は答えた。

「で、今日は何月じゃ?」

「まだ七月ですけど?」

「それじゃぁ今隣にいるのは? 今話をしているのは?」

 湖西が続けざまに質問をしていく。

「――そうか。アルツハイマーが進行すると、それすら分からなくなっちゃうんだ」

「そう。患者が看護師と話をしていたということは、そこが病院、もしくは老人ホームといった施設だという認識はあったのかもしれん」

「それじゃぁ、やっぱり別の病気が死因だったんじゃ? たしか亡くなったのは車田貴理子さんが病院を辞める以前のことでしたよね?」

「気にしていたらしいからね。もしかすると病院側はなにか隠していたんじゃないかな?」

 大宮の言葉に、皐月は寂しそうな表情で、

「人を傷つけるような嘘は嫌いですけど、だからってそれがいいことなのかな?」

 と大宮と湖西に云った。

「私は瑠璃さんから受け継いた異常なくらいの治癒能力があるから、本来死んでも可笑しくない傷を負ってもこうやって回復ができる。でも病気を隠されたまま死ぬのって、なんかいやだ」

「彼女は皐月ちゃんと同じ気持ちだったんじゃないかな? だから患者に病名を隠さすに伝えていたそうだよ。でも鴨瀬優作さんだけは伝えられなかった。いや伝えることができなかったんじゃないかな」

 相手が本当に重度のアルツハイマー病だったとすれば、自分の病気を認知できなかったのではないかと大宮は思った。


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