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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第十話・遺念火
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 信乃や葉月、美耶が皐月の病室にたずねた日の昼のこと。

「おらっ! 救急隊急げっ!」

 現場である鴨瀬(かものせ)病棟の二階から煙が上がっており、通報を受けた救急隊と消防隊が中へと入っていく。

 その間、残りの消防隊は消火活動に入り、

「私たちは野次馬の整理しますよ」

 と、たまたま近くを通っていた阿弥陀が、同班していた大宮や岡崎に支持を出していた。

 ……それから五分ほどして、火事は鎮火され、病棟から救急隊が中にいた入院患者を救出して出てきた。

「これで全員ですか?」

「いや、まだ火災現場のほうが終わっていない。そっちにはうちの隊員が向かっている」

 救急隊隊長の、一瀬泰三(ひとせたいぞう)という白髪交じりのガタイがいい男性が、消防隊員に告げる。

「迷企羅、ちょっと煙が出ている病室に入って調べてきてくれませんか?」

 阿弥陀がうしろを横目で一瞥する。

 そこには白髪に赤のメッシュを入れた青年が立っており、彼は阿弥陀に向かってうなずくと、スッと姿を消した。

 迷企羅が姿を消して直ぐ、救急隊員、および消防隊員が残りの入院患者を救出して出てくるのが、大宮の視界に入った。

「一瀬隊長、火元周辺以外の部屋で入院している患者全員の救出を終了しました」

 隊員の報告を聞きながら、一瀬は救出された患者を一瞥する。

 そのほとんどが老人だった。

「火元は老患者がほとんどか?」

「そうですね。それから内科関係がほとんどでした。麻痺で動けない患者もいましたよ」

 そう報告する隊員はあたりを見渡しながら、

「そう言えば、久里川は?」

 と一瀬にたずねる。

「まだ戻っていない。――まさかあいつ火元の方に行ったのか?」

 驚いた表情で、一瀬は言った。

「阿弥陀さま」

 戻ってきた迷企羅が、阿弥陀に声をかける。

 その表情は険しく、

「大宮くん、ちょっと私は席を外しますよ」

 と言って、自分は病棟の裏へと走っていった。


「どうかしましたか?」

「現場となった病室ですが、特に火元と思えるものがなかったんです」

 迷企羅の報告に、阿弥陀は首をかしげた。

「でも、実際煙は出てましたよね?」

 病室の窓から黒々とした煙が昇ったのを見た近所の住民が、消防隊に通報をしているのを、阿弥陀たちは手伝いの際に聞いている。

「ですが火元と思われるものはなかったんです。部屋の壁や天井に煤がついてはいましたが、焼けているという部分はありませんでした」

「その病室に患者はいましたかね」

 その問いかけに、迷企羅は首を振るう。つまりいないということだ。

 その返答を、阿弥陀はすこしばかり疑問に感じ、

「相部屋ではないんですか?」

 と聞き返した。

「ベッドはひとつでしたから個室かと」

「つまり、火元と思われる病室は無人だった。でもいったい誰がそこに煙を炊いたんでしょうかね」

 阿弥陀はすこし考え、

「――先ほど煙しか出ていなかったと言いましたね? その煙はいったいどこから?」

「それが、それもわからないんですよ」

「わからないって……どういうことですか?」

「火のないところに煙は立たないといいますよね? ですが妙な臭いだけはしたんですよ」

 迷企羅の言葉に、阿弥陀は首をかしげた。



「ここが最後の部屋だな」

 久里川という消防隊員は、目の前のドアを見ていた。

 すべての病室を見たというわけではないが、残ったのはその部屋だけとなっている。

 扉を開けて発する『バックドラフト』の危険性も考えたが、火元には窓が開けられており、煙は出ていたので、その心配はない。

 『バックドラフト』はあくまで密封された部屋で起きる現象だからである。

 意を決した久里川は、扉を開いた。

 モクモクと、黒煙が部屋に籠っており、久里川が中に入ったその一瞬、肉が焼け焦げた臭いが彼の鼻を擽る。

「うっ!」

 気持ちが悪くなりそうなほどの悪臭に、久里川は耐え切れなくなり、その場にひざまずく。薄目でぼやけた視界を見渡しながら、半開きとなっていた窓を見つけ、窓を全開にした。

 黒煙は窓から抜けるように昇り、それと入れ替わるように新鮮な空気が部屋に入ってくる。

 火元なので部屋は全焼していると思われた部屋だが、先ほど迷企羅が言っていた通り、部屋はまったく焼けていない。

 壁と天井に煤がついてはいたが、どこかが焼けたというものがなく、

「どういうことだ?」

 と久里川は疑問に感じた。

「久里川っ! いるか?」

 廊下から、部屋を覗き込むように一瀬と他の消防隊が部屋にやってくる。

「ここが火元――なのか?」

 と、一瀬は狐につままれたような表情で、久里川にたずねる。

 久里川はちいさく、答えるようにうなずいた。

「しかし、なんだこの臭いは? 鼻が曲がりそうだ」

 他の消防隊員が、鼻を抑えながら臭いの元を探す。

 部屋の角に、洋服をしまう細長いロッカーがポツンとあり、その周辺の壁だけが妙に黒く染まっている。

「臭いの原因はこれか?」

 隊員がロッカーの取手に手をかけ、ドアを開くと、そこから黒い煙が立ち上るや、そこから崩れ込むように、なにかが倒れてきた。

 それを見るや、その場にいた全員が絶句する。

「な、これは――?」

 消防隊員の震えた目を、ロッカーから現れた女性の、中途半場に燃えた死体が、恨めしそうに見つめていた。



「ふぅ……」

 大宮は現場に入ると大きく息を吐いた。

「どうした? 気分がすぐれないか」

「いや、火元が無いとなれば考えられるのは別の場所で燃やされていたと考えるのが妥当なんだろうけど」

「たしかに不自然すぎますね」

 聞き覚えのある声が聞こえ、大宮はそちらを見やった。

 そこには、警察庁の刑事課に所属している東条李の姿があり、

「どうして東条刑事がここに?」

 と、大宮はたずねた。

「こちらは通報を受けてきたんですよ。ですのでこちらの現場の指揮は私たちがします」

 大宮たちは、偶然現場に居合わせただけであり、捜査権限は基本的にない。

 東条は大宮たちと会話している最中、部屋の周りを見渡していた。

「そう云えば阿弥陀警部の姿が見えませんが?」

「ちょっと席を外していまして」

 大宮がそう言った時だった。

「いやいやすみませんね」

 と阿弥陀が部屋に入ってきた。

「で、遺体の身元はわかりましたか?」

「それがまだ……。服も中途半端に焼けていますからね。身元と思われるものはなにも」

 岡崎の報告を聞きながら、阿弥陀は女性の遺体を、舐めるように見やる。

 その行為が、女性である東条にとっては気持ちのいいわけがなく、

「あまり凝視してしまうと、殺された女性は気分がいいものではありませんよ」

 と阿弥陀に注意した。

「これは失礼」

 阿弥陀は小さく頭を下げると、ロッカーの中を見る。

「阿弥陀警部、我々は部外者なのでは?」

「こっちは救助の手伝いをしたんですから――、ねぇ……」

 大宮の言葉を振り切るように、阿弥陀は東条を見やった。

 その表情は、なんとも得体のしれない笑みだった。

 ――やはり、神仏の考えていることはわからないか。

 東条は一瞬だけ険しい表情を浮かべたが、

「――わかりました。それではこちらから、警視庁刑事部に連絡して阿弥陀警部。並びに同伴していた岡崎巡査長と大宮巡査長に今回の事件の捜査協力を依頼したいと思います」

 東条は諦めたように言った。

「よろしいのですか?」

 東条と一緒に来ていた同僚の榮川という男性警官が驚いた表情でたずねる。

「言っても無駄よ。あの刑事も――あの人と一緒だから」

 東条は複雑な表情で答えた。


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