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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第九話:赤マント
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 月明かりに照らされた薄暗い廊下には、大山と美耶の足音だけがこだましている。

 美耶は大山から離れないように、彼のシャツを握っていた。

「放せよ。歩き難いだろ?」

 怒った口調で、大山は言った。

「だって、恐いんだもの」

「恐いならなんでついてきたんだ?」

 溜息混じりに、大山は聞き返した。

 もちろん、今回も大山が危険な目にあわないように見張るためなのだが、できることなら戻って寝たいというのが、美耶の本心である。

「しっかし、旧校舎と比べてあんまり怖くねぇな」

「怖い話って聞かないものね。ほとんど旧校舎での話だったし」

 大山たちは一階をザッと見回ると、二階へと上がっていく。

 大山が懐中電灯で階段の上を照らした時、大きな染みが姿を表した。

「なんだ? これ……」

 染みはちょうど四角形に途切れている。

「たしかここにあったのって鏡じゃなかったかな?」

「ああ、たしか一年か二年かが遊んでて割っちまったんだろ?」

 大山の問いかけに、美耶はすこし思い出しながらうなずく。

 大山は、その鏡があった痕に懐中電灯の光を当てた。

「――あれ?」

 ある部分を照らした時、大山は首をかしげる。

 白い壁とは対照的に、鏡があった場所には埃とも思える染みがある。そのまんなかに拳大ほどの、妙な穴があった。

 その穴の中を覗き込もうと、大山は穴の中に光を当てる。

「っと、見えにくいな」

「大山くん、余計なことして先生に怒られても……」

 美耶がそう言った時だった。

「……なぁ、市宮」

「――なに?」

「なんか、向こうから髪の長い女の子が覗きこんでるんだけど」

 その言葉に、美耶は首をかしげ、

「うっそだぁ」

 と、あきれ顔で言った。

「ホントだって、お前も覗いてみろ」

 そう言われ、美耶も穴を覗きこんだ。

「なにも視えないよ?」

「っあれ? んじゃぁ見間違いか?」

「だと思うよ。ほら、これに飽きたら体育館に戻ろう」

 そう言って、美耶が階段を降りた時だった。


 ガタンッ!

 という、なにかが落ちたような音が聞こえ、二人は二階を見上げた。

「え? なに? 今の音――」

 美耶は震えた声を上げるや、大山の手を握る。

「誰か居るのか?」

 と、大山は声をはりあげた。

「ちょ、ちょっと?」

 美耶は大山の行動に驚き、彼の口をふさぐ。

「バカなの? もしかしたら宿直の先生かもしれないでしょ? それにわたしたちは今の時間体育館にいることになってるんだから」

「っても、俺たち以外に人はいないんじゃないのか?」

 大山の言葉に、

「――なんか嫌な予感しかしないんだけど」

 と、美耶が震えた声を出した時だった。

 今度はピアノの音が聞こえ、二人は肩を震わせる。

「さ、最近のピアノってのはさ、タイマーつけとけば勝手になるんだよ」

「学校のピアノって、普通のグランドピアノなんだけど?」

 とツッコミを入れたところで、

「これって……七つの子だ」

 と美耶は言った。

「七つの子?」

「かーらーすーなぜなくのーってやつ」

「誰かが弾いてるんかね?」

「でも、音楽室って四階だったよね? ここまで聞こえるってことは……、二階の教室からかな?」

「ってもお前、さっきグランドピアノって言ったよな? それにピアノは音楽室にしかないだろ?」

「そうなんだけど、ここって二階と一階の間でしょ? いくらなんでも聞こえてくるわけがないし」

 美耶がそう言った時、大山は二階への階段に足を踏み出す。

「ちょ、ちょっとっ!」

 大山を追いかけるように、美耶も二階へと上がっていった。


 大山と美耶は、ピアノの音を頼りに、二階の廊下を歩いていた。

 足を進める度に、音が大きくなっていく。

「ねぇ、ほんと、もうやめよう」

「ここまで来て引き返せるかよ」

「引き返しても誰も文句言わないよ。言われるとしたら怒られるかだよ」

「ああ、もう……」

 と、大山が美耶の方に振り返った時だった。

 美耶は青褪めた顔で、大山のうしろを見ている。

「んだよ? どうした」

「えっと、おばけ」

 震えた声で、美耶は言った。

 大山は首をかしげるや、美耶が指差した方を見やる。

 ……そこには、うっすらと青白い光を発した、髪の長い少女の姿があった。

「「いっ?」」

 二人の存在に気付いた少女の霊は、ゆっくりとそちらへと振り向き――柔らかく、ちいさな笑みを浮かべた。

 それが恐怖心から、恐いものに見えた二人は、

「で、でぃぇたぁあああああああああああっ!」

 と大声を張り上げながら、その場から逃げるように走りさっていく。

「あれって……響くんの友達――だよね?」

 と、少女の霊は首をかしげながら、逃げていく二人を目で追う。

「おーい、隙間女ぁ、おまいさんの番じゃぞ」

 と、彼女が出てきた教室から老人の声が聞こえてくる。

「早く切れ。こっちはハッてるんじゃからな」

 老人とは違う声が聞こえ、

「はーい。今日こそ勝てるといいね。小豆洗い」

 と、少女――隙間女は、閉められたドアのスキマから中へと入っていった。



 遊火が大山たちを追いかけていた時だった。

 二人がちょうど一階と二階の踊り場にいた時、彼女は二人の近くで隠れるように(見えないので隠れなくてもいいのだが)、様子を窺っていた。

 そして二階からピアノの音が聞こえた時、彼女も一緒になって驚いていたのである。

 で、結局二人を見失ってしまっていた。

「私って、なんでこんなに弱虫なのかなぁ」

 と、トボトボと浮遊しながら、遊火は校舎の中をさまよっていた。

 遊火も、弱いながらに妖怪である。

 とは云っても鬼火の一種で、陰火の部類に入るため、人に被害もなにも与える事ができない。(驚かすことは多少できるが)

 そういう意味では最弱とも言える妖怪であるのは、遊火自身否定はできなかった。

「うーん。完全に見失ってしまった」

 遊火は周りを見やる。

 すると、校庭の方に場違いな人影を目にする。

 ――あれ? 赤いコート?

 遊火は、その人影を気にかけつつも、本来の目的である大山たちの後を追うため、その場を後にした。

 そして、一分ほど経った時である。

 ――あれ? あの赤いコートって……。

 遊火は、今日の昼頃、厨房で瑠璃が料理していた時のことを思い出す。

 そして、その時に聞いた話を思い出すや、淡い赤色の光が、青白くなった。

 ――大変だ。あれってみんなが話してた赤いコートの男だ……。



 大山たちは二階の、三年生の教室がある廊下へとやってきていた。

「ね、ねぇ、そろそろ戻らない?」

「そ、そうだな……あれ?」

 大山は、自分の身体を触り始める。

「ど、どうかしたの?」

「か、懐中電灯どっかに落とした」

「はぁぁあっ? なにやってるの?」

 廊下は薄暗く、目を凝らせば見えないわけではないが、余計なものまで見えてしまう危険性があり、美耶は震えが止まらなかった。

「仕方ない。今来た道を戻るか」

 と大山が言ったが、

「どっちから来たが覚えてるの?」

 美耶は、あきれた声でたずねた。

「――覚えてねぇ」

「私だって、夢中で走ってたからほとんど覚えてないよ」

 美耶が大山に文句を言った時、うしろから足音が聞こえてきた。

 まるで、水を吸い込んだような、気持ちの悪い革靴の音。

 二人は、ゆっくりとうしろを振り返る。


「赤は好きか? 青は好きか? 白は好きか?」

 目の前に聳え立つ赤いコートの男が、低い声でたずねる。

「な、なにを言って?」

「っかさぁ? おっさんどこから入って」

 大山が顔をのぞき込んだ時、彼の腹部に痛みが走った。

「――えっ?」

 火傷とも思える激痛が、大山の全身を駆け巡る。

「あ、あがぁ? がぁかっ!」

 口から大量の血が吐出される。

「大山くん?」

 美耶が叫び、大山に声をかける。

「聞かれたことに素直に答えろ……」

 男は、二人を見下ろしながら、ゆっくりと言う。

「あ、あああ……」

 美耶は恐怖のあまり、腰が砕け、顔を震わせる。

 男は、ゆっくりと手に持った、大山の血が付着しているナイフを振り上げた。

 ――助け、助けて、助けて……葉月ちゃん。

 美耶が心のなかで悲鳴をあげた時だった。

 ――えっ?

 大山と美耶だけがいるフローリングだけに空間ができ、

「キャァアアアアアアアアアアアアアッ?」

 二人はその奈落とも言える暗闇へと引きずり込まれた。

 穴は二人の全身が吸い込まれるのを確認するかのように、瞬時に元の床へと戻る。

「……っ!」

 男は消えた大山たちの気配を探ったが、見付けることができず、

「――っ! チッ」

 と舌打ちをするや、その場を後にした。



「――っ?」

 布団の中で、皐月は呻き声をあげた。

「皐月さん……、皐月――」

 声が聞こえ、皐月はそちらに目をやると、冷たい空気が、彼女の頬を撫でた。

 ――冷たい。でもなんだろ。かまくらにいるような、温かい感じもする。

 ぼんやりとした視界の中、皐月は自分を覗きこんでいる女性と目があった。

「――えっ? って、ったぁああっ!」

 ガバッと、勢いよく起き上がってしまった反動で、寝違った首に痛みが走り、皐月は首もとを擦った。

「……っ!」

 皐月の部屋には、腰まである長い白髪をした女性が正座しており、心配そうに皐月を見つめる。

「――誰?」

 目の前の女性とは打って変わって、皐月は蛋白な反応を示していた。

 目の前に知らない人がいるのに然程動揺しないのは、妖怪とかも相手にしているせいか慣れてしまっている。

 睨むような目付きの皐月に、女性はすこしたじろぎながらも、

『アシトマップ・ラムサム。イワン・アネイサー・エスンケ』

 と呟くように言った。

「えっ? いったいなんの――」

 皐月がそれをたずねようとした時、冷たい風が皐月の目の前を覆う。

「ちょっ! なによ、これっ!」

 風が止むと、目の前に座っていた女性はどこにもおらず、皐月は部屋の中を見回した。

 ――あの妙な感じ、どこかで見たような……。

 皐月がある人物のことを思い浮かべた時だった。


「さ、皐月さまぁ」

 と弱々しい声が聞こえ、皐月は溜息を吐く。

「どうしたの? 遊火――」

 目の前でおどおどとしている遊火に、皐月は視線を向ける。

 が、その遊火に妙な違和感があった。

「……あれ? 遊火、あんた小さくなってない?」

 今にも泣き出しそうな顔で浮遊している遊火の大きさが、普段よりも十分の一ほど小さい。

「あ、まだ学校の捜索をしているのでこの姿は普段の十分の一の量の火の玉で作った軽量版なんですよ――って、そんなこと言ってる場合じゃなかった」

 遊火はふたたび慌てふためく。

 ――どこからツッコめばいいんだろ?

 皐月は目の前でじたばたしている小さな火の玉の集まりを、あきれた目で睨んだ。

「遊火、あんたたしか葉月の護衛で一緒に行かせてたはずじゃなかった?」

「そうだ。それが――」

 遊火は、大山たちがみんなの目を盗んで校舎探検に出たこと。そして見失ってしまったことを皐月に説明した。

 そして、赤いコートの男が校庭にいたことも説明する。

「赤いコートの男が福嗣小の中にいたの? 宿直の父兄はなにやってんのよっ!」

 皐月は起き上がるや、上着を羽織り、竹刀が収まっている布筒を手に持つと、二階の窓から、道路へと飛び降りる。

「遊火、あんたは爺様と瑠璃さんを起こして、小学校に来るように伝えて」

 と伝言を残して、脱兎のごとく福嗣小学校へと走りだした。


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