弐
葉月が福嗣小学校でのキャンプに行く三時間ほど前のことである。
「うーん」
福嗣駅の近くにある喫茶店で、大宮は頬杖をつきながら唸っていた。
「どうかしたんですか?」
小首をかしげながら、大宮の正面に座って、三十センチは優に超えているほどの高さがあるパフェを、小さなパフェ用のスプーンで啄むように食べている皐月がたずねた。
「いや、ここ半年の間、連続して似たような事件があってね」
「……似たような事件ですか」
「デート中にすることじゃないんだけど、気になってね」
大宮は困った表情を見せると、コーヒーを一口飲んだ。
「それだけ忠治さんは警官としてイタがついてきたってことじゃないんですか?」
「まぁ、そうなんだろうけど」
「それで、いったいどういう事件なんですか?」
「皐月ちゃんも聞いたことないかな? ここ最近、福嗣小学校の近辺で誘拐殺人が起きてるってことを」
そう聞かれ、皐月は、
「毘羯羅から聞きました。なんでも犯人と思われる人物は、季節外れの赤いコートを着てるって」
と答えた。
「実は、その犯人と思われる特徴の人物と以前会っているんだ」
「――えっ?」
驚いた皐月は手に持っていたスプーンをこぼすように、テーブルの上に落とした。
「だ、大丈夫だったんですか?」
身を乗り出すように、皐月は顔を近づける。
「その時は阿弥陀警部も一緒だったからね。大丈夫だったけど、その男は未だに見つかっていないんだ」
「たしか阿弥陀警部の従者は十二神将の迷企羅だったと思います。普通の人間だったらすぐに見つかるはずだけど」
皐月はすこし考えるや、
「もしかして……妖怪?」
とたずねた。
「いや、その男は妖怪という感じがしなかった。それに近くに誰かがいたようだったし」
「でも、どうしてそんな大事なことを」
「心配させたくなかったと言ったらいいかな?」
大宮はちいさく笑みを浮かべる。
それを見るや、皐月はムッとした表情を浮かべると、スプーンを咥えると、パフェの生クリームを掬い、それを大宮の口に無理矢理差し込んだ。
「んっ! んぐぅっ!」
「私、ちょっとトイレに行ってきます」
そう言うと、皐月は立ち上がり、店の奥へと入っていった。
それを、大宮は呆然とした表情で見る。
――あれ? これって間接キスじゃ……。
それに気付いたのは、皐月が戻ってくるほんの五分前の事だった。
「これで六件目ですか」
警視庁の捜査会議室の手前にホワイトボードが置かれている。
そこには六人の少女の遺体が写った写真が貼られており、そのすべての特徴として、顔の判別ができないほどに切り着ざまれていた。
ボードには赤ペンで、『身元不明=所持品は見つかっていない』と書かれている。
「先日発見された被害者の身元は特定できたのか?」
「いえ、それがまだ……。なにせ顔は判別ができないくらいに切り刻まれてますし、身元を証明するようなものも、なにひとつ」
灰羅の問いかけに、岡崎がそう説明する。
「でも、いったいどうして犯人は福嗣小学校の近辺ばかりを狙ってるんでしょうかね?」
「気になるのはもうひとつありますよ。なぜ誘拐したその日の晩に殺しているのか」
「身代金欲しさにやっているわけではない気もしますしね」
「わかっちょることは、犯人は異常者ということだ」
西戸崎の言葉に、
「でも福嗣小学校の近辺は住宅地でもありますからね。発見されていないというのも……。それに――」
「阿弥陀警部、なにか気になることでも?」
首をかしげるように、灰羅はたずねた。
「いや、なぜ福嗣小学校に通っている生徒の保護者のみなさんは、犯人の特徴を知ってるんでしょうかね? 我々は事件があったということは言っていても、犯人の特徴はまだわかっていなかったわけですし」
「たしかに違和感がありますね。まるで昔からいるような――」
「もしかすると昔似たような事件があって、それを模範している可能性があるな。よし、福嗣町近辺で似たような、少女連続殺人、もしくは連続誘拐殺人事件がなかったか調べてくれ。西戸崎と岡崎は、引き続き現場近くの聞き込みだ」
灰羅がそう命令すると、阿弥陀たちは立ち上がり、敬礼をするや、会議室を後にした。
「阿弥陀如来さま」
会議室を出た阿弥陀に、迷企羅が声をかける。
「赤いコートの男の行方、まだわかりませんか?」
阿弥陀の問いかけに、迷企羅は引き攣った表情を浮かべ、ちいさくうなずく。
急き立てる口調ではなかったが、そう言われても可笑しくはなかった。
大宮が襲われそうになってから、すでに二週間ほど経っているのだが、未だに赤いコートの男の正体が分からない。
「人間だと思うんですけどね。妖怪特有の殺意というのがなかった」
「――殺意ですか?」
「ええ、言い換えると裏表がないというか、ジキルとハイドと言ったような」
「二重人格といった感じですか?」
迷企羅の言葉に、阿弥陀はうなずく。
「ですが事実大宮巡査を襲っているんですよ?」
「そうなんですけどね、どうも納得がいかないというか、あの時答えたらどうなっていたんでしょうかね?」
その言葉に、迷企羅は首をかしげる。
「こういうのは、やっぱり詳しい人に聞いたほうがいい気がしますね」
阿弥陀は、自分の前を歩いている西戸崎たちを目でやる。
「――大宮くんにすこし連絡を入れますか。デート中ですけど」
「仕事中にデートをしているのはどうかと思いますが」
「まぁ、彼には先に皐月さんと会っていてくださいと伝えてましたし、ちょうどいいでしょ」
阿弥陀は苦笑いを浮かべると、大宮に連絡を入れた。
阿弥陀が大宮に電話をしてから一時間後。
稲妻神社に訪れた阿弥陀と大宮は、今回起きている事件の概要を、皐月に話していた。
「赤が好きか、青が好きか、白が好きか……か」
大宮の近くに座っている皐月が、呟くように言った。
「その赤いコートの男は、そうたずねたんですね?」
夕食の準備をしていた瑠璃が、厨房から居間を覗き込むような形で、大宮にたずねる。
「ええ。赤いコートの男はたしかにそうたずねました」
「うーん、赤い紙青い紙みたいですね」
「でもそれはたしかトイレの中での話じゃなかったかい?」
皐月の言葉に、大宮は聞き返す。
皐月が言った『赤い紙青い紙』というのは、学校の怪談として有名な話で、誰も使っていないトイレの個室に入った子供が用を済ませ、紙を使おうとしたが切れていた時に聞こえる声が、今回の赤いコートの男がたずねたことを聞いてくる。
「赤は身体を切られて血まみれになる。青は血を抜かれる。白は……なんだったっけかな?」
大宮は腕を組み、うーんと唸る。
「それに赤マントの話と似ているところもありますし、元々赤マントと言うのは赤い紙青い紙から来てますからね」
瑠璃の言葉に、皐月は妙な違和感を覚える。
「ということは、今回の少女連続殺人はそれを模倣していると?」
「結論から言うとそうなるんでしょうけど、しかし十二神将の一人である迷企羅が夜叉を使っても行方がわからないというのが、どうも引っかかりますね」
「ぬらりひょんみたいに、誰かが匿っている?」
「今まで見つかっていない以上、そう考えられますな。大宮くんが襲われた時もどこかからか違う声が聞こえましたし」
阿弥陀が居間を見回すと、
「そういえば神主は?」
居間に拓蔵の姿がなく、阿弥陀は瑠璃に拓蔵の所在をたずねた。
「ちょっと出かけているみたいですね。まぁ夕方あたり二人で葉月たちの様子を見に行きますけど」
「そういえば、爺様保護者代表だったね」
皐月の問いかけに、瑠璃はうなずいた。
「瑠璃さん、さっき違うこと言ってた」
瑠璃が厨房に入ったのを目で追いながら、皐月は大宮たちに言った。
「違うこと?」
「赤マントと赤い紙青い紙のことです。たしか逆だったはずなんですよ」
皐月は、赤マントの派生が赤い紙青い紙だと説明する。
「瑠璃さんでも勘違いすることはあるんじゃないかな?」
「いや、彼女の場合それは考えられませんな。もしかすると……」
阿弥陀の神妙な表情に、
「なにか心当たりでもあるんですか?」
と皐月はたずねすな。
「――いや、あの声の特徴から言って、三、四〇代くらいなんですよね。だからあの事件とは無関係な気がするんですよ」
阿弥陀の言葉に、皐月と大宮は首をかしげた。




