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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第八話:泥田坊
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「はい。分かりました」

 燈愛の携帯を通して章に連絡を入れた阿弥陀たちは、そのすぐ後に、鳥山のマンションを調べていた岡崎たちからの連絡を受けていた。

 その隣で、大宮が阿弥陀の持っている携帯に耳を傾けている。

「忠治くん、なにか進展でも?」

「はい。鳥山が殺された二時間ほど前、鳥山は予約していたシャンパンを近くの酒屋で受け取っています」

「たしか現場……というより死因と考えられているシャンパンおよびグラスには毒がなかったと言っていましたね」

 確認をとるように、瑠璃は阿弥陀にたずねた。

「ええ、それがどうかしたんですか?」

「不自然だと思いませんか? もし毒を盛られて殺されたのだとしたらそのふたつのうちの一つに毒の反応があってもおかしくない。瓶の中はどうでしたか?」

 瑠璃と皐月が現場に来た時には、すでに片付けられていたため、実際に瓶の中身の確認はしていない。

「なくなっていました」

 と、大宮が答えた。


「んっ!」

 皐月は腕を伸ばし、

「ふぁぁ……」

 葉月はちいさく欠伸を浮かべていた。

「そう言えば、そろそろ寝る時間でしたね」

 瑠璃は、壁にかけられている時計を一瞥する。時刻は九時半を回っていた。

「寝る時間? って、まだ早いんじゃ?」

「普通はまだ早いでしょうが、その分朝早く起きてますからね」

「起きるって、いつ起きてるんだい?」

 大宮がそうたずねると、

「大体四時くらい。起きたら軽くストレッチして目を冷ましてから、昨日できなかった宿題とか復習を一時間くらいして、その後に毘羯羅との朝練。それから朝食を食べて学校に行ってます」

 皐月にとっては極々当たり前のことなので、欠伸混じりに答えた。

「ま、真似できない。不規則な仕事をしてると真似できないことだよ」

「でも、あなたのことですからその時間に寝かせてるのはなにか考えがあるからじゃないですか?」

 阿弥陀は、拓蔵を一瞥する。

「わしもここに住んでた時は親父から同じ風に育てられていたからな。それにほれ昔はテレビが十時以降やってないなんてのは珍しいことじゃなかったじゃろ?」

「あなたが彼女たちと同じくらいの頃って、まだテレビがそんなに普及されていない時代でしょ?」

 あっけらかんと答える拓蔵に、阿弥陀はあきれた表情を浮かべた。


「そういうことなら、皐月ちゃん、葉月ちゃん、僕たちはこれで失礼するよ」

「はい。あ、忠治さん」

 皐月がそう呼び止める。

「どうかしたのかい?」

「さっき瓶の中身はなかったって言ってましたよね?」

「言ったけど、それがどうかしたのかい?」

 そう聞き返され、皐月はすこし考えると、

「シャンパンならラベルとか、そういうのがあるはずなんですけど……ありましたか?」

 とたずねた。

「ラベルはあったよ。たしかバラのイラストが描かれていたな」

 それを聞くと、皐月は拓蔵を見遣った。

「なにか分かったのか?」

「分かったってわけじゃないけど、うん。彼女が殺してないってのはたしかだよ」

 皐月はそう言うと、廊下に出て、階段を上がっていった。

「あ、おやすみなさい」

 葉月も階段を上がっていく。


「皐月さんはいったいなにに気付いたんでしょうかね?」

 阿弥陀は怪訝な表情で、拓蔵を見やる。

「……なるほど、たしかにあの品種なら可能じゃろうな。阿弥陀警部、被害者が殺された時間は?」

「えっと、検死の結果午前二時くらいという計算です」

「部屋の明かりは? 暗かったか? 明るかったか?」

「わたしたちが来た時には豆球が点いていましたので、明るかったと言ったほうがいいですかね」

「部屋のカーペットには血しかなかったのか?」

「いえ、飲んでいたシャンパンの染みもありましたよ」

 それを聞くと、拓蔵は小さく笑みを浮かべた。


「拓蔵、まだ特定できていないことを推理したところで間違っていたらどうするんです?」

 瑠璃があきれた表情で拓蔵を見る。

「いや……明日確認すればいいだけの話じゃろ? ガイシャは現場近くの酒屋でシャンパンを購入している。シャンパンにも、色々と種類があるからな。品種を知らん人間からしてみれば、シャンパンと云えばそれがシャンパンになってしまうからな」

 拓蔵はスッと立ち上がるや、

「ほんじゃまぁ、わしは社務所に行って明日の準備でもしようかね」

 と居間を後にした。

「明日のって、準備するほどのことはないでしょ?」

 拓蔵を追いかけるように、瑠璃も居間を後にした。

「大宮くん、わたしたちも失礼しましょうか? それにこちらはできることをやっておいたほうがいいでしょうし」

「そうですね。でも静かに出ましょう」

 と言って、二人は、誰もいない廊下に向かってちいさく頭を下げると、稲妻神社を後にした。

 その後、玄関の鍵は、瑠璃が静かに閉めた。



 翌日の早朝。拓蔵は一人現場近くに酒屋へと訪れていた。

「おんや、こりゃ珍しい客だ」

 店の外にある倉庫で、在庫の整理をしていた白髪が目立つ老人が拓蔵に声をかけた。

「店主、こっちの店でロゼは置いとるか?」

「ロゼ? また気取ったもんを探しておるな。おまいさんのことじゃから日本酒のほうがお似合いじゃろ?」

 店主はクククと笑う。

「まぁ置いておるが、まだ売れんな」

「買おうとは思っておらん。ここ数日に買った人間はおるかなと聞こうと思ったんじゃが」

 拓蔵は片目を瞑り、店主を見やる。

「残念ながら、事件性がない以上は誰が買ったのかは云えんよ」

「わしはまだ事件があったとは言っておらんが?」

「昨晩、十時くらいに警察が来たよ。あんたと同じことを聞いておった」

「ロゼは置いてあったんじゃな?」

「置いてあったというより、注文予約が来てな。わしはあくまで取り寄せて客に渡した」

 拓蔵は、すこし考えると、

「それは店で渡したのか? それとも外で、注文した客の家の前で渡したのか?」

「客の家の前じゃな」

 店主がすこしばかり声を低くする。

「ロゼを注文したのは、その部屋の住民か?」

 そうたずねると、店主はうーんと唸った。

「お得意様以外の客はあまり覚えておらんが、家の中から出てきたというのに、帽子を深々と被っておったよ」

「――帽子をな……。おまいさんはその部屋の主の顔は知らんのじゃろ?」

「警察にも同じことを聞かれたな。わしがその部屋に行ったのはその時が初めてじゃよ。マンションの廊下が異様に暗かったのが印象的じゃったがな。ほら、準備の邪魔じゃ」

 そう言うと、店主は倉庫の奥へと引っ込んでいった。


 ――夜目遠目笠の内……ということか。そうなると、店主が客の顔を認識していないのは目に見えている。いやそれが犯人の狙いか。

 拓蔵はそう考える。

 だが、これでハッキリとした。

 章が犯人ではないということだ。そして……。

 ――少々気が進まんが……。

 拓蔵は、稲妻神社とは真逆の、警視庁へと足を運んだ。


「ちょいとお邪魔するでな」

 拓蔵はまるで友達の、それこそ親友の家に来るかのようなテンションで、警視庁刑事部へと訪れた。

「これは黒川先輩、どうかしたんですか?」

 ちょうど給湯室から出てきた佐々木が声をかける。

「おう佐々木くん、湖西刑事はおるかな?」

「ええ、いらっしゃいますけど」

 佐々木は、周りを一瞥する。

 突然テンションの高い老人が刑事部に訪れ、しかも人懐っこく話しかけている。それだけでも異様なのだ。

「いくら先輩がここにいたってことがみんなに知られているとはいえ、場を弁えないと」

「わしはそういうのは嫌いでな。だから上に目を付けられておったんじゃろうが?」

 拓蔵は、クククと笑う。

「それで、いったいなんの用事なんですか?」

「殺された鳥山たけしの体内からアルコールの検出はあったか。それ一点を聞こうと思ってな」

 そう言うや、佐々木はゴクリと喉を鳴らした。

「はい、抜けてはいませんでした」

 佐々木がそれを言うと、拓蔵はちいさく、納得したようにうなずいた。

「これで一緒にいたという少女のアリバイは立証されるな」

「アリバイが立証される? それはどういうことですか?」

「さっき言った通りじゃよ。佐々木くん、阿弥陀警部や大宮くんから連絡は?」

「昨晩遅くに。犯人と思われる少女に事情をたずねると。今日の昼辺りに待ち合わせをしているそうです」

「そこまで言わんでも知っておるし、わしはあくまで確かめたいことを聞きに来ただけじゃよ?」

 拓造のからかうような笑みに、佐々木は唖然とする。

「せ、先輩。からかいましたね」

「からかってはおらん。おまいさんが余計なことまで言ったからじゃろ?」

 拓蔵はそう言うと、刑事部を後にした。

「まったく現役の時とまったく変わっていない」

 佐々木は、近くにあった椅子に腰を下ろした。

「でも、どうして拓蔵さんはここに来たんでしょうか?」

 吉塚愛が、佐々木にたずねる。

「アルコールが抜けたかどうかを確認するだけに来たらしいが――」


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