参
「あら忠治くん? それに阿弥陀警部も」
商店街で買い物をしていた瑠璃が、道脇から出てきた大宮を見つけ、声をかけた。
「瑠璃さん、買い物ですか?」
「ええ、二人は……」
瑠璃は、大宮たちが出てきた方を見やる。妙に騒がしい。
「なにか事件でも?」
「ええ、まだ他殺か自殺かは判断できてないんですけどね」
阿弥陀がそう説明する。
「死因は?」
「おそらく毒殺でしょうね。現場にはシャンパングラスがあって、おそらくそれを飲んだんでしょうな」
説明を聞くが、瑠璃は首をかしげる。
「たしかに毒殺なら他自殺の判断はまだ難しいですが、しかしなぜ死因に関しては疑問形なんですか?」
「それが毒の反応が被害者の口からだけだったんです」
「シャンパンやグラスには?」
「なかったんです。まだDNA鑑定をしないといけない部分もありますが、それから唇のところに毒による肌の変色が見られました」
大宮がそう説明していると、
「あれ? 忠治さん」
うしろから声が聞こえ、大宮はそちらを見遣った。
「皐月ちゃん。それに信乃さんと風花さんも」
そこには、制服姿の皐月と信乃、私服姿の希望の姿があった。
「三人ともどうしたんですか?」
瑠璃にそう聞かれ、
「ノンノの部屋で勉強」
と、皐月は答えた。
「そろそろ夏休みなのに大変だね」
「というより一学期の復習ですよ。それでどうかしたんですか?」
信乃がそうたずねると、
「うーん、まだみなさんの協力を得る訳にはいかないんですが、まぁ、現場を見るだけでもいいでしょ?」
「いいんですか?」
大宮が驚いた表情で阿弥陀を見る。
「もしかすると、信乃さんの力が必要になるかもしれませんし」
阿弥陀は自分の鼻をこすりながら言うや、信乃は首をかしげた。
阿弥陀たちの案内で、皐月たちがマンションの廊下を歩いている時だった。
「なんか薄暗いね」
希望は外を見遣った。廊下の壁と天井に頭が見えるくらいの隙間しかなく、日中だというのに日が差し込まないせいか薄暗い。
「こっちは東側になるみたいだからね。着いた」
現場である部屋の扉を開けた皐月たちは、大宮に足の指紋をつけないようにと、スリッパを渡される。
「結構いいところだね」
希望は窓際の方へと歩み寄る。
「あ、そこに被害者の血が残ってるから、あまり歩かないほうがいいよ」
それを聞くや、希望は変色している床を歩かないように注意を払った。そして窓を見やると、そこから東京タワーが見えた。
「信乃、なにかにおう?」
そう言われ、信乃は鼻を引くつかせる。
「時間が経ってるってのもあるんだろうけど、血の臭い以外だったら石鹸の匂いがするかな? それからリンスの匂い」
「――リンス? 忠治さん、殺されたのって女性なんですか?」
現場はすでに粗方片付けられており、残っているのは死体があったことを示す白線のテープと、証拠となるものが置かれていたことを示す番号の書かれた立て札が部屋の彼方此方に置かれている。
「いや、殺されたのは中年男性だ。名前は鳥山たけし。発見されたのは今朝の七時。住民が部屋の扉が開いてることに違和感を持ったらしくてね。声をかけたが反応がなかったが、廊下からこっちが見え、ここに倒れていた」
そう言った大宮の表情に、
「なんか今回の事件、内容によってはなかったことにしたいような雰囲気ですね?」
と瑠璃に指摘され、大宮は更に黙りこむ。
「まぁ、大宮さんたちがそうしたいのは、これが原因じゃない?」
いつの間にか脱衣所に入っていた信乃が、男性の背広を持って現れた。
「あまり現場のものをいじられるのも困るんですけどね」
阿弥陀があきれた表情を浮かべる。
「信乃、どういうこと?」
信乃は、背広の内ポケットに手をのばす。
「ほらこれ」
そう言って見せたのは、彼女たちにとっては普段見慣れたものだった。
「警察手帳?」
「しかも刑事部長。それから脱衣所に女性の下着があったわ」
信乃はそう言いながら、皐月を見る。
「中学生が着るような、可愛らしいフリルの下着だったわよ」
「……なんで私を見て言ったの?」
皐月はムッとした表情で言い返した。
「皐月もあれくらい可愛いのをしなさいって言おうかなと思ったの」
「下着は着けられればいいでしょ?」
「あのね、女の子は視えないところにもおしゃれをしないとモテないわよ。だいたいあんた勝負下着とか持ってないでしょ? もし大宮さんとそんなシチュエーションになってみなさい。地味な下着だったら幻滅されるんじゃない?」
そう言われるや、皐月はカッと顔を紅潮させる。
「いや、ならないから! まだそんなことにはならないからっ!」
慌てふためく皐月に、
「はいはい。でもそういうことも視野に入れておきなさい。将来のためにも」
と、信乃は軽くあしらった。
「若い女性の下着ですか……。被害者は援助交際をしていたということでしょうか?」
もしそれが本当だとしたら大問題だ。と瑠璃は続ける。
「でも凶器はまだ見つかっていないんですよね? それにもしかしたら娘だっていう可能性も」
「いや鳥山部長に子供はいませんでしたよ」
阿弥陀にそう言われ、皐月は信乃を横目で見た。
「信乃、ほかに何か気になるものあった?」
「気になることねぇ……、いやあんまりなかったというか、下着しかなかったのよ」
「下着しかなかった?」
大宮がそうたずねると、
「はい。ブラとショーツ、それから肌着しかなかったんです。洗濯するために脱いだとしたら着ていた服があっても可笑しくないんですよ」
と信乃は答えた。
「慌てて服だけを着て出て行ったって感じだね」
「阿弥陀警部、その下着についた指紋の検出を。それから鳥山部長の近辺で若い女性の噂がなかったか」
「それはこちらが判断するとして、でも一応視野に入れておきます」
阿弥陀がそう言った時だった。
「ノンノ、どうかした?」
皐月が視線を希望に向ける。
希望は本棚に目をやっていた。
「あれって、写真立てだよね?」
指さした先にある本棚の本と本の間に、直径十センチ角の写真立てが飾られており、中年男性と少女の写真が入れられていた。
一人は、白髪交じりの、ふくよかな男性。もう一人は、中学生くらいの、腰まである長い白髪の少女だった。
二人ともペッドのシーツを羽織っており、男性の腕が少女の肩を抱いている。
「あれ? この女の子どこかで見たような気が」
「信乃、知ってるの?」
「いや、知ってるっていうか、テレビに出てたんだけど」
うーんと、信乃は唸る。
「有名人かな? でもミーハーな信乃でも知らないんだ」
「ミーハーって、地味に傷つくんだけど」
信乃は皐月を見ながら肩を落とす。
「クアニも見たことあるかな。でもやっぱり名前が出てこない」
「でもパッと見、親子くらい歳が離れてますよね?」
皐月はそう言いながら、写真立てを手に取り、よくよくと観察する。
「それにしても綺麗な女の子だなぁ。肌は白いし、髪はかぐや姫とかそんな感じで前髪が揃ってるし。目が赤くてちょっと怖いけど」
「――目が赤い? カラコンかしら」
信乃が首をかしげる。
「瑠璃さん、赤い目の人っているんですかね?」
「うーん、たしか目が赤い人は人類人口の一毛くらいと言われていますね」
「……イチモウ?」
皐月たちは首をかしげる。
「小数部三桁のことですよ。まぁ希少だということです」
「でも結構綺麗な目なんだよね。だからかなジッと見てると恐いって感じがして」
皐月たちは、写真に写っている少女の瞳に魅入られていた。
「大宮さん、写真の裏見ても大丈夫ですか?」
信乃がそうたずねた。要訳すると写真立てから写真を取り出していいかと聞いたのである。
「指紋をつけなければ大丈夫だよ。って、言い終える前に取り出してるし」
「裏になにか書いてあるね」
皐月は写真の裏に目をやると、『アキと二人だけの時間』と書かれていた。
「それじゃぁこの女の子はアキって名前なんだね」
「アキねぇ……って、あれ?」
信乃は写真に写った場所を見やる。
「これって、このマンションじゃない? ほら、ちょうど東京タワーが見える角度も一緒だし」
写真と見比べながら、信乃は窓の方を指さした。
「でも、ベッドは窓から離れてるわよ?」
「多分場所を入れ替えたんじゃないかな。日付が出てないから何時撮ったのかはわからないけど」
「だけど、妙な感じだね」
「――妙な感じ?」
「だって、この写真二人っきりで撮ったとしても離れてない?」
そう言われ、皐月と信乃は写真を凝視する。
「ほんとだ。写真を撮ったのが被害者だったとしても、下からのアングルで撮れたとは思えない」
写真のアングルは、右に窓があり、左側に二人が写っている構図となっている。
被害者である鳥山自身が手に持って撮ったとしたら、被写体は二人だけだ。
さらに云えば、下に腕を伸ばせは自然に男性の体制が前屈みとなり、不自然な形となる。
「三脚で撮ったんじゃない?」
「それだと真っ直ぐになるでしょ? もしかして小さい三脚で撮ったとか?」
「どうやって?」
「そりゃぁタイマー……」
皐月は違和感を覚える。
「これって、アキって子だけ視線を向けてない?」
「それじゃぁ、盗撮?」
「たまたま偶然だとしても不自然だしね」
皐月たちが思考を巡らしていると、
「もういいかな? 一応こういうのも証拠品なんだ」
と、大宮が皐月の手から写真を取り上げた。
「忠治くん、そのアキという女の子についても調べたほうがいいかもしれませんね」
「ええ。でも僕もどこかで見た気がするんですよね。しかもここ最近テレビに出ていたような」
大宮がそう言った時だ。
「最近? 最近話題になっていてアキって名前の人って」
信乃がう~んと唸る。
「……あっ!」
と、信乃ではなく、希望が大きな声をあげた。
「ど、どうしたの? ノンノ」
「思い出した。その人ってもしかして三橋章って人じゃ?」
そう希望が言ったが、
「でも写真に写っている彼女の髪は黒じゃないわよ? 染め直したとは思えないし」
と信乃に指摘される。希望自身、今の発言に自信がなかったため、それ以上言うことができなかった。
「とにかく、今はこの女の子の詳細ですね。もしかしたらということもありますし」
瑠璃がそう言うと、皐月は首をかしげた。
「もしかしたらって、どういうことですか?」
そう聞かれ、瑠璃はすこしばかり頭を抱える。
「援助交際をしていたことを第三者に知られて困るのは目に見えてますからね。この部屋が逢引きとして使われていた隠れ家だとしたら、被害者を最後に見たのはそのアキという女の子かもしれないということです」
「つまり、場合によっては」
皐月たちは表情を曇らせる。
「被害者を殺害したのは、アキという少女という可能性も否定できないということです」
瑠璃は、きっぱりとそう言った。




