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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第一話・塗仏
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伍・衣蛾


「ですから、わたしはなにもやっていませんよ」

 警察庁の取り調べ室で、落合孝宏殺害の件について、清水は取り調べを受けていた。

「でもですね。家にはあなた以外には来ていなかったそうじゃないですか?」

 鳥遊里(たかなし)という、四十代の男性刑事が、清水に詰め寄る。

「それは認めますけど。落合さんと保険金の話がありまして。実は彼の奥さんが七年前行方不明になっておりまして、そのあいだ保険金を出してもらっていたんですが。その相談をしたいという連絡を受けまして」

「その話が拗れてしまい殺してしまった」

「ちょっと待ってください。そもそもどうやって毒を入れるんですか?」

「落合さんは電話に出ていた。そのあいだ毒を入れてもおかしくないでしょ?」

「わたしが入れたのは彼からもらった角砂糖ですよ。わたしは甘いものはあまり好きではなくてね。出された紅茶も口にしてません」

 ――角砂糖?

 となりの部屋で話を聞いていた、女性警官が、清水の供述に違和感を覚える。

「それに、わたしは警察に連絡をしたあと、話を聞かれるだろうと思い、少しのあいだトイレに行っていたんです」

「証拠隠滅のためじゃないんですか?」

「証拠隠滅だなんて、そもそもわたしが落合さんの家に行くのは会社人たちみんな知っているんだ。それなのに来ていないとなれば、自分の首を絞めるようなものでしょ?」

 ――たしかにそうだ。彼は嘘を言ってない。

 女性警官は、部屋を出ていく

 警察側における拘束期間である四八時間を費やしても、なにも証拠は見つからず、清水は釈放された。


「落合の家に警察が来たのは、彼が殺されてから、十分ほど経ってのことだそうです」

 警視庁刑事部鑑識課で、大宮は阿弥陀に報告をする。

「所轄違いなのに、よく聞けましたね」

「いえ、こちらが捜査している身元不明の女性……、つまり落合美千流の件もありますから、警察庁の刑事課長が協力してくださるようです」

「殺したことになっているのは、保険会社勤務の清水ってことになっている」

「まぁ、傍から見ればでしょうけど、彼は殺された落合孝宏からお茶を勧められた時、一緒に角砂糖をもらったようですね」

「でも清水はあまり甘いものを好まないようで、逆に落合は甘党だったと。落合が電話に出ているあいだ、隠れて砂糖を彼のカップに溶かし入れたようです。おそらく味の変化に気づかなかったんでしょう」

 大宮が片方の目を瞑りながら、手帳に書き記していく。


「甘党でも、変に甘くなってたら気になりますよ」

 部屋の隅で、お茶菓子を食べている皐月が愚痴をこぼした。

 今日は日曜日で、本来なら、皐月は大宮と一緒に買い物の約束をしていたのである。

 ところが、ことがことだけにキャンセルになってしまった。

 それに、事件についても気になっていたので一緒にいるのである。

 普段から事件捜査で世話になっている以上、大宮はもちろん、阿弥陀も、皐月を追い出すことができないでいた。

「それに、落合さんは焦っていたってことも考えられません?」

「――焦っていた?」

「紅茶の中に角砂糖が入っていることに気づかなかったってことは、スプーンを使わず、そのまま口に運んでしまった……」

 そう言われ、阿弥陀と湖西主任は少しだけ考えて――。

「そうなると、よほど気が動転していたのか、なにか慌てていたということか」

 話が見えてこない大宮は、少し首をかしげる。

「大宮、その警察庁の刑事さんに、ひとつ聞いてくれんかな? 現場に濡れたティースプーンはなかったか」

 湖西主任にそう言われ、大宮は鑑識課を出ていった。

 それから数分ほど経って、大宮は戻ってくる。

「あちらの鑑識の話では、濡れたスプーンはなかったそうです」

「隠蔽したか……。そうなるとやはり殺したのは清水……とは思えんなぁ」

 湖西主任がそう言うと、「どうしてですか? そもそも砂糖を落合からもらったというのも、嘘の供述かもしれないですよ?」

「それじゃぁ、まず最初に、清水はそれをもらっていたってことになりません?」

 皐月がそう言うと、大宮は皐月を一瞥した。「もらったって、どういうことだい?」

「だって、清水が自分のカップに砂糖を溶かしていたとしたら、殺されていたのは、清水のほうだと思いますよ」

 それを聞くや、大宮はギョッとした。

「それじゃぁなにか? 落合は清水を殺そうとしていたってことか?」

「たとえばの話ですし、ティースプーンがなくなっているってことを考えると、そう考えられるんじゃないですか」

「それにな、たとえに清水がティースプーンで紅茶を混ぜたのなら、反応するはずなんじゃよ」

「反応って……。そうかっ! 化学反応」

 銀は、ヒ素系の毒素と化学反応を起こし、黒くなる。

 だから湖西主任は、現場にティースプーンがなかったのかが気になったのである。

「でも、もしそのまま清水が砂糖を自分のカップに溶かしていたとしたら、彼は殺されていたってことか」

 大宮は皐月を一瞥する。皐月は少しだが、その推論は間違っているんじゃないかといった表情だ。

「どうかしたのかい?」

「そもそも、紅茶の中にすでにあったんでしょうか? それともあとから?」

「そりゃぁ、紅茶の中にもともと入れてたに決まって……」

 大宮は、ゾッと背筋が震えたのを感じた。

「いや、ちょっと待ってくれよ? 砂糖が原因じゃなく、カップ自体に毒が盛られていたとしたら――、落合孝宏は自殺したってことになるぞ」

「大宮くん、毒はどっちのカップにあったんですか?」

 阿弥陀がそうたずねた時、大宮は、ハッとした表情で、「それが……、両方なんですよ」

 と、震えた表情で言った。

「両方って――? それじゃぁ、清水のカップにも入っていたってことですか?」

「そうなるね。毒入りのカップがふたつ。おそらく清水のはもともとから、落合のカップはあとから……」

 大宮が皐月を見やると、彼女は信じられないというべきか、そもそも真犯人は別にいて、しかも本来それが一般人に作れるのかと思ったのだ。

「角砂糖の中に毒を入れていた?」

 二人の声がきれいにハモッた。

「ちょっと待ってくださいよ。そんなことできるんですか?」

 阿弥陀が驚いた声をあげる。

「作り方を知っていたら、そんなに難しくないんです。それに水に溶けやすいグラニュー糖を使いますから、普通に買ったほうが安いんですよ」

 グラニュー糖の中にヒ素を入れるか、角砂糖を作る過程のあいだにヒ素を入れるか。

 いずれにしろ、殺された落合が作ったとは思えない。

 だったら清水に角砂糖を渡さないはずだ。毒はもうカップの中に入っているのだから。

「とにかく、毒の出元もですね」

「だがな大宮、こっちが調べているのは落合孝宏の妻である落合美千流の件じゃろ? そっちの方はどうなってるんじゃ?」

「いや、それがですね。身元がわかったのは夫が殺されたことがわかったあたりですよね? 身元人がわかったのに、その配偶者が死んだとなると、身元証明も難しいんじゃないですかね?」

「それはないじゃろ? 落合孝宏の同僚にでも聞けばいいしな」

 阿弥陀は、湖西主任の話を聞きながら、視線を大宮と皐月に向けた。

「要するに、僕と皐月ちゃんにお願いしたいわけですか?」

「いや行ってきてほしいんですよ。清水が働いている保険会社に。おそらく、あちらの刑事さんも来るでしょうけど」

 そう言われ、皐月は、「どうかしたんですか?」

 と、たずねた。

「いや、なんといいますかね」

 阿弥陀の反応は、かつて、瑠璃が高山(まこと)に会う時と同じ反応であった。

「なるほどな。刑事課にいるあの小娘が来ていないとは思えんし、仏の身分としてはやりにくいわな」

 二人の会話に、皐月と大宮は、なんのことかわからず、首をかしげた。


「清水は今日お休みしておりますし、こちらからは何も話すことはありません」

 清水が勤めている保険会社の受付嬢が、目の前の女性にそう述べた。

「どうしましょうか、東条巡査長」

「そうですね。彼女は嘘を云ってないようですし、また日を改めて」

 東条が踵を返そうとした時、会社の自動ドアが開いた。

「保険会社って、結構小さいんですね。もっと大きなところと思ったんですけど」

「資料を提供する場所にもよるんじゃないかな? 清水が配属されていたのは支店のようだし」

 入ってきた皐月と大宮を見るや、東条は少しばかりさみしそうな表情を浮かべた。

「どうかしたんですか? 東条巡査長」

 同僚の男性刑事に声をかけられ、東条は、ハッとした表情で振り返った。

「いらっしゃいませ、今日はどのようなご要望でしょうか?」

「いえ、実はこちらで働いている、清水直隆さんはいらっしゃらないかと思いましてね」

 大宮がそうたずねると、受付嬢は一瞬だったが、ハッキリとわかるほどに苦虫を噛み締めた表情を浮かべた。

 しかし、一瞬で営業スマイルになる。

「聞いても無駄ですよ。何も知らないようですし」

 東条が、大宮と皐月に声をかける。「さっき私たちも聞いたんですけど、会社の方はなにも知らないようですし、当の清水は休んでいるようです」

 ――休んでるは建前で、本当は自宅勤務だろうなぁ。ハメられたかどうかもわからない状態で、働かせるとは思えないし。

 皐月がそう思った時である。

「ハメられたかどうかも分からない人に、仕事をさせるのは気が引けるでしょうね。だからここに来たのは無駄足だったってことになるわ」

 東条がそう言うと、皐月は彼女を見た。「えっ? えっと……」

「それに、清水から聞くよりかは、落合孝宏が勤めている会社の同僚に聞いた方が得策と思うけど?」

 ――言われてみればたしかにそうだ。そうなると、あの白骨も身元証明できるかもしれない。

 大宮がそう考える。

「それじゃぁ、私たちはこれで」

 東条は頭を下げると、保険会社を後にした。

「僕たちも行こうか?」

 大宮が声をかけようとした時、、皐月は睨むように東条を見ていた。

「どうかしたのかい?」

「さっきの人たちって、警察の人ですかね?」

「そうだろうね。おそらく落合孝宏の件で、清水の近辺調査をしていたと考えてもいいだろ」

「そう……。ですよね」

 皐月は、上の空で返事をする。

 東条が皐月に話した一言一句が、どこか人の心を抉るような、不安にさせるような気がしてならなかった。

 ただ、悪意があったとも思えなかった。


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