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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第七話・八尺様
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「瑠河先輩」

 道を歩いている途中、声をかけられた瑠河はうしろを振り向いた。

「細川さん?」

 瑠河は視線を落とし、自分を見上げる細川を見やる。

「こんなところでなにをしてるんですか?」

「ちょっとね」

 瑠河は視線を逸らす。

「先輩、元浦スミレって子知ってます?」

 突然そう聞かれ、

「元浦……さん? いいえ、聞いたことないわ」

 と視線を逸らすように答えた。

「そうですか」

 そう言うと、細川は、懐からスマートフォン形式の携帯を取り出す。

「そういえば昨日……先輩と抱き合ってた時に思ったんですけど、先輩って、本当に女性なんですか?」

「なにを言ってるの?」

 強張った表情で、瑠河は細川を見た。

「先輩の胸を触った時、妙に硬かったんですよ」

「胸が硬い人だっているでしょ? 筋肉質な人とか」

「いえ、先輩の場合は不自然というか……、そうですね。失敗した整形手術と言ったほうがいいのかな」

 細川はちいさく笑みを浮かべる。

「先輩――本当は元浦さんのこと知ってるんじゃないですか?」

「し、知らないわ」

「あの子、結構ミーハーで、瑠河先輩の他にも矢畑先輩のことも調べていたんですよ。まぁ、どっちにしろダメだったみたいですけど」

 細川は、ゆっくりと瑠河に近付く。


「先輩でしょ? 元浦さんを殺したのって……?」

 細川の双眸が、曇天のように、どんよりとしていた。

「な、なにを言ってるの?」

「先輩……元浦さんが殺された日、私は先輩と教室で()()()()()んですよ。その時シャツがどこかに行っちゃったんですよね」

「それに元浦さんって私と同じくらいですから、シャツもだいたい同じサイズなんですよ」

「でも……もしそれが本当だとしても、彼女を殺す理由がないじゃない?」

 瑠河がそう問うが、

「ありますよ。だって先輩が元浦さんを殺す理由は、先輩が男じゃないかって疑っていたんですから」

 細川がそう口走った時だった。


「んっ? んぐくうぅ……」

 細川の細い首に、瑠河の大きな手がかかる。

「せ……せん……ぱ――、は、はなし……」

 細川が懇願するが、瑠河の手はより強くなっていく。

「私は――男じゃない。男じゃない。男じゃない……」

 瑠河はうわ言のように同じ言葉を繰り返す。

「ご……ごめ……な――」

 細川の声が小さくなっていく。

「私は女だ……。男じゃない。あんな野蛮で気持ち悪い男なんかじゃない」

「おいっ! お前なにをやっているっ!」

 偶然通りかかった男が、瑠河を取り押さえた。

「がはっ! げぇほっ! ゴホッォ!」

 瑠河の手から開放された細川は、その場に倒れこみ、激しく咳き込む。

「こいつっ! おとなしくしろ」

「私は――女だ……っ! 男じゃない」

 瑠河は激しく暴れるが、いつしかゆっくりと、気を失うようにおとなしくなっていった。



 現場に駆けつけた警官を通して、大宮から皐月に連絡が入ったのは、彼女たちが買い物から帰って間もない頃だった。

 メールを見た皐月の表情は、どことなく暗い。

「大宮さん、なんて?」

「元浦さんを殺したのは、瑠河っていう人だって、それを問い詰めた細川って人が殺されそうになっていたのを通行人が取り押さえたみたい」

 そう説明する皐月の表情が気になり、

「なんか納得してないね?」

 と、希望がたずねた。

「その瑠河って人は元浦さんが自分が男性だった事をみんなにバラすって脅されていたって」

「……元々男性だった?」

「性同一性障害。瑠河先輩は小さい頃からそうだったみたいで、高校に入ってからは整形手術をしていたみたいなんだけど、中学の頃からもうすでに男性としての体型になっていたって」

「それが成長し過ぎて、一八〇くらいになったってわけだ。それじゃぁ元浦さんを殺したのは瑠河さんだったってこと?」

「彼女がそう言ってるみたいなんだけど、首を切り落としてはないって」

「もしかしたらそれは本当なのかもしれないね」

「それじゃぁ、誰かが捜査を撹乱させようとした? それから手形の方は?」

「それは瑠河が元浦さんに問い詰めようとした時、興奮してやったことだって」

「首を縄で絞めたのは?」

「それも彼女だった……」

 皐月は、自分でも納得がいかなかった。


「元浦さんは矢畑先輩の昔のことも調べていたって」

「もしかして皐月……、一歩間違えたら矢畑先輩が殺していたかもしれないって考えてる?」

 信乃にそう聞かれ、皐月はちいさくうなずいた。

「喫茶店で見せた先輩の態度を考えるとね。彼女は呼び出されたあとも元浦さんを追いかけていた。つまり殺されていたところを目撃してるのよ」

「でも、矢畑先輩はなにを言われたのかな?」

 希望がそう言った時、

「おい、お前ら」

 と小学生くらいの男の子に、三人はキョトンとした。


「えっと? ――誰?」

 信乃が首をかしげると、

「恭ちゃん、ちょっと待って」

 と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「矢畑先輩? あれ? もしかしてその人がデートの相手――」

 皐月は、亥川を見やる。

「そうだけど、なんだよ?」

 亥川が皐月を睨む。

「い、いえ。すみません失礼なことを言ってしまって」

 信乃はちいさく頭を下げた。

「でも矢畑先輩、デートは明日じゃなかったんですか?」

 希望がそうたずねた時、矢畑はその大きな身体がちいさく視えるほどに、

「だって、君たちがこんなに可愛い服装にしてくれたんだもの。早く恭ちゃんに見せたいじゃない?」

 と、恥ずかしそうにはにかんだ。


 スラっとした足を見せるように、デニムのスキニーパンツ。

 トップスは白のワンピースの上に、ガーディガンを羽織っており、それ以上身長が伸びないようにと、花のワンポイントが入っているトングサンダルを履いている。

「似合ってますよ」

「そうかな……」

 矢畑はチラリと亥川を見る。

「まぁ、及第点じゃないか?」

 と、亥川はそっぽを向く。

 矢畑はそんな亥川の態度を見るや、ちいさく笑みを浮かべた。


「あの矢畑先輩……」

 皐月が声をかけた時、矢畑は皐月を見下ろした。

「実は元浦さんのことで話が――」

 皐月が、元浦が矢畑の昔のことを知っていたことを話すや、

「ったく、そんなつまらねぇことを調べて、知代を脅そうとしてたのかよ」

 と、亥川は頭を抱えるように項垂れた。

「あのことって?」

「オレが十八になっても、いまだに小学生くらいの身長だろ? それで中学の頃にちょっといじめにあってたんだよ」

 そう話しながら、亥川は矢畑を見やる。

「こいつとはほんと幼稚園くらいからの付き合いでさ、まぁ腐れ縁みたいなもんだ。まぁ小さい時はほとんど変わらなかったんだけど、高学年くらいの頃から差が広がってさ、いつも姉弟みたいだってからかわれていたんだ」

 そう言われ、皐月たちはなにも言えなかった。

 本当にそう見えてしまったのだ。

「でもな、別にオレはなんとも思ってなかったんだよ。身長ったってそいつの成長の中のひとつでしかないだろ? 別にオレは大きくなろうとも思ってなかったし、逆に知代はバレーをやっていたこともあったしな、高身長だったから中学の頃からレギュラーはとれていたんだよ」

「でも……私は小さいほうが良かったよ」

 矢畑はちいさく答えた。

「もしかして、矢畑先輩――」

「こいつ中学の時好きな男子ができてな、そいつに告白したんだよ」

 亥川も、視線を落とす。

「結果は全然ダメだった。まぁもっともこんなデカ女に告白されて嬉しいはずないしね――」

 その声色は物悲しく聞こえる。

「オレはあいつがお前に言ったことは今でも忘れたくても忘れられない。それにそのことを言ったお前の顔もな――」

「恭ちゃん……もういいよ」

「いや、あいつはお前のことを『図体がでかいだけで可愛げのないし、いるだけで気持ち悪い』って言ったんだぞっ! あいつがお前に病院送りされたって、オレはなんとも思わねぇし、そんなことを言った報いだろっ!」

 興奮気味に亥川は怒鳴った。

「……なにそれ?」

「女の子が告白するのなんてすごくドキドキするのに、それをなんとも思わない男なんて地獄に落ちろですよ」

 と、信乃と希望が憤怒の表情を浮かべる。


「それが矢畑先輩が知られたくなかった過去ってことですか?」

 皐月がそう問いかけると、矢畑はちいさくうなずいた。

「それからかな、ラブレターをもらっても結局は憧れとかからかいでもらうこともあったし、もちろん本当に付き合ってみたいって人もいたんだけど、私はこんなだから不釣り合いじゃないかなって」

「……恋に臆病になっちゃったってわけだ」

 信乃はそう言ったが、

「でも、先輩好きな人はいるんですよね?」

 とたずねた。

「――あっ!」

 皐月と希望もハッとする。


「そうだよ。そうじゃなかったらあんな優しそうな笑顔なんてできないものね」

「それに、だいたいクアニたちに恋愛の相談なんてしないはずだし」

 皐月たちはゆっくりと、矢畑と亥川を見やる。

「だいたいなぁ、ちょっと付き合ってもらおうって思ってただけなのに、なんでそんなしっかりした服着てきてんだよ」

「だって、久しぶりに恭ちゃんとお買い物ができるんだよ。すこしくらいおめかししたっていいでしょ?」

 と矢畑は頬を膨らませる。

「オレは別にお前と一緒にいられればだな」

 亥川はそう言うと、そっぽを向く。

「恭ちゃんそれって」

「るっさいっ! ほらさっさと行くぞ」

 そう言って、亥川はサッサカと先へと歩いていく。

「ちょっと、待って恭ちゃんっ!」

 矢畑は皐月たちに頭を下げると、追いかけるように、亥川のうしろを歩いて行った。

「もしかしたら小さい頃から一緒にいたから、お互いに恋愛対象として見ていなかったってことかな?」

 信乃がそう言うや、皐月と希望は、

「そうなのかもしれないね」

 と、ちいさくうなずいた。


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