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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第七話・八尺様
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「あうぅ~」

 矢畑は、自分の机で項垂れていた。

「どうかしたの? 知代」

 栗林が首をかしげながらたずねる。

「どうして私こんなに身長高いのかなぁ」

「でもスポーツ万能だし、将来はプロのバレー選手になるんでしょ? 持って生まれた才能じゃない」

 と、栗林は慰めるように述べる。

「でもなぁ、可愛い服とか着てみたいよ。女の子の服ってサイズ合わないもの」

 そう言いながら、矢畑は夏服のボタンをひとつ外す。

「これだってキツいし」

「って、それたしか男子のだったよね? しかもLサイズ」

「胸のところが苦しい」

「どんだけおっきいのよ?」

 と、栗林はうしろから羽交い絞めするように、矢畑の豊満な胸を揉む。

「ちょ、や、やめ……」

 突然のことでビックリした矢畑は、顔を紅潮させていく。

「大きいくせに感度良すぎでしょ?」

「ちょ、ほんとやめ……っ! みんな見てる」

「そんだけでかいおっぱいしてりゃぁ、いやでも見るでしょうよ?」

 栗林の手の動きが、次第に激しくなる。

「あっ! ちょっ……、んっ!」

 いつしか、矢畑の吐息が、喘ぎへと変わろうとした時だった。


「なにしてんだよっ! お前はっ!」

 と、亥川がうしろから栗林の後頭部を、丸めた教科書で叩いた。

「いったぁ……、ちょっと亥川いきなりなにするのよ?」

 うしろを振り向きながら、栗林は亥川を睨みつける。

「あ、恭ちゃん、お帰り」

 乱れた胸元を隠しながら、矢畑は亥川を見た。

「知代、嫌ならハッキリとそう言ったっていいし、反抗したっていいんだぞ?」

「そんなことしたら、栗林さんが痛い思いするでしょ?」

 と、矢畑は至極真面目な表情で言った。

 それを見るや、井川は頭を抱える。

「あのなぁ、いつまでもそんなんだから部長なんて七面倒なことさせられてるんだぞ? 大体お前はいつもそうだよな」

「ごめん恭ちゃん」

 ションボリとした表情で、矢畑は亥川にちいさく頭を下げた。

「だから謝るな。そうやってすぐ自分が悪いって思うから付け込まれるんだよ」

 亥川はそう言いながら、矢畑の顔を見上げた。


「それはいいけどよ。お前、昨日告白されたんだって?」

「ちょ、ちょっと恭ちゃんっ! 声が大きいよ」

 あたふたと、矢畑は周りを見る。

「まぁ、別にお前が誰かと付き合ってもいいんだけどさ……、それでどうだったんだ?」

「――断った。多分私なんかと付き合うより、他の人と付き合ったほうがいい気がしたし、彼女だったらいい彼氏ができるだろうなって」

 矢畑はそう言いながら、教室の前を見直す。

 亥川はそれ以上なにも聞かず、自分の席へと歩いて行った。



「あ、黒川さん」

 放課後、部活が休みだったのと、信乃と希望とは特に約束がなかったので、早めに楽校を後にしようと、教室を出ようとしていた皐月に、クラスメイトの鞍橋という女子生徒が声をかけた。

「鞍橋さん? どうかしたの?」

「ちょっとさ、付き合ってくれない? バレー部の紅白試合があるのよ」

 そう言いながら、鞍橋は両手を合わせてお願いをする。

 特に断る理由もなかったので、皐月は二つ返事で了承した。


 鞍橋に連れて来られた場所は、体育館の二階にある、通称『ギャラリー』と言われる、細長い通路だった。

 そこから吹き抜けのように、一階が見える。

 周りを見ると、部活休みの生徒がチラホラと集まっており、通路はほとんど埋まっていた。

 ――ただのバレーの紅白試合に、どうしてこんなに人が?

 皐月は、練習試合とかなら分からなくもないが、ただの練習に人が多いのは考えにくかった。


「あ、入ってきた」

 鞍橋が声を張り上げるや、周りの女子が声を上げていく。

「な、なにこれ?」

 その騒音に、耳が悪い皐月でさえたじろぐ。

 一階を見下ろすと、六人ずつ赤と白に別れたバレー部員が、それぞれのコートに入っていくのが見える。

「きゃあああああっ! 矢畑先輩っ!」

 そう声をかけられた赤組の矢畑は、ちいさく手を上げた。

 それが更に一年女子の興奮を誘うハメになる。

 ――でかいなぁ。傍から見ても一八〇なんて優に超えてるかな?

 皐月は、矢畑を凝視する。

 審判の笛が鳴り、試合が始まった。



「あれ? 大宮さん」

 福嗣高校の校門を潜ろうとしていた信乃が、横を通ろうとしていた大宮と佐々木を見かけ、声をかけた。

「ああ、信乃さん。今帰りかい?」

 そう言いながら、大宮は腕時計を見る。

「結構早いじゃないか?」

「今日は部活休みですから。それで学校にはなんの用で?」

「元浦スミレさんがどうして殺されるようなことをされたのかというのを聞こうと思ってね」

「それだったら、今日の昼の時にわたしたちでやっておきました」

 そう言うと、信乃は、大宮たちに昼休み集めた情報を教えた。


「なるほど、元浦スミレは放課後誰かと会っていたということか」

「その後学校帰りも加えて目撃証言はなかったようですから」

 佐々木は中庭を一瞥する。

「ところで学校は早めに終わったのかい? あまり他の生徒の姿が見えないんだけど」

「いや、たぶん女子は体育館に行ってるんじゃないでしょうか?」

「体育館? なにか試合でもやってるのかい?」

「あ、はい。バレー部の紅白試合が」

「紅白? それって練習だろ?」

 そう言いながら、大宮は首をかしげた。

「それが、女子の大半が練習よりも、矢畑知代っていう三年生が目的なんですよ」

「へぇ、信乃さんは見ていかないのかい?」

「わたしはそういうのに興味がないといいますか、そっちのけはないので」

「そこには一般の人でも入れるかい?」

「多分大丈夫だと思いますよ。たまにプロのスカウトが来る時もありますから」

 信乃はそう言うと、大宮たちを体育館へと案内した。


 体育館に入ると、女子生徒の黄色い声援が、大宮たちの耳を劈いた。

「す、すごい声援だね」

 大宮が周りを見ると、

「あれ? 忠治さん?」

 と、皐月が声をかけてきた。

「皐月、あんたなんでここにいるの?」

 信乃は意外だと言った表情で首をかしげる。

「鞍橋さんが一緒に来て欲しいって言うから見てるだけで――」

「きゃぁああああああっ! また矢畑先輩がブロックしたぁっ!」

 と、会話をしようとした途端に、他の女子生徒が矢畑に声援を送っている声が大きく、話に集中ができない。

「いったん外に出たほうがいいわね」

 信乃の提案に、皐月が了承しようとした時だった。

「しかしすごい声援だね。さっきの声は矢畑っていう選手を応援していたようだけど」

「あ、それだったらあの選手です」

 皐月はそう言うと、前に出ている矢畑を指差した。

「大きいな。僕よりあるんじゃないか?」

「それにスタイルもいいわね。ブロックでジャンプする度に胸が揺れて」

「信乃……、あんたどこ見てんの?」

 皐月は、あきれた表情を浮かべた。



「それじゃぁ、元浦さんの死因は窒息によるものなんですか?」

 意外な検死結果に、皐月と信乃は驚きを隠せないでいた。

「薬師如来さまの見解によると、頬を強い力で叩かれたというのは間違いないそうなんじゃが、あれだけ大きな手形だから、相当な力が働いていたはずだ。薄い鼻骨や歯がなんともなかったというのは考えられにくいそうじゃよ」

「そうなると、犯人はうしろから元浦さんの首を絞めたあと、切断した……」

 皐月はそう言うが、妙な違和感があった。

「どうやって首を捻り千切ったかってことよね?」

「それに手形も気になるし、なにより一瞬だったのか」

「もしかしたら、首を絞めたあとに叩いたんじゃないかな?」

 大宮がそう言うと、

「なんの理由で?」

 と、信乃が聞き返す。

「誰かに罪を擦り付けようとした」

「それが正解だとしても、でもいったい誰を?」

 信乃がそうたずねると、皐月はすこし考えてから、

「あの手形って、女性のだったんですか?」

「手の大きさって身長と比例している場合があるからね。でも、昨日皐月ちゃんたちが女性かもしれないって言っていたからすこし調べたんだけど、その資料には、女性の身長が一七九までしかなかったんだよ」

「つまり、それ以上の身長の場合に対する総計がなかったということですか?」

「そういうことになるね。でも手の細さからしても、女性と考えてもいいんじゃないかな」

 大宮はそう言いながら、体育館を一瞥する。


「それにしてもさっきの矢畑という選手は、相当な人気のようだね」

「みたいですね。私は全然知りませんでしたけど」

 皐月がそう受け答えした時、

「あんた知らな過ぎでしょ? 矢畑先輩ってスタイルいいし、高身長だから結構一年の中じゃファンが多いのよ? 先輩を見てバレー部に入ったって人もいるくらいなんだから」

 と、信乃が説明する。

「そんなすごいんだ」

 皐月は、あまり興味がなかった。

「付き合いたいっていう女子もいて、毎日ラブレターもらうんですって。でも誰かと付き合ってるっていう噂は聞いたことないのよね」

 信乃がそう言った時、皐月は訝しげな表情で、

「もしかして、昨日元浦さんが会っていたっていうのは」

「その矢畑先輩かもしれないわね。それじゃぁ、試合が終わったら聞きに行ってみようか」

 と、信乃が提案した時だった。

 妙なタイミングで、皐月と信乃の携帯が鳴り出した。


「も、もしもし?」

「あ、皐月ですか? 瑠璃ですけど、すこしばかり買い物をお願いしたいんですよ」

 皐月の電話先の瑠璃が、買い物の連絡をする。

「えっ? あ、あのでもこれから」

「戻ってきたら、拓蔵の知り合いが送ってきた、岡山のむらすゞめを先に食べてもいいですよ」

 『むらすゞめ』というのは、岡山の銘菓で、クレープ状に焼いた外皮を裏返し、焼けている方の面につぶ餡を載せ、半円状に丸めたものである。

「喜んで買い物に行かせていただきます」

 甘いもの好きで、しかも滅多に食べられない銘菓で釣られてしまった皐月は、二つ返事で了承した。


 電話を終えると、ちょうど信乃も携帯を切っているところだった。

「信乃はなんて?」

「おじいちゃんが暇だったら家の手伝いをしろって。まぁ要するに犬の散歩なんだけどね」

 信乃はそう言うと、

「それで皐月はなんて?」

「瑠璃さんに買い物頼まれた。まぁ褒美付きだけど」

「褒美? なんか甘いモノにでも釣られた?」

「岡山銘菓の『むらすゞめ』に」

「それで二つ返事で了解したんだ。皐月らしいといえば皐月らしいけど」

「そういうことですので、私と信乃はこれで失礼します」

 皐月は大宮に頭を下げる。

「わかった。彼女には僕たちがたずねてみるよ」

 と、大宮が言った時である。

 彼の携帯が鳴り、大宮の脳裏に嫌な予感がよぎっていた。


「あ、大宮くん。ちょっと忙しいかもしれないんですけど、頼みを聞いて欲しいんですよね」

 電話先の阿弥陀がそう言う。

「――わかりました。それじゃぁ急いでそっちに戻りますね」

 と言って、大宮は携帯を切った。

「佐々木先輩。急いで阿弥陀警部が担当している事件の整理を手伝わないといけなくなったので、一度署に戻ります。佐々木先輩は矢畑という生徒に聴きこみを」

「いや、警察は基本的に二人一組で行動せんとイカンからな。わしも署に戻ろう」

 この日は結局、事件に関して、矢畑に聞くことはできなかった。


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