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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第七話・八尺様
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 蝉の鳴き声が響き渡る早朝。福嗣高校の昇降口で、一人の女子生徒がはためいきを吐いていた。

 彼女の手には手紙が持たされている。


『矢畑先輩。あなたのことが好きです。もしよかったら、今日の放課後、体育館の裏で待っています』


 という、女の子っぽい、まるっとした書体だった。

 いうなれば、ラブレターである。


 手紙の主が異性じゃなかったことに、矢畑知代はがっかりしていた。

 彼女はおっとりとした性格で、あまり人の好意を逆撫でするような事はできない。

 断われば、手紙をくれた子が可哀想だし、かと言って逃げるようなことをすれば、もっと傷つけてしまうのでは?

 などと色々と思考する。

 が、やはり答えは出ない。

 ついでに断っておくが、彼女は同性愛者でもない。

 しかし、ラブレターのほとんどが下級生の同姓からなのだ。

 一度くらいは異性からラブレターがほしいという願望はあった。


 矢畑は、上履きに履き替え、二階にある三年五組の教室の扉を開け、中に入ろうとしたが――。

「あうっ?」

 と、顔を扉の縁にぶつけた。

 矢畑はその場に蹲る。

「知代、あんたまたボーッとしてたの?」

 クラスメイトの栗林が笑いながらたずねる。

「いったぁー」

 矢畑は、涙を浮かべながら、ぶつけたデコを擦った。

 幸い、たんこぶはできてはいなかった。


 矢畑が異性からラブレターをもらえないとすれば、それは彼女の身長に理由があるだろう。

 彼女の身長は一八〇と、同年代の高校生男子の平均身長を優に超えている。

 云ってしまえば、彼女と付き合おうものならば、男のほうが小さくなってしまうのだ。


「おい、ドジ知代」

 うしろから声が聞こえ、矢畑はそちらを一瞥する。

 そこには、小学四年生くらいの少年が立っていた。

「あ、恭ちゃん」

 先ほどの涙目はどこへやら、矢畑は明るい表情を浮かべる。

「お前でかいんだから、そこにいたら邪魔になるだろ」

 亥川恭介がそう言うと、

「ごめん恭ちゃん」

 と、矢畑は、教室の一番うしろにある、自分の席に座った。

「それから、恭ちゃんっていうのやめろ。ガキっぽいから」

「でも、恭ちゃんって昔から」

 亥川は、黙れと言わんばかりに彼女を睨んだ。

「――ごめん」

 矢畑は、ションボリとした表情で顔を俯かせた。

 亥川は一番前にある自分の席に座った。



「だから、皐月は恋愛に対しての女子力をどうにかしないと、いずれ他の女の人に大宮さん寝取られるわよ」

 昼休み。他人の机の上にすこしだけおしりをかけながら、信乃は人差し指を立てて、皐月に言った。

「……寝取られるって、ようするに忠治さんが浮気するかもしれないってこと?」

 頬杖を突いている皐月は、ムッとした表情で信乃を見る。

「あんたが今みたいな状況で付き合ってたら、いずれそうなるのは目に見えてるでしょ? だいたい付き合って一年以上は経っているはずなのに、いまだにキスをするのだって抵抗があるってのはどうかと思うわよ」

「見てたの? ねぇ、見てたの?」

 ガタッと、皐月は慌てた表情でたずねる。

「……さぁ、それはどうかしらね?」

 信乃は皐月の目が見れなかった。

「だいたいあんた、高校に入ってから大宮さんとまともなデートってした?」

 そう聞かれ、皐月はすこしばかり考える。

「――やってないかも。だいたいほとんど事件の呼び出しだったり、非番の日でドタキャンされることのほうが多いし」

「でしょ? ここはカチンと一日デートくらいはできないと」

「で、でも忠治さんだって刑事としての仕事があるし、私もそれを承知のうえで付き合ってるわけだから」

「デートをキャンセルされて、よくまぁ平気でいられるわね」

 そう言われ、皐月は表情を暗くするように眉を潜めた。

 信乃も、さすがに今のは言いすぎたと気付き、

「ご、ごめん。言葉が拙かった」

 と謝った。


「平気なわけないでしょ。毎晩寝る前に忠治さんに電話なりメールなりすることだってあるけど、本当だったら会って話がしたいよ。事件とか関係なしに、普通のが――」

 皐月は、うっすらと涙を浮かべる。

 信乃は自分の席に座って本を呼んでいた希望を見やった。


「クアニはその刑事さんのことあまり知りませんけど、どんな人なんですか」

 希望がそう皐月にたずねる。

「真面目でかっこ良くて、優しくて、すごく頼りになって、車で色々なところに連れていってくれて、去年なんて受験勉強の息抜きにキャンプに連れていってくれたこともあったし、綺麗な夜景が見えるところとか」

 と、皐月は答える。

「ようするに、皐月ちゃんはその刑事さんのこと好きなんだよね?」

「まぁ、中学二年のはじめくらいからの付き合いらしいからね。好きとか意識がなかったら、仕事以外での付き合いなんてできないでしょ?」

 信乃は皐月の表情を伺う。

「――好き、なのかな?」

 皐月は首をかしげた。

 その行為と一言に、信乃と希望は、我が目と耳を疑った。


「はぁぁあああああああっ?」

 信乃は動揺した声を発する。

「さ、皐月、あんた大宮さんのことが好きだから、今の今まで付き合っていたんじゃなかったの?」

「一緒にいて楽しいとは思うし、会えなかったらやっぱり寂しいし……」

「それを『好き』だったり、『意識している』って言うの」

 希望も動揺していて、言葉がしどろもどろになっている。


「じゃぁ逆に聞くけど、信乃とノンノって、中学の時とかに好きな人っていたの?」

 そう聞かれ、信乃と希望は、

「さ、さぁ……ねぇ……」

「い、いたような……、いなかったような……」

 と、二人して皐月から視線を逸らした。

「と、とにかく。皐月はもう少し恋愛についての勉強を……」

「でも、クアニは今のままでもいい気がするな」

 希望がそう言うと、信乃は怪訝な表情を浮かべる。

「――ノンノ、どうして?」

「だって、皐月ちゃんは素直に刑事さんのことが好きだから付き合ってるんでしょ? それにもし本当に刑事さんが皐月ちゃんの事をただの仕事上の関係って思っているとしたら、倒れるまで仕事をするとは思えないな」

 希望は、先日学校の前で待っていた大宮のことを話す。

「結局、大宮さんは事件を早く解決して、皐月をデートに誘いたかったみたいだしね。まぁ、妙に真面目なところがあるから、ぶっ倒れるまで真剣に事件を追っていたんだろうけどさ。たしかに仕事だけの関係だったら、そんなことをしてまで皐月をデートになんて誘わないわ」

 信乃も、納得がいったような表情を浮かべた。

「だから、それが皐月ちゃんと刑事さんが付き合う意味での条件なんだと思う」

「だね。だいたい人の恋愛に口を出すのは、野次馬以外の何物でもないわ」

 信乃がそう言った時、チャイムが校内に響き渡った。

 信乃と希望は、それぞれ自分の席へと戻った。


 ――今のままでもいい……か。

 皐月は、たしかに大宮と一緒にいて楽しいとは思っているし、やはり会えない日は心許ないことだってある。

 だが、大宮が刑事である以上、仕事優先でなければいけない。

 それは皐月も理解しているし、納得はしている。

 が、改めて恋愛的な感情はあるのか。

 あまりどころか、ほとんど恋愛経験のない皐月にとってはわからない謎だった。

 ――大丈夫だよね? 忠治さんが浮気とかするわけないよね?

 皐月は自問する。心のどこかで、信乃が言っていた、大宮が浮気をするかもしれないという言葉が引っかかっていた。



 放課後。矢畑が手紙に書いてあった場所に行くと、そこには一年生の女子生徒がいた。

 身長は一六〇あるかないかくらいで、栗茶色の髪にサイドテール。

 小動物のようなあどけない可愛さに、矢畑は、彼女のほうがモテるんじゃないかと思った。

「矢畑先輩。あの手紙読んでくれたんですね?」

「あなたの名前は?」

「元浦スミレと言います」

 元浦はちいさく頭を下げた。

 矢畑もそれに習う。

「それで、ここに来てくれたってことは」

 元浦は、明るい顔でたずねた。


「ごめんなさい」

 矢畑は深々と頭を下げた。

「――えっ?」

 元浦は困惑した表情を浮かべる。

「あなたの好意は凄く嬉しいけど、でもわたし……やっぱり異性と付き合いたいって思ってるし」

 矢畑は思ったことを口にする。

 嘘を言うよりも、素直に気持ちを伝えたほうがいいと思ったからだ。

「そ、そうですか。そうですよね。やっぱり先輩だって女の子ですから、同姓より男子と付き合いたいですよね」

「本当にごめんなさい」

 矢畑はゆっくりと顔を上げた。


「できるわけないじゃないですか」

 その言葉を発した元浦の目は、異常なまでに冷たかった。

「矢畑先輩。先輩が男子にどう思われてるか知ってます?」

「どう思われてるって?」

 矢畑は、震えた表情で元浦を見る。

「デカ女。ウドの大木。立っているだけで邪魔とか色々」

 元浦は矢畑に近付き、

「でも心配しないでくださいよ。先輩にだっていいところがあるじゃないですか? だいたい本当に付き合う気がなかったら、いちいちこんなところに来ませんよね?」

「そ、それは、あなたに会って、ちゃんと謝ろうって」

「それじゃぁなんですか? 人の期待を裏切るってことですか?」

 元浦の言葉のひとつひとつが、矢畑の心にぐさりと突き刺す。

「たしかに、先輩はバレー部のキャプテンですし、そっちのファンだっていはしますけど、だいたいの男子はさっき言ったとおりですよ。だってそうじゃないですか。自分よりも身長がでかい女に付き合いたいなんて思ってる男子なんていないでしょ?」

 元浦はケラケラと嗤った。


 矢畑は震えた手を、ギュッと別の手で包む。

「あれ? もしかしてわたしを殴るんですか? 別に殴ってもいいですけどね。でもわたしを殴ったらまたできなくなるんじゃないんですか? 知ってますよ、中学の時、男子を殴って病院送りにしたことくらい。それが原因でバレーができなかったんですよね?」

 その言葉に、矢畑は顔を強張らせた。

「まぁ、でも……。この学校じゃぁ知ってる人はいないみたいですけどね。だからみんな先輩にラブレターなんて送ってるんでしょうけど」

「あなたはちがうの?」

「わたしですか? そうですね、今さっきまで先輩のことが好きでしたけど、今は興冷めです。好きでもなんでもありません。むしろ気持ち悪いです」

 元浦は、矢畑の横を通り去っていった。



「きゃはははははっ! うっけるぅっ! まじあの顔受けるわぁ」

 校門を潜り、自宅への帰路を歩いていた元浦は、腹を抱えて嗤っていた。

「だいたい、あんな化物と付き合おうなんて誰が思うわけ?」

 元浦の周りが一瞬だけ暗くなる。

 ――えっ?

 元浦が振り返って、見上げようとした時、彼女の顔に衝撃が走るや――首が飛んだ。


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