表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第一話・塗仏
5/194

肆・氏神


 阿弥陀と大宮の二人が、稲妻神社に訪れたのは、水氏沼で遺体が発見されてから、一週間経ってのことであった。

 二人は、神主である黒川拓蔵と、その妻である瑠璃に、事件の詳細を説明する。

「つまり、薬師如来の見解によると、発見された白骨は女性のものだったと」

「それともうひとつ、あそこにはボートはありませんから。場所的にも落ちるということはないと思いますよ。落ちた時に気が動転して、もがいているあいだに身体が岸からどんどん離れていった……。とまぁ、こんな考えですが」

「問題は足を滑らせたか、もしくは誰かに突き落とされたか」

 拓蔵がそう言うと、瑠璃は少しばかり顔を俯かせた。

「瑠璃さん、どうかしたんですか?」

 大宮が首をかしげる。「いえ……。ほかに白骨は見つかったんですか?」

 瑠璃はあえて大宮にではなく、阿弥陀にたずねた。

「いや、偶然にも成人女性のだけでしたよ」

「えっと……、なんか聞きようによっては、まだ白骨があるって感じがするんですけど」

 大宮が冷や汗をかく。

「そりゃぁ、まぁなぁ……。わしも噂くらいでしか知らんし。そもそも、あれは伝説じゃろ?」

 拓蔵は、カップ酒を一口飲みながら、阿弥陀にたずねた。

「ええ、あくまで伝説です。でもだからこそ、危険なのであそこは立ち入り禁止になっていたんですよ。子安神社の神主さんも、あそこ周辺だけは手をつけてませんからね」

「背丈ほどの雑草だからこそ、視界が悪くなる。よほど慣れた人でないと、あそこには行けんのじゃよ」

 拓蔵がそう言うと、大宮は阿弥陀を見やった。そもそも現場に来れたのだって、阿弥陀や鑑識課の湖西主任がいたからだ。

 おそらく、自分たちだけで行っていたら迷っていただろう。

 鑑識課の菅田月も、帰りは大丈夫だと言っていた。

「それで、伝説っていうのは?」

 大宮が、何気なくたずねた。特に今回の事件について関係があるとは思えなかったのである。

「忠治くんは、産女がどうして生まれるのかは知っていますか?」

「たしか、妊娠していた女性が事故かなにかで亡くなり、胎内の子供を抱けなかった悲しみから生まれた妖怪……でしたっけ?」

「ええ。その産女を生まないために、昔は胎内の子供を出し、母親と一緒に埋めることで供養していたんです」

 瑠璃は、さみしそうな表情を浮かべた。

「じゃがな、あの水氏沼はちょっと違うんじゃよ。あくまで伝説なんじゃがな。病気で生まれなかった子供を、母親の胎内から取り出し、沼にうずめて供養をしていた」

 拓蔵がそう言うと、大宮は大きく喉を鳴らした。

「蓮は『泥中の蓮華』と云われているんです。あの沼は、私たちの世界。そこで綺麗な花を咲かせる蓮は『さとり』と云われている。だからあの沼の水面に咲いている数多の蓮は、子供の数に比例するそうなんですよ。蓮が実を開く時、それはその子供が成仏することを意味しているそうです。まぁ、あくまで伝説での話ですけどね」

「だからあんなに綺麗だったのか」

 大宮は、納得するかのようにうなった。


「それとな、水氏沼という名前も、言い換えれば『水子沼』とも言われているんじゃよ。氏は『し』とも読めるしな」

 四人が話をしている中、二階から階段を下りてくる音が聞こえた。

「あら、阿弥陀刑事に大宮さん」

 居間に入ってきた遼子が、二人に頭を下げた。それを習うように、阿弥陀と大宮も頭を下げる。

「なにか事件でもあったんですか?」

「ええ。だからここに来たんですけどね」

 阿弥陀が苦笑いを浮かべる。「たまには関係ないときにでも来てくださいな」

 遼子がそう言うと、拓蔵が割ってはいるかのように咳き込んだ。

「それで遼子さん、その手に持っているのは?」

 大宮がそうたずねると、遼子は、手に持ったアルバムを皆に見せた。

「ちょっと整理をしてましてね」

「ただいまぁ」

 玄関から声がきこえ、瑠璃が立ち上がり、玄関の方へと出向いていく。

 そのすぐあとに、ドタドタと、慌ただしい音が居間まで聞こえてきた。

「こ、こんばんわっ! 阿弥陀警部に……、忠治さん」

 大宮のところだけはにかむように、皐月は二人に挨拶をする。

「こんばんわ、皐月ちゃん」

「あら皐月、今日は部活じゃないの?」

 遼子がそうたずねる。時間的には、まだ六時になっていない。

「一年はまだ基礎とかそんなんだから、なんかぬるくて。信乃なんて愚痴こぼしまくりだったよ」

 皐月と信乃は結局、剣道部に入った。部活動における上下関係は厳しく、一年である二人は、基礎練習の他に、道具の手入れや掃除などを、一方的にさせられている。

「それでね、今度先輩たちと練習試合することになったんだ」

「へぇ、それじゃぁ頑張らないとね」

「大丈夫ですよ。負ける気なんてありませんから」

 皐月が笑顔で答える中、拓蔵はムッとした表情を浮かべていた。

「調子に乗るのは勝手じゃがな、なにごとも油断してると痛い目をみるぞ」

「はい、気をつけます」

 皐月は深々と、反省するように頭を下げた。


「それで遼子、そのアルバムはいつ頃のやつですか?」

 瑠璃は、話題を、遼子が持ってきたアルバムに戻した。

「えっと、たしか十二年くらい前のやつだね。皐月、ほら覚えてる? 葉月がまだ生まれる二月くらいの時に、北海道へ旅行に行った時のこと」

 そう聞かれ、皐月は小さくうなずいた。

 彼女が四、五歳くらいの時だ。朧気にだが、行ったことは覚えていた。

 遼子は、アルバムのページを捲っていくと、一枚の写真を取り出した。

「ほら、その時に地元の女の子と遊んだでしょ?」

 そう言いながら、遼子は取り出した写真を皐月に渡す。

 写真に写っている女の子は、たしかに私だ。もう一人の女の子は――誰だっけ?

 皐月はそう考えながら、写真の少女を見た。

 蓑笠を被った、皐月と同じくらいの、雪のように肌白い少女。

 本来、人見知りの皐月であったか、歳が近かったこともあり、皐月が帰る日まで、よく一緒に女の子と遊んでいた。

 そこまでは覚えている。しかし、女の子の名前が出てこない。


「ただいまぁ……」

 今度は葉月の声が玄関から聞こえてきた。「帰ってきた」

「あれ? 二人とも来てたんだ」

 皐月とは対照的に、葉月は少しムッとした表情で、阿弥陀と大宮を見た。

「葉月さん、遊びに行ってお疲れのところ悪いんですけど」

「――わかってます」

 葉月はそう言うと、スッと卓袱台の前で正座をした。

 阿弥陀は懐から写真を一枚取り出し、皆の前に差し出す。

「これが、発見された女性の白骨ですか?」

「ええ、でも鑑識課の菅田さんが何回も探しているんですけど、それ以外の白骨は見つかっていないんですよ」

「それじゃぁ、はじめるよ」

 葉月は一、二度ほど深い呼吸を繰り返すと、目を瞑り、写真の上に手をかざした。

 そして何度も、なにかを探すように手を動かしていく。

 ――水の音? なんだろ……、プールとかで聞くような。あ、靴の音。

 葉月はその音を深く聞き取るように、意識を集中させていく。

 ――た……すけ……て……。くるしぃ。

 聞こえてきたのは、子供の声だった。泣きじゃくる子供のようなそんな印象がある。

 その一瞬あとのことだった。

 まるで、憎悪に満ちた幾百もの子供の声が、葉月の耳元から脳へと、入り込むようにして流れ込んでくる。

 葉月は、その声から逃げるように、体を震わせた。

「葉月っ!」

 物々しい音を立てながら立ち上がった遼子が、葉月から写真を取り上げる。

 葉月はハッと我に返り、居間を見回していく。

「なにか、聞こえたんですか?」

 阿弥陀がそうたずねると、葉月は不意に、涙を流していた。

「なんだろ……、なんて言えばいいのかな。苦しそうだった。それに子供みたいな声が聞こえた」

 それを聞いて、瑠璃は少し考えると、「もしかして、あの沼で供養された子供の声を聞いたってことですか?」

 そうたずねると、葉月は、何もわからないといった表情で、瑠璃を見た。

「しかし、こっちは女性が何者なのかっていうのが気になるんですけどね」

 阿弥陀は悔しそうに頭をかいた。葉月の霊視は体力を使うため、一日一回が限度なのである。

「でも、ひとつわかったことがあるよ。聞き取れなかったけど、靴の音が聞こえた。それに慌てた様子もない感じだった」

「それじゃぁ……、この女性は事故じゃなくて」

「殺された……と断言していいんじゃないですかね?」

 阿弥陀がそう言うと、彼の携帯が鳴った。相手は湖西主任である。

「ああ、阿弥陀か。遺体の身元がわかったぞ。名前は落合美千流。殺された当時は二四歳だったそうだ。それとな、もうひとつ、警察庁にいる知人からの連絡なんじゃけども……。その夫である落合孝宏が先日殺されたそうじゃ」

 ――えっ?

 阿弥陀は言葉を失う。

「どうかしたんですか?」

 大宮がそうたずねると、「白骨の身元がわかったんですけど、その夫が……殺されたそうです」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ