捌・不見/不云/不聞
「皐月、あんた大丈夫?」
お腹を摩りながら登校をしている皐月に、信乃が声をかける。
「だ、大丈夫。これくらいへいき」
と、皐月は強がってはいるものの、お腹をさすりながら歩いているため、大丈夫ではないのが一目瞭然である。
「遊火、昨日皐月なにしてたの?」
「えっと、本当だったら昨日は大宮巡査とデートだったらしいんですけど、急なキャンセルが入って、その鬱憤晴らしにケーキバイキングへと」
「食い過ぎたってこと? いったいどれくらい食べたのよ」
「ホールに換算して、五つほど」
遊火がそう言うや、信乃はなにを言ってるんだと、遊火を見やった。
「てか、さすがにそれは食い過ぎでしょ?」
「るっさいなぁ。それで昨日瑠璃さんやお母さんに怒られたんだから」
皐月は口を抑える。「あ、大丈夫」
信乃は皐月の背中を撫でる。
「あ、ありがとう」
「どうする? 今日の練習試合見学にする?」
「大丈夫。これくらい……」
皐月の携帯が鳴り響く。「あれ? 音がいつもより小さいわね」
「今は振動を最大にしてるから」
携帯を取り出し、液晶を見やる。
「誰から?」
信乃はうしろから携帯を覗きこむ。相手は大宮であった。
「も、もしもし?」
「あ、皐月ちゃん。ごめんね、さすがに怒ってるでしょ?」
「い、いえ。お仕事ですから……。それでどうしたんですか?」
皐月の表情は、先ほどの青褪めたものから、血色の良い物へと変わってく。
さっきの容態はどこへやらと、信乃と遊火はあきれた表情で、皐月を見やった。
「もう少し時間がかかりそうなんだ。帰れるのは多分水曜日くらいじゃないかな」
「そうなんですか?」
「それでさ、なにかおみやげにでもと思って、なにかリクエストはあるかな?」
「えっと、そうですね。それじゃぁ、六花亭のマルセイバターサンドと霜だたみにストロベリーチョコホワイト。ROYSEのポテトチップチョコレートを二種類。石屋製菓の美冬に、あすなろファーミングの瓶プリンセット……」
皐月は思い浮かぶ北海道みやげのスイーツを言っていく。
「さ、皐月ちゃん。さすがに全部は無理だから、見つけたやつでいいかな?」
「あ、すみません。無理しなくてもいいですから、ちょっとムキになってるだけですし」
「……ごめんね。今度はちゃんとデートしよう」
「――はい」
皐月はゆっくりと通話を切った。
携帯を見つめながら、皐月はちいさく満足そうな笑みを浮かべる。
「本当にお熱いことで。あぁもう、雪降ってくれないかしらねぇ。独り身にはキツいはホント」
信乃は皐月を睨むように一瞥する。
「えっと、なんかごめん」
「謝られると余計キツいわ。それに気にしてないから大丈夫。あんたは自分の心配をしなさい」
そう言われ、皐月はちいさくうなずいた。
「ほら、早くしないと集合時間に遅れるわよ」
皐月と信乃は、肩にかけたバッグを背負い直し、足早に福嗣高校へと向かっていった。
「皐月さんなんて?」
「えっと、おみやげを頼まれました。あとデートの約束も。さすがに今度ドタキャンしてしまったら、彼女から折檻を食らわされそうですが」
大宮は苦笑いを浮かべる。
「お熱いことで。でも、相手は未成年ですよ。下手な付き合い方してたらどうなるか分かってますよね?」
阿弥陀にそう言われ、大宮はうなずいた。
「それは重々わかっています。ですが、今はこれをどうにかしないと」
大宮は現場を見やった。
そこは滝沢を最後に見たプレハブの横に建てられていた木造建築の現場である。
「しかし、いったいいつ? もしかして、僕たちがここに来る前からでしょうか?」
骨組みしかされていない建築現場には、頭部がない五つの遺体が無造作に転がされていた。
それらすべてには、ヘビのような爬虫類の鱗が赤黒く残っていた。
「死人に口なし……どころではないですね」
阿弥陀はゆっくりと、死体を見やる。
まるで嫌な予感しかしないような空気にゾッとしながら――。




