捌・頬紅
「それは本当なのか?」
警視庁鑑識課。その一角に座っている湖西主任が声を荒げる。
「しかし、どうしてそんなことを?」
菅田月が目の前の男性に尋ねる。
「難陀竜王の行方がわからないことと、なにか関係があるのではないのか? 跋難陀よ」
摺屋晶がそう尋ねると、跋難陀と呼ばれた男性は小さく頷いた。
キリッとした顔立ちで、背丈はしっかりとしている。
「私は、兄からある頼み事をされました。それはある妖怪が三種の神器の一つである天叢雲剣を探している。それを護るため、ある少女に真言を伝えたと」
「しかし、彼自身でも十分ではないのか?」
晶がそう尋ねると、跋難陀は頭を振る。
「私も最初そう思ったのですが……。しかし兄はこうとも言っておりました。彼女は自然の理に愛され、その総てを掌る神子である――と」
一週間ほど経ったある日の放課後、皐月の様子を見に来た大宮が武道場へとやってくると、教室の片隅に皐月と信乃を呼んだ。
「信乃さんの思った通りだったよ。高妻の部屋を捜索したら、母さんの会社が作った胡粉ネイルがあった。おそらく高妻はそれを塗った後にネイルアートをしたんだと思う」
信乃は、高妻が連れて行かれる時、思い出したかのように、あの晩公園の流し場に捨ててあった石のようなものを大宮に渡していた。
「鑑識の結果、信乃さんが拾った小さな石は、ネイルアートに使うストーンだってことがわかった。それから、高妻の部屋にも同じような石が置かれていたよ」
皐月は大宮を一瞥する。「それじゃぁ先生はあの晩、事件があった公園にいたってことですか?」
「高妻は友人に嘘の供述をお願いしていたようだ。それから自分に指紋がないことは本当に知らなかったらしい。何度か指紋検出をしたんだが、拇印をしても指の形でしか出なかったよ」
「じゃぁ、もしかして私がにおいに気付かなかったら」
「多分証拠不十分で捕まえられなかっただろうね」
そう言われ、信乃は居た堪れない気持ちになっていた。そもそもあのにおいだってもしかしたら勘違いだったのかもしれない。
同じにおいがした。それだけで犯人と決め付けていいのだろうか。
「それから、風花希望さんについてなんだけど……。ごめん、まだわからないんだ」
「どういうことですか?」
「事件がない日とかに、下校する彼女をつけたりはしたんだけど、気づいたら巻かれてて。学校に住所録を聞くことも出来なくはないけど、事件性がない以上個人情報保護法でね」
大宮が済まないと謝りを入れる。
「わたしたちの方こそすみません。貴重な時間を割くことになってしまって」
「いやいいんだよ。でも皐月ちゃん、本当に覚えてないのかい?」
そう聞かれ、皐月は小さく頷く。
「彼女だけじゃなくて、皐月自身も何か嫌なことがあったってことじゃない? ほら、前におじさんとおばさんのことや、おばあちゃんのことで思い出せなかったことあるじゃない?」
信乃がそう尋ねると、「あれはうっすらと覚えてたんだけど、でも風花さんにしたってことに関しては本当に思い出せないの。風花さんに理由を聞こうとしても、彼女蔑んだ目で私を見るだけで、ちっとも話してくれない」
皐月は肩を震わせる。
そんな皐月を見ながら、信乃は自分が初めて会った時の皐月と同様、他人から責められる恐怖に陥ってると思った。
「無理して思い出さなくてもいいよ」
大宮はそう言うと、皐月の頭を撫でる。
「皐月ちゃん自身が思い出せない以上、無理をしないで、彼女自身が理由を言ってくれるのを待つしかないんじゃないかな?」
「そうだよ。それに皐月が友達を裏切るなんてことはしないって信じてるし、多分なにかすれ違ってるのかもしれない――。それがなんなのかはわからないけど」
信乃も、皐月を落ち着かせようと、彼女の手を握った。
そんな二人を、皐月は不安な表情で見渡した。
「大丈夫。いざとなったら守ってあげるからさ。これでも借りっぱなしは嫌いな方だしね」
「黒川さん、鳴狗さん。練習はじめるわよ」
「あっ……、はいっ!」
部長の孔雀から呼び出しを食らった皐月と信乃は、大宮に対して小さく頭を下げると、部活メンバーの方へと駆けていった。
――しかし、皐月ちゃんの話を聞く限りじゃぁ、風花希望さんは皐月ちゃんに対して相当な恨みを持っていることは確かだろうな。
大宮は練習を始めた皐月たちを少し見ると武道室を後にする。
――風花希望か……。
どうも何かが引っかかる。
そう思いながら、大宮は警視庁へと戻っていった。




