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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第二話・瓜子姫
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肆・紅差し指


 初動報告書――。

 五月*日午後七時頃の通報において、被害者枚方義文(以後ガイシャと名義)の遺体を、当刑事課所属刑事が福嗣緑雨公園にて発見。

 死因は転落における打撲による出血多量と判明。

 ガイシャの頭、並びに首元に不自然な濡れがあり、また発見前後に雨は降っておらず、他殺の可能性あり。

 発見前後、公園外に出たものはなし。

 ガイシャは六時半頃まで、自宅にいた事を妻の枚方美月が証言。

 その時の様子は、特に気になる素振りはなかったという。

 また、いつ頃からいなくなっているのかもわからないと証言している。


 事件が起きた翌日の捜査会議で、機捜による初動報告が行われていた。

「死因はやはり転落による打撲で間違いはないんだな?」

 灰羅は湖西主任を見やった。

「死因は打撲による脳挫傷。それから死亡推定時刻は七時のようじゃから、犯人はまだ公園にいたということになるな。――いや、恐らく犯人と第一発見者の二人は擦れ違っていたと思っていいじゃろ」

「ガイシャの妻である枚方美月さんと、信乃さんがですか?」

 大宮がそう尋ねる。「ああ。死亡推定時刻と発見された時間……、つまり通報があった時間のあいだがそんなに離れていないことを考えるとな」

「しかし、気になるのはガイシャの頭と首元が変に濡れていることだな」

「信乃さんは犯人が指紋を消すためじゃないかと言ってましたし、僕もその考えですけど」

 大宮は、隣に座っている佐々木に言った。

「わしもその可能性は否定できないんだが、妙に引っかかるんじゃよな。ガイシャはどうしてその時間、妻に内緒で公園に来ていたのか」

「たしかにひっかりますね。それじゃぁガイシャは突発的にではなく、呼び出されていたということでしょうか?」

「そう考えられるな」

 佐々木は手を挙げた。「湖西主任、ガイシャの上着から指紋は出たんですかな?」

 その問に、湖西主任は首を横に振った。

「濡れたものから指紋を取るのは結構難しいんでな。まだ少々時間が掛かりそうじゃて」

「大宮と佐々木たち捜査一課は事件当時の公園周辺や、被害者の交友関係を詳しく調べ上げてくれ」

「了解しました」

 大宮と佐々木が立ち上がり敬礼すると、捜査本部を後にした。

「波夷羅……すまんな、少々捜査を混乱させることを言うてしもうて」

「いえ、仕方がありませんよ。そもそも指紋がなかったんでしょ?」

「本来ならあるはずなんじゃよ。それに濡れたものから指紋を取る方法は既に発表されておるし、その方法で検出したんじゃが、まったく見つからんかった」

 湖西主任はそう言うと、捜査本部をあとにした。


「信乃、携帯震えてるよ?」

 昼休み、図書室で中間テストの勉強をしていた皐月が小声でそう言う。「なんでわかるの?」

 信乃は普段なら耳が聞こえない皐月が気付くとは思えず、少しばかり驚く。

「いや、机の上に手置いてるから、振動で」

 そう言われ、信乃はなるほどと思いながら、携帯を見やった。青色のボディーのスマートフォンである。

「えっと……、サークルチケット確保っと」

 携帯の画面を、人差し指でスライドしていく。

「サークルって、なんのイベント?」

「それ、言わないとダメ?」

 信乃は少しばかり億劫な表情を浮かべる。

「言いたくないことだったらいいよ」

「まぁ、このメール弥生さんからなんだけどね」

「弥生姉さんから?」

 皐月は首をかしげる。が、次の瞬間、以前のことを思い出し、悪寒を感じた。

「遊火の苦労がよくわかるわ。この前のイベントなんて身長はおろか、スリーサイズまで調べられたんだから」

 要するに、なにかしらコスプレをさせるつもりなんだろうなぁと、皐月は思った。

 弥生の趣味はゴスロリやアニメなどのキャラのコスプレ衣装を作ることで、現在はデザイナーの学校に通っている。

 信乃は同じ趣味アニメオタクを持っていたこともあり、今はでは姉妹たち以上に弥生と会っていた。

「でも、もう二度とあんな格好させられたくないな」

 皐月がそう言うと、「なんかコスプレしたの?」

「私はなんだっけかゲームのキャラ。葉月もなんか『西方黙示録』っていうシューティングゲームの白い犬耳キャラさせられてた」

「そのキャラのコスプレ写真ってある?」

 信乃が、食い入るように顔を近づける。

「撮ってないわよ。そもそも手伝いで行ってただけだし」

「うわぁ、見たかったなぁ葉月ちゃんのコスプレとか」

 妄想に悶える信乃を見ながら、皐月は若干引くと同時に、あの時、会場でも似たような反応を周りの人もしてたなぁと思い出す。

「浜路ちゃんがいるじゃないの?」

「あの子はアニメとか漫画に疎いのよ。たまにわたしの部屋に入ってゲームするけど、一時間もしないで飽きてる」

 ――それは一言で言うと、信乃がやってるゲームの趣味が合わないとかじゃないかなぁ。

 皐月はそう思った。

「――あれ?」

 突然、信乃が辺りを見渡し始める。

「どうかしたの?」

「いや、なんか柑橘系の匂いがしたから」

 そう言いながら、信乃は鼻をヒクつかせる。

「困ったわね」

 声が聞こえ、皐月と信乃はそちらを見やった。

 高妻が、周りをキョロキョロと見渡している。

「高妻先生、どうかしたんですか?」

「ああ、鳴狗さんと黒川さん。ちょっと先生失敗しちゃってね、携帯の充電を忘れてたのよ」

「それはご愁傷さまで」

「それでさ、ちょっと急ぎの用事で電話しないといけないんだけど、学校の電話を使うのもどうかと思って、どっちか貸してくれないかしら?」

「それでしたら、わたしのを」

 信乃はそう言うと、自分の携帯を高妻に渡した。

「ありがとう。――あら?」

 高妻が画面に触るが、まったく反応しない。「故障かしら?」

「でも、さっき信乃が扱っていた時は動いてましたよ?」

 皐月はそう言いながら、信乃を一瞥する。信乃も、答えるように頷いた。

「だったら私のどうですか?」

 皐月の携帯は、折りたたみのフィーチャーフォンである。

「ごめんなさいね。後でお礼するわ」

 そう言うと、高妻は皐月の携帯を持って図書室をあとにした。

「うん、ちゃんと反応してる。なんで先生の時動かなかったのかしら?」

 信乃はスマートフォンを扱いながら首をかしげた。

 数分後、戻ってきた高妻は皐月にお礼を言いながら、皐月の携帯を返していった。


「指紋が出なかった?」

 戻ってきた大宮と佐々木は、湖西主任の話を聞いていた。

「濡れたものから指紋を検出する技術はあるんじゃがな、それをやっても出てこんかった。刑事を偽って数十年。こんなことは初めてじゃよ」

 湖西主任はお手上げといった感じに落ち込んでいる。

 本来の姿である薬師如来の力をもってすれば、鑑識なんてせずとも、犯人逮捕はできるのだが、それではかえって怪しまれるため、普通の人間と同様に、事件捜査をしなければいけなかった。

「犯人は手袋をしていたんでしょうか?」

「冬だったら、そういう可能性も出るじゃろうがな、今は初夏じゃろ? いくらなんでもそれは考えられんよ」

「わしもその考えがあったんで、上着に他の繊維がないか調べたが――」

「言葉通りになってしまってるってことですか?」

 佐々木がそう言うと、大宮はどういうことですかと尋ねた。

「ガイシャの服は濡れておったじゃろ? その通りじゃよ」

「つまり、犯人の指紋も、手袋の可能性も、水に流されてしまっているということだ」

 そう言われ、大宮は喉を鳴らした。「そうなると、一番重要になるのは」

「ガイシャが自分から家を出たのか、それとも呼び出されて家を出たのかじゃな。前者だったら転落による事故。後者なら殺人と言えるが、不自然な濡れ方からして事故ではないだろう」

「でも腑に落ちませんね。犯人はどうして被害者を濡らしたんでしょうか?」

「そりゃぁ、自分の指紋を発見されないためじゃないか?」

「じゃが、現に指紋は検出されておらん。――っ? いや、ちょっと待て。犯人は自分がそうだとういうことを知らんということか?」

 湖西主任は、少しばかり考えこむ。

「大宮、ガイシャが亡くなった日のことや、交友関係、恨みの有無は?」

「あ、はい。ガイシャは発見される日まで福嗣高校の修繕工事に出ていたようです。それから恨みを買うということはなかったと」

「恨みによる犯行ではないということか?」

昔気質ムカシカタギの厳しい人だったんですが、部下を思いやる人のいい方だったようで、ですが部下の人からちょっと気になることを聞きまして、なんでもその学校の教師と仲が良かったと。ただ名前を知らないようでして誰なのかまでは」

「それは男性だったのか? それとも女性?」

 佐々木がそう尋ねる。大宮は女性と答えた。

「もしかしたら、皐月さんか信乃さんが学校でガイシャに会っているかもしれん。今日辺り神社を訪ねに行ってみるか」

 佐々木がそう言うと、大宮は了解した。


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