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目覚めと出会い2

「私、ソフィア・デュランベルクに婿入りしてくれないか」


「え……? えぇ、婿入り⁉」


婿入りってことは結婚するってことだよね。


予想外の申し出に目を丸くしていると、ソフィアは綺麗な顔を寄せてきた。


「安心してくれ。婿入りといっても『契約結婚』だ」


「け、契約結婚……?」


「そうだ。デュランベルク公爵家は現在、恥ずかしながら後目争いが勃発していてね。王国の法律上、私が当主となるためには由緒正しい血筋の『夫』が必要なのだよ」


後目争い、と聞いて数ヶ月前にデュランベルク公爵家の当主が急死したという訃報が脳裏をよぎった。


一部では『暗殺』も囁かれているそうだけれど、急死の原因は不明だったはずだ。


『デュランベルク公爵家は、長女ソフィアと長男エスタのどちらが後継者になるかで混乱を極めるだろう』


新聞に大きな見出しでそう書いてあった時は『どこの貴族も大変だなぁ』ぐらいにしか思っていなかったけれど、まさか渦中の人に求婚されるなんて考えもしなかった。


「な、なるほど。ですが、どうして私なんでしょうか。ソフィア様であれば、誰も彼もが夫になりたいと手を挙げるかと存じます」


「確かに『夫がほしい』と私が声を上げれば、国内外の貴族達が一斉に手を挙げるだろうな。しかし、そのほとんどは『権力や欲望を求める俗物』や『国王やエスタの息が掛かった刺客』だろう。その点、アルバート殿は違う」


「ち、違うと申しますと……?」


困惑しながら聞き返すと、彼女はにやりと笑って僕をベッドに押し倒して覆い被さってきた。


間近にソフィアの顔が迫ってくると、顔が火照って胸がどきどきする。


「貴殿は本日、婚約破棄を言い渡されて屋敷を追い出されたのだろう」


「は、はい」


「つまり、だ。私と貴殿の出会いは全くの偶然で、レオニダス王やエスタの思惑外ということになる」


「えっと、それは確かにそうですね」


グランヴィス家や父上達の思惑はわからないけれど、僕自身はデュランベルク公爵家のお家騒動は何も関知していない。


僕が頷くと、ソフィアは不敵に笑った。


「デュランベルク公爵家と釣り合う血筋を持ち、貴族同士のしがらみなく私を支えることに注力してくれる……アルバート殿は、まさに求めていた『理想の夫』なんだ」


「わ、私が求めていた理想の夫……」


父上や家族から『できそこないの落ちこぼれ』と言われ続け、婚約者からも見限られて誰にも必要とされなかったせいか、彼女の言葉が胸にずんと響いた。


「それと、だ。貴殿は辺境に隠居すると言っていたが、それはおそらく難しいだろう」


「え……? それはどういうことでしょうか」


僕が首を傾げると、彼女は耳元に顔を寄せてきた。


「もう忘れたのか、貴殿は魔動車の前に突き飛ばされて暗殺されかけたのだ。隠居先の辺境に行けば、待っているのは死だ」


「あ……」


ソフィアの冷徹な言葉に、背筋がぞくりとして僕は息を呑んだ。


もしかすると、父上は最初から僕のことを暗殺するつもりだったのかもしれない。


だから、邪魔になるであろう護衛や従者を付けなかったのかな。


僕のこと、そんなに疎ましかったんだろうか。


残酷な現実が見えてきて、胸がきゅっと締め付けられていく。


「しかし、私であれば貴殿を守れるだろう。座して死を待つか、私に婿入りして生き延びるか。貴殿はどちらがいいかな?」


「わ、私は……」


暗殺されて死にたいわけじゃないけれど、かといって生き延びる方法がデュランベルク公爵家に婿入りしかないなんて。


僕はどうすれば良いんだろう。


「逃げ場のない貴殿に、このような申し出をする私の事を卑怯と罵ってくれても構わん。だが、私は貴殿に死んでほしくはないのでな」


「それは、どうしてでしょうか」


恐る恐る聞き返すと、彼女はふっと表情を崩した。


「君のことを気に入ったからだよ」


「え、えぇ⁉」


思いがけない答えに目を見開くと、彼女はすっと体を起こした。


「即決は難しいだろうが、こちらも時間がない。申し訳ないが、一時間以内に答えを出してくれ。それからこの部屋は好きに使ってくれて構わんよ。何かあれば、そこの呼び鈴で人を呼んでくれ」


「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」


「では、一時間後に答えを聞かせてくれたまえ。良い返事を期待しているよ」


ソフィアは立ち上がると踵を返して出入り口の扉に向かっていく。


呆然と見送る中、僕はハッとして「ちょ、ちょっと待ってください」と呼びかけた。


「どうした……?」


「あの、ところでここはどこなんでしょうか?」


「あぁ、言ってなかったな。ここは王都にあるデュランベルク公爵邸だ。王城よりも厳重な警備が敷かれている。安心してゆっくり考えるといい」


彼女はそう言って退室した。


部屋に一人残された僕は、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「これからどうしよう……」


いや、どうするも何もないじゃないか。


多分、辺境の隠居先へ無事に辿り着いたとしても、僕は近いうちに殺されてしまう。


父上とグランヴィス家には育ててもらった恩はあるけれど、暗殺される謂れはないはずだ。


それに『できそこないの落ちこぼれ』と、誰にも必要とされなかった僕をソフィアは必要としてくれた。


もちろん、彼女にとって利があったからだろうけれど、さっきの言葉が脳裏に何度も響いている。


『君のことを気に入ったからだよ』


「……あんなこと正面から言われたの。初めてだったな」


うん、決めた。


グランヴィス家のアルバート・グランヴィスは、魔動車に跳ねられて死んだんだ。


これからは必要としてくれる人のために生きよう。


「よし、そうと決まれば……」


僕は決意が揺るがぬうちにと、部屋に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。

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