目覚めと出会い
「う……ううん……」
ふいに目が覚めると、そこは真っ暗だった。
柔らかいベッドの上で寝ているらしく、体には温かい掛け布団が掛けられている。
確か僕は道の真ん中で魔動車に跳ねられて、そのまま死んだんだっけ。どうやら天国にもベッドと布団があるらしい。
「ん……? 母上、母上なの?」
暗闇の中で人の気配を感じて声を掛けると、気配が近づいてくる。
「起きたのか。もう大丈夫、安心しなさい」
その気配は優しい声を発して、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「君はずっと寝ていたんだよ」
「そうなんだ。そのせいかな、僕、とても酷い夢を見ていたんだ。母上が亡くなってから、ずっと努力していたんだけれど、落ちこぼれのままでさ。父上と家族からは愛想を尽かされ、婚約者の父親からも婚約破棄を言い渡されたんだ。その上、屋敷を追い出された挙げ句、魔動車に跳ねられて死んじゃった」
「そうか、それは辛かったな。だが、安心しなさい。君は死んでないし、ちゃんと生きている」
「え……⁉ 僕、生きてるの⁉」
ガバッと慌てて上半身を起こすと部屋の明かりが灯され、感じていた『気配』の正体が光に照らされていく。
そこにいたのは綺麗な金髪を三つ編みにまとめ、鋭い目つきに優しい青い瞳を浮かべた女性だった。
質素だけど綺麗な身なりから察するに、高貴な方であることは間違いない。
でも、王都にいる令嬢の顔はほとんど覚えているはずなのに、彼女の顔には全く見覚えがなかった。
「えっと、その、大変申し訳ありませんがどちら様でしょうか」
「私の名前はソフィア、ソフィア・デュランベルクだ」
「ソフィア……デュランベルクだって⁉」
目を細める彼女を前に、僕は大声を発すると慌ててベッド上で畏まって頭を垂れた。
噂に違わぬ容姿、雅な身なり、言動の節々から伝わってくる気品ある雰囲気、名前からしてまず間違いない、この方は『戦公女』と名高いソフィア・デュランベルク公爵令嬢ご本人だ。
デュランベルク公爵家はカルドミア王国建国以前から存在し、人を喰らう魔族と魔物が跋扈する『魔国ドレイモルド』と国境を構え、彼等の侵攻を日々防いでいる。
歴史研究家の間では『カルドミア王国がここまでの大国となれたのは、デュランベルク公爵家が過去から現在におけるまで魔族と魔物の侵攻を防ぎ続けたからと評しても過言ではない』という論文があるくらいだ。
そして今現在、僕の目の前にいる女性、ソフィア・デュランベルクはデュランベルク家の長女にして戦場で誰よりも先んじて前線に出て活躍することから『戦公女』の異名を持っている。
おそらく、カルドミア王国では国王に次ぐ影響力がある人と言っても過言ではないはずだ。
「急にどうした。体に触るぞ」
「と、とんでもないことでございます。戦公女と名高いソフィア様とも知らず、大変失礼をいたしました」
頭を垂れたまま捲し立てると、ソフィアは「ふふ」と笑みを噴き出した。
「気にするな。それよりも顔を上げて君の名前を教えてくれないか」
「は、はい。私の名前はアルバート・グランヴィスと申します」
顔を上げて姿勢を正すと、彼女は「ふむ……」と何やら意味深な相槌を打った。
「アルバート・グランヴィス……か。つまり、貴殿はグランヴィス侯爵家所縁【ゆかり】の者ということだな」
「そ、そうですね。一応、長男です」
「ほう、長男か。それにしては随分と質素な服装かつ大きな荷物を背負い、従者や護衛を付けずに道中を歩いていたものだ。あれでは『暗殺』してくれ、と言わんばかりだぞ」
「うぐ……⁉」
僕の心にぐさりと巨大な槍が突き刺さった。
彼女、歯に衣を着せぬ言い方をする感じの人だ。
がっくり項垂れると、ソフィアは咳払いをして真面目な表情を浮かべた。
「……私の乗る魔動車に君が飛び出した時のこと、覚えているかな?」
「えっと。はい、覚えています。確か、背中に強い衝撃が走って……」
そこまで言い掛けて僕が「あ……⁉」と青ざめると、彼女は合点がいった様子で頷いた。
「やはりな。君が魔動車に跳ねられた時、私が介抱したんだが周囲に殺気を感じたんだよ。もっとも、その気配はすぐにいなくなってしまったがね」
「そう、なんですか」
ソフィアは肩を竦めると、目を細めて微笑んだ。
「君は幸いにも軽い打ち身ですんだようだ。気を失ったのは、地面に強く頭を打ったためらしい。運が良かったな」
「あはは、ありがとうございます」
婚約破棄を言い渡され、隠居しろと家を追い出された挙げ句、暗殺されかけて運が良かった、か。
でも、意外と悲しみや怒りは湧かなかった。
むしろ、これで良かったのかもしれない。
苦笑しながら頬を掻いていると、彼女は「さて……」と不敵に笑った。
「アルバート殿、君はさっき実父と家族に愛想を尽かされ、婚約者の父親から婚約破棄を言い渡された挙げ句に屋敷を追い出されたと、そう言っていたな」
「う……」
死んだと思ってとはいえ、寝ぼけながら変なこと言ってしまった。
穴があったら入りたい。僕は羞恥心と情けなさから、両手で顔を覆いながらがっくりと項垂れた。
「よければ話を聞かせてくれないか。少しは気が晴れるかもしれんぞ」
ソフィアは優しく、慈愛に満ちた眼差しを向けてくれている。
彼女の持つ『戦公女』という異名とほど遠い、とても温かいものだ。
不思議と安心して心が穏やかになっていく。
「そうですね。実は……」
気付けば、僕は引き込まれるように口火を切っていた。
魔法の名家として生まれたのに魔法が扱えなかったことから、どんなに努力しても認められず、やがて実の父親から家族から疎まれ、屋敷の者達からも遠目で蔑まれていたこと。
グランヴィス侯爵家で今までどのように過ごしていたのか。
話し出すと止まらなくなってしまったけど、彼女は黙って話を聞いてくれた。
「……というわけでして、僕はグランヴィス家の『できそこないの落ちこぼれ』なんです」
語り尽くして自虐的に苦笑しすると、彼女は「ふむ……」と相槌を打った。
「つまり、諸事情で家を追い出された君は、父親から隠居すべく王都を歩いていたら暗殺されかけたというわけだ」
「仰る通りです。まぁ、隠居というよりは『軟禁』だったと思いますけどね。あはは……」
他人に言われると、さすがに心に刺さるなぁ。
バツが悪くなって頬を掻きながら苦笑していると、ソフィアが僕の手を包み込むように両手で力強く掴んだ。
「アルバート・グランヴィス殿、私から提案がある」
「は、はい。何でしょうか?」
急にただならぬ雰囲気を発した彼女に、僕は思わず畏まった。
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