過去との決別、未来への光明
「あ、そうだ。ソフィとセシルは……⁉」
ハッとして慌てて見やれば、二人はさっきと同じ所にいた。
ソフィは片膝を突き、仰向けに倒れているセシルの様子を見ているようだ。
「二人とも大丈夫……⁉」
急いで駆け寄ると、ソフィがにこりと目を細めた。
「私は大丈夫。セシルも急激な魔力消費で気を失っているだけだ。命に別状はない」
「そっか、良かった」
ほっと胸を撫で下ろすと、ソフィがすっと立ち上がってこちらにやってきた。
そして、目と鼻の先まで顔を寄せてくる。
彼女の顔が間近に迫ってくると、先日の『出来事』が脳裏で鮮明に思い出されてしまう。
どきまぎしていると、彼女はふっと微笑んだ。
「格好良かったぞ、アル。見蕩れて、惚れてしまいそうなくらいにな」
「え、えぇ⁉ い、いやぁ、そんなことないよ。だって、ソフィの言葉がなければ僕はきっとギルバートに勝てなかったし……」
「私の言葉……?」
ソフィがきょとんと首を傾げたので、僕はすぐにこくりと頷いた。
「う、うん。ほら、僕のことを『ソフィを守る剣』って言ってくれたでしょ。あの言葉がとても腑に落ちたというか。ソフィを守るためなら命も惜しくないって、そう思ったら心の底から凄い力が湧いてきたんだよ」
「そうか、アルの力になれたなら良かったよ。しかし……」
「しかし……?」
含みのある言い方に首を傾げると、彼女は一歩前に出て僕を胸の中に抱き入れた。
「え、えぇ……⁉」
意図が分からないまま全身が火照って、胸のときめきが張り裂けそうな激しい鼓動を打ち始めた。
きっと、顔は耳まで真っ赤になっているだろう。
すると、彼女が耳元で囁いた。
「私のために死ぬことは許さんぞ」
「……えっと、それはどうして?」
ソフィの声は少し震えているような気がする。
恐る恐る聞き返すと、彼女ゆっくりと切り出した。
「私を守るためなら命も惜しくない、アルがそう思ってくれる気持ちはとても嬉しいんだ。だが、私は、私のためにアルが死ぬのは絶対にいやなんだ。必ず生き抜き、守り抜くと約束してくれ」
「……⁉ うん、わかった。僕は、どんな困難が訪れても、必ず生き抜いてソフィを守ると約束するよ」
彼女の顔は見えないけど、声にはとても深い哀しみと優しさに満ちあふれている。
戦公女の異名を持つソフィは、魔族との凄惨な戦いにずっと身を置いていたはずだ。
そこで、きっと大切な人達を何度も失っているのかもしれない。
初めて、ソフィの心の深いところに触れた気がした。
「約束したぞ」
そう言って顔を離した彼女の表情と声は、いつも通りの凜としたものにもどっていた。
決して、自分の弱いところは人に見せないようにしているのかもしれない。
「ところで……」
ソフィはふっと表情を崩し、話頭を転じた。
「ギルバートに向かって、『僕はアルバート・デュランベルク。ソフィア・デュランベルクを守護し、仇なす者を断つ剣【つるぎ】なり』と言っていたな。あんな言葉、いつ思いついたんだ」
「え……⁉」
思いがけない指摘に、僕は全身が一気に火照った。
「あ、いや、ソフィを守るって決めたら、なんか心から湧いて出てきたっていうか。この『言葉』を口にすれば、勝てるって直感したんだ。はは、ごめん。改めて言われると、ちょっと気恥ずかしいね」
「いや、そんなことはないぞ。最初に言っただろ。格好良くて、見蕩れて、惚れてしまいそうだとな」
誤魔化すように頬を掻いて苦笑していると、彼女は目を細めた。
そして、僕の頬に手を充て、ゆっくりと顔を寄せてくる。
彼女の全てを見透かすような鋭い目の奥には、とても澄んだ青い瞳が浮かんでいた。
まるで、青空か海にでも包み込まれるような慈愛がある。
この瞳のように青く澄んだ優しい色が、彼女が身の内に秘めている本当の心のような気がした。
「アル……」
「ソフィ……」
名前を囁かれて答えると、僕達は自然と目を瞑ってどちらからともなく顔をさらに近づけていった。
「アル、ソフィア様。ご無事ですか⁉」
「……⁉」
まさにその時、女の子のツンとした雰囲気の声が遠くから響きわたり、僕達はぴしっと固まった。
「あの声は、エレノアだな」
「そ、そうだね。きっと助けを呼んできてくれたんだよ」
我に返った僕は、慌てて彼女から少し離れた。
だ、駄目だよ。
僕とソフィはあくまで『契約結婚』なんだから。
ちょっと良い雰囲気になったからって、流されちゃ駄目だ。
あれ、だけど、さっきのはソフィからだったような気もする。
つまり、それって……困惑しながら胸の奥で激しい鼓動がなる中、セシルが目を見開いてむくりと上半身を起こした。
「……ようやくですか」
「うわあぁあああ⁉」
あまりに突然だったので、僕は思わず素っ頓狂な声を出して飛び上がってたじろいでしまった。
「セシル、いつから気が付いていたんだ」
ソフィが眉を顰めると、彼は肩を竦めて頭を振った。
「姉上が『格好良かったぞ、アル。見蕩れて、惚れてしまいそうなくらいにな』と最初に言ったぐらいですかね」
それってつまり、最初から全部ってことじゃないか。
唖然としていると、ソフィが「ほう……」と切り出した。
「つまり、ずっと狸寝入りをしていたということか。随分と面の皮が厚くなったな」
「姉上とアル殿に気を遣ったと言ってほしいですね。おかげで良い雰囲気だったじゃないですか」
セシルはその場に立ち上がると、僕をみてニコリと微笑んだ。
「まぁ、魔剣を構えたアル殿が魔人に向かって『ソフィア・デュランベルクを守護し、仇なす者を断つ剣【つるぎ】なり』なんて豪語したと聞かされては、姉上の気持ちも理解できますよ。何せ、腕っ節で全てを解決する姉上を……」
「黙れ、セシル」
「うぐ……⁉」
「え、えぇ⁉」
目の前で起きたことに僕は目を丸くした。
流暢に語っていたセシルの懐にソフィが瞬時に入り込み、鳩尾に拳をめり込ませたのである。
当然、セシルは泡を吹いてその場に倒れてしまった。
「大丈夫か、セシル。おや、どうやらギルバートとの戦いによる疲れが今になって急に来たようだ」
「いやいやいや、絶対にそれは違うでしょ⁉」
思わず突っ込んでしまったその時、「アル、無事だったのね⁉」と背後から聞こえて振り向くと、エレの姿がそこにあった。
彼女は目に涙を浮かべ、走ってきた勢いのまま僕の胸に飛び込んでくる。
抱きしめて受け止めようとしたけど、疲れのせいか足の踏ん張りがきかない。
「わわ、ごめん。足がふらついて……⁉」
「きゃあ⁉」
そのままエレに押し倒される形で倒れてしまった。
僕は軽く頭と背中を打ったけど、エレは胸の上にいるっぽいから怪我はしていないだろう。
「あいたた。エレ、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「あ……⁉」
目を開ければ、すぐ目と鼻の先にエレの顔があって否応なく目があった。
ソフィよりもやや薄い青い瞳が放つ凜とした眼差しを間近で見ると、さすがに胸がどきっとしてしまう。
ただ、エレは何故か顔を赤らめ、目を泳がせているようだ。
「アル、エレノア嬢。君達は一体、何をしているんだね」
とてつもなく冷たい声と魔圧を感じ、僕とエレは我に返って慌てて離れた。
見やれば、ソフィが目を細めて微笑んでいる。ただし、目の奥が全く笑っていない。
「も、申し訳ありません。お二人のことが心配だったので。ソフィア様もご無事だったようで何よりです」
「そうだな。しかし、二人のことが心配だった割には、私の事など眼中になかったようだが?」
「それは、その、ソフィア様は戦公女の異名を持つ一騎当千のお方。しかし、アルバート様はつい先日まで魔力すら持っておりませんでした。私はえっと『幼馴染み』ですし、心配するのは当然ではないでしょうか」
最初こそ気まずそうにしていたエレだけど、途中からはいつも通りに凜とした雰囲気を発して流暢に語った。
ただ、一点だけ気になることがある。
「だけど、エレ。前に『幼馴染み』って言い方は、恥ずかしいからやめてって言ってなかったっけ?」
「それは……それで。これは、これよ」
「は、はぁ……?」
僕が首を傾げると、エレはハッとして周囲を見渡して身構えた。
「あ、そんなことよりも魔族です。魔族はどうなったんですか⁉」
「……それこそ今更だな。アルが魔剣で倒したよ」
「え、えぇ⁉ アル、本当なの⁉」
「う、うん。そう、だね。魔剣のおかげで何とかね」
呆れ顔で肩を竦めるソフィの言葉に目を丸くするエレ。
僕は気恥ずかしくて、頬を掻きながら魔剣に視線を落とした。
「そ、そうなの。凄いわね。でも、どうしましょう」
エレは何やら困り顔を浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、その、王城でソフィア様が援軍を求めてるってお伝えしたら……」
聞き返すと、彼女は王城の方角を見つめた。
その視線を追っていくと、目に飛び込んできた光景にぎょっとする。
馬にまたがった完全武装のレオニダス王を先頭に、重武装の兵士達が列を成してやってきていたのだ。
「あの装備、旗印から察するに、あれは陛下直属の近衛騎士団だな」
「へ、陛下直属の近衛騎士団……⁉」
ソフィの言葉に目を丸くした。
陛下直属の近衛騎士団といえば、デュランベルク侯爵家が率いる騎士団に勝るとも劣らないとされるカルドミア王国最強騎士団の一角だ。
『王都に魔族が出た、ソフィアの救援要請』となれば、相応の戦力が出張ってくるのは当然かもしれない。
でも、まさか陛下が直属の騎士団を率いてくるなんて思わなかったよ。
騎士団を率いたレオニダス王はこちらにやってくると、馬上から僕達を見やった。
「アルバート、ソフィア。余が来たぞ。さぁ、王都に現れた不届きな魔族はどこにおる」
ソフィは威儀を正して畏まると、一礼した。
「陛下自ら救援に駆けつけてくださったこと、心から感謝いたします。しかし、魔族はすでにアルバートの手によって倒されました」
「なんだと⁉ アルバート、本当に貴殿が魔族を倒したか」
レオニダス王が目を丸くすると、近衛騎士団からもどよめきが起きた。
そりゃ、つい先日まで『できそこないの落ちこぼれ』と言われていた僕が魔族を倒したなんて聞いたら、誰だって驚くよね。
僕はソフィの横に並び立つと、威儀を正して畏まった。
「はい、事実でございます。しかし、決して私一人の力ではございません。ソフィアとセシルの助力、そして何よりも陛下から授かった魔剣がなければ打ち倒すことは不可能でした。改めて、陛下に御礼申し上げます」
「おぉ、そうであったか。やはり、そなたに魔剣を譲った余の目に狂いはなかったようだな」
レオニダス王はご満悦な様子で相槌を打つと、仰々しく咳払いをした。
「アルバート・デュランベルクよ。お主は長年にわたって『できそこないの落ちこぼれ』と嘲笑されていたな」
「は、はい。仰る通りです」
何を言い出すつもりなんだろう。
畏まりながら身構えていると、陛下は不敵に笑った。
「しかし、だ。余が授けた魔剣を使いこなし、魔族を討ち果たした勇敢なお主が『できそこないの落ちこぼれ』であるはずがない。従って、余はここにアルバート・デュランベルクの奮迅と勇敢を讃えた称号『烈煌の勇者』を与えよう。これは貴殿の名誉回復を兼ねておる故、辞退は禁ずるぞ」
「え、えぇ⁉」
突拍子もない称号授与、それも辞退を禁ずるって。
驚愕してたじろぐと、陛下は首を傾げた。
「おや、『烈煌の勇者』では不服かね。ならば、月並みだが『魔剣の勇者』や『烈煌の魔剣士』はどうだ。いや、ここは貴殿の立場を考えて『光輝卿【こうききょう】』や『光輝君子【こうきくんし】』と呼ぶのも面白い。あとは変わり種だが『日光剣士【にっこうけんし】』、『太陽の騎士』というのもあるぞ」
陛下はのりのりで称号を列挙するが、失礼ながらどんどん称号の質が落ちているような気がしてならない。
『太陽の騎士』はまだ良いと思うけど、何故か称号名に反して苦難に満ち満ちた気配を感じる。
「あ、えっと。称号授与に驚いただけですので、最初の称号『烈煌の勇者』でお願いします」
「おぉ、そうであろう。そうであろう。では、改めてアルバート・デュランベルクよ。魔族を討ち果たし、王都の危機を救った貴殿に称号『烈煌の勇者』を授けよう。皆、勝ち鬨を上げよ」
陛下がそう告げると、近衛騎士団の団員達から雄叫びが轟く。
呆気に取られていると、ソフィとエレがこちらにやってきた。
「おめでとう、アル。いや、これからは『烈煌の勇者アル』と呼ばねばならんな」
「そうですね。私の場合は、烈煌の勇者アルバート様と呼ばせていただきます」
「やめて、恥ずかしいから今まで通りでいいよ。というか、二人とも。絶対、楽しんでるでしょ」
「さてな」
「さぁ、どうでしょうか」
二人は顔を見合わせると、息が合った様子で肩を竦めた。
やっぱり、何だかんだ言ってソフィとエレって仲が良いんだよね。何か通じることもあるのかな。
何はともあれ、僕は陛下から魔剣に続き『烈煌の勇者』という称号を授かることになった。
後日、王都での魔族出現と即討伐された事実に加え、僕が討伐に多大な貢献を果たしたとして『烈煌の勇者』という称号を賜ったことが大々的に報じられる。
そして、王都での事件発生における様々な事後処理が終わると、僕はいよいよソフィの故郷。
デュランベルク公爵領に向け、王都を発つことになった。
果たして、デュランベルク公爵領では何が待ち構えているのか。
ソフィと跡目争いをしているエスタ・デュランベルク。
セシルと一緒にソフィを支えているというレナ・デュランベルク。
それぞれの派閥に属するデュランベルク公爵家に忠誠を誓う貴族達。
デュランベルク公爵領に絶え間なく侵攻を続けているという魔族。
ギルバートが言っていた『あのお方』や、魔族と人の融合によって誕生する『魔人』。
考えれば考えるほど、不安は尽きない。
でも、僕はソフィと『契約結婚』したんだ。
どんな結果になろうとも『ソフィアを守護し、仇なす者を断つ剣になる』と誓った。
必ず、彼女との契約を果たしてみせる。
◇
薄暗い、とある気品に満ちた部屋で、二つの影が机を囲んでいる。
一つの影がぼそぼそと呟くと、もう一つの影が相槌を打った。
「そうですか。ギルバート君は失敗に終わりましたか。実に残念です。彼は私のような『できそこないの落ちこぼれ』とは違いましたから」
「……?」
「えぇ、次の策はすでに考えています」
「…………。…………?」
「そう心配されないでください」
ぼそぼそと呟く影に向け、もう一つの影が口元をにこりと緩めた。
「『できそこないの落ちこぼれ』である私に『力』を与えて下さったこと、感謝してもしきれません。このご恩は、必ずお返しいたします。どうか、ご安心下さい」
「…………」
「ありがとうございます。ご期待に応えてみせましょう」
「…………?」
「え、アルバート君ですか。えぇ、会うのは楽しみにしていますよ。彼と私は似ていますからね。違うところで出会い、道が違えば良い友人、理解者になれたかもしれません。しかし、私はその前に貴殿と出会い、力を与えられたのです。アルバート君がソフィアと出会ったようにね。まぁ、何にしても容赦無く叩き潰すつもりです。高みの見物をお楽しみください」
「…………」
「わかりました。それでは、失礼いたします」
ぼそぼそ語る影が消えると、もう一つの影もその場から音もなく消えていった。
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