断罪の烈煌
「アル、君はまだ魔力の扱いに慣れていない。しかし、強い感情をきっかけに引き出されるのは確かなようだ」
「強い感情、ですか」
聞き返すと、ソフィはこくりと頷いた。
「そうだ。今までの動きを見た限りでは怒り、哀しみが頂点に達した時。いわば、激情が切っ掛けとなっていた。だが、手の内を知る者があれば、さっきのように挑発で利用されてしまうこともある」
「……⁉ そう、ですね。申し訳ありません」
僕はぎゅっと下唇を噛みしめた。
ギルバートの挑発に乗らなければセシルは倒れず、ソフィも満身創痍にならなかったはずだ。
「謝らなくていいんだ、アル。重要なのは、力を引き出す切っ掛けを掴むことだ」
「力を引き出す切っ掛け……」
魔力をつい先日得た僕は、考えてもどうすればいいのかわからない。
考え込んでいると、ソフィがふっと表情を崩した。
「難しく考えるな。人は何かを守りたい、絶対に負けられないと思う時が一番強くなれる。アルが自分のことで力を引き出せないなら、誰かのため。たとえば……」
「たとえば……?」
首を傾げて聞き返すと、ソフィが少し顔を赤らめて気恥ずかしそうに口火を切った。
「……たとえば『私を守る剣』とか、わかりやすくて良いんじゃないか?」
「僕が……ソフィを守る剣」
その言葉を口にした瞬間、何か全てがすとんと腑に落ちたような気がした。
そうだ、僕が魔剣を得たのは自分のためじゃない。
誰かを守るため、ソフィを守るためだ。
「あ、いや、あくまで一つの案だからな。アルが力を引き出す切っ掛けなら、何でもいいんだぞ」
ソフィは顔を耳まで赤くして何やら慌てた様子を見せるが、僕はにこりと微笑んだ。
「いや、ソフィの言うとおりだよ。僕は……」
「ソフィアァアアアアアア、よくもやってくれたなぁあああああ⁉」
答えようとしたその時、ギルバートの怒号が轟く。
ハッとして正面を見やれば、ギルバートがいつの間にか地上に落ちていた。
ただし、体の再生が間に合っていないらしく顔が爛れたように崩れ、セラの再生も不完全のようだ。
「はは、あは、ひっひひひ。さっきは油断して拳をもらったが、もう俺はお前に近づかない。いくら戦公女と呼ばれるお前でも、無限に再生するイルバノアとライアスを相手にどこまで戦えるかな」
ギルバートが叫ぶと、ソフィが吹き飛ばしたイルバノアとライアスが頭部が瞬く間に再生して雄叫びを轟かせる。
その様子を見て、ギルバートがしたり顔を浮かべ、口元を歪めた。
「ソフィア・デュランベルク。もう、お前にセシルという盾はない。足手まといの『できそこないの落ちこぼれ』を守りながら、どこまで戦えるかなぁ。あは、あーっははは」
「相変わらず、耳障りの悪い声だ。アル、私の後ろに下がっていろ。もう少しすれば、エレノアが援軍を連れてきてくれるはずだ。それまで……」
ソフィが僕を守るように身構えたけど、僕はすっと彼女の前に出た。
「アル、急にどうしたんだ」
「大丈夫だよ、ソフィ。さっき、君の言ってくれた言葉で全部わかったんだ」
「私の言葉、だと?」
彼女が首を捻ると、僕はにこりと微笑んだ。
「僕は君の、ソフィを守る剣になる」
「え……?」
ソフィが目を瞬くと、正面から嘲るような笑い声が聞こえてきた。
「アル義兄さんが、ソフィアを守る剣だって? 笑わせないでくれよ。剣は剣でも、宝物庫にでも飾られて『守られる剣』の間違いだろう。それに忘れたのかい、アル義兄さんは俺にまだ傷一つ付けられていないんだ。剣だというなら、証明してみなよ」
ギルバートが叫ぶと、復活したイルバノアとライアスが咆吼を上げてこちらに走り出した。
「……⁉ アル、下がるんだ」
ソフィがハッとして叫ぶけど、僕は逆に一歩前に出た。
「……父上、ライアス。もう言葉も話せないんだね」
迫り来る二人を前にしても、何故か恐怖はなかった。
さっきまでは勝てる気もしなかったのに、今は負ける気もしない。
僕は魔剣を鞘から抜いて深呼吸をした。
「はは、アル義兄さん。とうとう狂ったのかい。そんな刀身もない魔剣を構えて、なんの意味があるのさ。イルバノアとライアスに潰されるがいいよ」
「アル……⁉」
ギルバートの嘲笑、ソフィの心配する声が聞こえてくる。
そうした中で僕は自らの存在意義を確定し、鼓舞するように口火を切った。
「……僕はアルバート・デュランベルク。ソフィア・デュランベルクを守護し、仇なす者を断つ剣【つるぎ】なり」
発すると同時に魔剣の柄から巨大な刀身が生まれ、全身が力強い魔力で包まれる。
目に飛び込んでくる映像が全てゆっくりに見え始め、イルバノア、ライアス、ギルバートが持つ魔力量が何となくわかってしまう。
そして、僕の持つ魔力量と比べ、彼等が如何にちっぽけな存在であるかを理解してしまった。
こんな存在に怯えていたなんて、僕はなんて臆病者だったんだろう。
「いくぞ……!」
大剣を肩に背負うようにゆっくり構えると、僕は大地を蹴ってイルバノアとライアス目掛けて跳躍した。
その瞬間、僕がいた場所の地面がえぐれ、爆音と砂埃が舞い上がる。
「な……⁉」
「ア、アル……⁉」
ギルバートが驚愕した様子で目を見開き、後ろからはソフィの驚いたような声が聞こえた。
知性を失ったらしいイルバノアとライアスは怯む様子は見られず、腕を大きく振りかぶる。
でも、今の僕にはその動きは隙だらけであり、遅すぎる。
「対魔族剣技・首切り十文字」
「がぁああああ⁉」
「ぬがぁあああ⁉」
魔剣が一振りで二人の首と胴を断ち、二振り目でイルバノアを頭から股下まで断ち、三振り目でライアスを股下から頭まで断った。
「魔剣ラジアントソードに、絶てぬものはない」
「……⁉」
吐き捨てると、イルバノアとライアスは魔力の塵となって煌めきながら消えていった。
「ま、まさか、そんな。魔力体のイルバノアとライアスを消滅させるなんて……⁉」
正面で戦くギルバートを、僕は目付きを鋭くして凄んだ。
「ギルバート。謝っても、もう許さないぞ」
「く、くそ。俺ができそこないの落ちこぼれに怯えるなんて、こんな馬鹿なことがあってたまるか。俺は進化した新しい絶対的な存在、魔人なんだ。俺が、俺が負けるわけがないんだ」
ギルバートは叫ぶように吐き捨てると、空高く跳躍した。
どうやら、背中に生えたセラの翼を使って空も飛べるらしい。
「ギルバート、逃げるつもりか」
地上から呼びかけると、彼は眉間に皺を寄せた。
「俺が逃げるだって。ふざけるなよ、俺はイルバノアやライアスとは違うんだ。これでソフィアとセシル諸共、消し飛ばしてやるのさ」
次の瞬間、空中にまるで太陽のように輝く巨大な球体状の魔弾が生成されていた。
「はは、アル義兄さん。いくら魔剣でも、この巨大な魔弾はどうしようもないはずだ。守るべきものも守れず、守護すると誓ったソフィアと共に死んでいけ」
ギルバートが叫んで僕を指さした瞬間、巨大な魔弾が地上に落ち始める。
魔波が吹き荒れ、魔圧で体がきしむが、不思議と恐怖はない。
手に持つ魔剣からは『求めよ、すべきことを、成すべきことを』という声が聞こえてくるような気がする。
僕は深呼吸をすると、再び自らの存在を確定し、鼓舞するように口火を切った。
「……僕はアルバート・デュランベルク。ソフィア・デュランベルクを守護し、仇なす者を断つ剣なり」
「馬鹿な、アル義兄さん。そんなことをもう一度言ったところで、何も変わりはしないよ。はは、あーっははは」
「アル、もういい。私が全力で魔障壁を張れば、セシルとアルを守れる。だからこっちに来るんだ」
空中から嘲笑が聞こえるなか、僕はソフィを安心させるべく笑顔で『大丈夫』と目配せする。
そして、剣を構えながら体を大きく捻って足を踏ん張ると、迫り来る巨大な魔弾を睨み、凄んだ。
「……伸びろ、ラジアントソード。はぁああああああ!」
魔力を込めると同時に魔剣の柄が伸び、刀身がみるみる伸びて巨大な烈煌の刃となっていく。
「魔弾ごと奴を薙ぎ払え。ラジアントソォオオオオオドォオオオオ!」
叫びながら捻った体を解放して魔剣を振り回すと、巨大な烈煌の刃が魔弾を横一文字に切り裂き空中で大爆発が起き、爆音が轟き、地上に爆風が吹き下ろされる。
「な、なんだって……⁉ こ、こんなの、こんなの有り得ない⁉」
「まだ終わってないぞ。ギルバートォオオオオオオ!」
「し、しまった……⁉」
僕が叫ぶと、爆煙の中から巨大な烈煌の刃が現れて横薙ぎでギルバートに襲いかかる。
いくら空を飛べたとしても、刃の大きさからして逃げることは不可能だ。
ギルバートは咄嗟に魔障壁を展開して烈煌の刃を受けた。
しかし、すでにその魔障壁には罅が入っている。
「く、くそ。こんなところで終わってたまるか」
ギルバートはハッとすると、こちらを必死の形相で見やった。
「アル義兄さん。アル義兄さんは、この世でたった一人生き残った弟をその手で殺すのか。義兄さんは、義兄さんはそんな酷い人じゃ無かったはずだ。お願いだ、改心する。助けてくれ、義兄さん。俺たちは、同じグランヴィス侯爵家の血を引く唯一の兄弟だろう」
「……あぁ、そうだね。ギルバート、お前は僕と同じグランヴィス侯爵家の血を引く唯一の兄弟だ」
「はは、そうだろ。じゃあ、早く剣を下ろしてくれ」
安堵した様子でギルバートは口元を緩めるが、僕は眼光を放って凄んだ。
「だからこそ、大罪を犯し、人の命を嬉々として弄んだお前は、僕の手で始末をつけなきゃならないんだろ。この期に及んで、命乞いなんてするな。その命をもって償え、大馬鹿野郎ぉおおおおおお」
腹の底から湧き上がる激情と共に烈煌の輝きが増した次の瞬間、空から硝子が割れるような高い音が響きわたる。
ギルバートの魔障壁は消し飛んだのだ。
「ちくしょう⁉ ちくしょおおおおおおぉおおぉぉ…………」
巨大な烈煌の刃に呑まれて間もなく、ギルバートの気配が消えた。
「はぁ……はぁ……。これで、魔法の名家と名高いグランヴィス侯爵家も終わりだ」
力なく呟いたその時、脳裏で屈託ない笑みを浮かべる幼き日のギルバートが『アル義兄さん、大好き』と、抱きついてきた時の姿が浮かんでくる。
「……封印した僕の魔力で報いを受けたなんて、随分と皮肉な話だよ。でも、せめてもの手向けにはなっただろ、大馬鹿ギルバート」
一筋の涙が頬を伝うなか、僕は魔剣を鞘にしまった。
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